第6話

プロローグ


 蓮山高校のグラウンド周囲に突如現れた動物の大群に真染しんじ達が対処し始める時から、さかのぼること十数分前――

「――ッ!? 嘘でしょ!」

 少女はその違和感にいち早く気づき、窓の外へ身体ごと視線を移す。だが視線の先にあるグラウンド周囲には未だ変化は起きていなかった。

(おかしい……たしかに世界が開かれた気がするのに、景色どころか何も影響が現れていないなんて。兄さんと連絡が取れればいいのだけれど――)

「――さん、紗妻さん」

「――ッ!? は、はい!」

「どうかしたのかしら?」

 突如席を立った少女に対しても態度を変えることなく席についたまま女性教師は尋ねる。

「あ、ええと……大丈夫です。失礼しました」

 少女――紗妻海美歌さづまうみかは落ち着きを取り戻し席へと腰掛ける。

「いえいえ。それにしても、紗妻君の妹さんもうちに通ってくれるなんてね。懐かしいわ」

「兄をご存知なんですか?」

「もちろんよ。紗妻君はまさに歩く文武両道のような生徒で、とても優秀だったわ。そんなこと、妹のアナタの方がよく知ってるわよね」

「いえ、家では引きこもってずっとパソコンをいじってるだけで、優秀な面影なんて無いですよ」

「あら、そうなのね。そういえば、紗妻君。たしか大学院に進んだって聞いたんだけど、今は何をしてるのかしら?」

「……今、は――」

 コンコン、と海美歌のいる教室の扉がノックされる。少し早めのテンポから焦りの様子が想像出来る。

「失礼します。先生、ちょっと宜しいでしょうか」

 ノックをした男性教師は返事を待たずに扉を開けて海美歌と話していた女性教師を呼び出す。

「はい。ゴメンなさいね」

「いえ、お構いなく」

『どうしましたか?』『実は――…………』

「紗妻さん、ゴメンなさいね。少し席を外しますので、ここで待っててもらってもいいかしら」

「ええ。わかりました」

 先生達が教室を出ると海美歌は席を立ち再び窓の外へと視線を移す。

「――ッ!? 何よ、これ……」

 何かにはやし立てられるかのように海美歌は教室を飛び出す。

(柊真染、やはり彼には何かあるっていうの)

 海美歌は答えの無い自問自答と共に、道が分からないながらも、ただひたすら走り続けるのだった。


 そして、時は現在に戻る――


「まず俺達が向かうのは……ここだ」

 突如現れた動物達による騒動を止めるべく動き出した柊真染ひいらぎしんじと『TECティーイーシー』のメンバー。その一人、高月巳影たかつきみかげと共に真染が辿り着いたのは――飼育エリア。

 蓮山高校の飼育エリアは一般的な高校よりも倍以上に広い。その分様々な動物達の小屋があるのだが――その全ての扉が開き、中にいるはずの動物達は一匹もいなかった。

「動物の種類的にはここから何者かの手によって解放されたのだろうとは容易に推理出来た。だから生徒会のさとしにお願いして鍵を借りてきてもらったんだ」

「あの眼鏡かけた天パのヤツ、生徒会だったのか……知らなかった」

「お前が自分以外にに興味を示さな過ぎなんだよ。そんで何故か用務員と交友関係が深い太陽に、動物を捕まえる網やら何やらを借りてきてもらった」

「さっきアイツが持ってたやつか」

「そう。んで、もう行き渡ってるだろうが、それらは二人が所属する野球部と剣道部のヤツらにも行き渡らせて、人海戦術でいっきに捕獲してきてもらうって感じ。それを俺らはどんどん小屋に戻して鍵を閉める。オーケー?」

「やる事は分かった。今の流れは芥川、お前が考えたのか?」

「いんや、原因の推理はたしかに俺がしたけど、実行の指示は全部太陽だよ。こういう時要領いいからさ」

「そうなのか」

「ああ……っと、早速捕まえてきてくれたみたいだな」

 それから十分程で運動部の人海戦術が上手く機能した結果、ほとんどの動物は飼育小屋に戻す事が出来ていた。だが――

「おい! あんた太陽のツレだよな?」

 慌てて小屋へ駆けてきた野球部の一人が巳影に話しかける。

「――…………ああ、なるほど……分かった。ありがとう」

「……どうした?」

「不思議な事が起きたらしい。真染、俺達で行こう。済まないがここ変わってくれるか?」

 野球部員にこの場を託し、さあ、行こう。と巳影は真染へ承諾をとる前に走り出す。

「ちょっ、待てよ芥川」

 巳影はグラウンドへ向かって駆け足で走り、真染も何とかついていくのであった。



「おい、勝手に突っ走ってないで説明しろ」

「悪い悪い。さっきの野球部のヤツが、『捕まえたはずの猫共が突如消えた』って言ってたんだ」

「猫が、消えた……?」

「そう。でもその話し、実は前提がおかしいんだよ」

「おかしい所なんて無かったと思う――」

「そもそも、うちの学校で猫なんて飼ってないんだよ」

「……ただ野良猫が混じってるだけじゃないのか?」

「俺も最初はそう思ったが、さっきの野球部の言葉は『猫共』だ。つまり複数匹いるってことだ。猫ってのは群れる事が少ないって聞くから、外部から意図的に送り込まれた可能性が高い」

