少しだけでも……
ホームに立つ高木梨奈は俺をジッと見たあと、「ありがとう」と言った。
そして俺が横に並ぶと、何事もないかのように改札方面へ歩き出す。
少しだけでいい。少しだけでいいから、長沢優衣の勇気を見習おう。
俺も格好良くなりたい。せめて態度だけは、少しで良いから長沢みたいに格好良くなりたい。
こう思わせてくれたから、「迷惑だ」と長沢優衣を突き放すことができない。
はっきりと……もちろん言葉は選ぶけれど……長沢優衣に伝えた方がいいのだろう。長沢優衣に好意を持って貰えたことは嬉しい。俺の人生で初めて「好きだ」と言ってくれた女性だから傷つけたくない。
友人として仲良く付き合っていけたならとホント思う。
高木梨奈の後を追って改札を出る。
彼女の横を並んで駅前を通り過ぎる。夫婦か恋人同士か、カップルを見るたびに、俺はどうやって告白したり、付き合ったんだろうと、ご指導をお願いしたい気持ちになる。
悪いが、一人身の男性にも女性にも今は用は無い……あ、経験があればやはり教えていただければありがたいか……。
チラッと彼女を見る。別に急いでいる風ではない。マイペースで家路を歩んでいる。
俺は彼女の速度に合わせようと気をつける。
歩く速度なら、ちょっと気をつけるだけで簡単に調子を合わせられる。
でも気持ちは? 生活のペースは?
……難しいな。みんなどうしているんだろう?
道行く人を見てはそんなことを考えていた。
彼女のアパートが近づくにつれ、無言でいるプレッシャーが辛くなってきた。
少しだけ前に出てみよう。
少しだけ、少しだけ……。
「あの、高木さん」
「何?」
彼女はまっすぐ前を向いたまま返事した。
「伝えたいことがあるんだ」
彼女に置いて行かれないよう気をつけて言う。
俺の言葉を聞いて、ピタッと彼女は立ち止まった。
「何?」
やっと俺の顔を見てくれた。その表情はどこか悲しそうで、俺は不安になる。
彼女の気持ちが今どういう状態なのか判らない。
でも今、何か動かないと、明日からも彼女と普通に話せないような気がする。
「俺、高木さんが好きなんだ」
この一言がずっと言えなかった。フラれたらどうしようかということばかり考えて言えなかった。だけど、長沢優衣が教えてくれた。伝えるべき事を半端にせずに伝えたら、フラれたとしてもその後もきっと普通に付き合っていけそうだと教えてくれた。
「それで……あの、俺の気持ちは受け取れなくても……それは仕方ないって思ってるから……バイト辞めなくちゃとか思われちゃうと困るっていうか……」
勇気を出した……つもりだ、俺なりにだけど。
でも、きっちり言えていないのは、俺らしいというか、やっぱ情け無いというか、格好悪いよな。
俺が言い終えるのを待っている。
彼女は真摯な瞳でジッと俺の話を聞いてくれている。
時折、彼女の髪が風で顔にかかるのを払うだけで、きちんと聞いてくれていた。
「とにかく、俺が高木さんのことを好きだってことを知っていて欲しいんだ」
ふう、心臓がバクバクいっている。格好良く言えなかったけれど、もういいや。
俺が息をついたので言い終えたと判ったのか彼女は口を開いた。
「判ってたよ。でも、陽平くんの好きって……どういう好きなのか判らなかった」
「どういうって……?」
俺の脳内に、友達として? 恋人として? それとも一生のパートナーとして? などとクエスチョンマークが矢継ぎ早に流れた。
俺ってそんなに複雑な接し方してたかな?
「だって、私に好意を持ってくれてるのはいつも感じてたけど、この四ヶ月ずっと同じ態度で……。私達の噂が流れた時くらいから、しばらくしたら気持ちを伝えてくれるかなって思っていた。でも、ずっと一緒のままで、それで長沢さんとも仲良くして……。あ、私が思っていたのとは違っていたのかなって」
どうやら、俺の根性無しな態度が彼女を混乱させていたらしい。
「高木さんと恋人になりたい好き……です。フラれるのが怖くて、なかなか言い出せなくて……」
「もう怖くない?」
「ううん、やっぱり怖いよ。でも、長沢さんが……」
「長沢さんがどうかしたの?」
「チャンスがあるなら、気持ちが整理できるまでは頑張るって言ってくれて、それが格好いいと思った。だから俺も……と」
「告白されたんだ?」
「ああ、でも、ちゃんと好きな人が居るってその場で伝えた。それでも……と……」
「そう」
それきり俯いて高木梨奈は黙った。
長沢優衣から告白されたことは言っちゃダメだったかな?
でも、彼女には隠し事したくないし、嘘もつきたくない。
「……まだ返事はできない。ごめんね。私も陽平くんのことは好き。だけど、長沢さんに対抗意識持っているだけなのかもって思っているところもあって……。前向きに考えるから、あと少しだけ待っていてくれる?」
「ああ、ああ、いくらでも待つよ」
フラれなかった。いや、これからフラれるのかもしれないけれど、考えてくれるだけでもう嬉しい。
そりゃあ、OK貰えなかったのは残念だけど、でもいいんだ。
「……ありがとう」
そうつぶやいて、彼女は家路を再び辿り始めた。どんな表情をしているのか見えないし、わざわざ覗くことなんかできない。自分なりにはやれたと満足している俺も、照れくさくて……きっと真っ赤な顔をしていると思う。
彼女の部屋がある三階まで一緒に歩き、廊下に誰も居ないのを確認して、俺は「また明日」と声をかけた。
「うん、また明日」
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