ケジメ?
翌日、大学で高木梨奈と並んで授業を受ける。
俺も彼女もいつも通り。少なくとも俺はそのつもりだった。
昼食時、彼女は友達と学食に行き、俺は長沢優衣に呼ばれたので、売店で惣菜パンを買って待ち合わせ場所の図書館前のテーブルへ向かう。
自販機でお茶を買って、一人で食べていると長沢優衣がやってきた。
「ごめんねぇ。お待たせぇ」
タタタと駆け寄り、明るく挨拶する彼女。
今日は、俺の気持ちをもう一度きちんと言うつもりだ。このことは高木梨奈にも伝えてある。
「わざわざ言わなくてもいいのに」と言ったけれど、俺は彼女に隠れて他の女性に会っていると思われるのだけは嫌だった。
「食事は?」
「私はいいの。この後サークルの仲間と外へ食べにいくことになってるから」
「そっか。んで、用って何かな?」
パンを頬張り、お茶で流し込む。
「昨日、あれから……高木さんと何かあったでしょ?」
ドキッとした。
見てたのかよとか、何で判ったのかとか言いそうになる。
カマをかけたのかもしれないし、女の勘という奴かもしれない。
回りくどいこと言うのは止めようと、流れ的に話しやすくなったと前向きに捉えて本題を口にする。
「ああ、俺も告白した」
「え? まだしていなかったの?」
「……まだしてなかった」
呆れたのか、俺の顔をマジマジと見ている。
「そっかぁ……で、付き合うことになったの?」
「保留」
「じゃあ、私はまだ頑張れるな」
気合を入れたような様子に、俺は慌てて言葉を続けた。
「そ、それなんだけどさ? 俺が辛いから、仲の良い友達じゃダメかな?」
「……私のこと意識しちゃった?」
「ある意味そうかもしれない。でも長沢さんの気持ちには応えられないのは一緒で……」
実際、長沢優衣の態度を見て、俺も勇気を出さなければと思えた。格好いいなと思ったのはホントだし、良い奴だとも思った。もし、俺が高木梨奈を好きじゃなかったら……、いや、高木梨奈への態度を見て俺のこと気に入ってくれたわけだし、それはないか。
「心残りはまだあるけど、渋木くんを困らせるのも嫌だしね。あぁ~あ~、付き合う前にきっちりフラれたの初めてかもしれない」
まぁ、長沢優衣なら何となく判る。積極的で明るくて、物怖じしないでストレートに気持ちをぶつけてくるのだから、男としては気持ちのいい嬉しい相手だ。惚れるかどうかは別にしても嫌われることはないんじゃないかな。
サバサバとしているし、細かいこと気にせずに付き合えそうだし……。
「ごめん、いや、ありがとうな。俺、告白されたのなんて初めてで、本当にすごく嬉しかった」
「フフフ、渋木くんの初めてを一つ貰ったってことだね? それじゃ勘弁してやるさ」
「ああ、勘弁しれくれ」
あ、しれくれって何だよ!
まったくキメられない男だなぁ、俺は。
くうぅー、小っ恥ずかしい……。
「クスッ、私もありがとうと言わせて貰おう。ズルズル長引かせたくなかったんでしょ? ああ、皆まで言わなくてもよいぞ」
そして笑顔で握手を求めてきた。
俺はまだしれくれショックから抜け出せずにいたけれど、彼女と握手した。
「これからは、ちっと深いこと話せる友達ということで」
「ああ、相談するかもしれない」
「高木さんのことなら受け付けないなぁ。傷ついた乙女心にチクチク来るからねぇ」
「いや、そこまで甘えるつもりはないよ」
「ならば、いつでも相談してきていいよ」
ニコッと笑ったあとスマホを取り出して、携番交換しようと言う。
「変だよね。見込みゼロになったあとに交換するなんて」
俺もスマホを取り出し、接触させて番号を交換した。
判っている。この番号交換は彼女の俺への気遣いだ。
だって、長沢優衣の手が少し震えている。
俺が言うのはおかしいけれど、彼女も辛いんだ。
この先、俺と彼女はお互いに電話することはない。
何年か経って、連絡することはあるかもしれない。
でも、きっとない。
大学で、どこかの街で、顔を合せたときに笑っていられるために必要な儀式なんだ。
スマホの画面を確認して彼女は立ち上がった。
「じゃあ、私、みんなのところへ行くね。……渋木くん、頑張ってね」
「ああ、頑張るよ」
じゃあねと手を振って長沢優衣がタッタッタと駆けていく。
これまで、気持ちに応えて貰えない辛さは何度も考えた。今日初めて、好意に応えられないのも相当辛いものだと実感した。
長沢優衣も俺も悪くない。でもどちらも傷つく。
俺は気持ちを伝えた高木梨奈を傷つけるのかもしれない。
でも、伝えない選択はなかった。
恋愛では、前に進むためには、誰かを傷つけてしまうのかもしれないなぁ。
誰も傷つけたくないし、自分も傷つくのは嫌だけど、受け入れなくてはいけないことなんだろう。
恋をした人なら誰にでも判ることなんだろうなぁ。
一部の例外を除いて……。
俺の冷たい視線の先には、花壇そばのベンチで二人の女子学生と語らう啓太の姿があった。
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