希望でいっぱいだ
トビーはダンボールをテーブル越しでシモンに渡した。自分が持つと小さく見えるのだが、息子が持つとプレゼントが大きく見えた。プレゼントを手にした息子はダンボールの重さを図ったり、揺らしたりしながらして、不機嫌なギスギスした顔から興味津々な顔へと変わった。
店の中は相変わらずロックが響いているが、息子がダンボールの中身を当て、「ヴァイオリン」と呟いてたのを聞き逃さなかった。種明かしをせずに、開けてみるように息子に促す。
ダンボールを破る音。中からヴァイオリンのケースが姿を現わすと、シモンは瞬きを一度、そして目を擦った。眉毛を大きくつりあげ、背筋を伸ばし、父親を見上げる。口は開いたままで、まるで何かを聞きたがっているようだった。
息子の喜ぶ顔を見ると、報われたという言葉が頭に浮かんだ。体が軽くなり、静かに心が満たされる。
息子が演奏する姿を以前から想像をしていたが、実際に目の前でヴァイオリンを持つ息子を見ると、本当にその夢が実現するのだと確信する。自分は、自分に与えられる事のなかったチャンスを息子に与えた。
息子の腕に手を伸ばして力強く握る。
「父ちゃん、大丈夫?」
「ああ」
「顔が変だよ?」
「え、そうか?」
「・・・泣いているの?」
「いんや、嬉しいんだよ」
息子はダンボールを全部剥がして、ケースを開けた。店内のスピーカーからはドラムの高速連打が繰り出されて、トビーも気分良く机の下で足をテンポに合わせて揺らした。
「トマスが持ってるやつと一緒だ!やったー」
席の上でジャンプし、顔を横や縦に滅茶苦茶降る。そしてヴァイオリンを腕に抱き、匂いを嗅いだ。
「お前はこれからもヴァイオリンの授業を続けられる」
「え、そうなの?じゃあ、トマスと一緒にいられるね」
トマスの名が気になった。息子にはヴァイオリンだけに集中して貰わなければいけない。全てはその為であり、他の子供達と一緒にいさせるためではない。
「いいかい、脇目も振らず、寝る間も惜しんで練習するんだ」
肝心な事を音楽に掻き消されないように一語一句を叫んだ。
「分かった〜」
軽い返事に聞こえ、気持ちのギャップを感じたのでムッとくる。が、今はそれ以上何も言わないでおく。出来るだけ喜べるうちは息子を喜ばせておきたい。何故なら、次に伝える内容が、親子の関係も含めて全てを一変させるかもしれないからだ。
これからは息子にヴァイオリンの特訓させ、シルビスの条件を果たすために自分は田舎の畑で一年は別れて生活する。
「父ちゃんはいつまでも僕と一緒にいてくれるの?」と、車の中で聞かれたのを思い出す。シートベルトを外そうとしている時だった。一気に口の中が乾いて、舌がうまく回らずにすぐに返事ができなかった。結局、「お前から離れる事は一生ないよ。お前が望むまでパパは側にいるよ」と真顔で答えた。
それを裏切るようなことを今から伝える。もうすでに母親がいないこの子の言動からして、別れた生活の事を上手く受け止められるか?
今の息子の目は希望でいっぱいだ。大人にはない子供の輝きで眩しい。
重々しく口を開いて、本題に入った。
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