第3話 旅は道連れ
ライザッド王宮内、謁見の間。
大理石で創られた荘厳な室内、赤い絨毯が引かれている。その赤い道の先にある権威の象徴である王座、ここ最近は使用されていない。現ヴェイント国王ベレは、病に伏して、床から起き上がることもままならないため、国政は第一王子であるバルザックが取り仕切っていた。
朝になり、弟である第四王子の失踪を耳にしたバルザックは、すぐに捜索隊の増員を命じ、ヴェイント国の重臣たちに登城の報をだした。そして数十名になる者達がこの謁見の間に集められたのだ。
「それよりアルベルトの所在はまだ掴めんのか」
そして今大きな空間に怒号が飛び、反響する。
絨毯の両際には平行して並ぶように立っている重臣達、王子失踪の責任の所在を話し合っていた彼らは、ベレの怒りに閉口した。
「はやく失踪の触れを出せ!」
王家の紋章が入った赤いマントを羽織り、煌びやかな服を纏ったベレは、王座の隣に立ち、静まり返った彼らを一瞥して溜息をついた。よくもまぁ、こんな無能な者たちをかき集めたものだと、心の中で養父である国王ベレをなじる。
「僭越ながら申し上げます」
国ではなく王に使える三人の宰相の一人シモンズが声を出した。
「もし、王の病が他国に知れ渡り、またアルベルト王子の失踪が噂になれば、ここぞとばかりにヴェイント西部の国境付近にヴァレンティアの大軍が押し寄せましょう」
それに同調するように宰相タリアが頷いた。
「西部の牽制は我が弟ルキアがやっている、何の問題がある」
四年前の大戦から沈静し、書面上の和平を交わした。だがヴェイント王国とその西に位置するヴァレンティア王国との情勢は極めて良いものだとは言い切れない。互いが互い、国境付近に師団を配置し、睨みあいは続いているのだ。
ルキアという名前が出ると、また重臣たちはざわつきはじめた。
そして意を決したかおもちで、一人が口を開く。
「ですがルキア王子には悪い噂が」
「……もう一度その口を開いてみよ。この場で叩き切るぞ」
腰から剣を抜き、男に向ける。
再び、緊迫した空気が流れた。
仮初めの和平を交わした功労者が第二王子ルキアである。両国に住む国民も兵も大戦により疲弊しきっていて、これ以上続ければ、第三国により滅ぼされるかもしれない危惧もあった。第三師団を指揮していたルキアは、単身でヴァレンティア国に乗り込み、ヴァレンティア王と謁見そして大戦は痛み分けという形で終わったのだ。
しかしそれは王であるベレを通さず独断で行われた。その行為に怒り狂ったベレ王は、ルキアに二年間蟄居を命じた。バルザックは何度もベレ王にルキアの許しを求めたが、それは聞き入られることは無かった。
そして二年後、ルキアは辺境の西部に飛ばされたのだった。
こういう経緯もあり、王宮内ではルキアの名前には悪評が舞うようになった。バルザックはもう二年も顔を合わせていないルキアの処遇に心を痛めていた。
ルキアへの想いの他にもう一つ理由がある。
バルザックは己を知っているのだ。もし自分が家督を継ぐものなら、いずれヴェイント国は二つに割れることだろう。第一皇子ではあるのだが養子であり、その事実は恐らく権力に群がる獣たちの恰好の標的となり、国王の実子である弟たちを操り内戦が起こると確信している。だからこそ彼は、国王のベレの後を担うものとし、早くルキアを王政に参加をさせたかったのだ。そしてルキアへ少しずつ権力移譲をと考えていた。
ベレ王が病に倒れ、国を動かす立場になったバルザックは何度も内々に帰還の許しを書にしてルキアに届けさせたのだが、ルキアは今でも頑なに断っている。
「……では、直ちに触れを出します。そして西門の兵には処罰を与えます」
「任せたぞ」
シモンズは一礼していまだ重苦しい謁見の間から出ていった。
王である父が倒れてすぐに四男アルの失踪。
あまりにも出来過ぎていた。
バルザックは、黒い影の存在を感じ取り、疑惑の目でこの場にいる静まり返った重臣を見下ろしていた。
※ ※ ※
縁というものはとても奇妙なもので、言葉には言い表せない力があると誠実は考えていた。大手レンタルビデオ屋で働いている時、毎週必ずと言っていいほどB級映画を借りにくる女がいて、バイト仲間同士の中では独身ホラー女と軽口を叩いていた。
