第五ラウンド『マコ』

「へ?」

チャールズとサムは医者の言葉に思わず固まった

「マコさんは、一時的な呼吸困難でした

 しかし1か月間は入院してもらいます

 あと今は一時的なものとは言え次ボクシングをやったら危険かと」

サムはすぐに我に返り「でっでも一時的なものだったんでしょ?」と言う

「実はレントゲンを撮ったところあらゆる臓器が小動物並みに小さくて、

 激しい運動は肺や心臓にかかる負荷が大きいため、避けた方がいいんですよ

 いままで動けていたのが不思議なくらいです」

ピーターは左手で右ひじを支えて、

親指と人差し指で顎をつまみながら「やっぱりか…」と呟く、

その言葉に「何がだ?」とチャールズが反応した。

「いや実はあの後、海中生物も研究したんだが

今の装置じゃ外見は人型にできても臓器や脳みそといった内部までは確実に変化させる事ができないってことが分かったんだ」

「じゃあ内部は運頼みってことかよ」

チャールズが聞くと「そういうことになる」とピーターは頷いた。

「あの子の場合あそこまで精密に脳みそが作られただけ奇跡と言っていい

 だからその分の代償だと思えば普通かもね」

普段なら「ふざけんなテメェ!」と胸倉をつかんでいたが、相当落ち込んでいるのか

何も言わずに小さなため息だけをつく

「あともう少しで最高な選手になれたんだぜ?

あのスピードはどんなプロボクサーでも再現できない速さだったのに」

悔しそうに言うチャールズを見て、サムは「あと一回だけ!一回だけならボクシングをすることは可能でしょうか」と医者に聞いた。

「そこまでしてさせたいのなら死を覚悟した方がいいでしょう

 今のマコさんの臓器は頑丈じゃありません殴られたら一瞬で止まるでしょう」

 三人はため息を吐くと医者は「しかし」と話を続けた。

「今は肺と心臓が疲れ切っているだけなのでココで休めば大丈夫かと」

チャールズは「それじゃダメなんだ」と落ち込んだ声で言う

「しかしチャールズなぜ人間のボクサーを素直に育てないんだ?」

ピーターは不思議そうに聞くと「育てたいが育てたらまた、ジャッカスが財力で奪ってくるからだ」とチャールズはボソボソと答えた。

「ジャッカス?」

聞き覚えがあるのか少し考えてから手を叩き「お前と親友だったあの子か!」

と手を叩く

「親友?知り合いだったんですか?」

サムは初めて知ったため驚いきチャールズに聞いた。

「昔は…な」

「なんだ知らなかったのかい?」

「知りませんでした」

「あの子は努力家で明るい子だった…」

ピーターは昔を懐かしむように話し出す

「毎日うちに来ては二階のトレーニングルームを使って練習していたものさ

 コイツ(チャールズ)はその真逆でサボっていたけれど」

チャールズの方を見る

「知りませんでした」

「しかしいつもコイツに負けてな

 大学生の試合の時だったかな?

とある選手が反則をしていてなグローブに鉄の塊を仕込んでいて

相手の攻撃をガードした時に右腕の骨が折れたんだ

それ以降うちにも来なくなってリングにも立たなくなったんだ」

「あの人にそんな話が…」

「そうか…そんな人間になってしまったか…」

ピーターはジャッカスが小学生の時から見ていたせいか

凄く残念そうな顔をしていた。

「まぁこうなった以上しょうがない…帰って考えるか…」

出口に向かってトボトボ帰ろうした時ピーターが引き止める

「ちょっと待て!私のラボに来ないか?」

チャールズは振り返らず背を向けたまま「何故だ」と聞く

「一匹…いや一人、運動能力がずば抜けて高い子がいるからだよ」

チャールズは少し考えてから、

「まぁ残りたったの一週間だ今から焦ってもしょうがないしな…見に行くよ」

とピーターの方を見た

こうしてチャールズたちはピーターのラボを目指し車で移動したのであった。


視点を変えレターへ

辺りはもう明るく太陽も頭を出していた。

レターは基地から少し離れた所で、

ズボンのポケットに入っていた手紙を取り出し読んだ。

「なになに…」

―リングの上にマコ意外の選手を上がらせるな、

お前の行動と会話の内容は全て見ている―

と手紙に赤字で書かれていた。

気味悪くなり周りを見るが、小鳥しか居らず少し安心し胸をなでおろす

まだ太陽も上り切っていない時刻の為、当然バスも通ってなく

徒歩でチャールズの家を目指すことにした。

その時突然着信音が鳴り

少し電話に出るのをためらったが、ふとチャールズの顔が脳裏をよぎり

ジャンバーのポケットから携帯を取り出した。

「はいもしもし」

「お前今どこにいるんだ?」

その声はやはりチャールズの声だった。

「すみません盗撮していた人を追いかけていたら、

知らないところに来てしまいまして今帰っています」

ハハハと笑いごまかす

  「そうか話が変わるがマコは病院にいるからお見舞いに行けよ!

