第15話
消失したスラム街を女魔導士たちは目の当たりした。炎に包まれた街に風が吹き抜けたかと思えば、突如鈍い轟音が鳴り、一面が平原と化した。
女魔導士は目を見開いてしっかり見ていたはずなのに、街の変貌の瞬間をとらえることはできなかった。
炎が席巻したのではない。木片もろとも炎も何もかもが視界から消え失せた。
女魔導士には見覚えのある光景で、そして、それを身に味わったことが確かにあった。
「じゅ、重力魔法でなにもかも跡形もなく潰したっていうの……? 信じられない」
「信じるも何も、目の前にある事実がすべてじゃ。その事実を否定することはできまいよ」
「あっ! じぃじ!」
紅い瞳を宿した魔王が女魔導士や孫、お姫様役の女の背後にいつの間にか座っていた。
そして魔王の背後にはスラム街に住む子ども全員が寝転がっている。怪我のない子もいれば、全身大火傷で肌がただれている子も、全員、生死とわず連れ帰ってきた。
「亡くなってしまった子は弔ってやってくれ。スラム街でも頑張っていき抜いたんじゃ。どうか最後くらいは安らかに眠らせてやってくれ」
「じぃじ、エミリアちゃんは」
「そこで寝ておる。側におってやれ、さっちゃん」
エミリアは息をしていなかった。
さっちゃんが彼女に触れる。消えた炎が残した熱で汗が流れてくるほどなのに、エミリアは汗を流すどころか、彼女の肌は冷たかった。焼きただれていない肌を見るに、一酸化炭素中毒によるものだろう。
さっちゃんがエミリアの肩を力いっぱい掴み揺さぶる。まるで今にも起き出しそうな綺麗な顔をしているが、もう目を覚ますことはない。
「さっちゃん、やめるんじゃ」
「じぃじたすけてよ。たすけてあげてよ」
「わしには無理じゃ。どうもしてやれんくてすまん」
女魔導士は涙をこらえきれなくなった。いくら嗚咽まじりに涙を流そうとも、死者はけっして帰ってこない。
「じぃじなんてだいっきらだああぁぁぁぁあああ」
さっちゃんの感情が爆発した。平地になったスラム街跡地に鳴き声が響き渡る。
女魔導士たちは改めて己の無力さを痛感した。誰も助けに加勢してくれない人間の心の狭さ醜さを呪った。己も同じ人間であることを嫌悪した。
「どうしたの、さっちゃん」
「……エミリア……ちゃん?」
一体何が起きた。死者が蘇っただと。回復魔法では不可能だ。時間を回帰させる魔法。命を分け与える魔法。事実を否定する魔法。考えられる可能性はいくつもある。だが信じがたい。これまで誰もが探求し続けてきた未知の魔法を子どもがたやすく会得できるものではないのだ。
場が困惑に包まれる中、魔王じいちゃんがあわてて二人のもとに這い寄った。魔法の痕跡を解析しても、やはりさっちゃんの魔法だということを裏付けるだけだった。
「さっちゃん、この魔法は二度と使うな。危険すぎる。じぃじとの約束じゃ」
「……わかった」
真剣な表情で語る魔王じいちゃんにさっちゃんは頷くことしかできなかった。いつものさっちゃんに見せるにやけヅラとはわけが違う。
「そこのおぬしらも他言無用じゃ。もし守れんようなら、ああなるぞ」
魔王じいちゃんが目線で示す先はスラム街跡地。それは圧殺を意味していた。女魔導士とお姫様役の女は動揺していなかったが、一緒に救護にあたっていた他二人の魔導士はすっかり怯えきっている。
「あと、すまんが、またおんぶ頼めるか。もう疲れて歩きとうない」
「私だって疲れてるって」
「仕方ないのぉ。みんなでゆっくり歩いて帰るとするか」
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めし処に帰る頃には夜も更け、街を出歩く者はどこにもいなかった。
生き残ったスラム街の子どもたち全員に魔王じいちゃんが回復魔法をかけて治療をすませた。その後はあとのことは知らんと放置。これは魔王じいちゃんなりに、あとのことは他の魔導士二人、つまり人間に任せる、ということを示唆していた。
魔王じいちゃんと女魔導士はヘトヘト。お姫様役の女は二人をかばいながら歩き、孫はエミリアおぶって男らしさを存分発揮していた。エミリアちゃんは僕がおんぶしていくから、と声を張る姿はたくましかった。
「遅かったなお前ら」
「あんたね、こんな時にどこ行ってたのよッ」
「何人か助けたあと、一人じゃどうにもならねぇから助け呼びに行こうとしたんだよ。そしたら急に炎が消えてよ。まぁ、どうせじいさんのしわざだってわかったから、安心してひと足先に帰ってたんだ」
「帰ったって……あんたねぇ」
「どうせ全員ヘトヘトで帰ってくるって思ってよ。……は、腹、減ってるだろ。い、一応な、店主に頼んで準備してもらった。あんまり食う気にはならねぇと思うけど」
普段はしない気遣いに慣れていないのか、勇者は気恥ずかしそうにしている。手を体の前でモジモジと。
「わしゃ食べるぞ。昼も食べておらんかったから、腹が減っとったんじゃ」
ここ数日定位置となっている席に着く魔王じいちゃん。
「おぬしらも食べておけ。食べることは生きるということじゃ。亡くなったこの分もおぬしらは生きにゃいかん」
「じいさん、酒はいけるクチか? 俺は未成年で飲めねぇから、相手はこいつが務めるぜ。今日くらい飲めよ」
そう言うと、お姫様役の女を魔王じいちゃんの隣に座らせた。
「じぃじね、ばぁばにおさけダメっていわれてる。たいへんなことになるから」
「まぁまぁさっちゃんや、今日くらいよかろう。ばぁばが見とるわけでもないんじゃから」
「ダメだよ。またおこられるよ?」
魔王じいちゃんは高を括っているが、孫の言う通りだ。
「大丈夫じゃ。さっちゃん、今日わしがお酒飲んだことは絶対に、しー、じゃぞ?」
魔王じいちゃんは口の前に人差し指を立てて孫に秘密を懇願した。
「僕知らないからね」
厨房にいた店主が直々に料理を運んできた。夜も遅いのでウェイトレスは帰ったのだろう。机の上には料理がじゃんじゃんと並んでいく。
そして、あっという間に魔王じいちゃんは酔っぱらった。何かを忘れようと夢中で酒を煽った。
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