図書館前で
あの夜から十日ほど過ぎたけれど、相変わらず俺と高木梨奈の噂は一部で楽しまれているらしく、男女問わず、「高木さんとはどうなってるの?」みたいに聞かれることがある。どうせ話が面白ければ事実なんかどうでもいいのだろうし、事実を話しても尾ひれをつけて楽しむのだ。
だから、一応はどうしてそんなことを言うのかを聞いた後「へぇそうなんだぁ」とだけ俺は答えている。
ところが、高木梨奈は俺とは違い事実を話しているようだ。それはいい。だって事実だからだ。
だが最近、一緒の授業で彼女は俺の横に座る。隣に友人が居ても、わざわざ「陽平くんの隣いい?」と言って席を譲らせて座る。
何故だ?
こんな風に一緒に居るところを見た奴らは、また面白おかしくなるよう話を作るじゃないか。
隣り合って座っても、せいぜい授業に関することくらいしか話していない。
それだけでも俺は嬉しいよ? とっても嬉しい。彼女の笑顔も声も香りも身近にあるんだ。嬉しくないわけはない。顔がだらしなく緩みそうになるのを毎回必死に我慢している。ピクつく表情筋を固めすぎて筋肉痛になりそうなくらいさ。
だけどこれでは、俺が言い寄っているのではなく、高木梨奈が俺に言い寄っていると勘違いされてしまう。鵜の目鷹の目状態で、恋バナやスキャンダルに飢えている連中がそこかしこに居るんだ。
啓太のようにイケメンなら彼女も恥ずかしくないだろうけれど、どう見ても平凡な俺とじゃなぁ。
だってさ? 俺の観測範囲だけど、高木梨奈を狙ってる男は二~三人居る。俺の知らないところまでを想像したらきっともっと居るはずだ。
その中には、外見はもちろんスポーツや学業の成績がいい奴も居る。啓太ほど揃ってる奴は居なくても、少なくとも俺よりは確実に上だ。女性が楽しめるようなこと話せない俺と違って、彼女を楽しませられる会話もできるんだろうな。
妹が居るから、女性と話すだけなら気後れすることはない。でも楽しい会話となるとまったく自信は無い。
なのに、そいつらより俺をだなんてあり得ないだろう?
だから、嬉しいやら、彼女に申し訳ないやら、どうしたらいいのか判らん。
一人で考えていてもどうにもならないから、誰も居ないところで彼女に訊いたんだ。
「高木さん、あの、俺と一緒に居るとまた変な噂立てられちゃうよ?」
「私と噂になっても気にならないって陽平くん言ったでしょ?」
「ああ、うん、それは本当だけど……」
「私も気にならないからいいじゃない」
うーん、俺に関しては気にはならないけど、彼女に関しては気になる俺はおかしいのだろうか?
普段通りの笑顔ではっきりと気にならないと言われてしまうと、言い返す言葉は俺にはない。
それに、もしかして俺のこと好きになってくれたのかな? なんて、身の程を知らない想像してしまう。まぁそんな想像した後は、「
ネットでさ?
好感を持たれる男は、外見が八割、会話が一割というの見つけて密かに凹んだ。
残り一割で戦わなきゃいけないんだなぁと思うとマジ辛い。
大学の図書館で、本を読んでいる風を装って悩んでいる。こんなところも格好悪いよなぁと思っているんだ。大学構内のベンチにでも座って友達と話していればいいじゃないかと思ったりもするけれど、彼女を見かけてしまうんじゃないかと図書館に隠れている。
彼女は友人と一緒に学食や構内のどこかで楽しく過ごしているはずだ。図書館では騒げないから彼女は来ない。
眉間に皺を寄せつつ、開いた本に視線を落していれば、誰も俺が恋に悩んでいるとは思わないだろう。書棚から適当にとったから、何の本だか実は知らないんだけどね。
トントンと背中を誰かがつついた。振り向くと長沢優衣が居た。
「ちょっと話があるんだけどいい?」
「何?」
また噂の件かと俺は露骨に嫌な顔を見せた。長沢優衣は苦笑して俺の予想を否定した。
「あー、この前はごめん。今日は真面目な話だから……ね?」
彼女の表情にはニヤついたところはない。嘘ではなく真面目な話だろう。
「……判った。ちょっと待ってて、本返してくるから」
「じゃあ、図書館の外で待ってる」
彼女が図書館の出口へ向かうのをチラッと見て、俺は本を閉じて持ち、元の書棚へ返すため立ち上がった。
・・・・・
・・・
・
図書館の外には、木製のテーブルと椅子が幾セットか置かれている。その一つで長沢優衣が軽く手を振っている。図書館の外壁に設置された自販機でお茶とオレンジジュースを買ってから、長沢優衣が座るテーブルへ向かった。
彼女の向かい側に座り、オレンジジュースを渡す。
「あら、悪いね。気を遣ってくれるんだ?」
「女の子と話そうというのに、俺一人だけ飲んでるのも落ち着かないからな」
ふーんと言って、俺から缶を受け取る。お茶の缶を持ち、プルタブを指で引っ張って開けた。一口飲んでから用件を訊く。
「で、話って何かな?」
「渋木くん、高木さんと付き合っていないって本当?」
「何だよ、その話か……」
「いや、噂が本当かとかそんなのじゃなくて……本当に知りたいから」
「高木さんとは付き合っていないよ。これでいいか?」
「そんなに喧嘩腰にならないでよ」
かなり不機嫌になっていた俺は、すぐにでもこの場を立ち去りたかった。
「俺のプライベートなんて、長沢さんにはどうでもいいだろ」
「どうでもよくはないんだな」
きちんと理由も話さず、思わせぶりな話し方が俺は大嫌いだ。好きな女性に対して肝は小さいけれど、そうでもない相手と嫌な会話に付き合うほど気が弱いわけじゃない。
「友達との会話で必要なのか? まぁいいや、訊かれたことには答えたからいいだろ」
俺は缶のお茶を一気に飲み干す。立ち上がろうとする俺を長沢優衣は止めた。
「待って、ちゃんと話すから怒らないで」
長沢優衣なりに真剣に伝えようとする何かがあると感じた。俺は一つため息をついて再び椅子に腰を下ろす。
彼女は少し俯いたあと、身を乗り出すように背を伸ばした。
「私、渋木くんのことが気になってるの!」
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