クリスマスイブ

 商店街やデパートからの注文をこなしても、お得意の個人さんへの仕事がクリスマスイブまで続く。クリスマスアレンジメントフラワーやリース作りで母さんと高木梨奈、そして優里は暇無く忙しい。

 家中仕事場状態でメチャクチャ。

 毎年のことだから俺や優里は慣れているけれど、高木梨奈は驚いたんじゃないだろうか。


 父さんと俺は店頭と配達で駆け回っていた。

 年末年始向けの仕事も同時にこなさなければならない。こちらにもディスプレイ用アレンジがあるから、もうクタクタになる。ディスプレイの際には母さん達女性陣が付き添い、セットすることもある。


 年末年始は気力体力が最も必要とされる時期。


 高木梨奈とやっと彼氏彼女の仲になったっていうのに、甘い雰囲気などゼロ。

 世間を甘く華やかするために、こちらは修羅場。それでも楽しげに過ごす人がいて、高木梨奈が作ったアレンジで目を楽しませる人が街行く人達の中に居るんだと思うと、それも悪くない。


 仕事でも好きな人とずっと過ごせるのだから、贅沢は言ってられない。街中やTVから聞こえるクリスマスソングも、いつもの年より心地良く聞こえる。ま、忙しくて音楽に気付くこともあまりないんだが。


 家族が気を利かせてくれて、クリスマスイブの夜は少しだけ早めに俺を解放してくれた。つまり高木梨奈を送った後も多少は時間をとれる程度だが、「電車で帰れるうちに帰っておいで」と母さんが言ってくれた。


 プレゼントを手提げのついた紙袋に入れて持ち、彼女と駅へ向かった。


 俺と高木梨奈は、あそこのディスプレイはもっとこうしたら良かったとか、今度アレンジメントの教室に行ってもっと勉強してこようなどと話して駅へ向かった。電車に乗り彼女の駅で降りると手を繋いできた。その手をダウンジャケットのポケットに入れてギュゥッと握った。二人で顔を見合わせて、エヘヘと笑う。

 ……俺、この上なく幸せだ。


 こういう時は時間がいつもの何倍も速く過ぎ、彼女のアパートまで十五分程度なのに、俺が駆けるより早い……数分で着いた気がした。ショーウィンドウに飾られている他店が作ったアレンジ見て、うちとの違いを話し合って歩いたはずなのにな。


 彼女の部屋に入って座る。俺は紙袋から出したプレゼントをテーブルの上に置いて、メリークリスマスと言う。高木梨奈もバッグからラッピングされた二十センチくらいの箱を出して、メリークリスマスと返してくれた。


「一緒に開けよう」


 横に座った彼女の言葉で、俺は受け取ったプレゼントを丁寧に開く。

 買おうかどうしようか悩んでいたスウォッチが入っていた。黒い文字盤に白の針、皮バンドのクロノタイプで、スウォッチにしてはやや高い物だ。

 優里から聞いたんだろうな……と、彼女に訊こうとした。すると、フフフと意味ありげに笑い、俺に見えるようにテーブルに肘つけてあげた彼女の腕にもスウォッチがはめられていた。

 ……気付かなかった。

 俺のとは違うレディースのデザインで、白の文字盤に金の針と白いバンドだけど、文字盤に「SWATCH Swiss」と刻まれている。

 以前は違う腕時計だった。

 ……ペアっぽくしてくれたのか。


 化粧箱から花瓶を取り出し、頬に当てたり、照明にかざして光の変化を楽しんでくれているようだ。


 ……うん、喜んでくれてるようだ。外さなくてよかったぁ。


 ホッとしたあと、もう一度プレゼントしてくれたスウォッチを見て、


「ありがとう! これ買おうか悩んでいたんだぁ……優里から聞いたの?」


 彼女は立ち上がって花瓶を机の上に置く。そして戻ってきて、俺の腕につかまって、


「そう。優里ちゃんから聞いたの。私もあの花瓶、一目で気に入っちゃった。嬉しい、ありがとうね」


 笑顔で言いながら、エアコンのリモコンをいじっている。設定温度をあげているようだ。

 確かに部屋はまだ暖まっていない。

 これはチャンスに違いないと彼女をそっと抱きしめた。


「来年も、その先もずっとこうしていられたらいいね」


 身体を自然に預けてきた。

 俺の胸から聞こえる彼女の言葉に胸熱。

 ああ、ああ、絶対に一緒に居よう。

 何年先だろうと、こうしてずっと彼女を包んでいたい。


「俺もこうしていたいよ」


 身体が少しずれ、彼女の顔が近づいてきた。

 髪の匂いに惹かれて額に唇をつけ、その後、唇に触れる。自制に自制を重ねて強くならないようにと吸う。

 彼女の腕が俺の頭を抱える。髪をいじる彼女の手の動きがやけに艶めかしい。頬にあたる腕の温かさと柔らかさが心地良い。吐息を感じるたび沸騰しそうな脳内を何とか抑えつつ、俺も彼女の頭を抱きしめた。

 触れたり離したりを幾度か繰り返したあと、彼女が少し身体を離す。


「今日はここまでにしなくちゃね」

 

 俺の胸に手を置いて、俯いている。

 今の彼女はどんな表情しているのだろう。覗くつもりはないけれどとても興味がある。

 ここまでという言葉に、キスして盛り上がった気持ちがダウンサイズされていく。

 いや、もともとそんなに期待して来たわけじゃない。電車があるうちに帰る約束をして時間を貰ったんだから、せいぜいキスできたら良いなぁ程度だった。

 ただ、欲望ってのは我が儘で、次々と先を求めてきやがる。


 だが、ここで押し倒すという選択は俺にはない。

 欲望に理性が勝った瞬間だ……けっこう必死だけど。


「そっかぁ」

「ごめんね。……レディースデイなの」


 彼女が小さく口にした言葉に納得した。


 そう、そっかぁ、レディースディかぁ……。

 優里のおかげで、その手の言葉の意味はだいたい判る。

 「ああ、生理きたー、いてぇ、つれぇ、男呪われろぉー」と騒ぐ優里を思い出し、俺にもっと慣れたら彼女もそういう感じで言うのかもしれないなと想像して、場の雰囲気も考えずについ微笑んでしまった。すぐに表情を普通に戻し、


「とても残念だけど、仕方ないよね」


 彼女の身体をもう一度確かめるように抱きしめる。


「私も……でも、こうしているのも好きだな」


 ハイ! ハイ! ハイ! ハイ! 俺も! 俺もー! と、小学生みたいに言いたい。


 同じ気持ちで居てくれる感謝と、せっかくのイブなのにと惜しむ気持ちを込めて、チュッと彼女の髪にキスをした。心地良い、でも少し焦れったい、こんな時間がもっともっと続けばいい。


 昨日までよりずうっと彼女を好きになっている。

 そして、彼女もそう思っていて欲しいなと、そう願った。

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