幕間
僕が息を切らしながら走っていると、紅色の輝きが数百メートル先に生じた。
あの輝きは、魔王ばあちゃんの転移魔法によるもの。あともう少し、さっちゃんにあともう少しで会える。
魔王じいちゃんとさっちゃんが旅に出て以来、僕と魔王ばあちゃんは時間の許す限り二人の動向を監視……確認していた。歴代最強の魔王が孫についているとはいえ、何が起きるかわからない。なにせさっちゃんは、魔都はおろか今まで魔王城からもほとんど外に出たことがないのだから。
本来なら旅の申し入れは即却下だ。だが、いつもちゃんと僕の言うことを聞くさっちゃんが、今回だけは食い下がらなかった。これでは押し問答、どうしようもない。孫を甘やかすなとほとほと口を酸っぱく魔王じいちゃんに忠告していたのに、もう他人事とは思えなくなってしまった。
やっとのことで駆けつけると、魔王ばあちゃんの姿があった。
「ジュニア、ようやく来てくれた」
「その呼び方はやめてくれよ、恥ずかしいから。今は魔都統括」
膝に手をつき顔を伏せ、呼吸を整える。日頃の運動不足が身に応え、どうも顔を上げる気力すら沸いてこない。
「来てくれたところ早々に悪いけど、私は今から転移魔法でこの三人を魔王城へ連れていく。だからジュニアは宿にいるはずのエミリアとお姫様役の女の元に今すぐに戻って」
「そういえば、さっちゃんはどこにいる」
「この結界の中だよ。人目に触れさせないようにね」
最期の力を振り絞り、僕は魔王ばあちゃんの開けてくれた結界の穴から中に入った。
「……ばあちゃん、何があったんだよ」
僕の視界に意識なく倒れている三人の姿が。
「今は気丈に振る舞いなさい。パパがしっかりしてないでどうするの」
「う、うん」
ゆっくりと話される魔王ばあちゃんの言葉には不思議な包容力があり、焦燥に駆られそうになる僕をなだめてくれた。
「この状態ばかりは詳しく確認しないとわからない。私だって何が起きたのかわからなかったんだから。とりあえず確かなことは、全員死んではいないということ」
「……もしかしてこの女、自分の命を引き換えに魔王じいちゃんとさっちゃんを殺そうとしたのでは」
「ここ数日見てきてジュニアもわかっているはずだよ。この人間の心はジュニアの知っている汚いそれとは全く別物だとね」
「……ふむ」
「この女魔導士に心動かされてここに来たのはどこの誰だい」
「ぐぬぬ」
「その口ごもり方、おじいちゃんそっくりね」
「あのクソ親父には絶対似てない。似たくもない」
「そうやって照れ隠ししても私には意味ないわよ。ジュニアより読心魔法には長けてるの知ってるでしょ」
「ぐぬ……ちくしょう」
言い返せば墓穴を掘る。と考えていることもすでに魔王ばあちゃんの知るところか。
そんなことはどうでもいい。今はこの状況をどうにかしないと。
「ちゃんとわかってるじゃないか。じゃあジュニアは宿に急いでお戻り」
「あの二人は別にどうでもいいんじゃ……」
「またバカなことを言うのかい。あんな綺麗な心を持った者をあっさり見殺しになどできるものか」
「見殺し?」
「二人とも近いうちに殺される。魔王と仲良くしていた事実はたちまちに広がる。王都側も反勇者軍も難癖をつけて彼女らを捕らえるだろう」
なるほど確かに。魔王を味方につけようとした王都の裏切り者。あるいは反勇者軍に諜報活動をした無法者。いずれにせよ吊し上げられて火炙りが妥当だろう。そ
して体裁を整えられた方が、名ばかりの大義を抱えて進軍するということか。王都軍は反勇者軍を、反勇者軍は王都軍を。目障りな相手を消すために。
「わかったなら早く行きなさい。ジュニアが二人を確保次第、私が転移魔法で全員回収するから」
「宝石を介さないと転移できないって面倒くさ――」
「あんたが自分だけじゃなくて他の者も転移できればこんな面倒なことしなくて済むんだけどねぇ。あと燃費悪すぎ、鍛錬がまったく足りんわ」
「はい、行ってきます」
ったく、どうして僕には厳しいんだよ。人間相手には優しくなったくせに。昔は夫婦そろってやんちゃしてたって言ってたくせに。
「魔王じいちゃんがもう誰も殺さないって言うなら、私だってそれにならうさ」
「……はぁ、また走らなきゃいけないのか」
その溺愛っぷりも耳に胼胝ができるほど聞きましたよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます