シルビスは誰なのだろう

 シルビスが去り、ドアが閉まった後、トビーはゼーゼーと水泳で息継ぎをするように激しく酸素を吸った。シルビスがいる間は胸の痛みを我慢していたが、もう限界だった。そして居間のソファーに顔から倒れこんだ。クッションに顔を押し当てて、目を閉じてただただ呼吸だけを繰り返す。


 出来れば交渉がこうならずに、スムーズに進んで土地を売りたかった。キッチンからずっと胸が痛かったが、それは肺癌なのかそれとも精神的なものからきているのか。


クッションから顔を上げて、自分の手を見下ろした。微かな血が付いている。まだ新しくテカテカしている。キッチンで咳の発作を拳で止めようとした時についたに違いない。でもそれを見てトビーは驚かなかった。血をボーッと見つめて、自分が倒れる前にシモンに何も残せないのではないかと失望感に押されていた。


流し台に戻り、蛇口をひねる。茶色の水がゴボゴボ出てきて、完全な透明色になるまで少し時間がかかる。そして冷たい水で血を洗い落とす。顔も洗う。


流し台の側の窓から外を眺めた。野外駐車場には真っ赤な滑らかなボディの車が停めてある。それは周りの泥で汚れた小さな車の群れと比べて明らかに高級感があった。その赤い車にシルビスが入り込もうとしていた。

 

 過去のどこかでシルビスを見かけた事がある。誰だ?シルビスは一体誰なんだ?トビーは記憶を探ったが何も思い出せない。というより、息子の将来の事を考えたらどうでもいいのかもしれない。


車の中に入ったシルビスは窓越しでこちらを見上げていた。青い目は遠くからでも薄暗くてもハッキリと見える。しばらくしてからエンジンが爆音を立て、真っ赤な車が道路に出て米粒のように小さくなってアイオワシティのどこかへと消えた。

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