第3話

 レイドボスを倒し一区切りしたところで、ようやくさっちゃんはゲーム機から手を放した。それからあたりをキョロキョロと見渡し、ある事に気がつく。


「あれ? じぃじ、どこいったの?」

「あそこで寝てるよ。まったくのんきなもんさ」


 勇者の指す親指の先、そこには魔王じいちゃんが無残に大地と同化していた。


「じぃじ、ごはんたべよー!」


 むくっと操り人形が不気味に起き上がるように不自然に立ち上がると、何事もなかったと言わんばかりにケロッとした顔で軽快に走ってきた。死にぞこないの木偶人形が奇々怪々に喜々と迫ってくる姿に勇者たちは声のない悲鳴を上げた。

 ちゃっかりと勇者たちの円にまざった魔王じいちゃん。ほぼ焼け焦げた魚を手に取り、がぶりと豪快にむしゃぶりつく。どうやら八つ当たりのようだ。


「おぬしら、もう帰ってもよいぞ」

「え?」

「もうさっちゃんのお守はすんだのじゃ。さっさと帰らんか」

「……ははぁーん。このじいさん、孫を俺たちに盗られたもんだから拗ねてやがる」


 笑いを懸命にこらえながら勇者は核心をついた。

 今にも吹き出しそうなのは、この勇者だけ。他四人の表情は凍てついている。なぜなら魔王じいちゃんが顔を燃え上がらせ憤怒を露わにしているから。


「一度助けてやった命じゃったが、やはり殺しておいた方がよかったのやもしれんのぉ。どうやら死に急いでいるようじゃ」


 気持ちをズバリ言い当てられた怒りと恥ずかしさで言葉がつまりそうになりながらも、魔王じいちゃんは見事に最後まで言い切った。


「ち、違いますよ、いやだなー冗談に決まってるじゃないですか」

「………………」

「ごめんなさい。どうか許してください」

「そうじゃのぉ。では、その、げぇむき、とやらで手を打ってやらんこともない」

「ほ、本当かッ!? ありがとう、助かるよ」


 勇者はお姫様役の女からゲーム機を、もらおうとする、もぎ取ろうとする、奪おうとする。が、いっこうに彼女は手を放そうとしない。


「どうした!? これがあれば俺たちは助かるんだぞ」

「俺、たち? わたし、べつに、ひどいこと、してない」

「はぁあ!? なにいってんだ、こんにゃろおぉぉぉおおおお!」

「やめんか、確かに彼女の言う通りじゃ。その、げぇむき、とやらはそちのじゃったか。すまんかったの」

「い、いえ、こちらこそ」


 気持ちが通じ合ったことに戸惑いを隠せない女は、ただでさえうつむきがちな顔をさらにうつむかせた。長い黒髪が顔にかかり、魔王じいちゃんからは表情が読み取れないが、どことなく嬉しそう。


「それはそうと、そんな陳腐なものげぇむでばかり遊んでおるからおぬしらは強くなれんのじゃ。勇者を名乗るなら、もっと強くあらんか。勇者失格じゃぞ」

「ふん、魔族のじいさんに勇者失格とは言われたくないね。免許剥奪は王都が決めることだからな」

「なに、免許じゃと? ……馬鹿馬鹿しい。勇者というものは、魔族を倒し、魔王を倒さんとし、民を救わんと立ち上がるから勇者なのじゃ。その誉高き勇者を王都が決めるじゃと? それを決めるのは生ける民の意思と亡くなってしまった民の遺志に他ならん。免許? 免許とは? ほっほっほ、笑いすぎて腹がよじ切れてしまうかと思ったわい」

「なんだじいさん、ペラペラよくしゃべるじゃねぇか。まぁ魔族なら知らなくても仕方ないのか? 勇者を名乗るだけなら誰だってできるんだぜ、ほれ、これが勇者たる証拠だ」


 勇者が胸元から取り出し、魔王じいちゃんの前に掲げたのは『勇者許可証』と書かれた一枚の札だった。


「これがあれば誰だって勇者を名乗っていいんだ。だからそこたらじゅうに勇者が山のようにいるぜ」

「なんと!? 勇者とは一人だけの唯一無二の存在なはずじゃぞ!?」

「何十年前の話してんだよ。そりゃ俺が生まれるより前の話だぜ」

「……なるほどの。わしはなんせ隠居の身じゃから俗世には疎くてのぉ」

「魔族にも隠居とかあんのかよ。がめつい魔族たちには退くって言葉がないのかと思ってたよ」

「確かにたいていの魔族たちは前しか見えん単細胞が多いのも事実じゃが、わしはいかんせん歳を取りすぎてしまっての。年を経て一緒にがめつさも衰えてどこかへ行ってしまったわい」

「あんたのがめつさは今でも残ってるさ。全部そこの孫に注がれてんじゃねぇか」

「確かにその通りじゃな」


 いつの間にか違和感なく対等に話し合う二人は、笑みをこぼす。


「なぁじいさん、あんたらこの後どこに行くんだ? 魔都に帰るのか?」

「ふむ、王都へでも旅行しようと思っておる」


 当初の目的は勇者を倒すこと。正しくは、勇者を倒すかっこいいおじいちゃんを孫に見せること。しかし勇者は五万といる。真の勇者を倒すべきか、手当たり次第に大量に倒すべきか。質か量か。


「魔族が簡単に王都に入れるかよ。少なくとも瞳が紅いままじゃムリだな」

「それなら大丈夫じゃ。おぬしと同じ蒼色の瞳にすれば問題ないじゃろ」


 魔王じいちゃんは一瞬だけ瞳を蒼くして、すぐに元に戻した。


「もし王都に行くとしても結構距離があるので、今日はもうやめておいた方がいいかもしれません」

「確かにな。あっちにつくのは深夜になるだろうな」


 女魔導士の提案に勇者一同は頷いて賛同を示した。


「では、どうしたことかのぉ」

「ここからちょっと歩いたところに、王都に負けず劣らずの大きな街があるぜ」

「ほう、そうか。それならば今日はそこで寝泊まりすることにしようかの」

「そうかい。じゃあまた会うかもな」


 と言えば勇者は立ち上がった。それにあわせて他四人もばらばらと立ち上がる。


「それじゃあ、あんたのお望み通り俺たちはここらで失敬させてもらうぜ」


 歩み出す勇者一行。勇者は「あばよ」とひと言残し、他は軽く会釈をしてどこかへ帰っていった。五つの背中を見つめる魔王じいちゃん。人間とも心を通わせることは可能なのかもしれない。皆が皆、あのように親身な者であれば――。


「ゲーム、もうすこしやりたかったなぁ」

「じゃあじぃじと、げぇむ、するか?」

「じぃじ、ゲームもってるの?! やりたいやりたい! かして!」

「チャンバラごっこでいいかの、ほれ、強そうな木の枝じゃ」

「ゲームってこれじゃないもん。じぃじの嘘つき」


 孫の言うゲームをただの遊戯でも可と魔王じいちゃんは勘違いしている。残念ながら『げぇむ』と発音に自信がない時点ですでに孫と同じ土俵に立てていない。

 嘘つきと言われても何がどう嘘なのかわかっていない魔王じいちゃん。すねる孫をなだめるのに三十分かかった。

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