   あっ!場所はメールで送るから安心しろ

俺とサムは遠くへ出かけて来るからよろしく頼むぞ!」

チャールズの声は焦っているのか早口になっていて、

レターが「マコ君に何が?」と聞く間もなくブチリと電話が切れた。

鼻からため息を出し送られて来たマコのいる病院の地図を確認しつつ

歩き始める、

意外にも病院まではの道のりは近く徒歩で2時間ぐらいだった。

半日を覚悟していたレターは「トレーニングだと思えば楽か」と

呟き走り始め、

途中お見舞い用の花を買い病院に入り受付の前に立った。

すると後ろを通りかかったナースがチラッと見て

「もしかしてムハマンドさんですか?」とレターに近づいて聞く

「えっええ…」

少し驚き、もしかしてジャッカスの使いか?と警戒していると

「チャールズさんに通すように言われていまして」

「マコさんのお部屋は一階にあるのですが案内しますね」と

言うとマコの部屋まで案内した。

「ありがとうございます」

レターが言うと「いえいえ」と笑顔で答えどこかに行く

「マコ君入るよ!」

ドアをノックし入ると、

風呂につかりながらボクシングの番組を眺めているマコがいる

見る限りじゃいつものマコに見え悪い所はなさそうに感じた。

「こんにちはレターさん」

ドアの開く音に気が付きぺこりと頭を下げる

「チャールズさんが深刻そうに話していたけど…なんだか元気そうだね」

「何も聞かされてなかったか」

湯船から出て横のタンスからファイルを取り出し渡す

と体のために戻った。

レターは渡されたファイルから複数の紙を取り出す

「診断結果でもうボクシングをやったらいけないらしい」

一通り目を通してから「なるほどなぁ…だいたいあの人が出かけた理由が読めた」

冷静に言う

「マコ君はボクシングをやりたいのかい?」

湯船の横に椅子を置き聞くと「やりたい」と答えた

「…しかしこれ以上ボクシングをしたらもう死を覚悟した方がいいと言われたし」

マコは窓の外を眺めて言う

「しかし死なないかもしれない…だよね?」

マコは黙る

「今チャールズさんとサムさんが遠くへ出かけた

 おそらくマコ君の代わりになる選手を見つけに行ったのだろう」

するとマコはレターの方を見る

「いいのかい?それで」

「そんなこと言われても…」

「ボクサーが本当に死んだとき、それはリングに上がるのをあきらめた時だ

 これはとある試合で出会った相手が私に言った言葉だ」

「何故そんな言葉を」

「僕も君に近い経験をしたからだよ」

「私が昔ジャッカスのジムに所属していた時の話だ

 とある試合でメリケンサックをグローブの中に入れたボクサーに、

タコ殴りにされた時があってな一瞬意識が飛んだんだ、

その経験からリングの上に立つのが怖くなって

部屋にこもっていたらそう言われたんだ」

ニコリと笑う

「ココの地域のボクサーは賞金の為地位の為ならなんたってする

だから体が健康であろうがリング上では死と隣り合わせなのが常識なんだ」

「…」

「私は君の辛さが分からないが死の恐怖なら分かる

 だから好きな事をそう簡単にあきらめないでほしい

 また昔みたいな身を守るだけの生活に戻るのはいやだろ?」

 すると後ろのドアからノックと共に

「ムハマンドさんお時間ですよ」と言うナースの声が聞こえてくる

 レターは腕時計を見て「あぁもうこんな時間か」と、

急いで紙切れに自分の電話番号を書く

    「決意が決まったらここに連絡をしてね

     君がサム君を裏切らない人間…いやナマコだと信じている」

     マコは手渡された紙切れを受け取るとジャンバーを羽織ってから

「じゃあね」とレターは部屋を出た。

    「約束…かぁ」

     湯船の縁に後頭部を乗せて、紙切れを眺めながら呟く

 「もしもし」

 病院をでたレターにジャッカスから電話がかかってきた。

 「どうだ?あの子はリングに上がりそうか?」

 「えぇ…でも気を付けた方がいいでしょう

彼はさらに強くなって帰ってきますから」

スピーカーからジャッカスの笑い声と共に、

「そりゃ楽しみだ」と言いプツリと電話が切れる

 「信じてるよ…」