「何の為にそんな事を」

「それは分からないよ。ただ、それらも全ては仮定による推理だ。だから確証ではないってことは理解しておいて欲しい……っと、早速いたな」

 真染達の前に小さめの三毛猫が歩いていた。

「あれか」

「あれだな」

 バッ! と猫は真染達を見るとすぐさま逃げ出す。

「待て!」

 真染しんじ達もすぐさま猫を追い掛ける。予想以上に猫の逃げ足が速く、追いつくことが出来ずに一定の距離を保ったまま猫は先に校舎の角を曲がる。遅れて真染達が角を曲がるとそこには猫の姿が無かった。

「そんなっ!」

「ホントに消えるとはな」

 温度差はあれど驚く二人。

 その前をシトリンのような黄色い粒子が横切る。

「……これは」

 粒子の先に視線を移すとそこには――


『ン゙ン゙――――ッ!!』


 気性を荒くした鋭利な牙を持つイノシシが、真染達を捉えていた。

「おい、俺達さっきまで猫を追い掛けてたんだよな?」

「そうだな。こりゃあ、事態は相当ヤバい方向に進んでるみたいだな」

「そもそも、うちの高校ってイノシシ飼ってんのか?」

「そんなわけないだろ。てか真染、お前よくこの状況で落ち着いてられんな」

「お互い様だろ。んで、どうすんよこの状況」

「……ッ! 大丈夫だ。何とかなりそうだ」

「何とかって言っても――ッ!?」

『ン゛ン゛――――ッ!!』

 奇声を上げてイノシシが真染達目掛けて突進を始める。と同時に――


 ザザザ――――ッ! 

 

 彼らの間に一人の男――天野宮智あまのみやさとしが割って入る。

「――ッ!!」

「頼んだぜ、さとっしー。鼻を狙え」

 智が真染達の前に立ち塞がろうとも、イノシシは我れ関せずに、むしろまとめて吹き飛ばしてやろうと、さらに加速して迫る。智は腰を屈め、手に持つ竹刀の先をイノシシに向けて中段に構える。

「……ハッ!」

 突っ込んで来たイノシシの右に避けた智は、イノシシの鼻目掛けて目にも留まらぬ速さで竹刀を振り抜く。


 バチィィィイイインッ!!


 凄まじい破裂音と共にイノシシがバランスを崩し地を滑りながら横転。そのまま動きを見せなくなる。

「ふぅ……。天野宮智、見参でさぁ!」

「ナーイス、さとっしー」

「あれ、動物保護的に大丈夫なのか?」

「それは問題無い。アレ、竹刀の形した『太陽特製発泡スチロール剣』だから。殺傷力はほぼ皆無だ」

「は? 発泡スチロール、だと」

「おう」

「いやいや、ぶつけた時すげー音してたし、何よりイノシシ気絶させるってどんだけ強いんだよ」

「智は剣道部でさ、籠手を狙うような細かいモーションの剣技が以上に速いんだ。あまりの速さに抵抗力が削られて本来の力をぶつけられるってわけ。それと、観察眼と動体視力も優れてるから、ああして動く対象の急所も的確に狙えるんだ」