その後、女と偶然街中で出会った。彼女は中堅より少し下の女優であることを知って、同じ夢を持つもの同士、話が弾み近場のファミレスで二時間、映画論を語り合い連絡先を交換した。自分のことを気に入ってくれたのだろう、誠実は彼女からはちょくちょく、ちょい役やエキストラの仕事を貰うなど、色々お世話になった。
これも1つの縁である。
しかし1つだけいうのなら、それらは後になって気がつくものだ。独身ホラー女と呼んでいたころは、彼女にこれほど関わるとは思っても見なかった。
それは今も同じである。
少年の手を握って、人ごみに隠れように、先の強面の主人がやっている買取り屋に逃げ込んだ。主人は誠実と少年アルを蒼白した顔を見るやただ事ではないと感じ取り、何も言わず直ぐに裏屋の空き部屋まで案内した。
そして礼を言う暇なく、彼は直ぐに店番に戻っていった。
長い間、誰も住んでいないのだろう。陽の当たらない部屋は埃にまみれ、床は歩くたびにギシギシと軋む。雨漏りの後だろうか、天井には多数の斑点状の染みがある。
向かい合わせにしゃがむ誠実とアル。キファは室内に充満したカビの匂いが嫌い、できるだけ風が通っている場所を選んで座っている。
沈黙に耐え切れず、誠実から口を開いた。
「ごめんな、恐い思いさせて」
「い、いえ、僕のせいです」
誠実が頭を下げたのに驚き、アルは言った。慌てようを見て、少し緊張がほぐれた誠実は一連の流れからの憶測を口に出す。
「えっと、何と言ったらいいのか……偉い人なのか?」
「……はい」
なんとも頭の悪そうな質問だったが、アルは気まずそうに黒い布で顔を隠すように俯いた。沈黙が流れる。誠実は置物のようになってしまった彼を見て、悪いことを聞いてしまったと後悔した。そしてお互いの名前を知らないことに気がつく。
「俺の名前は木下誠実」
「きのしたなるみ……家名はどちらですか?」
「家名……苗字のことか?木下だけど」
「誠実さんはアシュアの方なんですね」
「アシュア?」
顔を上げたアルは澄んだ青色の目を輝かせ、興味津々の顔で誠実に問いかけた。だが誠実は聞きなれない言葉に首を傾げ、戸惑った。
「え、違うん……ですか?」
と発音を間違えたのだろうか、アルも首を傾げた。
「……アシュアはわかんないな」
「名前の音からしてアシュアのジャホンの国だと思ったのですか、確か言葉が違って読み方が……」
「アシュア……ジャホン?……アシュア、アジア?ジャパン!」
誠実は驚いた。
アルの言っていたアシュア、ジャホンという単語は日本を指す言葉である。それが今、誠実の心に希望が芽生えさせた。見たことも無い世界、聞いたことも無い国に放り出されてから一日、なんともいえない孤独感からようやく解放され安堵した。
「そう、それです。日本、やっぱりそうだったんですね……どうしたんですか?」
「いや、ちょっと埃が……」
目じりから、雀の涙程度のものが頬を伝う。
アルは続け、
「どこの所属なのですか?」
「所属?」
また、理解しかねる言葉がアルから発せられる。
「見るところ誠実さんにはどこにも所属している貴族の紋がついてませんから。……そして手にも焼印が押されてないので」
「ごめん、話が見えない」
肌寒いのだろう。アルはキファを呼び寄せ、彼を抱きしめ暖をとる。
「誠実さんはいつこちらの世界に?」
「昨日の夕方かな」
「どちらで召還されたのですか?」
「召還?いや、家を出ると、このヴェイント市民街にいたんだけど」
「異人をこの世界に呼び寄せるためには数ヶ月に及ぶ儀式が必要なんです、滅多に無いですが昔は例外の方もいらっしゃったそうですけど、僕は初めて会いました」
自分のような異世界人のことをこの世界では異人と呼ぶのだろう、と老婆にもそう呼ばれたことを思い出した誠実。しかし、どうやら変な登場、変な来訪の仕方したのだろう。難しそうな顔をする少年の顔がそう訴えている。
「例外ね……そうだ、君の名前は」
「……僕はアルです、ヴェイント王国のとある貴族です」
少し考えてから答えるアル。
誠実は自称役者である。エキストラばかりで売れないといっても、職業柄その演技を身につけるために人の行動に注意を置くことが常になってしまった。今まさに、アルが何かを誤魔化したことが手に取るようにわかったが、特に追及することをしなかった。
