シルビスがアパートに忍び込む
その夜、薄い雨がアイオワシティに降り注いでいた。
シルビスはトビーのアパートの近くに車を駐車させ、エンジンとヘッドライトを切った。グローブボックスから小型カメラを取り出して、レンズをトビーのアパートに向けた。雨がパラパラと車の窓を叩いていて、ボンヤリな絵しかモニターに映らなかった。トビーの窓にズームインする。カーテンをしていない窓からは光が闇に溢れていて、時々アパートの中の暗い影が光を一瞬横切ったりしていた。カメラを固定させて録画ボタンをピッと押す。瞬きをせずシルビスは画面を食い入るように観察を続けた。
しばらくしてから、ここ数日間で撮れた動画素材を再生した。ナイトビジョンモードで、カメラが夜の池を映し出す。これも暗すぎて画像のピクセルが荒れている。カメラがゆらりと揺れ、池の奥の方にズームインするとそこでは白い街灯の光の下でトビーの息子がヴァイオリンを弾いていた。子供の周りをトビーが歩き回ったりして、息子に何かを話しかけていた。練習の様子が数日間連続で続く。
カット。
次はスーパーの裏路地に入ってく二人。トビーがコンテナによじ登って、その中から野菜や食品パッケージを放り出してく。子供は慌てて地面から拾ってはリュックサックやゴミ袋の中に詰め込んでいた。生活に苦しんでいるのが伝わるが、それにしても二人は楽しそうだった。これも数日間連続で続く。
視線をモニターからトビーのアパートに移すと、すでに窓の光は消えていた。寝たわけではない。やはり今夜も地上階の扉からトビーとヴァイオリンのケースを持った子供が出て来た。
しかし、雨の日でも外で練習するのか?馬鹿か、あいつら。楽器が雨でやられてしまうのに。
トビー達が歩き去って、米粒ぐらいに小さくなってからシルビスは車を降りた。
カット。
トビーのアパートは食べ残しの生臭さと汗の匂いだけが充満していた。真っ暗なカメラ画面がナイトビジョンに切り替わり、中を映し出す。居間の床には洋服が落ちていたり、テーブルの上には食べ残しが乗っかった皿が山積みになっている。カメラで足元を写さないと、ゴミ袋に足をぶつけてしまいそうだった。誰もいないアパートの中では暗闇を歩くシルビスの足音と窓を軽く叩く雨しか聞こえない。
シルビスは落ち着いている。あの親子の行動パターンを把握しているので、20分で探しているものを見つけて出て行けば十分だ。
廊下の途中に扉が一つ。ゆっくりと開けると中にはダブルベッドが一つ。ベッドの周りの床には服が山積み。ここでは生乾きの匂いがもっとした。小さなテーブルの上にはトビー宛の書類が散らばっていて、数ヶ月分の電気代、水道代、ローンの請求書でいっぱいだった。
タンスを開くと、中には少し膨らんだ封筒があり、開けてみるとボロボロのドルの紙幣とコインが何枚かが出てきた。数えてみると2000ドルと僅かな額。手に収まってとても軽い。これを見てシルビスの心は踊った。こんなにも簡単に見つかるなんて信じられない。ここに侵入してからまだ15分しか経っていないのだ。シルビスは手に持っていたお金を全部自分の胸のポケットに収めると、口元が緩んだ。
奴に残された時間はこれで大幅に減った。こうやって追い詰めて行けば、土地を安い値段でもいいから売りたくなるに違いない。どんな値段でもいいから土地を売らなければ今の生活すら維持が出来なくなる。余裕がない奴ほど、コントロールしやすい。大事なものを奪えば人は弱くなり論理的に考えられなくなる。そこにつけこめばいいのだ。
さあ、アパートを出て行こう。
カット。
カメラが写真立てを画面いっぱいに写した。トビーと赤ちゃん、そして女性。電子音と共にトビーの腕の中で赤ちゃんを抱っこしている女性にズームアップした。赤ちゃんと唇が似ている女性、明らかに母親、トビーの妻だ。
シルビスは女性の顔を暫く眺める。この女性もどこかで見たことがあった。
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