コンプレックス・ネクロマンサー「黒いレーシングストライプ」

真風玉葉(まかぜたまは)

第1話 撮影会

 とある好天に恵まれた初秋の日曜日。S市郊外にあるふれあい動物牧場にて、複数のアイドルによる合同撮影会が開催されていた。

 ただアイドルを撮影するだけでなく、牧場内のヒツジやヤギ、ウサギやアルパカなどの動物たちとふれあうアイドルを一緒に撮影することで、更にアイドルの可愛さを引き立たせるのが狙いだ。

 Q県S市は首都圏からはるか遠く離れた地方都市だったが、数多くのローカルアイドルが活発に活動していた。ライブはもちろんのこと、オフ会と称してアイドルとファンとの交流会も度々行われ、演者と客の距離感は常に手に届く近い存在だった。アイドルたちは地元で地道に活動しながら日々精進していた。夢は大きくメジャーデビューだ。

 撮影会の様子を少し離れた高台から見守っているのは、今回の撮影会の主催者である小笠原強司おがさわらつよしだった。強司はS市内の公立緑ヶ山高校に通う男子高校生で、同校アイドル研究部の部長でもある。見た目は大柄でがっしりとしており、いかにも体育会系なのだが実はインドア派で、無類のアイドル好きである。そして最近では応援だけに飽き足らず、アイドルの育成やイベント企画にも手を出し始めているところなのである。

「なあ、亀ちゃん。お前も写してもらって来いよ。お雪たちの荷物なら俺や他の部員が持つから。せっかくさっきみんなの前で自己紹介したのに、モゴモゴしてて何言ってるかわからなかったよ」

 強司の横でアイドル達の荷物持ちをしているのは、強司と同じくアイドル研究部所属の亀澤ゆか里である。見た目は色白で長い黒髪の面持ちは、パッと見清純そうなのだが、これといった特徴が無く、悪く言えば地味だった。彼女がアイドル活動としてファンの前に出てくるのは今回の撮影会が初である。そのためか、なかなか他のアイドルやファンの輪の中に入れないでいた。

「いやあ無理だよぉ。私人見知りだもん。あんな大勢の前でポーズなんて取れないよ。恥ずかしいよ。お雪ちゃんすごいなぁ、あんなにクールな衣装で決めちゃって。ファンへの対応もいいしさ」

 亀ちゃんはいかにも自信なさそうに、ボソボソとした独り言のようなつぶやきを言った。その目線の先には、Q県内で最も人気のあるアイドルユニットの一つ、ダイヤモンドダストのリーダー荒木雪乃がいる。お雪というニックネームで親しまれ、整った顔立ちのうえにスタイル抜群であるのが魅力だった。

 今回の撮影会に参加しているアイドルたちはさまざまで、ダイヤモンドダストはインディーズながらもオリジナル曲をCDリリースしている。他のアイドルは、オリジナル曲を持っておらずカバー曲しか歌わなかったり、ネット配信がメインだったり、まだモデルをやっている程度の子まで幅広い。年齢層も中学生から社会人までこちらも幅広い。

 また集まったファンの年齢層も様々。女性ファンもちらほら見かける。ただこの日は撮影会だけあって、みんな自慢のカメラ持参であった。

 そのファンたちに常に取り囲まれているのはお雪だった。遠目に見ても周りを囲まれていても、お雪はすぐにお雪だと分かるくらいに目立っていた。不思議と存在感があるのだ。

「お雪はまあ、別格かもな。何を着てもあのスタイルだから決まるよ。そりゃ。でも亀ちゃんだってバッチリ衣装決めてるじゃないか。今日のために買ったんだろ? そのワンピース」

 強司は亀ちゃんの衣装を上から下まで眺めた。悪くないと思うのだが、肝心の本人が自信を持てないのが残念である。

「そうなんだけどさぁ」

 亀ちゃんはもじもじしながら改めて自分の衣装を見てみた。真っ白なノースリーブのワンピースの真ん中を、縦に二本の黒いストライプが走っている。スポーツカーのボディにまとうようなレーシングストライプはシンプルではあるが、同時に爽快感もかもし出していた。色白でロングヘアのゆか里が着ると清潔感あふれるものだったが、やはり自信なさげな様子は否めない。

「あのう、すみません。その子も撮影してもいいんですか?」

 亀ちゃんと強司の前に一人のファンがやってきた。見るからに高価そうなカメラを二台も持っている。地元では有名なアイドルファンの一人である。

「どうぞどうぞ。まだ駆け出しですけど緑ヶ山高校アイドル研究部所属の研究生です」

 と言いながら強司は亀ちゃんの背中をグイと押した。

「あ、あの。どうも」

「名前は?」パシャ。

「あ、亀澤ゆか里です」パシャ。

「ニックネームとかあるの?」パシャ。

「あ、亀ちゃんです」パシャ。

「亀ちゃんって清楚なイメージでかわいいね」パシャ。

「あ、どうも」パシャ。

「趣味は?」パシャ。

「あ、アイドル鑑賞です」パシャ。

「好きなアイドルは?」パシャ。

「あ、フューチャー・ワールドさんです」パシャ。

「やっぱり? 地元の憧れだもんね。災難はあったけど彼女たちなら乗り越えられるよね。最後にもう一枚何かポーズ取ってくれる? ピースとか」パシャ。

 ポーズを要求されたものの、顔がこわばる亀ちゃんだった。

「ところで亀ちゃん、その衣装……いや何でもない。ありがとう。今後はライブとかに出演するのかな? 期待してるよ」

 なんだかよく分からない内にファンとの交流を終えた亀ちゃんは、深々とお辞儀をした。言葉が出なかったのでこうするしかなかったのだった。

 ファンと握手をして少し放心気味の亀ちゃん。不満そうな強司。

「初めてのファン交流だから仕方ないけど、もうちょっとポーズとか笑顔とかうまくできないかなあ。棒立ちの真顔じゃちょっとなあ」

「いやあ無理だよぉ。お雪ちゃんはあんなにきれいでかわいいのに、私は……」

 するとまた新たなファンが数人亀ちゃんのもとへ駆け寄ってきた。さっきのファンの人から聞きつけてきたらしい。

「亀ちゃん俺たちにも写真撮らせてくれる?」

「あ、はいどうぞ」パシャ。

「緑ヶ山高校アイドル研究部だそうだけど、お雪ちゃんと一緒なんだね」パシャ。

「あ、はい先輩です」パシャ。

「そうかだからお雪ちゃんの荷物持ちをしてるのか。できた後輩だね亀ちゃんは」パシャ。

「いえ、私が先輩なんです」

 確かにお雪は大人びていたし、亀ちゃんは童顔だった。

 夕方になり、この日の撮影会は無事終了を迎えた。

 ファンを見送った後、亀ちゃんや強司、お雪たちの未成年は、谷さんという地元芸能事務所の社長運転の車で帰途についた。

 お雪が在籍するアイドルユニットダイヤモンドダストは、谷社長の事務所所属である。同時に緑ヶ山高校アイドル研究部に所属するお雪と強司、そして谷社長は太いつながりがあるのだった。この日のイベントも谷社長の協力があって実現となっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る