 病院を見つめて呟いた。


「ん~」

チャールズとサムはピーターの紹介した運動神経のいいという人に、

実験室にサンドバックがあったので打たせていた。

「どうだ?チャールズ」

    「なんだかなぁ」

    「ちなみにこの人もとは何の動物なんですか?」

    サムは指をさして聞く

    「ヒョウだ!凄いだろ~名前はヒューズだ」

    「だからかスタミナも動きも申し分ないがパワーがない」

    ヒューズは元がヒョウだから小柄で上半身の筋肉はあんまりなく足の筋肉があり、

    ボクサーってよりかは長距離選手よりだった。

    「他の奴らよりかはマシだが

今からボクサーの体格にさせるのは難しいだろうなぁ」

  「アウトボクサ―にしたら凄く活躍できるでしょうねぇ」

  「コイツは上半身にちゃんと人並みの筋肉はあるのか?」

  「レントゲンを昔とったけど筋肉はちゃんと人並みにある」

  「ふ~ん…」

  「ただこの子は覚えるのが苦手でな…

一回覚えたらずっと記憶するけど覚えるまでがかなり遅いんだ」

  「まぁボクシングなんてガードして殴ればいいから、

覚えることなんて少ないしそこは平気だろ」

  「チャールズさんこの子にしましょうオーバーワークになるかもしれませんが、

   頑張ればすぐに体も作れるでしょう」

  「そうだなぁ」

   

   


  「ここは…海?」

   目の前を大きな魚が横切る

   マコは夢を見ているらしく、

   ナマコの姿に戻っていた。

   「この感じ久しぶりだな」

   しばらくすると、フグが近づいて来たため

   大量に生えている海藻の中に隠れた。

   「おい!弱虫!またお前はそうやってかくれるのか!

    悔しかったら反撃してみろ!」

    フグはマコを見つつ言う

   「コイツにそんなことできるわけがないだろ?例え“人間”の体を手に入れたとしても」ともう一匹くる

   「そうだなこりゃサムもチャールズも気の毒だ」

   「あんだけ付き添っていろいろ教えたのに、体調崩したくらいでこれだもんなぁ」

    二匹は馬鹿にしたようにギャハハと笑う

   「違う!俺は次ボクシングをしたら死ぬかもしれないんだ!」

   「海にすんでるときは常に死と隣り合わせだったじゃないか

    いまさら何を?」

   フグのいう事にマコは言い返せなかった

   すると突然フグは遠くの方へ全速力で逃げる

「おいフグどこに行くんd…」

もう一匹の魚が大きな声でフグに呼びかけた瞬間、

横から大きな魚が現れ一瞬で食べられた。

口にくわえられた魚はぴちぴちと抵抗するが大きな魚が顎に力を入れた瞬間

動きが止まる、どうやら死んだらしい

   大きな魚はマコを上から睨むと

「今のままじゃ何も変わらねぇこのまんまだと魚ではなく

己自身に殺されるぞ?」

とだけ言い残し加えている死んだ魚をマコの目の前に捨てると、

遠くへゆっくりと泳いで行った。

無残にも死んだ魚をずっと見ていると

突然魚の体から出ている血がマコに絡みつき視界が真っ赤に染まった。

「なっなんだこれ!」

身体を転がし絡みつく血を取ろうとしたが取れず、

死んだはずの魚が「今のお前は死んだも同然」と、

濁った瞳が目の前に現れた瞬間マコは飛び起きた。

「ハァハァハァ…」

額から出た変な汗を手で拭い取り立ち上がると窓を開き深呼吸をする

外には赤い綺麗な夕日が浮かんでいた。

ぼーっと眺めているとふとサムとの約束を思い出す

すると涙がこみあげてきて「逃げる事しかできないナマコにそんなこと約束すんじゃねー!バカヤロー!」と、大声で叫んだ。

するとすっきりしたのかタンスの上に置いてある電話の受話器を手に取り、

レターに繋げた。

「もしもし?ムハマンドです」

「突然済まない俺はしばらく身を消す事にする…

 だから探さないでほしい」

レターは止めることもなく「分かった」と一言だけ言う

「ありがとう」

電話を切ると窓から外へ出た。

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