第7話

 圧倒的な強さを見せつけての瞬殺。

 映し出された大型スクリーンでは、最強無敵という概念が実体化していた。いっさいを寄せつけない遥かに抜きんでた力で蹂躙する。その様はまさに悪逆非道な真の魔王に等しかった。

 ゲームとはいえ疑似的に世界の末路を目の当たりにした。多くの勇者やそれに連なる者たちが、それを見て歓喜するのだから不思議な話だ。

 お姫様役の女が帰ってきた。そして、ゲーム機をさっちゃんに差し出す。横長の長方形、全面黒塗りで中央には大きなディスプレイ、その左側に十字キー右側にボタンが四つ。これこそ孫がほしがっていたゲーム機だ。


「これ、あげる」


 彼女の声はかすれるように小さかったが、周囲の歓声にかき消されることはなかった。

 彼女のひと言に孫は手を出す。が、すぐにその手を引っ込めた。


「嘘つき。いらない」


 孫は下ろした手でズボンの裾を力強く握りしめている。誰にもぶつけられない想いをぶつけている。

 歓声がさらに大きくなった。舞台ステージ上では優勝者が表彰され、今はインタビューを受けている。無論、お姫様役の女は舞台ステージから降り、今こうして孫と対面している。

 彼女は差し出した自分のゲーム機をポシェットの中にしまった。


「ごめんね。もらって、こられなくて」

「ちがうもん」

「……ん? なにが、ちがう、の?」

「だって、協力プレイできなくなったもん。だから、おねえちゃん、嘘つき」


 可愛らしいね方をする孫に、魔王じいちゃんだけでなく、女魔導士やお姫様役の女も微笑ましく思い、優しい笑みがこぼれた。神様がいたずら好きなら、このような健闘の讃え方もあるのだろう。

 魔王じいちゃんは孫の心の成長に立ちあうことができた。


「だから、じぃじにゲームかってもらうね。そしたらいっしょにゲームできるから、おねえちゃん嘘つきじゃなくなるよ?」

「そう、だね。へへ」

「……ん、ん?」


 心の成長に立ちあうことの対価としては安いかもしれない。

 お姫様役の女はさっちゃんの頭をなでる。

 魔王じいちゃんは禿げあがった自分の頭をなでる。


「あののぉ、じぃじ、お金なくて――」

「じぃじかってくれないの? お願いだからぁ」


 ウルウルした瞳で孫に見つめられ、いつもとは違い甘えながらせがまれる。

 魔王じいちゃん、買ってあげたいが買ってあげられない葛藤にさいなまれ、自分の頭をなでる速度が徐々に上がっていく。どうすることもできない不甲斐なさに、ない髪をかきむしる。


「すまんのぉ、さっちゃん」

「じぃじなんてきらーい」


 吐き捨てた孫はお姫様役の女のうしろに隠れて顔だけひょいっと出し、魔王じいちゃんに柔らかい不満をぶつけた。下まぶたを指先で引き、舌をペロッと出して。声のトーンはいつもより高かった。

