ダイニングバーで

 父さんが遠くまで配達に行っているため、今夜はボックスワゴンが無い。高木梨奈を駅まで送る途中で、啓太と顔を合せたとしても今更何か問題は起こらないだろうと歩きで送っている。彼女の速さに合せてのんびり歩くのもいい。

 クリスマス商戦に入った街は華やかだ。赤を基調としたポスターが並び、うちでも作ったクリスマス用リースも気分を盛り上げている。高木梨奈が針葉樹やドライフラワーで組んだリースもいくつかあるはずだ。いろんなサンプルを見て勉強し、工夫して作ったリースを見かけるのはとても嬉しいものだ。


 冷たいけれどお洒落な空気の中、歩きで彼女を送るのも悪くない。


 俺は彼女と並んで歩きながら、ここのところの自分をこっそり褒めていた。

 長沢優衣と話し合って、俺なりのケジメというか身辺整理というか……をつけたつもりだ。これで高木梨奈に嫌な思いをさせずに済むといい。俺なりに頑張ったから、是非そうなって欲しいものだ。


 結局はフラれるかもしれないけれど、あとは高木梨奈からの返事を黙って待っていよう。

 フラれるのも、フラれる理由を考えるのも相変わらず怖いけれど、今の俺にできることはやれたように思える。俺も何とか恋愛コンプレックスから少しは抜け出せたんじゃないかな……なんてな。

 ……自信は無い。


 こんなこと考えていたけれど、彼女の話はちゃんと聞いている。先日アレンジメントフラワーを買ったお客がまた来て喜んでいたとか、コットンフラワーを使ったクリスマツリーアレンジメント作りが楽しかったとか、仕事の話ばかり。だけど、目を輝かせて楽しそうに話す彼女を見られれば話題なんか何でもいい。


「あら、高木さんと陽平くん、久しぶりね」


 横の通りから、鈴木絵里香が俺達に声をかけてきた。彼女が来た方角の先には啓太のアパートがある。啓太の今カノの鈴木絵里香と出会っても不思議じゃない。


「こんばんわ」


 俺と高木梨奈はそれぞれ挨拶を返した。

 大学は違うけれど、鈴木絵里香とはバイトが一緒だったから、少しは知っている。ちょっとばかり派手な体つきの女性で、美人タイプ。可愛いタイプの高木梨奈とは毛色が違う女性だ。社交性あるし人当たりも悪くはない。だけど、色気過剰な空気を持つ鈴木絵里香が俺は苦手だ。


 啓太の元カノだった高木梨奈はどういう気持ちで鈴木絵里香を見ているんだろうか?

 高木梨奈から別れを告げたといっても、啓太を寝取られたようなものだしな。チラッと見たけれど、さきほどと同じように微笑んでいて特に表情に変化は見られない。


「ちょうどいいところで会ったわ。少し飲んでいきましょうよ」


 目元に笑みを浮かべて鈴木絵里香が俺達を誘う。笑っているけれど口調がどうもいつもと違う。まるで愚痴に付き合いなさいよとでも言ってるような感じだ。


 「今日はもう遅いし……」と、鈴木絵里香が苦手な俺は断ろうとしたが「少しならいいよ」と高木梨奈が返事した。


「じゃあ、行きましょう」


 顔全体でニコリと笑い鈴木絵里香は先を歩き出し、高木梨奈がその後をついていく。俺も二人の後を追った。


 「ここ何度か来た事あるの」と、鈴木絵里香は駅から近いビルの地下にあるダイニングバーへ入った。

 店内は明るく、まぁここならいいかなと感じた。


 カウンターに座ると、俺の左隣に高木梨奈が、鈴木絵里香は俺の右隣に座った。こういうときって女性が並んで座るもんじゃないのかなと思ったが、女性と酒場に入るの慣れていない俺は何も言えなかった。

