第11話

 魔王じいちゃんは孫にゲームよりも楽しいことがあると知ってもらうために、朝食後、女二人を連れて大都市郊外にある公園に遊びに来ていた。勇者は素振りの効果を見るために力試しをしてくると言って、別行動。足早にめし処を飛び出していった。


「げぇむ、はナシじゃ」

「どうして」

「あの女子おなごが持ってくるのを忘れたからじゃ」


 孫はお姫様役の女にギッと怪訝な視線を送る。

 無茶ぶりをされたお姫様役の女は急なことで取り乱している。しかし、普段から会話には慣れていないこともあって、平常心を失っているようにはあまり見えない。


「ご、ごめん、ね?」 

「うん」


 本当は持っているのに。

 嘘を嘘と勘づかせない言動で振る舞うことができる。しかも勘の鋭い子どもに対しても。魔法も使わずに行使しているのだから末恐ろしい。


「よぉし、では遊ぶとするか。じぃじも久しぶりの公園に、はぁいてんしょん、じゃ!」


  数分後。多くの子どもにまざって一緒にたわむれる魔王じいちゃん。子どもに負けず劣らずの高揚っぷりに、一瞬にして他の保護者からの苦情が殺到。場内より退場させられる。

 けっして不審者扱いされたわけではない。行動の一つ一つが危うく、今にも怪我をしそうだったから。曰く、ケガして一番困るのはお孫さんですよ。ろくに楽しく遊べず病院に行く羽目になりますから。本心は、ウチの子が巻き込まれてケガでもしたらどうするの。といったところだろう。


「楽しいねー! みんな次あっちに行こっか!」

「うん!」


 一方、女二人は、さっちゃんだけでなく、周りの子どもの人気者になり上がった。みんなで一緒に遊具で遊んでいる。

 省かれたのは魔王じいちゃんだけ。魔王じいちゃんは一人ポツンと木陰から孫の顔を覗いている。だが本望だろう。さっちゃんがゲーム以外の楽しみを見つけてくれたのだから。当初の目的は達成している。

 三十分後。魔王じいちゃんの元に孫たちが帰ってきた。


「じぃじどうしたの?」

「あぁーさっちゃんか、楽しかった……か……の。……あと……水を」


 倒れている魔王じいちゃんは木陰にいるのに干からびている。ただでさえ皺がれている声はさらにカサカサに。磨きのかかったその声は、声というより呼吸音に近かった。

 かろうじて声を聞き取れたお姫様役の女が、ポシェットから水筒を取り出し、コップにお茶を注いだ。


「あの、どうぞ」


 お茶を一気に飲み干し、幾分か肌に潤いが戻った。


「ふーかろうじて生き返ったわい。さすがのわしも死ぬかと思うたわ」

「どうして干からびてたの?」

「孫と一定距離はなれてしまうと、わしゃ生きていけんのじゃ。孫エネルギーが尽きてしまうのじゃ」

「で、本当のところは?」

「ようわからん余所者ガキどもが孫とわし以上に仲よく遊びおって、羨ましくて羨ましくて妬ましくて羨ましくて、奴ら全員呪っとったら魔力が尽きそうになったんじゃ」

「それも後半半分は嘘でしょ。正直に言わないとまたさっちゃんと遊びに行くわよ」

「子どもたち全員が怪我せんよう身体強化魔法の応用である怪我対策魔法をかけとったのと、今日は昨日より暑すぎるからの、熱中症にならんよう薄っすらと日光遮断防壁を張っとったのと、裏手そこに水遊びができるよう水溜め場を作っておった。近場に川があったから丁度よいと思っての」

「どこにもないじゃない」

「今結界を解く」


 すると突如それが現れた。ここに来る前にはなかった即席プールが完成していた。二十メートル四方で深さは子どもが遊べるように浅くなっている。


「ここでならワシも一緒に遊んでよいじゃろ、ワシが作ったんじゃからな。誰にも文句は言わせんぞ」

「……このおじいさん、孫のこと溺愛しすぎてて正直キモいわ。本人干からびて死にかけてんのに、ホントよくやるわ」

「きもいわ、とはいかに?」

「褒め言葉よ」

「もっとわしのことを褒めてもいいんじゃぞ」

「やめておく。……やっぱり言わせて。うわぁキんモオオォォォ」


 魔王じいちゃんと女魔導士が会話している間に、お姫様役の女がお茶のおかわりをコップに注いでいた。魔王じいちゃんはてっきり二杯目は自分のために出されたものだと思っていた。残念ながら、それはさっちゃんに渡される。

 お姫様役の女は「ごめんなさい」とペコペコ謝りながら、魔王じいちゃんに水筒ごと手渡した。


「しっかし疲れたわい。やはり魔都とは勝手が違うのぉ。魔力消費量が倍以上じゃ」


 魔王じいちゃんは孫からコップをもらうと、自らお茶を注ぐ。飲もうとすると、孫が手を伸ばしていることに気がついた。孫には悪気がない。魔王じいちゃんは自分のために注いでくれたものだと思っているのだから。


