妄想と説教

 最近の俺は、これまで以上に気持ち悪い奴だ。

 恋愛の名言を見ては密かに頷いたり、切ない系の恋愛ソングをつい口ずさんだりしている。自粛していなければ下手な詩をノートに書いて一冊くらい使い切りそうだ。それほど今の俺は気持ち悪い奴へと化している。


 あの日から一月ひとつきが過ぎ、俺の片思いはとんでもなく重症化している。

 我が家でバイト始めた高木梨奈のシフトを避けて、俺も喫茶店のシフトを申請するようになった。バイトを終えた彼女が、駅へ向かうまでの間に啓太に会わないようライトバンで送るためだ。


 サイフォンと水出しコーヒーのセットも購入した。


「残念なのは、陽平くんが淹れてくれたコーヒーが飲めなくなったことね」


 バイトを変えた彼女の一言を聞いて、我が家でも同じ味を楽しんで貰えるように買ったんだ。コーヒー豆も挽き立てを楽しんで貰いたいから、彼女のバイト終わりの時間が近づいてからコーヒーミルをギコギコ動かしている。前日に水出しコーヒーを準備するのも毎日欠かさない。


 うん、気持ち悪い。


 判っている。気持ち悪いのは判っているんだ。

 でも止められないマイハート状態なんだ。


 止められないマイハート状態ってなんだよ!!


 内心はともかく、彼女に悪い印象を持たれないように気をつけて、いずれ告白する気持ちが固まったら、その後に影響がないようできるだけ努めるしかない。


 自室で机に座り、ノーパソに向かって一人ツッコミし、いろいろと考えていたら、いつの間に入ってきたのか横で優里の声がする。


「お兄ちゃん。梨奈さん好きだよぉ~。お兄ちゃんが梨奈さん好きなのは判ってる。ほれ、告って付き合っちゃいなよ」


 わざわざと強調して言うあたり、チクチクとダメージを与えることを忘れない敵性家族いもうとの優秀さに心の中で舌打ちをする。


「はぁ? 急に何を……それより部屋に入る前にノックくらいしろよ」

「ノックなら何度もしたけど? どうせいつものように妄想に沈み込んで気付かなかったんでしょ。そんなことより、自分から動かなきゃダメだよぉ」

「だから、なんでそんな話を急に……」

「だって見ていられないんだもの。好きなくせに、取り繕ってさ? もっと素直にストレートに行きなよ。梨奈さんモテそうだから、ウザイことしながら時期を待つなんてことしてると誰かにとられちゃうよぉ?」


 まぁ、そうなんだけど、それは判っているんだけれど、前の彼氏が啓太アレだからなぁ。高木梨奈はきっと面食い。俺はといえば、お世辞にもイケメンとは言えない。

 気後れするなと言われてもしちゃうってもんだ。

 こういう気持ちは、外見のいい奴には判らんのだよ。


「だけどなぁ……」

「お兄ちゃんが自分に自信ないのはよく知っているけど、いい加減、少しは自信もちなよ。説教しちゃうぞ? それに高校時代、一度は彼女できたこともあったじゃない」

「半年でフラれたし……」

「あれはフラれたといっても気にすることじゃないって。お兄ちゃんとは相性が悪い相手だったんだよ。私が最初に注意してあげたのにさぁ」


 高校時代に付き合ったは、とにかく大人しい女の子だった。優しい性格で物静かな様子に、ズドキューンと撃たれて好きになった。教室で本を読んでいる姿を見て可憐だぁなんてドキドキしたものさ。


 成績こそさほど良くはなかったけれど、陸上部で長距離走っていた体育会系の俺はアウトドア派。遊びに行くのも公園や海が好きで、彼女を連れ出してデートした。でも、彼女は公園はともかく、海や山へ行くのは好きじゃなかったみたい。虫も大嫌いだったようだしなぁ。

 彼女をもっと見て、俺の独りよがりにならないよう注意していたら、「ごめんね。陽平くんとはリズムが合わないみたい」とフラれることもなかったかもしれない。優里に注意されたように、図書館で本を読んで過ごしたり、映画を観てデートしていたら良かったのかもしれない。


 俺は反省した。


「気にするさ。反省したし……」


 反省して……いろいろ考えるようになって……俺は動けなくなった。


「いかんなぁ。梨奈さんとは相性いいと思うよ? だからもっと素直になりなよ」

「相性がいい?」

「そう思うよぉ」

「そうかなぁ?」

 

 そうだったらいい。優里の予想に心底すがりたい。

 でも、優里の読みが正しいかは判らない。


「そりゃね、お兄ちゃんはイケメンではないよ。でもさ? コーヒー淹れているときもそうだし、大会で長距離走っていた時なんか良い顔していたよ? 前の彼女と別れてから、恋愛コンプレックスに陥ってウジウジしてるとこが気に入らないけれど、お兄ちゃんが優しいのは間違いない。顔だって嫌がられるほど不細工じゃない。お兄ちゃんイジリが大好きな私が言うんだから自信持ちなよ」


 俺イジリ大好きって自覚ありかよ!!


 日頃俺をイジって楽しんでる優里に自信持てと言われてもなぁ。

 それでも俺を元気づけようとしてくれる気持ちはありがたい。


 俺の顔をのぞき込んで、キラキラした瞳を向けている。

 片思いで苦しんでいる俺を楽しんでいるようでとても心配だが……。


「まぁ参考にするよ」


 そう言うと、優里は俺の肩をバンバンと叩いて部屋を出て行こうとし、扉の前で振り返る。


「参考書ばかり集めて勉強しない……なんてことにならないようにね!」


 家庭教師らしい嫌みを言って、ニヤリと笑い優里は部屋から出て行った。


 優里の言う通り、妄想しているだけじゃ話にならないなんてことは判っている。じゃあ、どうしたらいいんだってことなんだよ。

 いきなり告って玉砕するのは嫌だしなぁ……って、既に玉砕前提で考えてる。


 いかん!

 ネガティブはいかん。


 でも、啓太と別れてからまだ一月だ。

 彼女の心の傷が癒えたか判らないじゃないか。


 んー、これもフラれるのが嫌だから、自分で逃げの理由を作ってるだけか?

 

 判らん、判らんのだ。

 なぁんも判らぁーん!


 走ってこよう、こういうときは走って身体を虐めて、なぁんも考えられない状態になるのが一番。


 俺はジャージに着替えて部屋を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る