第5話
めし処で勇者たちと一緒に肉メインの夕食をとった魔王じいちゃんと孫。素材の味を大切にする薄味の魔族食とは違い、こってりと味付けされた料理に二人は手がとまらなかった。
さっちゃんに関しては、昼食の焼き魚だけでは足りなかったらしく、気持ちよくなるくらいの食欲でモリモリ食べまくっていた。
「せっかく、げぇむ、をするチャンスだったのにのぉ」
「いいじゃないですか。お腹いっぱい食べて幸せそうな顔してますよ」
魔王じいちゃんとお姫様役の女に挟まれて座るさっちゃんは、その女に寄りかかりながら寝ている。垂れてきたヨダレを女は丁寧に拭き取った。
「なぁじいさん。たらふく食ったついでに頼みたいことがあるんだけど、いいか」
「食わすだけ食わせてからとは、人が悪いのぉ。まるで魔族のようじゃ」
「あんたが言うなよ。人間っぽいツラァしやがって」
こほんと一つ咳払いを入れ、勇者は本題に入ろうとする。
「ここで会ったのも何かの縁だ。……なぁ、俺たちの仲間になってくれないか」
「ほっほっほ、いくら弱小チームとはいえ、発想が突飛すぎるのぉ。年甲斐もなく声を上げてわろうてしもうたわい」
長い顎髭をさすりながら嘲笑する魔王じいちゃん。しかし冗談ではなく覚悟をもって話そうとする姿勢が勇者からうかがえ、嘲り笑うのをやめた。
「違うんだ。俺たちっていうのはこのパーティじゃない」
「ぱーてぃ? 確かに今日の晩餐はいささか豪華じゃったがそれがどうし――」
「俺は俺のチームに誘ったわけじゃない。……まぁいい、一から説明してやるよ」
勇者はひと口水を煽り、のどを潤した。
「勇者が免許制になったのはさっき言ったよな。近年、その追い風が強すぎて勇者が増えすぎた。昔は勇者になればそれだけで豪勢な暮らしができたと聞いたが、もはやそれが今となっては嘘としか思えねぇほどに増えたんだ」
「おぬしもその口じゃろう。たいして強く……いや、これっぽちも強く……もはや雑兵の一端とほざこうが偽りなかろう。勇者という方がにわかに信じがたい」
「オイこの老いぼれ、メシ食わせてやったのにその言い方はねぇだろ」
「すまんの。正直にぶちまけてしまったわい。ほれほれお強い勇者殿、話を続けておくれ。おぬしの武勇伝もそえての」
勇者は舌打ちをしてそっぽを向いた。話をする気が失せたたらしく、勇者の代わりにその隣に座っている女魔導士が説明を続ける。
「勇者が増えすぎたせいで、私たちのような弱小パーティ……弱小チームは勇者業だけではなかなか生活していけなくなりました。その反動で現体制に不満を持つ人たちも増えていったの」
いまだ王都を統括しているのは、以前魔王軍にやられた体制のまま。その敗者が敗北したにもかかわらず玉座にふんぞり返っている、というのも煽りの片棒を担いでいる。
さらに、激しい
「そしてできたのがクーデターを起こそうとする革新派なの」
「……くーでたー?」
「反乱のことだ。このじいさんカタカナはからっきしダメだ。なるべく横文字は使うなよ」
「なによ、一から説明するとか言ってたのにすぐ投げ出したくせに」
勇者は「うるせぇ」と小言を吐き捨て再びそっぽを向いた。イカツイ男と弓遣いの男はあきれて肩をすくめる。
「それでね、おじいさん」
ここで一気に声のトーンを下げた女魔導士は机に身を乗り出し、魔王じいちゃんに耳打ちするようにしゃべりかけた。
「この街は革新派が集う拠点となってるのよ」
とだけ言うと、女魔導士は身を戻し、話を続けた。
「それで私たちは反逆を企てる反勇者軍の情報収集のためにこの街までやって来たんです。まぁ、あわよくば捕虜を連れて帰れればいいかなぁ、と」
「そこでだ、じいさん。見たとこあんたはそこまで悪い魔族とは思えない。だから頼む。俺たちの仲間になって反勇者軍を打倒する手助けをしてくれないか」
最後の最後は勇者が話を締めた。魔王じいちゃんが倒した勇者達が仲間になってほしそうにこちらを見ている。
魔王に勇者を助けさせる。突飛なことに魔王じいちゃんは面食らって数瞬思考が鈍り言葉を失ったが、取るべき行動はすでにとってある。通常運転に戻った魔王じいちゃんはゆっくりと口を開いた。
「今の話が真実ならば、その反勇者軍が占拠するこの街のど真ん中で、このような話をしてよかったのか? おぬしらこそ捕縛されかねんぞ」
「その点はぬかりないぜ。ここはその中でも王都勇者軍が取り仕切るめし処兼宿だからな」
