第6話 衣装

 伝説の降霊ライブから一夜明け、アイドル研究部では反省会が行われていた。

 一晩で心霊アイドル亀澤ゆか里はQ県内にまたたく間に広まり、また全国的にも名が知られることとなった。亀ちゃんにとっては不本意ではあったが。

 会場では撮影禁止だったにもかかわらず、たくさんの写真や動画が撮られ、ネット上で拡散していったのだ。それらを逐一チェックしていく平田。唯一スタッフとして撮影を許可されていた武山はライブ写真の山を整理している。

「どうして亀澤さんはフューチャー・ワールドと共演できたのですの? 本来ならわたくしたちダイヤモンドダストがオープニングアクトで出演すべきところのはずです」

 一人いまだに納得がいかないのは、久しぶりに部室に顔を出した荒木雪乃だった。

「それは、亀ちゃんを売り出したいという気持ち半分。大島衣里さんの霊を何とかしたいという気持ち半分と言うか」

 お雪に少し押され気味の強司は目線を泳がせながら答えた。

 お雪は亀ちゃんの顔をにらんだ。しまりのない表情をしている亀ちゃん。

 ここ数週間にわたって亀ちゃんに憑りついていた大島衣里の霊はもう見えなくなっていた。亀ちゃんの母に言わせると、もう霊はどこかに行ってしまっているのだという。結局最後の最後まで霊が見えなかった亀ちゃんだった。霊とは言え憧れの大島衣里がそばにいるのだから、一度くらいは顔を拝見しても良かったかも、といなくなってから思うのだった。

「でも私フューチャー・ワールドさんと共演できて幸せ」

 亀ちゃんは頬を赤らめた。昨日のフューチャー・ワールド飛び入り参加のハプニングライブがいまだに脳裏に焼き付いていて、ニヤニヤが止まらないでいた。最初で最後の四人編成のフューチャー・ワールドだった。

「これで自信がついたんじゃないか。お客さんの前で披露することができて。人見知り克服に向けて素晴らしい第一歩だったと思うぞ。一曲のみの披露のはずが、本編のミニライブ全てに参加したんだからな」

「いやあ無理だよぉ。昨日はたまたまだよ。それこそフューチャー・ワールドさんのおかげでできたようなものだよ」

 亀ちゃんは謙遜なのか本気なのかわからない調子で言った。

「やっぱり、亀澤さんが出演しても無意味だったようですわね。ダイヤモンドダストが出演すべきでした。どうして谷社長に掛け合ってくれなかったのですか」

 お雪の不満は続く。

「そういえば、どうしてフューチャー・ワールドさんはS市で凱旋イベントを行うことができたの? 中止になったんじゃなかったの?」

 今さらになって亀ちゃんも疑問がわいてきた。

「それは、俺が谷社長に直談判したからかな。元々フューチャー・ワールドの大ファンだった俺は、ライブやイベントに通い詰めるうちに、当時のフューチャー・ワールドのプロデューサーだった谷社長と仲良くさせてもらってたんだ。そこからアイドル運営について色々と教えてもらったりしている。今でもお雪のことだったり、イベント開催について色々とアドバイスをもらったり、手伝ってもらったりとお世話になっているんだ。で、亀ちゃんに大島衣里さんの霊が憑りついていると分かった時、これは谷社長に相談して中止になっていた地元凱旋ライブをもう一度検討してもらうべきだと思ったんだ。衣里さんのため、残されたメンバーのため、ファンのため。それでも谷社長は最初は信じてくれなかった、衣里さんの霊が憑りついているなんて冗談だと思うのも無理はない。でも亀ちゃんと直接面会した時に、谷社長驚いていたろう?」

 亀ちゃんは大きくうなずいた。その時にはかなり鮮明に大島衣里の姿が現れていたのだ。そして衣里本人の口からも、凱旋ライブ開催の申し入れがあったのだ。亀ちゃんには見えなかったが。

「そしたら谷社長、大慌てで今の所属事務所に掛け合って、今回の凱旋イベントが実現したんだ。これが正解だったかどうかわからないが、少なくとも衣里さんは満足できたんじゃないかな」

 強司は窓の外の空を見上げた。果たして衣里は天国に行けたのであろうかと。

「いずれにしても衣里さんの事故後、活動自粛していたフューチャー・ワールドも、どこかのタイミングで活動再開しなくちゃいけなかったはずだから、今回の件がそのきっかけになってくれるとうれしいかな」

 強司はかみしめるように言葉を紡いだ。

「ところで亀ちゃん。例のものは持ってきてくれた?」

「はい持ってきました。包みのまま全てです」

 亀ちゃんは大きな紙袋を取り出した。

「一つずっと気になっていたことがあって。あのフューチャー・ワールドの衣装は一体何だったのかってね。そして亀ちゃんはフリマアプリで買ったと言っていたが、出品者は一体誰だったのか?」

「あ、全然気にしてなかった。ただそっくりな衣装が安く出ていたから、そのまま買っちゃったけど」

 それを聞いたお雪は「まあ!」と声をあげた。

「差出人は明記されているか?」

 亀ちゃんから渡された紙袋は頑丈な紙質でできており、そのまま外装袋として使える。紙袋には送り状が貼り付けられ、送り先の亀ちゃんの住所氏名が書いてある。その下に差出人の欄がある。そこを強司が指でなぞりながら読み上げる。

「なになに、差出人はQ県S市Y町、大島衣里……?」

 亀ちゃんと強司とお雪は顔を見合わせた。

「まさか、何かの悪い冗談。偽名かもしれない」

 と言いつつも思わず強司は紙袋から箱を取り出し、包装紙を乱暴にはがす。震える手で箱を開けると、中にはフューチャー・ワールドの衣装が丁寧に収められていた。

 ただ昨日までと違っていたのは、衣装はズタズタに引き裂かれ白い生地は血のりで真っ赤に染まっていたことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コンプレックス・ネクロマンサー「黒いレーシングストライプ」 真風玉葉(まかぜたまは) @nekopoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