「なんで眼鏡してんのに眼が長所なんだよ。めちゃくちゃ矛盾してんじゃねぇか」

「まあ、あの眼鏡キャラはオイシイし、結果的には凄いって事でいいじゃねぇか」

「……もういい。要するに、あの天パは心配いらないって事だろ。それじゃあ――」

「そうだ巳影さんやい! あとはガオガオだけなんだがどこにもいないんすよ」

「ガ、ガオガオ?」

「うちの学校の飼育小屋の番犬。名前は番犬のおもちゃがあってな、そこからきてるんだよ。また厄介なのが残りやがったな……」

「名前のセンス無さ過ぎだろ。それで――」


『うわぁぁぁあああああ!!!』


「――ッ!? おい!」

「中庭の方か! さとっしーここ任せる! ガオガオも俺達が引き受けた!」

「任されましたっ!」

 真染達は中庭に向かって再び走り出す。智はイノシシがいつ起き上がってきてもいいように、警戒を怠らず切っ先をイノシシへと向け続けた。

 だが、真染達が去ってしばらくすると、智に倒されたイノシシはシトリンのような黄色い粒子となって風に流され消滅していった。



「――おい、アレ」

 真染しんじ達が中庭を目指して走り始めると、またしても唐突に猫が現れる。

「今度はトラ模様か」

 猫はまたしても一度だけ真染達へ振り返るとすぐさま走り出す。

 その後を追いかけて走り中庭に到着すると――

「……なあ、俺達猫を追い掛けてたんだよな」

「ああ、だけどな真染、あれもれっきとしたネコだ」

「たしかにネコはネコだが――」

 二人の前にいるのは、太く巨大な爪と牙を持った――


「……トラ、なんだけど」


 今にも飛びかかってきそうなトラは真っ直ぐ真染達を見据える。その様は野生において上層に居座る肉食動物たる、堂々とした姿を伺わせていた。

「さすがにこれはやばいだろ。俺達で対処出来るレベルじゃないぞ」

 そこでトラが真染達目掛けて飛びかかる。

「やべっ! 避けろっ!」

 巳影みかげの叫びとほぼ同時に、バッ!と二人は左右に飛び退いて避ける事が出来たのだが、トラはすぐさま切り返し、巳影目掛けて再び飛びかかる。

「ちっ! ……我は――」

 巳影を救う為、真の姿へとなろうとしたその時――


 ガキンッ!


 トラの前脚を赤色の大剣が受け止める。

「お、お前――」

「ヒーローってのは、誰かのピンチの時に現れるもんだ!」

 威勢よく駆け付けた駒崎太陽こまざきたいようだったが、さすがにトラの前脚にかかった体重に耐えかね、剣を滑らせて受け流すだけに留まる。そしてすぐさま距離を取る。

「助かったよ、太陽」

「うぃーうぃー!」

 剣を肩に担ぎ、トラの前に立つ太陽。その背後から巳影が声を掛ける。

「太陽、常に剣先をトラに向けて! それから、背を向けちゃダメだ」

「おけー!」

 巳影の言う通り、剣先をトラに向けて構える太陽。

 トラも前脚に重心を置き、いつでも飛びかかれる姿勢を取る。

 まず先に動いたのは、トラ。

 先程と同様に小細工無しに、直線的に飛びかかる。遅れることコンマの差で太陽も走り出し、そして――

「なっ!?」

 トラの前脚が太陽の胴を貫く前に、太陽は高い跳躍をみせてそのまま空中で一回転。トラの背後に着地するとすぐさま迎撃に備える。トラもかわされた事に動揺の様子を見せず、またすぐさま太陽目掛けて飛び掛る。その迎撃を今度は片手側転、それからバタフライツイストと自由自在にトラの周りを動き回る。

「何だよ、あの動き。まるで忍者じゃないかよ」

「太陽は子供の頃からヒーローに憧れててな。毎日特撮番組を見ては実際に体を動かしてたらしい。そうしているうちに中学三年の頃には、ああしてアクロバットな動きが出来るようになったって聞いた。俺が最初にあった時にはもうあんな感じだったよ」

「忍者じゃなくてヒーローかよ。それとあの剣、さっき普通にトラの爪受け止めてたけど、あれも――」

「そう。あれも太陽特製発泡スチ――」


 ズン――ッ!!


「……おい、今の音」

「……スマン、見なかった事にしてくれ」

「いや、見なかった事にって、あれ思いっきり殺傷力ある武器だよな?」

「あのバカ……素振り用の木製のやつ引っ張り出してきやがったな」

「いや、木刀だとしてもあの威力はおかしいだろ。何なんだよお前ら」

「ここは俺がやっとくから、たっつみー達は早く行って」

 顔だけこちらに向けて太陽は言うと、トラを牽制する様に前に歩み寄る。

 トラとの距離が開かれたタイミングを見て、巳影は真染を連れてこの場を後にする。

「さぁて、いくぜぇ! ビッグストームを吹き荒らすぜっ!」


「さて、ぼちぼち誰かしら見つけてくれてるといいんだがな」

 当てもなく走るわけにはいかない為、ひとまず飼育小屋方面を目指していた真染達。とそこに――

『太陽の連れー!』

「お、噂をすれば」

「タイミングがいいことで」

 二人の下に網を持った野球部が慌てた様子で近寄ってきた。

『大変だぞ、ガオガオってやつが校舎の中に逃げた!』

「校舎の中か、また面倒な所に逃げやがる」

『しかもそいつに襲われたってやつもいるらしい!』

「何っ!?」

「大丈夫なのか? そいつは」

『わからねぇよ。俺も襲われたとしか聞かされてねぇんだ』

「…………」

 事態が想定以上に悪くなったのか、先程までの冷静さを欠いた巳影は考え、塞ぎ込んでしまう。

「どうすんだよ、芥川」

『おい、太陽の連れ』

「……少し、静かにしてくれ」

 巳影の声色からは、苛立ちもみえる。

(この状況……俺が真の姿になれば解決するんだろう。だけど)

「……ひとまず、剣道、いや生徒会のヤツに頼んで負傷者にどこで襲われたか聞いてもらって、それから――」

(どこでやる、この辺は人の目が多過ぎて……なんて言ってる場合じゃないよな)

「――それから剣道部のヤツらには保険で他の校舎を見てもらえば」

(でも…………っ!)