また、一番知りたいことが違うことでもあり、
「貴族か、俺はどうやって帰れるんだ」
「帰るですか」
アルは言いよどむ。誠実の脳裏に不安がよぎる。
「異人が元の世界に帰った、いえ、帰れた話は聞いたことがありません」
「……そっか」
アルの言葉に肩を落とす。だが、ここに来たという前例者はいる。心境を例えるなら闇に包まれた世界にほんの少しだけ光が見えたのだ。それだけでも充分であった。
「いいんですか?」
アルは気の毒そうに声をかけた。
「何が?」
「異人がこの世界に来られたとき、大体の方がもっと……その……」
言いよどむアル。何を言いたいのかを察知し誠実は、まるで自分のことのように、そして今にも泣きそうな彼の顔を見て、
「そうだな、やっぱり寂しいよ。でも帰れない、その事実は変えられないだろ。アルが嘘をついているようには見えないし。なんとなく、もしかしたらそんなこともあるのかって構えてはいたからな。あっ、でも諦めてはないぞ」
「お強いんですね」
誠実は笑いながら、
「いや、事実、叫んで暴れまわってみたいけど、アルの手前、年長者としての格好がつかないだろ」
「ははは」
コロコロと表情を変えるアルに微笑んだ。
ふと、体の匂いを確かめる。そういえば昨日、いや一昨日からお風呂に入っていない。気がつくとやたらに痒くなるものだ。誠実はニット帽を取ると、蒸れた頭をポリポリと掻きだした。
「あ、え?」
誠実の顔を見て、言葉が出ないアル。
「どうしたんだ、アル」
「黒眼のドルフェイス大神官さま!?」
「な、どるふぇい……何だって?」
「いえ、……あのお方は去年、アステア様の元へ……」
なるほど、と手を打った。どうやらその黒眼のドルフェイス大神官という、肩書きからいってもふんぞり返り威張るイメージを彷彿させる、良く言えば威厳を醸しだす人物と似ているのだろう。買取り屋の主人が間違えた人物だろう。
「やっぱり誰かに似てるんだ。でも別人だから」
「そ、う……ですよね」
「黒い瞳って珍しいのか?会ったときも言っていただろ、アルの兄ちゃんもって」
「そうですね、黒い瞳を持つ方は、異人の方くらいです。他にはこの国では兄上くらいで……」
「あっ、言いたくないならいいぞ」
「すいません」
誠実はニット帽をポケットにしまうと、これからのことを考え始めた。
※ ※ ※
日が暮れた。
暗闇に1つ蝋燭の小さな明かりに照らされ、ゆらゆらと揺れている二つの影。あれから、特に新しい情報を得ることは無かった。誠実は申し訳なさそうに、だが好奇心を抑えられずに尋ねてくるアルに自分の元いた世界の話をしていた。
特にアルが興味を持ったのが人を乗せ空を飛ぶ機械、飛行機だ。判っていたことだがこの世界には無いらしい。
それはどうやって飛ぶのか、人力なのかと矢継ぎ早に尋ねられ、答えに窮した誠実は「祈りで飛ぶ」と言ってアルを納得させた。
純真な子供を騙したと、後から襲ってくる後悔に誠実は苛まれ、自分の名の漢字を付けてくれた天国の祖父に謝った。
「そういえば、アルはどうして追われていたんだ?家出か?」
「……そのようなものです」
「そっか」
急に話を戻されたアルだが誠実をある程度信用に足る人物と判断したのだろう、自分から話し始めた。
「僕は人に会わなくてはいけないんです」
「それは家出とはいわないぞ」
「はは、そうですね」
アルが笑っている声で目を覚ました湯たんぽになっているキファは、顔を前足でこすりながら欠伸をした。
話を聞く限りこの獣は犬では無く、狼らしい。狼のような野蛮な獣を飼うのが上流階級の嗜好なのだろうか……でもよくよく見るとかわいいかもしれないな、と考えて誠実はキファに手を振るが、キファは小馬鹿にしたよう今度は大げさに欠伸をした。
かわいくない……こいつ嫌いだ。キファに心の中で中指をたてた。
「僕はダニスの街まで行かないとだめなんです」
アルの顔を覗き込む誠実。決意の表れだろう真剣な面持ちである。誠実にとって過去の自分を映し出している鏡がそこにはあった。
役者を目指すために、上京して、オーディションに何度も落ちながらも、また受け続ける日々。小さな劇団の一員となり、舞台にも上がった。しかし団員との意識の差、彼らとの芝居にかける思いの温度差が顕著に現れ始め、一年足らずで去り、またオーディションを繰り返す。でも誠実は諦めるという考えは無かった。