「だからこそじゃ。相手側にしてみれば敵の潜伏先をチェックしておらんわけがなかろう。このめし処にも間者が潜り込んでおるとは考えなかったのか? えぇ? 行動が軽率すぎやなかろうか」
勇者一同黙ってしまう。彼らの動悸が外部にまで伝わりそうなほどに荒々しくなっているのが魔王じいちゃんにはわかった。
「じゃが安心せい。周囲を見てみよ」
言われたままに勇者たちはあたりを見渡してみた。客はもちろん、ウェイトレスや厨房にいるコックまでもが死んでいるかのように眠りに落ちている。先手を打つ力は魔都の第一線から退いた今でも健在のようだ。
勇者たちの耳に指をパッチンと叩く乾いた音が届いた。これは魔王じいちゃんが鳴らしたものだ。
「これでここ数時間の記憶も消し飛んでおろう。おぬしらの尻拭い代は今回のメシ代と……そうじゃな、宿代で勘弁してやろう」
やはりここも沈黙のまま。今度は魔王じいちゃんの実力を目の当たりにして言葉を失っている。少なくとも人類にこんな芸当を対価なしにやり遂げる者はいない。
魔王じいちゃんは椅子に座り直して姿勢を正す。
「わしはもう隠居しとる身。今はただかわいい孫と旅行をしとるだけじゃ。じゃから波風は立てとうない。……まぁ、孫に手を出したら話は別じゃがの」
勇者たちは苦笑い。というより顔が強張ってうまく笑えなかった。
「と、ということで改めて。俺たちの仲間になってくれないか。勇者制度に反対する革新派を倒すために」
「断る。魔族が勇者軍に迎合するわけにはいかん。それに話を聞いておらんかったのか? わしは隠居しとる身で波風は立てたくないと」
「……じゃ、じゃあ、仲間になるのが無理なら、お、俺を一人前の勇者にしてくれないか?! 反乱分子を倒すために、俺を、俺たちを強くしてくれ。頼む、頼むよ。あんたは心底根の悪い魔族じゃねぇ。話し合えば通じ合える奴もいるってわかったんだよ。だから話したんだ。この通りだ、頼む」
なるほど、己の倒すべき敵は己で強くする。悪くない考えだ。などといかにも考えてそうな魔王じいちゃんは上手く丸め込まれたか、何度もコクコクと頷いている。
「ふん、まあそれならよいじゃろう。わしらがここにおる数日間だけじゃぞ」
「勇者に対して並々ならぬ思い入れがありそうなあんたなら、そう言ってくれると思ってたよ!」
「そういうわけではない。暇を持て余した老人の戯れじゃ。聞くだけ聞いてやろうとな。そのかわり、今後のメシ代と宿代諸々も払うように」
「お、おう、いいだろう」
どさくさに紛れて食事代と宿代の他に諸々の雑費すらも勇者にたかることに成功した。魔王じいちゃんは話術に関してもその実力は魔王級だ。
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旅に出て二日目の早朝。まだ肌寒い時間に魔王じいちゃんに叩き起こされた勇者は、寝起き不機嫌な様子。呼び出された魔王部屋にて勇者は仁王立ちしていた。
「まだ太陽だって寝てんのに何しようってんだ」
「年寄りは早起きなんじゃ。それにさっちゃんが起きたら修行の面倒は見んからの、今くらいしか時間がないんじゃよ」
「は、はぁ」
頭がまだ働いていない勇者は間の抜けた返事をした。まるで眠たい時のさっちゃんのように。
「さて、とりあえずここで剣を振ってみよ」
「部屋ん中で振れるかってんだ」
「おぬしくらいの
「おい、最後のが本音だろ。俺の剣捌き見るつもりないだろ。せめて本音は心の中にしまっとけっての」
「あまり大きな声を出すでないわ。さっちゃんが起きてしまうじゃろうが」
「じいさんこそやかましいわ」
「そんなことよりさっさと素振りせんか。強くなりたいんじゃろうが。まずは正面千回。それイチニーイチニー」
魔王じいちゃんのかけ声にあてられ、素振りを開始した勇者。五十回くらいまでは文句を垂れ流し集中していなかったが、それ以降は一本一本に魂を込め始めた。
素振りをじっと見つめる魔王じいちゃんは欠伸をかみ殺す。
ブンブンブンブン。
あっという間に一時間が経過。魔王じいちゃんが異空間収納より取り出した木刀を勇者は黙々と降り続けていた。太陽が顔を出し、窓からは朝を告げる日差しが入り込んでいる。一方、魔王じいちゃんはというと、グゴーガコーギギギーといびき歯ぎしりをしながら孫のとなりで爆睡している。
いびきオーケストラの指揮をするのは勇者。汗にまみれながら上半身裸で指揮棒を振る。楽曲は四分の二拍子の
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