第8話

 近場の喫茶店に逃げ込むと、ウェイトレスが申し訳なさそうに三十分待ちを伝えてきた。昼下がりで店内は満席で、他にも簡易的な待合椅子に座って順番待ちの客が十人いた。


「他のお店行こっか。そういえば私、この街に行ってみたいお店あったのよ」

「わしはどこでもかまわんぞ。ほれさっちゃん、どうするのぉ」

「んー」


 すでにゲームを始めており、どうやら順番待ち対策は万全らしい。

 まともな返事すらしてもらえず、魔王じいちゃんは肩を落とす。お姫様役の女がそれを見て、すぐにゲーム機を貸してしまったことに苦笑い。

 孫の一存で待つことに決まった。勇者たちも腰を下ろす。


「待ち時間ついでに、さっきの羞恥プレイについて教えてもらおうか」

「あーはいはい。了解」


 結果的に魔王じいちゃんに悪知恵(ツンデレと萌え)を教えたとされる戦犯の二人が、責任をもって顛末の経緯を説明した。

 二人が話し終える頃にはウェイトレスが席に案内してくれた。


「途中までいい話だったような」


 女二人によって多少美化されたゲーム大会での出来事が勇者に伝えられた。そのせいで最後の魔王じいちゃんの、、とやらを含む一幕がひと際目立ち、醜態がより際立った。


「なんだよ、あんた先手取るのうまいし、俺はてっきり、場の流れとか、あるいは相手の心でも読めるのかと思ってぜ。気のせいに終わったけど」

「当たり前じゃ、心なんぞ読めるわけないじゃろうが。読めれば何も苦労せんわい。そのような難儀な力があるのならば、孫ともっと仲ようなっとるわい」

「だよな」


 ここで頷くのは勇者だけ。魔王じいちゃんと孫の仲を知る女二人は、あっかんべー、を思い出し、微笑ましく笑うだけだった。


「多少心を読めたところでろくな父親になれんかったらなーんの意味もないわ」

「誰のこと言ってんだか」

「まぁわしは心は読めんが、人間の行動というのは読みやすいのぉ」

「へぇー」

「単にだいたいの人間は魔族よりも単純でわかりやすいというだけじゃが。ごくまれにおる姑息な奴は魔族のそれを軽く凌駕するがの。まさに真の悪魔じゃ」

「あんたが人間を悪魔呼ばわりするなよ」

「いやいや昔おったんじゃよ、悪魔みたいな人間がの。どれだけの魔族が天に召されたか。……ほぉ! この飲料水は甘酸っこうて、うんまいのぉ。うまさの余り昇天してしまいそうじゃ」


 オレンジジュースを飲みながら冗談を飛ばすと、全員老人のデスギャグに無視を決め込んだ。たっぷりと数秒後、何事もなかったことにして、勇者が会話を続けるために口を開いた。


「ま、魔族が天国に行けると思うなよ。天国でも戦がはじまっちまうじゃねぇか」

「まったくこれじゃから若僧は。救いは誰にでも平等に訪れるものなのじゃ。救われた心に争いという概念はない。人間も魔族も、誰も彼もが仲ようして天国で暮らしておろう。まったく、現世もそのようであってほしいわい」

「へぇー、おじいさんも意外といいお話できるんですね。いっつもだったから、孫好きこじらせた老害かと思ってました」

「うんうん」


 笑いながら冗談を吐き毒づく女魔導士に、お姫様役の女は同調してうなずく。

 老人は憤慨せずにはいられない。


「バカにしておろう! これでも若い頃はぶいぶい言わせておった口じゃぞ。ワシを怒らせると痛い目を見ることになるぞい?」

「さっちゃん、じぃじがいじめてくるよー」

「じぃじやさしいから、そんなことしないよ?」

「ぐぬぬッ!?」


 すでに魔王じいちゃんの孫という手綱たづなの握り方を心得たらしい。この二人は出会ってまだ一日しか経っていない。心を読むよりノウハウとして心を掌握する方法を知っている方が恐ろしい。


「でも、ゲーム機、買って、くれないんだ、よ?」

「じゃあ、じぃじやさしくない。いじわる」

「おぬしまで余計なことを言うでないわ! わしのかわいい孫がダダをこねれば何でも買ってもらえると浅知恵を覚えたらどうするのじゃ!」

「じぃじだって、ぼくになんでもあげたらよろこぶって、おもってるくせにー」

「な、なんじゃと」

「ぼく、バナナチップスあんまり好きじゃないよ」

「…………え。……ん。…………ん」


 衝撃的事実。隠居先の家に孫が遊びに来るたびに出してあげていたバナナチップス。魔王じいちゃんはおいしそうにそれを食べる孫を見て、勝手に孫の好物だと勘違いしていた。

 魔王じいちゃんが孫のために。おじいちゃんなりに横文字で洒落たものをと、身の丈に合わないのに少し背伸びをしてまで買っていたバナナチップス。これはトラウマになりかねない。

