第六ラウンド『ゴング』

「シュッシュッ!」

「もっと腰を入れろ!」

チャールズはピーターから一時的に借りたヒョウの擬人化した人間のヒューズと、

リングの上でミット打ちをしていた。

出会ってからまだ2日しか経っていないが、

やはりチャールズが教えているからか、

ボクシングの基礎は覚えて、がたいもボクサーらしいがたいになってきた。

「よしグローブを外したら腕立て伏せだ」

「え~疲れたよ~」

「つべこべ言うな!」

ヒューズは「む~」と走って行った。

「大丈夫でしょうか彼」

「なぁに大丈夫だろ」

サムは背中に重りを背負って腕立て伏せをしているヒューズを心配そうに見る

「そういえばマコに関する連絡はあるか?」

レターに聞く

「いえありません、ホントにどこにいるんでしょう」

あの連絡の次の朝マコの姿がないことに看護師が気が付き、

すぐに警察による捜索が始まった。

「海にでも帰ったのかねまったく…あいつには期待してたんだけどな」

チャールズは少し残念そうにベンチから腰を上げヒューズの方に歩いていく

「まぁ失踪するのも無理ないですけどね

 僕だって同じ状況だったら今後を考えてボクシングはやめますもの」

ハハハとサムは笑う

「帰ってくると思ったんだけどな…」

レターは残念そうにため息を一つした。

その後もマコの連絡を待ったが、その後電話は一回もならなかった。


試合一日前まで来たそんなある日

レターにジャッカスから電話がかかってくる、

レターは急いで外に移動して電話にでた。

「やあマコ君が姿を消したんだって?探さなくていいのかい?」

馬鹿にしたような声がスピーカー越しから聞こえる

「しかし…」

「まぁ愛犬が死んでもいいんなら別だけどな」

「俺はマコ君が帰ってくるのを信じている!だから…」

レターも正直マコは帰ってこないと思っていたため、

思わず言葉が詰まった。

「でも試合は明日だから探しても無駄か!カッカッカ!せいぜい頑張れよ」

ジャッカスの笑い声と共に電話がプツリと切れる

「ったく…なんだよ」

舌打ちして家に戻ろうとした時、遠くの方から女性の悲鳴が聞こえてくる

レターは悲鳴の方に行ってみると、

そこには長いローヴを着たがたいの良い男が一人いた。

フードを深くかぶっていたせいでよく分からなかったが、

がたいといい声質といいマコじゃないと分かった。

男は声がものすごく低くマコよりふたまわり以上大きくて、

一言で表すんならグリズリーだった。

「アンタなんかようか?」

レターを睨む

「いや…なんでもない」

(こいつ人間か?てかなんであんな磯臭いんだ…)

