第17話

 五分間の探知魔法発動により、さっちゃんの居場所は街郊外、ここからニ十キロメートル離れた市街地北西部に生存を確認した。両手両足を縄で結ばれ、口には猿ぐつわ。切れた口の端からは凝固した血が垂れている。幸い外傷はそれだけだが、心がひどく傷ついている。涙も乾き、声も枯れ、心が叫んでいる。


「はぁ……はぁ……さっちゃんの……わかったろ」


 たった一度の探知魔法を使っただけで息が切れるとは。母親似の魔力量を恨まざるを得ない。


「あとはわしに任せておけ」

「……ざけるな」

「自分のケツは自分で拭けと言ったのは、どこのどいつじゃったか」

「僕が……迎えに」

「上にわしらの部屋がある。そこで寝ておれ。帰ってきてから、さっちゃんを驚かせてやればよかろう」


 本意ではないが致し方ない。宝石を通して動向を見させてもらおう。それくらいの余力は残っている。

 外套マントから宝石をはずし、魔王じいちゃんに手渡した。


「では、行ってくる」


 僕は見送ることしかできなかった。

 二人の背中が見えなくなり、砂粒程度の懸念が僕の心に生じた。万全を期した状態なら問題ない。だが今のコンディションはとても良いとは言えない。魔都とは違い魔力の燃費が悪いうえに、ここ数日で散々魔力を浪費している。さらに今から自分と女魔導士の分の身体強化魔法をかけながらの長距離移動。ついでに二日酔い。

 相手に真の勇者が複数、いや、一人でもいたら――。魔王にかかれば特に問題はないか。


「本当に場所がわかったの?」

「あやつは探知魔法と読心魔法に長けておる。さらに今回探したのは、あやつ自身の息子さっちゃんじゃ。間違えるはずなかろう」


 その通り。そもそも魔都統括に就任して以来、探知ミスを犯したことは一度もない。わざと誤報を伝えて困惑させたことはあるが。

 七分ほど経過すると、市街地北西部に到着した。魔王じいちゃんが女魔導士に静止を促し、二人は足を止める。


「どうしたの?」

「今から雑音除外魔法を使う。協力してくれんか」

「何すればいいの」

「昨日教えた怪我対策魔法をわしにかけてくれ」

「……十秒しかかけれないけど、大丈夫かな」

「三秒もあれば十分じゃ……いくぞ」


 女魔導士が魔法を発動させ、あわせて魔王じいちゃんも続く。怪我対策魔法が魔王じいちゃんの魔力消費を抑制する。

 一秒。二人から音の世界が奪われていく。二秒。響く音はただ一つ。微かに耳に届くさっちゃんの助けを求める。三秒。北北西に二百メートル。建物二階、階段をあがってすぐ右の部屋。

 宣言通り三秒きっかり。探知魔法を使って僕の割り出した場所と比較すると、ほぼ一致している。


「みぃつけた」


 特定の音以外をこの世から消し去る魔法。さっちゃんが一度迷子になったことをヒントに編み出したと聞いた。孫のためならと新たな魔法を三つも生み出したのだから驚きだ。たった一つの新魔法を創り出すことに一生を捧げる者もいるというのに。

 目的地に向け再び走り出した二人。身体強化の前では二百メートルという距離はあってないようなもの。案の定、ひと呼吸の間に辿り着いた。

 正面から堂々と入ろうとする魔王じいちゃんを女魔導士は慌てて止める。襟を後ろから引っ張られ、首が絞って息苦しそうだ。


「ちょっと、もう少し慎重に行動しなさいよ。いくらおじいさんが強いとはいえ、相手はさっちゃんを人質に取ってるんだよ。状況わかってる?」


 小声ながらも緊迫感はその剣幕で伝わってくる。


「大丈夫じゃ――と言いたいところじゃが、見てみぃ」


 女魔導士は周囲を慌てて見渡すと、三十人近い人間に取り囲まれていることに気づいた。剣や槍、斧を装備している者までいる。中には勇者もいるのだろう。しかしこの群がる様は、まるで魔法を使えない低級魔族が如く。さて、この女魔導士は遠方に潜んでいる本命の魔導士十二人には気づいているのだろうか。

 魔王じいちゃんが右手を前に掲げた。

 その瞬間、女魔導士の足下に矢が刺さる。ありきたりな牽制だ。続いて眼前にいる剣士が声を上げる。


「下手なマネをしてみろ。人質の命はないからな」

「やめてくれ」

「聞き分けがよくて助かるよ。じゃあ大人しくしてな」

「あーいや、言葉が足らんかったの。これ以上わしの孫に手を出すようなら、この街の人々全員殺し尽してもわしの気はすまんかもしれんから、やめてくれ」


 取り囲んでいる人間がケラケラと声高らかに笑い始めた。魔王じいちゃんが強がりやハッタリをほざいているとでも思っているのか。この魔王なら控えめに言っても人類くらい平気で根絶やしにする。

 魔王じいちゃんはゆっくりと手を横に薙いだ。それから間もなくして、笑い声がピタッと止まった。


「そうなってしまうが、よいのか?」


 魔王じいちゃんの正面にいた剣士の腹から血が勢いよく噴き出した。三分も放置しておけば出血死するだろう。


「てめぇ、よくも――んぐ」

「口を開いた者から此奴らのように斬り伏せていくぞ」


 次の瞬間、肉が引き裂かれる嗜虐心そそる音色が響いた。剣士の隣にいた男が地に伏せ、自分で作った血だまりに溺れた。


「すまんのぉ。気を害したか?」

「……い、いえ」


 倒れて死ぬ寸前の人間どもには目も向けず、魔王じいちゃんは女魔導士を気にかける。確かに血色はよくない。


「本当に、その、えっと、殺したん……ですか」

「回復魔法はかけてある。しばらくは気を失ったまま起き上がっては来れんじゃろうが、生きておる」


 懐かしい。これはかつて拷問をこよなく愛した魔王の姿。死の寸前まで命を追いやり、回復魔法を使って激痛の苦痛と記憶だけを刻み残す。これを繰り返し、拷問が終了するころには床一面が綺麗な赤一色で染まっていた。悪逆の限りを尽くす魔王の姿に、幼き日の僕は憧れた。


「さて中へ入るぞ。気を引き締め……んっ」


 魔王は深く咳き込んだ。血でも吐きかねないせ方に、女魔導士がすかさず魔王の肩を支えながら背中をさすった。


「ちょっと大丈夫!?」

「ちぃとばかり昨日から魔力を使いすぎたようじゃ。昔はこの程度、屁でもなかったのじゃが。まったく歳は取りとぉないわい」


 減らず口が叩く魔王に女魔導士は苦笑いを隠せない。


「では行くぞ。待っておれ、さっちゃん」


 二人を引き留める勇者はこの中にいなかった。勇者らしく立ち向かうそぶりを見せる者すら誰一人いない。

 建物内に魔王たちが入り、扉がそっと閉められる。

 潜んでいた魔導士十二人は安堵し、力が抜けて膝から崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る