長沢優衣
長沢優衣は元気で明るいスポーツ少女という感じで、コロコロと変わる表情が可愛いと言われている。誰にでも物怖じせず楽しそうに話す女性という印象を持っている。
一年次当時、クラスの男子の中には彼女を狙っていた奴も居た。その頃にはもう高木梨奈のことが気になりだしていたから、長沢優衣のことは関心もなく俺にとってはただのクラスメイトでしかなかった。
だから、アーチェリーサークルの先輩と付き合ってるらしいと友人から聞こえてきたときも、ああそうなんだ、お幸せに……くらいしか感想はなかった。
別に嫌いな相手ではない。好き嫌いの対象になるほどの接点がなかったし、先日、噂について訊いてきたとき、ウザそうな子だと初めて感じた相手だ。
「んー、気に入ってくれたのは嬉しいけれど、俺は好きな人が居るから」
「でも付き合っていないでしょ?」
「そりゃそうだけど、好きなことには変わりはなくて……」
つか、なんで俺は、本人に伝えられない気持ちを長沢優衣には話しているんだ?
「最近、高木さん……渋木くんに積極的でしょ?」
「そうなの? まぁよく隣の席にくるけども……」
周囲には積極的と思われているらしい。これはやはりいかんな。
仲はいいのだから、堂々と接しているところを見せれば、アホな噂など消えるだろうと彼女は考えてるのだと俺は思っている。だが、その方針は勘違いを生んでいる。今夜にでも高木さんと話さなければ……バイト入っていたはずだから大丈夫だろう。
「渋木くんのこと陽平くんと呼んでるのも嫌……彼女でもないのに……」
「あれは啓太がきっかけで、バイト先では陽平くんと呼ぶ人の方が多いからだよ」
啓太が陽平とか陽平くんと呼ぶものだから、あいつのファンも俺を陽平くんと呼ぶようになり、バイト仲間も同じく呼ぶようになった。当時ホールでバイトしていた高木梨奈もその流れで俺を陽平くんと呼ぶようになっただけだ。
「私……先輩と別れたの……三ヶ月くらい前だけどね」
「そっか」
「十日ほど前、高木さんの部屋の前まで行って、警察に補導されたんだって……」
「ハァッ?」
つい声が大きくなって、周囲がチラチラと俺を見る。
怒りそうになる気持ちを抑えた。
あいつかぁ、あいつが長沢優衣の元カレかぁ。チラッとしか見なかったけど、しっかり見ておけば良かった。
「少し酔っ払っていたようだけど、たまたま駅で見かけて後をついていったんだって」
「ストーキングじゃん」
「そう。警察からお家へ連絡が行って、でも先輩の実家は遠いから、去年卒業したサークルの先輩にお願いして友達と一緒に三人で迎えに行ったんだ」
「ふーん」
高木梨奈はものすごく怖い思いをしたんだ。
……警察でそのまま半年くらい絞られればいいのに。
「高木さんのこと気になってはいたけど、あんなことするつもりはなかったって、魔が差したって本人は言っていて、多分本心とは思う。もう高木さんには近づかないって、すごく反省もしてた。……渋木くんは高木さんが心配で部屋まで行ったんでしょ?」
「ああ」
「その話を聞いたとき、胸が痛かった。この前渋木くんを怒らせちゃった噂のこと聞いたあと、大学で堂々としていたじゃない? 高木さん目立つから、大勢が渋木くんのこと悪く噂していたのに……」
堂々とはしていない。内心、高木梨奈に迷惑なんじゃないかと動揺していたさ。でも表情には出さないようにはしていたな。
長沢優衣の買いかぶりなんだけど、ここは黙っていよう。
……俺って狡いな。
「そうかい?」
「そう見えた。凄いなぁって、高木さんのこと大事にしているんだなぁって思った。あれでアタフタしていろいろ言い訳するようなら、自分が可愛いだけの男だもの」
「んー、普通だろ」
「そんなことない。そう気付いてから渋木くんのことずっと見ていて、先輩の話を聞いて、私、渋木くんのことが好きなんだって……」
「ごめん。本当に嬉しいけど、やっぱり俺は好きな人が居るからさ」
周囲を見ると誰ももう居ない。長沢優衣と俺の会話は誰にも聞こえていない。
それを確認してホッとしていた。
「……うん、判っていたよ。渋木くん一途だから、今は絶対断られるって」
俺にとっては衝撃的な言葉だった。
断られると判っていても気持ちを相手に伝えられるなんて、これまで俺が避け続けていたことだ。そして今も避けていることだ。
「長沢さん、凄いな。心から尊敬する」
恋愛コンプレックスを自覚している俺は、本心から長沢優衣を尊敬していた。
「フフフ、その言葉に甘えちゃうぞ?」
「な、何だよ」
キラッと光った彼女の黒い瞳に、俺は引き気味になった。
「私の気持ちに整理がつくまで、押して押して押しまくるからね」
「ハァッ?」
「そして、整理がついたら……ってまだ全然諦めていないし、チャンスはまだまだありそうだから、諦めるつもりも無いんだけど、……整理がついたら良いお友達になりましょ」
同じ年齢なのに人として負けてる。
……俺はそう実感した。
「何と申しましょうか……何と言えば……」
「これから宜しくね!」
俺の返答を待つ様子もなくそう言うと、クスッと笑い、ジュース缶を持って立ち上がり自販機横のゴミ入れに捨て、長沢優衣はショートヘアで風を切るように颯爽と歩き去った。
これが恋愛強者なのか?
戦闘力が俺とは全く違う。
長沢優衣が獲物を狩る獅子だとしたら、俺など餌を探して漂うミジンコだ。
俺は歩き去る長沢優衣を格好いいなぁと憧れの目で追いかけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます