第9話
「この街に来てからメシしか食べてないような気がするんじゃが、気のせいじゃろうか。……まぁ、気のせいじゃの」
昼食兼おやつにパフェを食べたばかりなのに、すでに夕食時。
どうしてもパフェを食べたかった魔王じいちゃんは、勇者の制止を押し切り強行突破。女二人と孫を見方につけて勇者に猛攻。ウェイトレスすらも仲間に引き入れて店内でお祭り騒ぎ。収集がつかなくなったところで、騒ぎを治めるためにパフェ三つで手を打った。
「気のせいでもなんでもねぇよ。おかげで俺の財布にゃ閑古鳥が鳴くぜ」
「ん、なんじゃ、よう聞こえんの。歳のせいで耳が遠なって仕方ないわい」
「あんたそんなに耳悪くないだろ」
「んあー? なんじゃいのー?」
財布の中身を気にして紙幣の枚数を数える勇者は、昨晩よりも怪訝な表情をしている。ため息をついても浪費した金が返ってくるわけもなく、虚しさが余計に増すだけである。
勇者の財布事情をよそに、今日も大量に注文した料理をウェイトレスがせっせと運んできた。
「パフェ食べたからあんまりお腹へってないなー」
「じゃあそんなに頼むんじゃねぇよ。別にお前らの分は払わねぇからな」
棘のある勇者の言葉には耳を傾けることなく、なんだかんだ言いつつも女二人は料理にありつき始めた。
「わしはもう少し、ぱふぇ、を食べたかったの」
「わがままか。目の前にあるメシを食え」
「でもよかったじゃない、一口だけもらえて。しかもあーんまでしてもらえて」
「わたしも、そう、思う。微笑ま、しい」
おかわりパフェが到着した時、さっちゃんはパフェの匂いにつられて昼寝から目覚めた。言うまでもなく魔王じいちゃんのパフェは強奪されたのだった。
「だとさっちゃん。……ん、これこれさっちゃん、話を聞いておるのか?」
「それはこっちのセリフだボケッ。まずは俺の話を聞け!」
「なんじゃうるさいのぉ。そんな怒鳴らんでも聞こえるわ」
「あーはいはい。もう耳が遠いって設定はどこにいったんですかね。もう忘れたんですかね。そうですか、歳のせいでボケが進んでんですか、この野郎」
「なーにをカリカリしておるんじゃ」
勇者の怒りのボルテージは上昇していく。
「あのな、いいか。よーく聞けよ。あんたらの食事代もろもろの金は全部俺が出してんだよ。ちょっとはありがたく飯を食え、感謝しろ! 頭を下げて、俺に、俺に感謝しろ!」
「いやいや、最初からそういう交換条件じゃったじゃろ。じゃから稽古つけてやっとろう? 等価交換じゃと思うがの。それどころかもうちっと何かもらいたいもんじゃ。……とりあえず、ぱっふぇ、で手を打とう。あと、げぇむ、もの」
「ただ素振りさせてただけだろうが! ふざけやがって」
「いやいや、あの木刀にはわしの魔法がかけてある特殊な稽古道具でな。今頃おぬしは自分でも信じられぬほど強くなっとるはずじゃ。実感はないかもしれんが」
「ほ、本当か? なんかズルして強くなったみたいで素直に喜べねぇな」
「大丈夫じゃ、プラシーボ効果ねらいじゃから」
「それ俺に教えたら意味なくないか!? しかもそんな難しい言葉は知ってんのかよ、簡単な横文字は知らねぇくせしてよ!?」
魔王じいちゃんはここで一つ咳払いを入れた。疾走する勇者の怒りを牽制し、長い白髭をゆっくりとさすりながら心の余裕をあらわにした。
「これでよぉわかったじゃろ。おぬし自身が言った通りじゃ」
「何がだよ」
「ズルして強くなってもちぃとも素直に喜べんじゃろ。それにの、強くなるための近道はどこにもない。じゃから地道に努力を続けて鍛錬せよ」
「じゃあ、じいさんもそうして強くなったってわけか?」
「そうじゃ。鍛錬に鍛錬を重ね、気づけばヨボヨボ、というわけじゃよ」
「嘘つけよ」
「わしの目が嘘をついているようなそれに見えるか」
「……ふん。あぁそうかよ。じゃあ俺も頑張んねぇといけねぇな」
「わかればよいのじゃ、わかれば」
うまいこと魔王じいちゃんが話を逸らしたところでひと段落。
二人の会話の終わりが間もなくして、その終止符を示すかのように、パン、っと手を叩く音が鳴り響いた。
「「「ごちそうさまでした」」」
魔王じいちゃんと勇者は白熱した討論のあまり卓上をいっさい確認していなかった。二人そろってバッと勢いよく卓上を見ると、そこには空いた皿だけが残っていた。
「食い終わるのはやくねぇか!? お、俺の分は!?」
「さっちゃんの胃袋の中」
さっちゃんのおなかはあまり膨らんでいないが、女二人は服の上からでもわかるほどに腹が膨れ上がっていた。
「お前ら腹減ってないんじゃなかったのかよ」
「おかげさまでまた太っちゃうじゃないの。どうしてくれるの。こんなおいしいものばかり食べさせて」
「何様のつもりだテメェ」
「ぼくはお子さまー……げふっん」
「わ、わたしは、お姫様、役だったし」
「私は……まぁ、えーっと、そのー、うん! ごちそう様!」
勇者は黙って追加注文し、魔王じいちゃんはパフェを頼んだ。
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さっちゃんは夕食もお腹いっぱい食べ、さらには一日中はしゃぎすぎて疲れたらしく、ぐっすりと眠っている。食べては寝て、そして遊ぶを繰り返す。子どもの本分を全力で謳歌している。
魔王じいちゃんと勇者も夕食を終えひと休み。するとタイミングを見計らったウェイトレスがこちらにやって来て、勇者に折りたたまれた手紙を手渡した。一礼して去っていく。
勇者が手紙を開けると『革新派が魔族と手を組み、数日後王都に進軍する可能性がある』と記述されていた。
「おかしいのぉ。そのような情報は今まで聞いたことがない。誤報か何かではないのか」
「どうだろうな。反勇者軍は少なくとも、魔王軍に負けたかつての勇者軍、つまり今の王都の主権を持っている奴らには不満を持つヤツは多いからな。前にも言ったろ?」
「……なるほどのぉ」
鋭く何かを察した魔王じいちゃん。いったん一呼吸おいて続けて口を開いた。
「そやつら自身も勇者を掲げておるのか?」
「そやつらって反勇者軍のことか? まぁ、そうだけど」
「ふむ。……でははっきり言わせてもらうが、そやつらはもう――勇者ではないの」
なめらかに口ずさまれた言葉には形容しがたい暗くて重い圧倒的な力があった。
「奴らをかばうわけじゃねぇが、一応言っておく。誰だって己の正義のためにやってんだよ」
「おぬしの言う通りの定義なら魔族すら勇者を語れることになろう。おぬしらはそれでよいのか?」
「ふざけんじゃねぇ、そんなことまかり通るわけが――」
「ただひとつ言えることはの、己の敵はすべて悪となり得る。悪魔や悪は己の正当性を振りかざし、己の価値観を相手に押しつける。勇者や正義というのも、結局のところは、己の正当性を振りかざし、己の価値観を相手に押しつけておる。つまるところ、勇者も悪魔も容姿は違えど考えること、いや、欲や本能煩悩ではつかさどるものは、まったく同じなんじゃよ」
「詭弁だ」
「わしを見よ。おぬしはどう思う。昨日今日、わしと行動をともにして何を感じた」
勇者は魔王じいちゃんを鬼の形相でにらめつける。
「わしは、昔、人間と対峙したことがあった。その頃わしはまだ若くての、無論、そやつを殺すつもりじゃった。じゃがの、奴の何気ないひと言で、わしは殺すのをやめたんじゃ」
「なんて言われたんですか?」
女魔導士が久しぶりに言葉を発した。勇者が口を閉ざしてしまったから。
「それはの……なんじゃったかの?」
「ありゃりゃ。しっかりしてよね」
「いかんせん遠い昔のことすぎて覚えとらんのじゃ」
魔王じいちゃんは立ち上がると、ひと呼吸おいてニヤリとほくそ笑んだ。
「仕方ないのぉ。乗り掛かった舟じゃ。その、くーでたー、とやら、わしが止めてやろう」
女二人は嬉しそうな顔をしていた。だが勇者だけは納得していないようだった。
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