 身内ネタではあるものの、他三人も察することができたようだ。三人とも腕を組み、目をつぶってゆっくりと頷いている。もしかすると彼らにも身に覚えがあるのかもしれない。


「私は羊羹とかお饅頭とかいっぱい出されたなぁ。甘いもの好きって言ったら」

「俺はパチモンのガンザムのプラモばっかりもらったわ」

「私、泣いてたら、いつも、王女様みたい、に、あがめ、られ、てた」


 懐かしさに感慨深くなっていると、ウエイトレスがオーダーしたパフェを持ってきた。丸テーブルの上に並べられた壮大な五つの巨塔。綺麗にデコレーションされた溢れんばかりに盛られた果物や生クリーム。

 コトン、と音がした。テーブルにゲーム機が置かれた。さっちゃんはパフェに心奪われ、大好きなゲームから目を離しただけでなく、手すらも離したのだ。バナナチップスごときではこうはならなかっただろう。

 パフェなるものを初めて見た魔王じいちゃんと孫。

 おじいちゃんがスプーンを手に取って未知なる食べ物とを始めて食べあぐねる中、孫はためらいなくスプーンを入れた。


「んんー!! おいしいぃ!」


 孫の興奮する声が魔王じいちゃんの隣から聞こえてきた。明らかにバナナチップスを食べる時よりも美味しそうにパクパク食べている。

 魔王じいちゃんは気づいた。バナナチップスを食べる時、孫はいつも愛想笑いをしていたのだと。おじいちゃん色眼鏡が取れた今、ようやく気づくことができた。


「さっちゃん、ほっぺに生クリームついてるよ」


 女魔導士は取り出したハンカチで孫の頬をぬぐった。


「ありがとう!」

「それ、わしもやりたかったのぉ」


 と、そのやりとりの一部始終を羨ましくながめながら、魔王じいちゃんもついに一口食べてみる。


「なんじゃこれは……!! 確かにうまいのぉ。長生きはしてみるもんじゃな」

「じぃじにもついてるよ」

「ほっ」


 孫は女魔導士を真似るように魔王じいちゃんの髭についていた生クリームを取ってあげた。


「あー……じぃじ」


 のだが、取れるどころか生クリームが髭の中に潜り込んでいる。


「ごめんなさい」

「よいのじゃよいのじゃ、気にするでない」


 ご満悦で笑顔を振る舞う魔王じいちゃんを見て、孫は不思議そうに首を傾げた。どうして笑っているのかわからない。だが周囲は理解している。おじいちゃんというのは、そうやって孫と触れあえるだけで幸せなのだ。


「本当にこの、ぱふぇ、とやらは美味いのぉ。美味すぎて涙が出てきそうじゃわい」

「こんなおじいちゃん、私もほしかったなぁ」

「さすがに昇天はもうせんがの」

「……んー、やっぱりいらないかなぁ」

「今からでもおぬしもわしの孫にしてやってもいいのじゃぞ。ほれ、はよ髭を拭かんか、ほれほれ」

「うん、やっぱりいらない、こんなジジィ」


 きっぱりと女魔導士は断った。


「なんじゃつまらんのぉ。冗談も通じんのか、この女子おなごは」

「あ、じゃあ私、今からおじいさんの孫でいいや。だから……ねぇ。孫にビンタされるなら、おじいちゃんにとってはご褒美も当然だよね。はやく頬っぺ出しな」


 冷徹な視線で睨みを利かす女魔導士。

 魔王じいちゃんは震えあがりながらすぐさま身構えた。


「やめんか、馬鹿もん!」

「えーつまんないのー。これだから冗談も通じない年寄りってのは」

「……おぬし、わしへのあたりがだいぶ強くなってはおらんか?」

「んー気のせいじゃない?」

「それもそうじゃの。……ん? わしの、ぱっふぇ、がいつの間にかなくなっておるのじゃが」

「それなら、さっちゃんが、食べきった、自分のグラス、と、交換して、まし、た」

「なんてことをするんじゃ! さっちゃん返しなさい!」


 暴君さっちゃんは魔王じいちゃんのパフェを大量に小さな口の中にかけこんだ。口がパンパンで咀嚼もままならない状態。だがそれを丸呑みゴックン。

 唖然とする魔王じいちゃん、勇者におかわりを所望するもあっけなく断られた。

 今日のおやつを堪能したさっちゃんは、二十秒後にはお姫様役の女の膝まくらでお昼寝タイムに突入したのだった。

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