ゴミ漁り3

外に出ると寒いのなんの。足元を落ち葉が吹き荒れていた。トビーはシモンの手をいつもよりも固めに握って夜中の歩道をトボトボ歩いた。オレンジ色の蛍光灯が風で揺れていてちぎれそうだ。アパートに引き返したい気持ちが一層強まった。


シモンが生まれてくる前は、子供を遊園地やら映画館に連れていくのを想像していた。だのに今やっている事といえば夜中にアパートから出て酔っ払いの側を歩いて、ゴミ荒らしをしに行く。間違い無くシモンの記憶に刻まれる夜になるだろう。


スーパーにたどり着いたのはアパートを出てから20分後だった。当然スーパーの入口のシャッターは固く閉じていた。スーパーの真横に駐車場に向かう細い一本の通路があり、トビーたちはその入口で立ち止まる。この暗闇の通路の向こうにゴミ捨て場があるのだ。


トビーの手のひらに汗が滲み出た。普段来ない場所だし池の暗さとは別次元の暗さだった。膝が震える。


「はやく行こうよ。ねえ、はやく」


シモンは、トビーの手を引っ張ってはしゃいでいた。静かにしろよ、うんわかった、気をつけろよ、うんわかった。トビーたち以外に誰もいないか最大限の注意を払いながら早足で進む。通路を風が駆け抜けて二人の足音はかき消した。同時に頼りにしていた聴覚が使えなくなる。


早く行って早く帰りたい。

ありがたいことに通路で誰とも出くわさなかった。


スーパーの裏にはコンテナが居座っていた。トラックの後ろに詰めれそうな大きさで、コンテナの口が夜空に向かってポッカリ開いていて青いゴミ袋がたくさん

積もっていた。意外にも臭い匂いはしない。トビーたちはなんとかよじ登れそうな場所を見つけた。


「ここのコンテナ側にいてくれ。父ちゃんが登って、中で食べものを見つけたら渡すから」


シモンは頷く。


「後、誰も来ないか見張っておいてくれ」


トビーは手袋をして冷たいコンテナのデコボコしたポイントを握り、足を引っ掛けてよじ登った。コンテナの中を覗くと、真っ先に腐った食べ物、錆びたコンテナ、カビの匂いが襲いかかってきた。


青いゴミ袋の海に足を入れると、一気に膝まで沈んで前に進むのは危なさそうだった。懐中電灯をつけて足元のゴミ袋を破ってみると出るわ出るわ。賞味期限が切れる寸前のピザ、腐っていないリンゴ、赤ピーマン、アボガド、かぼちゃ、きのこ、人参。カビていないパン。容器が少し傷ついたフルーツサラダ。キャビアの缶詰が6つやら、スペイン産の豚の足。捨てた奴は馬鹿か?溶けていないアイスクリームが2箱もすぐに見つかり、大量に次々釣れていく。


「すごいすごい!」


はしゃぐシモンにどんどん投げて渡していく。シモンは一つ一つをゴミ袋に入れたり、リュックサックの中に急いで詰め込む。大根やらレモンやら、お金があった時と比べ物にならない程食材があっと言う間に揃っていく。


「豚の足どうしようか?」


豚の足はシモンの上半身ぐらいの大きさがあり、塩漬けにされているので固く、リュックサックに入れるのが出来なかった。


「手で持って帰ろう」


シャンプーや洗剤やバッテリーやらコンドームも次々に出てきた。ここまで来ると、逆に気持ち悪くなる。毎日トビーたちのように貧しくて困っている人たちが世界で沢山いるのに、スーパーではこんなに捨ているのか。


ミッションが大成功で終わろうとしていた。明日はご馳走が作れそうで、久しぶりに卵じゃない料理が食べれると思うと、しかも食費をカットした生活が送れると思うと涙がこみ上げてきそうになった。その喜びに浸れるのは「おい!」という男の怒鳴り声が響くまでだった。


ゴミの海から顔を上げると、暗闇の中からこちらに誰かが向かっていた。急いでゴミの海から出ようとしたが、足が泥沼に突っかかったかのように引きずり出せなかった。


「シモン、ここから逃げろ」


シモンが重たいゴミ袋を引きずろうとしたが、重すぎて中々進まない。


「リュックだけでいいから」


と怒鳴る。


「ここは俺の縄張りだ。それをよこせ」


声の持ち主が見えた。男はボロボロの服を着た男で、一生懸命ゴミ袋を引きずろうとするシモンを睨んでいた。酔っ払っているのだろうか、フラフラとシモンに接近していた。あっと言う間にシモンから豚の足とゴミ袋を取り上げると、ゴミ袋が破けて、せっかく集めた食べ物が地面に飛び散った。


「この食いもんは俺のだ」


男が吠えた。


「いや、捨てられていたから・・・」


トビーがコンテナの上から話そうとする。


「黙れ」


男は喚いた。ここは俺の縄張りだ、出て行けと。息子のシモンの胸ぐらを掴んだ。シモンは氷のように固まって抵抗をしない。


そこでシモンの足がゴミ袋から抜け、コンテナから飛び降りて男に飛びかかった。冷たく硬いアスファルトの上に大人二人が転がり落ちた。


男は立ち上がって、トビーが見つけた豚の足を剣のように握って構えた。トビーはすかさず大根を2本構えた。大根と豚の足が宙でぶつかり合い、大根が太い音を立てて呆気なく割れてしまう。すかさず大根を2本とも敵の顔に投げつける。豚の足で上手にはじき返される。


男が豚の足を横に振り、トビーは間一髪でしゃがんでかわす。足元には硬く大きな芋がいくつか転がっていたので、次から次に男に投げつけた。豚の足で最初の2つを交わされたが、3つ目が男の頭にぶつかり、4つ目はあばら骨に食い込んで男が唸った。


男が後ずさりする。正直に言うとトビーはこの状況を楽しんでいた。食料の争奪戦で優勢になっていき、勝利が近いのを感じてウキウキする。


投げれる芋が遂になくなる。ホームレスの男はトビーに突進して体当たりをした。胸の中にあった酸素が強制的に外に押し出されるような感覚を覚えて、次の瞬間にはアスファルトに背中をぶつけていた。男がトビーの体にまたがり圧倒的な力でトビーの体が押さえつけられてしまう。


何かないか、何か!暗闇の中、アスファルトの上に手を振りかざすと、手に収まる柔らかくて丸いものに触れた。レモンだった。トビーは唸り声をあげてレモンを男の目の前で全力で握りつぶした。


「目が!目があああ」


男は両目を手で押さえてコンクリートの上をのたちまわり、立ち上がったかと思うと逃げて行った。


「シモン?」


シモンはコンテナの後ろから顔を突き出していて唖然としていた。怪我はしていないようだったが、強烈なショックで体が固まっていた。やっぱりここに連れてくるのではなかったと改めて後悔する。まるでゴリラが自分の縄張りを主張するための戦いだった。しかも息子に父親が暴力を振るうところを見せてしまった。


二人は無言のまま残された芋やダイコンやキュウリを鞄の中に入れて、豚の足を腕に抱えた。


「どうしてあんなことをしなければいけなかったの?」


シモンが訊いた。


「しなくてよかったはずだった。いけない事をした」


それはトビーの本心ではなかった。妻が亡くなり、トビーも肺がんになって死へ向かっていて、シモンをこの世界に取り残すことになる。しかもシモンの好きなヴァイオリンのレッスンを受けさせてあげられず、その上にトビーは仕事を失いかけ、明日の食べ物の調達にだって困っている。次から次に不況になっていき毎日息継ぎに喘いでいる生活。何度も「負けた」気分に落とし込まれる中で、手に入れた食料を奪われたくはなかった。何でもいいから何かを勝ち取りたかったのだ。だから牙を出して無様な格好を見せてでも本気で戦った。こんな事シモンに説明してもわからないだろう。


「あの人かわいそうだった」


シモンがポツリと言う。無邪気すぎる子供の言葉。トビーは立ち止まり、鞄の中からいくらか食べ物を取り出して、そっとコンテナの側に置いた。もしかしたらあの男が後で戻ってくるかもしれないと思って。今夜起きた事を「ゴミ漁り」「暴力」「奪い合い」というタグだけでシモンが覚えない事を願って。


アパートに着いた頃は朝の3時だった。トビーが冷蔵庫に食料を詰め込んでいる間にシモンはいびきをかいてベッドで寝た。

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