妄想と説教
最近の俺は、これまで以上に気持ち悪い奴だ。
恋愛の名言を見ては密かに頷いたり、切ない系の恋愛ソングをつい口ずさんだりしている。自粛していなければ下手な詩をノートに書いて一冊くらい使い切りそうだ。それほど今の俺は気持ち悪い奴へと化している。
あの日から
我が家でバイト始めた高木梨奈のシフトを避けて、俺も喫茶店のシフトを申請するようになった。バイトを終えた彼女が、駅へ向かうまでの間に啓太に会わないようライトバンで送るためだ。
サイフォンと水出しコーヒーのセットも購入した。
「残念なのは、陽平くんが淹れてくれたコーヒーが飲めなくなったことね」
バイトを変えた彼女の一言を聞いて、我が家でも同じ味を楽しんで貰えるように買ったんだ。コーヒー豆も挽き立てを楽しんで貰いたいから、彼女のバイト終わりの時間が近づいてからコーヒーミルをギコギコ動かしている。前日に水出しコーヒーを準備するのも毎日欠かさない。
うん、気持ち悪い。
判っている。気持ち悪いのは判っているんだ。
でも止められないマイハート状態なんだ。
止められないマイハート状態ってなんだよ!!
内心はともかく、彼女に悪い印象を持たれないように気をつけて、いずれ告白する気持ちが固まったら、その後に影響がないようできるだけ努めるしかない。
自室で机に座り、ノーパソに向かって一人ツッコミし、いろいろと考えていたら、いつの間に入ってきたのか横で優里の声がする。
「お兄ちゃん。私も梨奈さん好きだよぉ~。お兄ちゃんが梨奈さん好きなのは判ってる。ほれ、告って付き合っちゃいなよ」
わざわざ私もと強調して言うあたり、チクチクとダメージを与えることを忘れない
「はぁ? 急に何を……それより部屋に入る前にノックくらいしろよ」
「ノックなら何度もしたけど? どうせいつものように妄想に沈み込んで気付かなかったんでしょ。そんなことより、自分から動かなきゃダメだよぉ」
「だから、なんでそんな話を急に……」
「だって見ていられないんだもの。好きなくせに、取り繕ってさ? もっと素直にストレートに行きなよ。梨奈さんモテそうだから、ウザイことしながら時期を待つなんてことしてると誰かにとられちゃうよぉ?」
まぁ、そうなんだけど、それは判っているんだけれど、前の彼氏が
気後れするなと言われてもしちゃうってもんだ。
こういう気持ちは、外見のいい奴には判らんのだよ。
「だけどなぁ……」
「お兄ちゃんが自分に自信ないのはよく知っているけど、いい加減、少しは自信もちなよ。説教しちゃうぞ? それに高校時代、一度は彼女できたこともあったじゃない」
「半年でフラれたし……」
「あれはフラれたといっても気にすることじゃないって。お兄ちゃんとは相性が悪い相手だったんだよ。私が最初に注意してあげたのにさぁ」
高校時代に付き合った
成績こそさほど良くはなかったけれど、陸上部で長距離走っていた体育会系の俺はアウトドア派。遊びに行くのも公園や海が好きで、彼女を連れ出してデートした。でも、彼女は公園はともかく、海や山へ行くのは好きじゃなかったみたい。虫も大嫌いだったようだしなぁ。
彼女をもっと見て、俺の独りよがりにならないよう注意していたら、「ごめんね。陽平くんとはリズムが合わないみたい」とフラれることもなかったかもしれない。優里に注意されたように、図書館で本を読んで過ごしたり、映画を観てデートしていたら良かったのかもしれない。
俺は反省した。
「気にするさ。反省したし……」
反省して……いろいろ考えるようになって……俺は動けなくなった。
「いかんなぁ。梨奈さんとは相性いいと思うよ? だからもっと素直になりなよ」
「相性がいい?」
「そう思うよぉ」
「そうかなぁ?」
そうだったらいい。優里の予想に心底
でも、優里の読みが正しいかは判らない。
「そりゃね、お兄ちゃんはイケメンではないよ。でもさ? コーヒー淹れているときもそうだし、大会で長距離走っていた時なんか良い顔していたよ? 前の彼女と別れてから、恋愛コンプレックスに陥ってウジウジしてるとこが気に入らないけれど、お兄ちゃんが優しいのは間違いない。顔だって嫌がられるほど不細工じゃない。お兄ちゃんイジリが大好きな私が言うんだから自信持ちなよ」
俺イジリ大好きって自覚ありかよ!!
日頃俺をイジって楽しんでる優里に自信持てと言われてもなぁ。
それでも俺を元気づけようとしてくれる気持ちはありがたい。
俺の顔をのぞき込んで、キラキラした瞳を向けている。
片思いで苦しんでいる俺を楽しんでいるようでとても心配だが……。
「まぁ参考にするよ」
そう言うと、優里は俺の肩をバンバンと叩いて部屋を出て行こうとし、扉の前で振り返る。
「参考書ばかり集めて勉強しない……なんてことにならないようにね!」
家庭教師らしい嫌みを言って、ニヤリと笑い優里は部屋から出て行った。
優里の言う通り、妄想しているだけじゃ話にならないなんてことは判っている。じゃあ、どうしたらいいんだってことなんだよ。
いきなり告って玉砕するのは嫌だしなぁ……って、既に玉砕前提で考えてる。
いかん!
ネガティブはいかん。
でも、啓太と別れてからまだ一月だ。
彼女の心の傷が癒えたか判らないじゃないか。
んー、これもフラれるのが嫌だから、自分で逃げの理由を作ってるだけか?
判らん、判らんのだ。
なぁんも判らぁーん!
走ってこよう、こういうときは走って身体を虐めて、なぁんも考えられない状態になるのが一番。
俺はジャージに着替えて部屋を出た。
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