そんな懐かしい顔つきが、誠実の目の前にあった。
「……よし決めた、兄ちゃんがついていってやろう」
「えっ!」
すまなそうに、だがそれ以上に嬉しそうに立ち上がるアル。その拍子にアルの足から転げ落ちたキファは誠実に向け吠える。
「お前には聞いてないぞ犬畜生」
「グルルル~~キャン!!」
まさに噛みつこうとするキファの頭に、アルは拳骨をいれる。
「まぁ、この世界の常識には無知で、頼りないお兄ちゃんだけどな」
話を理解したのだろうか、誠実に同行するな、お前はいらないという目で誠実をずっと睨んでいた。
※ ※ ※
二日後の夕暮れ、馬車の荷台で揺られながらヴェイント王都の関所を越えた。車というものは、電車というものは何て安全かつ、乗り心地がよいものだったのだろうと、誠実は吐き気を必死に抑えながら実感していた。
王都ヴェイントから距離にして西に30キロ、一山を越え、その麓にあるニーダの村の明かりが見えた。
村の手前で馬車から降りると、誠実は連れて来てくれた買取り屋のゴーシュに礼を言った。
「助かったよ、ありがとうな」
「いえ、そんな、アステア様の元へ行かれて、帰還された大神官様のお役に立てたなら。このゴーシュ身に余る光栄でございます」
大きな体格で畏まりながら、ゴーシュは手を合わせた。誠実はそれを真似て、
「あなたに、アステア様の恵みを」
「あ、ありがとうございます」
嬉しそうな顔で馬車を反転させ去っていくゴーシュ。ゴーシュを見送りながら、ふと横を見ると、黒い布から顔を出したアルが、何かを訴えるような雰囲気を纏っていた。
「何か、さっきから睨んでないか?」
と尋ねる誠実にアルは、
「……人を騙すのはいけないことです」
「それで関所も通れたんだし、おっさんも喜んでるし」
「軽薄すぎます」
「もっと楽に考えれないかな」
「いけないことはいけないことです」
どうやら、このままいっても押し問答だろう。誠実自身、ゴーシュには悪いことをしたと少しは思っているが、そうでもしなければ王都を出るための第一関門の関所を通れるはず無いのだ。
それを後になって非難してくるとは、とカチンときた誠実は頭でっかちのガキだな、とぼそっと呟いた。
「な、な、な、無礼な人ですね!」
顔を林檎のように真っ赤にさせ怒るアル。誠実は調子にのり、さらに煽った。
「やーい、頭でっかち、将来ハゲるぞ」
「……キファ!」
「ワウ!!」
「ちょ、犬っころ、い、痛い。まじで噛んでるぞこいつ、アル止めろ!お、おい、無視して先に行くな!おいってば」
ここぞとばかりに主人の敵に噛み付くキファ。二人と一匹が村に入るのはまだ後のことだった。
※ ※ ※
ヴェイント市民街のありとあらゆる場所に手配書が張られていた。ケミールは路地裏で似ても似つかない自分の顔が描かれた紙を壁から剥がし破り捨て、毒づいた。
「ちっ、こんなところまでか……こりゃ、ちょっとばっかしまずいかもな」
自分に家族という者がいなくてつくづく良かったとは思う。もしいたならば今頃家族全員、即刻首を落とされているはずである。
「楽な門番暮らしも終わりか、さっさと腕白王子を連れ戻さないとな、俺の潔白を証明するために」
他の西門を守る仲間は第一王子バルザックの計らいにより鞭打ち五回という処罰で済んだと聞いた。命は無事らしい。出世とは無縁な連中だから、今後に影響は無いはずである。
ケミールは王子誘拐犯という嫌疑の生贄は自分だけですんだことに安心をしていた。そしてふと、一人の誘拐の実行犯を思い出した。
「そういえば王子と一緒にいた異人の怯えよう……くくく、まぁいろいろ面白く、いやいやきな臭くなってきやがって、当分、酒の代わりになりそうだな」
右手に持っていた葡萄酒を放り投げ、大通りへ出る。
「見つけたぞケミール!」
少し歩くと、すぐに見つかった。取り囲んだのは三人の武装した兵士。
「また懸賞金があがりそうだな」
ケミールは腰に掲げた剣を抜き、兵士たちと対峙する。
「命が惜しかったら見逃しな、人を切るのはあんまり好きじゃないんでな」
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