第3話 霊視

「ただいま」

 亀ちゃんが家に帰ると、台所からちょうど母親のさと子が出てきた。夕飯の準備をしているようだ。娘と同じく色白な肌が印象的だ。

 亀澤家は二階建ての中古住宅をローンで買ったごくごく普通の家庭である。父親は会社勤め、母親は昼間の短時間パートに出ているが、娘が帰るころにはすでに家にいる。

「おかえりゆか里。あら……」

 さと子は娘をじっと見つめた。どこか遠くを見つめるような目つきだ。

「どうかしたのお母さん」

「いえ別にどうもしないわよ」

 さと子はすぐさま否定したが、顔は動揺の色を隠せなかった。亀ちゃんは少し考えてから下校中に思っていたことを言った。

「見えるんでしょ」

「え」

「私の横に誰かいるんでしょ。お母さん時々、私に見えないものが見えるって言ってるじゃない。今も見えているでしょう。それはこの人じゃない?」

 亀ちゃんはカバンからクリアファイルを出して、A4サイズの心霊写真を見せた。するとさと子は大きなため息をついた。

「ついに言わなければならない時が来たのね」

「は?」

「実はねゆか里、あなたは霊媒体質なの。霊に憑りつかれやすい性質があって、子供のころからしょっちゅう霊に憑りつかれていてね……」

 母親のいきなりの告白に、娘は驚きを隠せない。

「ちょっと、それ初めて聞いた。なんで今まで教えてくれなかったの?」

「だって、あなたは霊に全く気付いてないんですもの。見えてないし、別に害も受けていないし。だからそっとしておこうと思ってね。そうそうお父さんにも内緒にしているのよ。余計な心配かけたくないから」

「はぁ……そうなの」

 亀ちゃんは力が抜けてしまった。

「田舎に住んでいる私のお母さん、ゆか里のおばあちゃんはね、口寄せをしているのよ。口寄せというのは自分に霊や神様を降霊させて、お告げをする人のことよ。きっと血を受け継いでいるのね」

 母はしみじみと言うが、娘は完全に引いていた。

「おばあちゃんそんなことしてたんだ。全然知らなかった……。じゃあ、お母さんは何なの?」

「私は霊が見えるだけ。見えるだけで何もできないわ。ゆか里に憑りついた霊を見ることは出来ても、追い払ったりすることは出来ないの。でも大丈夫よ、放っておけばその内いなくなるから。だって今までもそうだったから」

「じゃあ、心霊写真は今までも?」

「あったわよ。でも全部責任をもって処分してるから安心して」

 さと子はにこにこと得意そうに言った。

「今憑りついているのは若い女性よ。おとといの晩から憑りついているのはわかっていたけれど、今見たらなんだかとてもうれしそうな様子ね。こんな霊は初めて。びっくりしたわ。でも、どうすることもできないわね。まあその内いなくなるから心配いらないわよ」

 さと子はクスクスと笑うだけで本当に何もしてくれない。


「今までって、これまで何体の霊に憑りつかれていたのよ」

 二階の自室で亀ちゃんは思わずつぶやいた。

 亀ちゃんの部屋は机とベッドがあるくらいの、とてもシンプルだった。あるといえば本棚にアイドルの雑誌が並んでいる程度で、生活臭のあるものは無いに等しい。主に似て地味な部屋だった。

「あーあ、困るなぁ。若い女性って誰の霊が憑いてるんだろ」

 椅子に座り、横を振り向く亀ちゃんだが、何も見えない。

「本当に霊なんてついているのかな」

 見えないものを見えると言われても、にわかには信じがたい様子の亀ちゃん。だが写真にも写り込んでいるからには確かにいるらしい。鏡をのぞき込むがやはり何も見えない。その鏡に写った自身の背後に、壁に貼ったポスターが写り込んだ。

 振り返って壁を見る。そこには三人組アイドルグループ、フューチャー・ワールドのポスターが貼ってある。三人がモデルのように振る舞うクールな立ち姿が実に凛々しい。亀ちゃんはうっとりして見つめる。フューチャー・ワールドの大ファンなのだ。

 フューチャー・ワールドはS市で結成されたローカルアイドルユニットである。地元で地道に活動した結果、見事念願かなってメジャーデビューを果たし、活動拠点を首都圏に移し全国区に昇りつめたのである。この快挙に、Q県内で活動するアイドルたちはとても勇気と希望をもらうこととなった。亀ちゃんもその一人で、アイドルへの道を踏みだすきっかけの一つになったのである。

 部屋に貼ってあるポスターはフューチャー・ワールドがつい二か月前にリリースした、メジャーデビューシングルのポスターである。タイトルは「ハイウェイ・トゥ・ヘヴン」。

 亀ちゃんは今度はくるりと机に振りかえる。机の上には大きな紙袋がある。中から包装紙に包まれた箱を取り出す。丁寧に包装紙を広げ、宝箱でも開けるようにそっと箱のふたを開けると、中には衣装が入っていた。昨日の撮影会で着ていた衣装だ。

 黒のレーシングストライプの入った白いワンピースを自分にあてがうと、椅子から立ち上がり、フューチャー・ワールドのポスターの前に立つ。ポスターの中のフューチャー・ワールドの面々も同じく、レーシングストライプの入った白いノースリーブのワンピースを身にまとっている。

「へへー、おそろいおそろい」

 亀ちゃんは霊のことなど忘れて一晩中浮かれてしまうのだった。

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