第13話
「なんで一人増えてんだ? 誰かの妹?」
素振りを終えた勇者が今日も上半身裸で合流。その姿が駆け出し冒険者のような風貌でお似合いだ。
「えっちゃんじゃ。さっちゃんのお友達として、わしが昼メシに招待したのじゃ」
「えっちゃんとかさっちゃんとか、ややこしいわ! ネーミングセンスが古いぃ」
「はじめましてエミリアです」
「あーはいはい」
勇者は反論するだけ時間と労力の無駄だと知っている。魔王じいちゃんのわがままっぷりは、さっちゃんのそれに勝るとも劣らない。
「わしはちと寝るでの。さっちゃんえっちゃんのことはおぬしらに任せた」
「あ? メシ食べねぇのか?」
「さっちゃんえっちゃんって、漫才コンビみたいね」
魔王じいちゃんは何も語ることなく階段を上がっていく。
「相当疲れたのね」
「案の定あのじいさん、はしゃぎすぎたのか?」
「まぁ半分くらい正解かな。ちょっと魔法使いすぎちゃったのよ。今はだいぶ調子戻ったみたいだったけど、さっきまでぐったりしてて。まぁ強がって隠そうとしてたけどバレバレ」
事情を説明した。そのついでに女魔導士は新しく覚えた魔法の自慢も含めて。
「なるほどな。やっぱりはしゃぎすぎてただけじゃねぇか」
「そうなんだけど。あのおじいさんのはしゃぎ方はいつも孫メインなのよ。あるいは周りメインと言えばいいのかな」
「そう、だね。いつも、そう」
「自分のためには魔法とか力はいっさい使ってないっていうか。なんか、かっこいいよね。絶対に本人の前ではいえないけど。調子乗るから」
「その言い方、まるで本物の勇者みたいだな。魔族のくせに」
「あのおじいちゃん、魔族なんですか!?」
「あーしまった」
勇者一同たちまち凍りつく。弁解しようと頭をフル回転させたいのに、焦れば焦るほど何を言えばいいのかわからなくなる。
「ち、ちがうよー? 魔族がこんなとこにいるわけないでしょー? 目の色だって蒼かったでしょー?」
「……えっ」
エミリアがさっちゃんの瞳を指差して困惑している。見れば瞳の色が紅色に戻っていた。女魔導士による言い訳は不発どころか見事に墓穴を掘り当てた。
「エマちゃん、これはね、そのー、そうっ、カラコン! カラコンだから!」
「ゲームの、キャラ、の、コス、プレ、だよ!?」
黙ったままのエミリアからは疑いの目が濃くなるばかり。
「へくしょいっ」
勇者はくしゃみをさらに二回続けた。上半身裸かつ汗のせいで体が冷えたのだろう。鼻をグズグズ啜っている。
「……あれ?」
エミリアがくしゃみに気を取られてさっちゃんから目を離すと、紅い瞳が蒼色に戻っていた。
「まほうで、おしゃれしてたんだよ? おどろかせてごめんね」
「……ふーん」
まだ納得してなさそうだったが、さっちゃんの言葉が一番信憑性が高かった。
「ねえねえエミリアちゃん、なにたべる? ここはね、このビーフシチューっていうのがおいしんだよ!」
「……んーじゃあそれにしようかなぁ」
「おねえちゃん、メニューみせて!」
さらに目の色から気を逸らそうとしている。
孫の手腕に勇者一同驚きつつも感心するしかなかった。いつもは孫が何かをする前に魔王じいちゃんがあれこれやってしまう。しかし今は、自分で瞳の色を変え、相手のミスをカバーする。おじいちゃんのいない時の孫がこうも頼もしいとは。
女魔導士がさっちゃんの前にメニューを広げてあげた。
「ほかはなにがおいしいのかなぁ」
「チ、チーズインハンバーグっておいしいよね」
「ロースト、ビーフ」
「ここの鶏の唐揚げは絶品だぞ。すみませーん、注文いいですかー?」
孫のアシストにおんぶにだっこだ。一端ウェイトレスが来るまで話は中断。
お待たせ致しました、と足早にオーダーを取りに来た。
「チーズインハンバーグとローストビーフとビーフシチューとサーロインステーキとペペロンチーノとカルボナーラとマルゲリータとシーザーサラダとコーンスープとミネストローネと……あと、なんだっけ?」
「鶏の……唐揚げ?」
「あとでデザート注文するので、今回は以上で大丈夫です」
女魔導士が呪文を唱えたあと、何かがおかしいと感じながら勇者は鶏の唐揚げを注文した。魔王じいちゃんがいると頭が爆発するほどの横文字のオンパレードだ。
ウェイトレスがオーダーを復唱し、厨房に伝達する。
「調子に乗って頼みすぎちゃった、てへ」
「かわいくねぇよ。冗談だろ。勘弁してくれよ。どうせ金払うの俺なんだから!」
「あ、そうなの? 今回はエマちゃんもいるし、私も少し出そうかなぁって思ってたんだけど、ごちそうさまでーす」
「ふざけんなよテメェ!!」
「あのー」
エミリアがゆっくりと遠慮がちに手を挙げた。
「ごめんなさい。もしかして私のせいで頼みすぎちゃったのでしょうか」
「な、ち、ちげぇーよ!? いつもはこれの倍くらい注文してっから大丈夫だ! 子どもが余計なこと気にするな!」
エミリアが不安げにさっちゃんの顔色をうかがった。するとさっちゃんは満面の笑みで答え、エミリアから不安が払拭された。この場に知る人のいないエミリアにとって、さっちゃんは心の拠り所なのだろう。
「私たちもまだ成人してないから子どもなんだけどねー」
「私、二十、二歳、なんだけ、ど」
「「えっ」」
得も言われぬ空気が漂い、何とも言い難い時間がたっぷりと流れた。
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