「今ならもしかして私たちでもおじいさんのこと倒せたりする?」

「これこれ、老魔老人はいたわれと教わらんかったのか」


 魔王じいちゃんは再び孫からコップをもらうと、今度こそはとお茶を注いでひとあおり。まだ残っていることを確認してさらに注いでひとあおり。さらに注いで今度はお姫様役の女にコップを差し出した。

 彼女は深々とすばやくお辞儀をしてそれを受け取る。


「冗談に決まってるでしょ。ってかまだまだ余裕って感じだし」

「当たり前じゃ。暑さはこれからが本番じゃからの、引き続き日光遮断魔法は使わんといかんし、無論、怪我対策魔法もの」

「私も手伝えることある? おじいさんほどスゴ腕って魔導士じゃないけど」

「そうじゃの、ではおぬしら二人、さっちゃんと遊んでやってくれ。すまんがこの魔法はワシ特製じゃから手伝えることは、のぉ」

「オリジナルってわけね。どうりで初めて聞くわけだ」


 そこでふと何かが頭をよぎったのか、女魔導士が腕を組んで空を向いた。そして魔王じいちゃんに向き直して、恐る恐る口を開けた。


「もしかしてその魔法、さっちゃんのために作った魔法だったり……する?」

「日光遮断魔法はの。その他には雑音除外魔法というのもある。なにか差し支えあったかの」

「やっぱりキモいわ」

「わしのことを褒めちぎろうが、この魔法は教えてやらんからの」


 さっちゃんが上着を脱ぎ捨て靴を脱ぎ、お姫様役の女の手を引いてプールへと走っていく。


「別に教えてもらおうなんて思ってないし」

「そうか……。この前息子の嫁に教えた時は大喜びしてたがの。なんでも日光遮断魔法は紫外線も遮断できると――」

「教えてください。ぜひ教えてください。私にも稽古つけて!」

「おぬしもやはり魔導士を名乗ることだけあるのぉ。飽くなき探求心は魔導士にとって一番大事なものじゃ。……仕方がない。今回だけは特別に教えてやろう」

「やりぃ!」


 話は噛み合っても心は微塵も噛み合っていない。

 魔王じいちゃんは、同じ魔導士として本当は魔法を教えたかった。

 女魔導士は、魔道を極めるのではなく美を追求している。

 心の内は理解できずとも、お互いが満ち足りた顔をしているのなら、何も問題はない。


「ではまず怪我対策魔法から始めるかの」

「いや、それはいいから……えーっとなんだっけ、紫外線対策魔法? それ教えて」

「なんじゃそれは?」

「え、日光がどうのこうのってヤツ」

「日光遮断魔法じゃ。まぁこれから教えてやってもよいが、怪我対策魔法を会得しておらんとひどい目にあうぞ。失敗すれば己の体が日光で焼けただれ死んでしまうやもしれんが。よいのか?」

「……あぶな。じゃあ今回はやめておこうかなぁ。二つも新魔法会得できるとも思えないし。怪我対策魔法だけってのはなぁ」

「何が不満なんじゃ? 一つでも会得できれば、それは、魔導士として大いなる成長につながるというのに。仮に会得できんくとも、その研鑽に無駄なことなどない」

「ちなみに、怪我対策魔法ってどんな魔法なの」


 投げやりに聞いた。紫外線カットで女性の大敵である日焼けやシミ予防になる日光遮断魔法だけで会得できれば楽なのに、と思っているのだろう。


「怪我対策魔法は擦り傷から銃弾まで防ぐことができる」

「ふーん……ってとんでもない魔法じゃん」

「驚くにはまだ早いぞ。シワだけでなく、シミそばかすなどの予防にもなるのじゃ」

「えっほんとに!?」

「わしをよう見てみぃ。この通りじゃ」


 老人の顔はシワが走り、所々にシミもある。


「嘘だってバレバレ」

「何を言っておる。この歳でこの顔じゃぞ。信じれんほどピチピチじゃと魔都では評判なんじゃがのぉ」

「うっそだぁ。よくても七十歳って感じの顔してるよ」

「わしゃ三百歳じゃが」

「ほんとに?」

「本当に」

「魔法、納得」

「あともう一つの雑音除外魔法なんじゃが――」

「それはいいから、日光遮断魔法と怪我対策魔法、教えて」

「……そうじゃの。雑音除去魔法はおぬしに必要ないかの。これはおぬしからすると単なる聴力補佐じゃし。一応老人になったら重宝すると思うのじゃが、本当にいらんのか」

「また機会があったら教えて。まず怪我対策魔法から」

「ふむふむ。欲張っても何もいいことはないからの。妥当じゃな」


 さっちゃんとお姫様役の女は白熱する討論に蚊帳の外。

 二人がこの場を離れたことに気づいたのは、それから五分後のこと。さっちゃんは一張羅である外套マントを脱ぎ捨て、水遊びへと向かったのであった。

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