 しかし、当の本人、魔王じいちゃんは孫がただだけということに気づけていない。真剣に悩みすぎているせいで。


「な、なぜじゃ!? なぜそうなるのじゃ!? のぉさっちゃん、わしゃ何も悪いことしとらんじゃろ!?」

「あのーおじいさん、さっちゃん甘えてるだけですよ?」

「ど、どういうことじゃ? そ、そうなのか? ようわからんが、え?」


 女魔導士の言うことを怪訝そうに聞きながらもどことなく嬉しそう。


「ツンデレってやつですよ、ツ・ン・デ・レ。だって、あっかんべーなんて萌えるじゃないですか」

「つんでれ? 燃える? それはいったいなんじゃ? どういう意味なんじゃ!?」

「よかったですね、ちゃんと味方がいるじゃないですか。朝ごはんのとき散々愚痴ってたくせにー」

「わけがわからんわ!! 年寄りにもわかるように言わんか!!」


 とうとう頭がパニックを起こして魔王じいちゃんは発狂した。


「さっちゃんがおじいさんのこと、大好きってことですよ」

「あ、あたりまえじゃ、何をあたりまえのことを言っておるのか」


 にまにまと嬉しさでとろけそうな顔をしていることを本人は自覚していない。


「おいコラじいさん、素振り終わったぞ。次は何をすりゃいいんだ」


 上半身裸でタオルを肩に担いだ勇者が話の輪の中に入ってきた。脱げば筋肉質で余分な肉のない勇者らしいたくましい体をしている。

 魔王じいちゃんはやって来た勇者の正面に立ち直した。そして神妙な面持ちで勇者の双眸をジッと見つめる。


「のぉ、勇者よ」

「な、何だよ、あらたまって」


 気圧された勇者は思わず一歩後退して距離をとる。しかし魔王じいちゃんはすかさず距離を詰めた。


「孫と一緒に、通信対戦と協力ぷれい、とやらをしたい。何卒頼む」

「頼むって、俺にゲーム機買えってか? ろくに稽古つけてもくれねぇのに、いっちょまえに物はせびるんだな」

「買ってあげて、お願い」

「私からも、お願い、したい」

「お、お前らまで。どうしちまったんだよ」


 事の顛末を知らない勇者が戸惑うのも仕方がない。

 女二人は少しだけ腰を折り、勇者の顔を下から覗き込むように、上目遣いでにじり寄る。女の色気で誘惑するというよりは、さっちゃんのように甘えて懇願する雰囲気を醸し出していた。


「ねぇ、おねがぁい♡」

「だめぇ……?♡」

「うぐっ」


 勇者には効果てき面で、あと一押しすれば承諾しそうだ。

 魔王じいちゃんは、ここで何かを察したようだ。女二人にあわせて魔王じいちゃんも上目遣いで勇者に詰め寄る。


「勇者さまぁ、お・ね・が・い♡」


 すべてはかわいい孫のために。あと一押しだということは魔王じいちゃんにも理解できていた。だからこその追撃、に出たはずだったのだが。

 いつの間にか歓声がやみ、周囲から音の一切が消えていた。勇者は目を点にし、女二人の目からは光が消え、噴水広場にいる人々は何事かと目を見張った。噴水も空気を読んで水を噴き上げるのをやめていた。時間凍結魔法をかけた時と同じように、一面の風景が凍った。

 思わず魔王じいちゃんはあたりをキョロキョロと見渡す。


「皆の者、どうしたんじゃ?」

「ど、どうもこうもねぇだろうがハゲジジィ! いきなり気色悪いんだよ!」


 勇者がかろうじて反応した。


「な、なんじゃと失敬な!? 物を頼むときは、燃えるつんでれ、とやらが大事なんじゃなかったのか!?」


 魔王じいちゃんとしては真剣そのもの。ツンデレと萌えに対する一挙手一投足は最高の出来栄えで、ゲーム機を百パーセント手に入れたと確信していた。だからこそ勇者の不可解な反応に疑念が残った。

 会場はいまだ沈黙を保ち、困惑の渦に閉じ込められている。禿げた老いぼれじいさんが甲高い声で舌をペロッと出し、若い半裸の男に何かを懇願していたのだから。


「……じ、じいさん、とりあえずどっか中に入らないか。周囲の視線がいてぇから、場所を変える」


 語弊の招きかねない言い方に案の定つられた周囲は騒然とし始め、時がようやく動き出した。傍から見れば困惑の渦の中心にいるのは魔王じいちゃんだけでなく、間違いなく巻き込まれた勇者もセット。魔王×勇者のカップリングの誕生である。

 勇者は周囲の色眼鏡に気づくことなく、黙々と人混みを避けながら歩いていく。不名誉な視線を一身に受け止めながら。魔族討伐後の勇者凱旋とは程遠い。


「これって私たちもついていかなきゃいけないのかな」

「どう、なんだ、ろう。ちょっと、嫌だなぁ」

「でもいつまでもここにいる方が死んじゃうよね」


 女二人は魔王じいちゃんの背中を押しながら勇者のあとに続いた。孫もトコトコとついていく。

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