第6話
魔王じいちゃんによるいびきオーケストラ。際どいバランスで保っていた音楽の
魔王じいちゃんの頭を容赦なくひっぱたく。禿げ頭から鳴り響く快音。不機嫌なのだから力が入っても仕方がない。
うるさいと叩き起こされた魔王じいちゃんは孫をつれ、二人一緒に一階へ。勇者は絶賛素振り中。
すでに朝食を食べている女二人を見かけ、孫はゲームを持っているお姫様役の女、魔王じいちゃんは女魔導士の隣に腰を下ろした。イカツイ男と弓使いの男の姿はない。
「おはようございます。昨日はよく寝られましたか?」
「今朝方、大きなハエがブンブン飛んでおって目を覚ましてしまったわい」
「奇遇、です、私たち、もです。隣の、部屋が、うるさくて」
「そうそう、隣の部屋から騒音が聞こえてきて、部屋の壁薄くて正直困りましたよ」
「それ、じぃじのいびきだよ!」
女二人のフォークが止まる。背筋には悪寒が走り、それを追うように嫌な汗が伝う。何か言い逃れする方法はないのかと、せわしなく目が泳ぐ。
「さ、さっちゃん、どうしておじいさんのいびきだってわかったのかなー?」
まだ確証がない以上、偽りの情報だけで空気を悪くするわけにはいかない。つまりここでの最善手は、答えられない問いかけを出して事をあやふやにすること。
「ばぁばも同じこと言ってたもん!」
「そ、そっかぁ、そうなんだぁ」
「これ以上何も言うでない……」
女魔導士の作戦は失敗に終わった。それどころか完全に墓穴を掘ってしまった。
さっちゃんの方が一枚
女二人は口を閉ざす。これ以上傷口を広げないためにも魔王じいちゃんの言う通りもう何も言わないことを選択したのだろう。
「……すまんの」
今にも消え入りそうな声で魔王じいちゃんは謝罪した。勇者の素振りをハエの飛行音と揶揄して盛り上がろうという魂胆だったのだろうが、まいた種が返ってきて自爆する羽目に。
女二人の肩が震えている。消え入りたいのは私たちだと肩が雄弁に語っている。
重たい空気の中、ウェイトレスが二人分の朝食を運んできた。
黙々と朝食を食べ始めた魔王じいちゃんに続いて、食事途中だった女二人も食事を再開した。居たたまれない空気を生み出した張本人は、子ども用のフォークとスプーンでモリモリ朝ごはんを食べている。特製お子様朝食セットだ。
「そ、そ、そういえば、今日、噴水広場、で、ちょっとした、ゲーム大会が、あるんです、よ」
沈黙を破ったのは基本無口で必要最低限のことしか喋らないお姫様役の女だった。
さっちゃんが目をキラキラと輝かせている。いつも通りの興味津々わっくわくのぱっちりおめめだ。
「優勝したら、新作の、ゲームがもらえ、るんだって」
「ななな、なんじゃと!?」
悪い空気は見事に一瞬にして吹き飛んだ。孫よりも目を輝かせて興奮する魔王じいちゃん。動悸が激しくなり呼吸が荒くなっている。勢いよく机に手をついて立ち上がったはいいが、立ち眩みによってフラフラと座り込むことに。隣に座っている女魔導士が老体を支えてあげた。
「参加じゃ! 参加して絶対に、げぇむ、手に入れるんじゃ! ぐえぇっへ」
「おじいさん、落ち着いて、むせ込んでるじゃない」
女魔導士は優しく魔王じいちゃんの背中をさする。
「って咳き込みすぎて泣いてるじゃないですか!? はやくお水飲んでください」
「……違うんじゃよ。息子夫婦と一緒に暮らしておる時は息子に邪魔者扱いされ、隠居を決めたと同時に息子夫婦と別居したらしたで、ばあさんに毎日二人でいると息が詰まると煙たがられ。唯一の救いである孫は孫でじぃじ嫌いって言ってくるんじゃ。じゃからの……久しぶりなんじゃよ、ぬくもりを感じたのがの。そう思うと自然とほろっと涙が、の」
「おじいさん……」
「こうやって話をしながら食べる朝食も、わいわい騒ぎながら食べる夕食も。ばあさんと食べても会話はあっても一つ二つ。三つ四つとなれば出てくるのは罵詈雑言のおんぱれぇどじゃ。今の生活の不満から若かりし日の過ちまで咎められ」
「おじいさん……?」
「居場所がないからとちぃっと遊びに行けば、金の無駄遣いはするなとばあさんに叱られる始末。……知っとるんじゃぞ、わしは。……えすて、よが、すぽぉつぢむ。ばあさんがこっそり贅沢しとることくらい!」
