第2話 心霊写真

 古びた校舎が特徴の公立緑ヶ山高校の一角、これまた古ぼけた薄暗い部室がアイドル研究部だった。

 部室の片隅には背の高い書庫があり、中にはデジタルカメラやビデオカメラが整然と並んでいる。一見高価そうな代物だが、全て新聞部や映画研究部から格安で手に入れた中古品たちである。

 書庫の下の段にはたくさんのファイルホルダーがあり、新旧アイドル関連の各種資料がとじられている。

 反対側の壁には段ボール箱が積み重なるように並んでいる。中にはペンライト等各種応援グッズや、Tシャツ、ハッピ、特攻服等がしまわれている。かなり時代を感じさせる特攻服は、代々アイドル研究部が受け継いだ宝物である。

 部室の窓側には大型モニターを備えたデスクトップパソコンが一台あり、ハードディスクの中にはアイドルに関する膨大なデータが保存されている。

 アイドルという華やかな対象をテーマに活動している割には、地味で薄汚れているのが対照的な部室だった。壁に貼られたアイドルのポスターだけが唯一明るく輝いており、陰気な部室内と不釣り合いだった。

 部員は部長の小笠原強司以下、数名でアイドルの応援を行っていた。全国津々浦々、有名無名問わずどんなアイドルがいて、どんな活動をしているのか日々チェックしているのだ。

「昨日のイベだけど、みんなおおむね良かった、という感想が多いかな」

 パソコンのモニターとにらめっこしているメガネの平田がつぶやいた。彼はアイドル研究部の情報担当係だ。昨日のアイドル撮影イベントに参加したファンたちがSNS等に発信している感想を、片っぱしにパトロールするかのように見て回っている。エゴサーチである。良いと思った投稿には、アイドル研究部公式アカウントとして「いいね」をつける。

「だろう? 動物とアイドルを組み合わせての企画が当たったんだよ」

 強司は得意そうに胸を張った。

「いや、みんなお雪ちゃんをべた褒めだよ」

 平田がすぐに否定する。

「まあ、そうだろうな。ファンの目当てはお雪ちゃんだよ」

 そしてちょっとぽっちゃりな武山がうなずきながら言う。武山は撮影係だ。

「なるほど、確かにお雪のポートレートがたくさんアップロードされてるな。亀ちゃんの写真は、うーんほとんど無いな」

 強司は平田をパソコンの前から押しのけると、画面をにらみつけた。お雪の写真がたくさんアップされており、それらの画像にはたくさんの「いいね」がつけられていた。強司もアイドル研究部代表として「いいね」をつけた。

 特にウサギを抱っこして満面の笑みのお雪の写真は人気だった。他にも動物たちと触れ合うアイドルたちの写真がたくさんアップされている。

「みんなすげえや。やっぱり機材が違うと写り方も全然違うな」

 武山は書庫にある中古のカメラをチラと見てから、もう一度ファンたちの撮影したお雪の写真をチェックする。

「違うカメラは腕だ腕。機材に頼るもんじゃない。そういう武山はどんな写真を撮ったんだ?」

 三人は喧々諤々けんけんがくがくといつものやりとりをしていた。その様子を部室のすみっこでぽつねんと眺めているのは亀ちゃんだった。いつも会話に加われず置いてけぼりを食うのは亀ちゃんなのだ。

 彼らアイドル研究部員とは別に研究生と呼ばれる女子部員がいる。いわゆるアイドルの卵である。彼女たちを育成し、アイドルイベントに出演させ、いっぱしのアイドルとして羽ばたいて行かせる、というのがもう一つの活動だった。

 ダイヤモンドダストのリーダー、荒木雪乃。通称お雪こそ、アイドル研究部きっての花形研究生だった。

 とはいっても、お雪はすでに中学生の頃からダイヤモンドダストとして活動しており、たまたまお雪が緑ヶ山高校に入学し、強司の強引な勧誘によってアイドル研究部に所属しているから、正確には研究生ではない。実際お雪も部に籍を置いているだけで、部室にはめったに顔を出さない。