そう思いながらのそのそと歩いて行く男の背中を眺める、

「あ!いけねぇ戻らなきゃ」

その後特に何にも起きず一日が終わった



ジャッカスとの試合当日

朝からチャールズ・サム・ヒューズ・レターの四人は車に乗って移動していた。

「おい大丈夫か?」

ヒューズの顔色が悪いことにチャールズは気が付く

「たぶんおそらくきっと…だいじょ…ばないウップ!」

今にも吐きそうな状態だった

「やはり真冬のあの暖房のない部屋でオーバーワークさせたからでしょうか」

「まぁ今回の試合は一試合3分の3ラウンド制だ気合で乗り切れ!」

背中をさすりながら両手で口を押さえているヒューズに言う

2時間海岸沿いの道路を走り

1時間カーブの多いい山道を走ってやっとジャッカスのジムに到着した。

ヒューズは限界だったのか車のドアを開けた瞬間に嘔吐する

「テメェ俺の車にゲロが付くだろうが!向こうで吐いて来い!向こうで!」

ヒューズの頭をひっぱたき移動させる

数分吐き続けて落ち着いたのか「もう平気おまたせ~」と言い

四人はジャッカスのジムに入ることにした。

外にいる警備員に言い、待つこと数十分「やあやあ!寒い中ようこそ我がジムへ」

トウモロコシのような金色の歯を光らせながら笑顔のジャッカスが来る

左右にはボディーガードのつもりかボクサーが二人立っていた。

「マコ君はいないのか」

ふ~んとニヤリと笑い、レターの方を見る

「それよりベンもアレックスもスッカリそっちのジムに染まったな」

「ほんとこの子たちは優秀だよ」

ニコリとチャールズを見る

「まぁ今日でその二人は俺のもとに戻って来るかもしれねぇけどな」

そんなジャッカスを睨んだ。

四人はジャッカスに控室を案内してもらうと、

「じゃあ1時間後リングで会おう」と一言だけ言いドアを閉めた。

「ウップ!…オロロロロロロ」

ヒューズは床に嘔吐する。

急いでサムは部屋の角に置いてあるモップを取り拭きとり

レターはベンチに座らせた。

チャールズはカバンから薬を取り出し「ホレこれを飲め少しは楽になる」

パッケージから薬を取ると無理やり口の中に入れると手で口を封じた

「だめ…無理…」

白目をむきながらチャールズの手を叩くがどかさなかった

「飲みこめ!この試合にはサムがかかってるんだ!」

ゴクリと薬を飲みこんだが、

チャールズが手をどかした瞬間前かがみになり床に倒れ込んだ

「クッ…遅かったか」

「どうしたんですか?」

「脱水症状だろ吐くものがなくなって体内の水を吐いていたんだ」

ハ~と大きなため息を吐きベンチに座った

「確かに吐いた物は透明でしたね…」

レターもサムがヒューズを、ベンチに寝せるのに手伝う

「この手は使いたくないがレター!お前がリングに上がれ…」

「え?」

その瞬間サムとレターは驚き、場の空気が静まり返った。



「ちょっと!そこの二人止まって」

入り口で警備をしている警備員に長いローヴを着た男二人が止められた

「ここで何をしている?」

二人から漂う磯臭さに思わず手で鼻を覆う

「ジャッカスを出せ!今すぐにだ!!」

ある一人の男がさっきをまき散らしながら言うと

警備員は「はっ…はい!」と電話をした。



静まり返る控室の中黙々とレターは体を温めるために、ジャブなどを軽く壁に打っていた。

数十分経っただろうか、

突然「セコンドアウト!」と言う声と共にけたたましいゴングの音が、

廊下から響き渡ってくる。

「は?まだ始まってねぇぞ!」

「僕はヒューズを見ていますなので念のため二人は行ってください!」

チャールズとレターはお互い頷くと走ってリングに向かい、

二人はリングに立っている選手を見て、思わず足を止める。

「なっ!あいつ!」

「なんでここにお前がいるんだ!」

声に気が付いたのか振り向かなかったが背中を見せたまま、

「見ててください…死にぞこないのボクシングを!」

そういうと選手に向かっていった。

「マコ無茶だ!闘うな!」

チャールズの声はマコには届かず、

マコは地面を右足で床を力強く蹴り、一瞬で相手との間合いを詰めた。

すかさずボディーに一発、そして相手が前かがみなった所に顔面に力強い一撃を決めた。

辺りの観客席はワー!と盛り上がる

「凄い盛り上がりだ」

チャールズとレターは気が付かなかったが、

周りにはおよそ40人はいるであろう、ジャッカスのジム所属のボクサー達が見ていた。

「相手は…アウトファイターのバナード・ガルシア!?」

レターが驚くのも無理はない…世界でこの名前を知らない人がいないほど有名であり、

チャールズの一番弟子だ。

「ジャッカス…相手がインファイトのマコだと分かってコイツを」

インファイターとは敵に接近して戦うが、

それに対してアウトファイターは距離を保ちつつ相手の隙を見て攻撃する。

だから相手のスピードに着いてこれなければ、圧倒的にインファイターは不利なのだ。

「ほぉ…チャールズさん久しぶりだな…」

「よそ見してんじゃねぇよ!」

マコが右ストレートを出すが防御し後ろに下がる

「同じ攻撃は通用しねぇよ」

(こいつ心臓が悪いんじゃないのか?)そう思うバナードにまた近づき、

次は素早い足を止めるために鋭い脇を攻撃する。

しかし一回後ろに下がり空振りをさせた瞬間に、近づき右フックで頬を殴った。

「クッ…」

さすがは最強と歌われた男のパンチなのか、

何気ないフックでも強くマコは少し後ろ後ずさりした。

(なんだこのパンチは…)

マコは負けじと近づきジャブを出していくが、避けられていく。

(まぁたかが3週間の練習じゃこんなものか)

馬鹿にしたようにニヤリ笑う

「マコ相手の挑発に、まんまと嵌ったな」

チャールズとレターが固唾をのんで見守っていると、

チャールズは後ろから肩を叩かれる

「あんたセコンドじゃないっしょあいつは俺の選手だ」

「なんだテメェ…ってお前ブルース・アンダーソンか?」

その男はレターが朝見た男だった。

左手でフランスパンを齧りつつ、右手にはホットドックやチップスなどいろいろ抱えていた。

「よっ!おっちゃん、おひさ~」

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