 俺達は適当に飲み物とおつまみを一人一品ずつ注文した。女性二人はワインを、酒があまり得意じゃない俺は度数が低そうなグレープフルーツサワーを選んだ。


「それで、どうしたの?」


 高木梨奈が鈴木絵里香に単刀直入に訊く。親しく雑談するような仲じゃないのは判るけれど、随分ストレートに訊くものだなと驚いた。

 だが、鈴木絵里香は俺と高木梨奈の二人を見比べるように見て、高木梨奈の質問には答えなかった。


「あなた達は付き合ってるの?」

「私達? 付き合っていないけど?」

「へぇ、そうなんだ。大学で噂になってるって啓太が言ってたから……」

「そんなことが聞きたくて誘ったの?」


 高木梨奈の質問にはまた答えず、俺に話を振ってきた。


「陽平くん、高木さんのこと好きなんでしょ? 早く付き合っちゃいなよ」

「ど、どうでもいいだろ」

「高木さんと私を比較して、梨奈はこうだった、梨奈はああだったって啓太がうるさい。高木さんが誰かと付き合ってくれれば、少しは大人しくなるかもしれない」


 なるほど、啓太の小言に苛ついてアパートから出てきたってわけか。

 それで俺達を見つけて絡んでいる。


「そう言われても、俺には関係ない」

「女の子と付き合ったことくらいあるんでしょ? 高木さんが好きなら強引にモノにしなさいよ」


 日本語通じねぇ!

 本人目の前にして言いたいことだけ言いやがって……。


「あ、もしかして、陽平くんまだ童貞? それならまだ付き合っていないのも判るぅ。何もせずに見守っているのね? アハハハハハ……」


 こいつ、ぱっと見じゃ判らなかったけれど、俺達と会う前に相当飲んでたようだな。


「陽平くん、帰ろう! こんな失礼な人に付き合う必要ない」

「あなた陽平くんの彼女じゃないんでしょ?」

「だから何よ」

「じゃあ、私が遊んでも関係ないよね」


 そう言って、俺の顔をグイッと掴んでキスしてきた。

 唇に当たる温かい感触に驚いた。だけど、すぐに彼女の肩を掴んで身体を離し席から立ち上がる。高木梨奈も鈴木絵里香の前に俺を隠すように立った。


「ああ、ごめんごめん、大好きな高木さんの前じゃダメだってことね」


 クスクスと笑う鈴木絵里香の頬に高木梨奈は平手を打った。

 バチンという音は鈍く、お客のほとんどは気付いていないようだ。だけどお店の従業員は俺達の様子を伺っているのが判る。


「啓太だけじゃ飽き足らないの? 陽平くんにまで……」


 高木梨奈はマジ切れしている。あのゲリラ雷雨の夜に俺が見た怒りの表情。


「彼女でもないのに、自分を好きな男だからって縛ってるの? 随分偉いのね」

「縛ってなんかいない」

「じゃあ、私がキスしたって怒ることないんじゃないの?」

「陽平くんは嫌がってる」

「そうかしら?」

「絶対に嫌がってる」

「どうしてそう思うの?」

「……そんなこと教える必要ない」


 高木梨奈の気持ちを見透かしているように目を細めて笑い、鈴木絵里香も立ち上がる。


「ここのお会計は私が払うから、二人は仲良く帰って」


 こんな状況でお金を出して貰うのは耐えられない。

 俺はジャケットの胸ポケットから財布を取り出し、一万円札をカウンターに置いた。


「それで足りるだろ? 鈴木さんはゆっくりしていったらいい。……高木さん、帰ろう」


 「今度は高木さんの居ないときにね」とからかう鈴木絵里香を無視して、高木梨奈の腕を掴み俺は店を出た。地上に出て彼女の腕を離し、俺は口のあたりを手の甲で何度も拭う。

 

 高木梨奈が見ているところで、他の女とキスするなんて……。

 想像していなかったし、突然だったからだけど、彼女の顔を見るのが怖かった。


「……駅、近いけど送るよ」


 立ち止まって駅を見ながら、横の高木梨奈に言う。


「うん……今日は……アパートまで送って……くれる?」

「ああ、判った。送るよ」


 俺達は歩き出し、無言で改札へ向かった。

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