「お、おじいさん……?!」
「じゃから孫を口実にして、家出してやったんじゃ! ガーッハッハッハッハ!! 誰も止めてくれんかった時は、ちぃと、ちぃっとだけ、寂しかったがの……」
唐突に語り始めたかと思えば、悲痛な叫びが心の導火線に火をつけ、魂の叫びを魔王じいちゃんから引き出した。誰も知るよしもない魔王じいちゃんの抱える苦悩が人間の優しさに触れることで大爆発を起こした。
最初はおじいさんを気遣っていた女魔導士だったが、緩急抜群なクライマックスを見せられ、驚きと戸惑いを隠せずにいた。とりあえず背中をさすることだけはやめなかったのは正しい判断だ。
「ところで、なんの話をしとったのじゃったか?」
「おじいさん、ボケないでくださいよ」
「げ、ゲーム、大会」
「それじゃ! いつからじゃ! どこであるんじゃ! 何をすればいいんじゃ! 絶対に優勝するんじゃ!」
噴水広場で行われるということが興奮のしすぎで頭の中から吹っ飛んでいる。
鼻を大きくフガフガ。顔から頭のてっぺんまで血の巡りで真っ赤っか。再び女魔導士にコップを渡され、たっぷり入った水を一気にあおる。
「もうそろそろ、開始、で、出場資格は、その、あの、えーっと」
「どうしたんじゃ、さっさと言わんかッ!」
「は、はいっ!! 大会で使用する携帯型ゲーム機と専用ソフトを持参しないといけませんっ!」
「なんじゃおぬし、普通にしゃべれるのではないかってなんとなッ!? わしゃ何も持っておらんぞ!? もう大会が始まるという……のに…………ほーん」
お姫様役の女に意味深な視線を送る。魔王じいちゃんは魔族らしくゲーム機を強奪して出場しようとたくらんでいる。
「絶対に、貸しません!」
「そうだよ! ぼくが出るんだもん! おねえちゃん、かして!」
「ダメです、大会には私が出ます」
「やーだーかしてかしてかしてかしてかしてぇええ!!」
孫は今にも泣きだしそうな顔で駄々をこね始めた。魔王じいちゃんは文字通り頭を抱える。こうなってしまってはどうしよもない。女魔導士も困っている。
しかし、彼女だけは違った。
普段うつむきがちなお姫様役の女は凛とした佇まいで孫を見つめる。別人格が彼女に舞い降りているとしか思えない。
「大丈夫、私が優勝してゲームもらってくるから。そしたら一緒に通信対戦とか協力プレイしよう!」
「うぅ……協力プレイ?」
「プレイヤー同士が協力してボスを倒すんだよ。今まではさっちゃん独りでゲームしてたかもしれないけど、今度は私と一緒にレイドボスを倒しに行こう。さっちゃんが倒せなかった最強ボスだって一緒にやれば倒せるんだよ!」
「ほんと? まけない?」
「お姉さんに任せなさい!」
「……うん!!」
魔王じいちゃんには意味のわからない言葉のやりとりで、その証拠に口をポカーンと開けっ放しにしてほうけている。唯一魔王じいちゃんが理解したことは、あのワガママ状態に入ったさっちゃんを容易く説得したという事実。
「お見事。これは手本にせんといかんの」
立ち上がったお姫様役の女は、皆に背を向け、めし処の出口へ威風堂々と歩いていく。任せろと背中で語るその姿はかつての真の勇者を思わせる風格があった。
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すでに昼下がり。白熱した戦いが数多繰り広げられた。すべての戦いは中央スクリーンに映し出され、特に、お姫様役の女の雄姿がひと際目立っていた。
お姫様役の女はトーナメントを勝ち抜き、有言実行を貫き、とうとう決勝戦にまでコマを進めた。孫の彼女を見るまなざしは尊敬の念に溢れている。
魔王じいちゃんはそれを羨ましく思い、嫉妬心を抱いていた。
大会スタート直後は。
今では魔王じいちゃんも彼女の雄姿に敬意を払い、そして期待で溢れていた。彼女ならば優勝してゲーム機を勝ち取ってきてくれると。
「ここにも、この画面の中にも真の勇者がおったのか」
噴水広場がどよめき地が揺れる。決勝戦のスタートだ。
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