 今一番研究生の中で期待されているのが、亀ちゃんこと亀澤ゆか里なのである。というより他に研究生がいないのである。

 退屈になったジャージ姿の亀ちゃんは黙々とダンスの練習を始めた。別に誰かに見せるわけではないのだが、好きだから踊っている。大好きで憧れのアイドルのダンスならすぐに覚えられるし、いつまでも踊っていられる。

 普段の部活動の中で亀ちゃんが半ばトランス状態で踊っていると、強司監修の元、いつの間にか武山が撮影していて、いつの間にか平田がアップロードしている。だから、ネット上には亀ちゃんの踊ってみた動画がいくつかある。しかし閲覧数は悲しいほどに少ない。

「ところで少し気になったことがあるんだが」

 不意に平田が切り出した。メガネが光った、ように見えた。

「昨日亀ちゃんを撮影したファンが何人かいただろう? その内の一人がこんな投稿をしているんだ。地味だけど、うぶで照れたところが可愛い、という感想の後だ」

 平田がその投稿画面を開いて見せた。そこには真顔で棒立ちの衣装を着た亀ちゃんがいた。が、もう一人いた。亀ちゃんの横に女性と思しき白い影が写っている。亀ちゃんと同じく髪は長い。

「おいおい、なんだこれは。ちょっと亀ちゃん来てみろ」

 思わず強司は椅子から立ち上がり大声をあげた。 

「えー、なんですか?」

 トランス状態になりかけていた亀ちゃんは急に現実に呼び戻されて、思わずしりもちをついた。そしておしりをさすりながらパソコンの前までやってきた。

「わ、なにこれ? 心霊写真? 変な写真撮らないでくださいよ」

 亀ちゃんは食い入るように画面を見つめる。しかしその表情には恐怖の色は無い。

「お前怖くないのか? 幽霊だぞ幽霊」

 むしろ強司の方が怖がっている。

「いや私、キャーとか言うキャラじゃないし。一応私も女子高校生なんですから、こんな写真ネットにあげないでくださいよ。変な噂ついちゃうじゃないですか、困ります」

 亀ちゃんなりに怒っているつもりらしい。

「まあ、そうだけども。心霊アイドルとか」

「やめてください」

「まだ、これが本物かどうか分からないぞ。手の込んだいたずらかもしれないし」

 強司は画面の白い影を疑うように言った。恐怖を振り払いたくて信じたくないのだった。

「いや本物だ」

 さっきから昨日使ったデジカメをチェックしていた武山が、顔を青白くさせながら撮影した写真の画面を出して見せた。

「俺が撮影した亀ちゃんにも写り込んでいる。髪の長い女性だ」

 亀ちゃんは思わず自分の横を振り向いたが何も見えない。まだいるのかいないのかもわからない。

「とりあえずプリントアウトしておくよ」

 平田が言うやプリンターがやかましい音を立て始めた。強司が慌てて制したが遅かった。そしてA4サイズで心霊写真が出てくる。

「こんなの持っていたら呪われるんじゃないか?」

 強司はまだ信じたくなかったが、プリントアウトされた写真にはくっきりと白い影の女性が写っている。

「でも私、この人誰なのか分からないから、呪われると言われても困るんですけど」

「顔がよく分からないから、見当がつかないな。ところで思ったんだが亀ちゃん、人間には人見知り発揮するけど、幽霊にはハッキリ言えるんだな」

「そうかなぁ。だって見えないから怖くないですよ」

「いや見えないから怖いんじゃないのか?」

 話はかみ合わない。

「それで、この女の人に見覚えは無いのか? 何か心当たりは?」

 強司は亀ちゃんに詰め寄るが、亀ちゃんも返答に困る。何となく女性であることが読み取れるくらいで、年齢や表情は全くわからなかった。

「いやあ無いですよ。うーん、でも。お母さんに相談してみます。お母さん時々見えないものが見えるんで」

 と言いながら亀ちゃんは心霊写真をクリアファイルに挟んでカバンにしまい込んだ。

 その言葉に強司は背筋がぞっとした。

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