 天を仰いだ真染はその場所を見つけると、覚悟を決める。

(やっぱ、やるしかねぇか!)

 覚悟を決めた真染は校舎に向けて走り出す。

「真染! どこ行くんだよ」

「早く見つけなきゃヤバいだろ! だったら俺達も別々に探した方が早い!」

「お、おい真染!」

 巳影の呼び止めに応じること無く、真染は靴のまま校舎に入り、上を目指す。



「はぁ……はぁ……ここまで来れば流石に芥川でも追いつけやしないだろう」

 屋上に着いた真染しんじはそのまま立ち入り禁止の柵を越え、手すりをつたって貯水槽の上に登っていた。

(最後の一匹を補足して、ある程度距離を詰めるまでの僅かな時間だけ力を使えばバレることはないだろう。よしっ)

 真染は再び《デリュージョンリング》に意識を集中する。

「我が名は万物の創造主、伊邪那岐統夜いざなぎとうや。その名を以て世界を開く」

 天色の光に包まれ、お馴染みのローブを身にまとった統夜は、すぐさま雷の推進力で高速移動を可能とする【韋駄天―鳴雷―いだてん―なるいかづち―】を召喚する。靴の周囲には天色の蒼雷を迸らせながらも、意識は左眼のモノクル――【八咫方眼鏡やたのかためがね】に集中する。

(まずは対象を…………見つけた。次にそこまでの最短距離……この下の教室の窓から入れば……いける)

 その時、ポケットにしまっている携帯が震える。

 巳影みかげからの着信であった。

『おい真染、今どこにいんだよ?』

「……ターゲットを見付けた。今追跡中だ」

『マジか! 俺も合流するから、今どこにいるんだ!』

「一人で十分だ」

『一人でって――』

「話しは以上だ。切るぞ」

『お、おい――』

 一方的に電話を切ると蒼雷の充電も終わり、全ての準備を整えた統夜は、膝を溜め――跳躍。

 貯水槽からそのまま地面に向かって自由落下する。

 そして目当ての窓が開いた教室が近くなると、空中で体を捻って校舎と反対に空を蹴り、鳴雷に溜めた雷を靴裏のホバーから逆噴射して教室に侵入する。

 雷の推進力はそのままに、教室を出ると綺麗なカーブを決めて廊下を突き進む。

 その際に数名の生徒とすれ違いはするも、光速で移動する統夜を見る事が出来るわけがなかった。

(この階段を降りた先……そろそろ解除して)

 階段の下から二段目に足を付くと同時に、世界を閉じた真染はそのまま跳躍。

低い姿勢で着地しターゲット目掛け飛び出そう、としたのだが――

「――な……ッ!?」

 そこには、白色の他校の制服を着た少女がターゲットである犬――ガオガオのお腹をさすっていた。

 少女が真染に気が付くと、慌てたように犬を抱き抱え真染へと押し付けるように渡す。接近した時に、真染はこの少女が見覚えのある人物ではないかと思い、口を開く。

「シ、シーラ……?」

 少女は真染の呼び掛けに答えず、背を向けて廊下を走り去る。あまりの速さに真染は呼び止めることが出来ず、独り言を呟く。

「…………シーラ、だよな。あれ……」

「――おーい、真染ー! 捕まえたかー?」

 離れた場所から巳影の呼ぶ声が聞こえ、真染は我を取り戻す。

「あ、ああ――」

 こうして突如起きた珍事件は若干名の負傷者を出すも、その全てが軽傷であり、生徒会と運動部を中心とした学生達による迅速な対応によって対処された――という表向きの報告を持って幕を閉じるのであった。


「――黄色の粒子の件はそんな感じでー、じゃあ次。それで、どうだったー?」

 動物騒動が収まり、静けさを取り戻した蓮山高校のとある教室。

 三人の生徒が不規則に、ある程度の感覚を開けて椅子に腰掛けていた。

 その中の一人、赤のTシャツを着ている駒崎太陽こまざきたいようは割り箸を使ってスナック菓子を食べながら、誰と指定することなく問いかける。

「……黒かな」

 高月巳影たかつきみかげは携帯を片手に簡潔に答える。

「アイツ程の中二病が《スタグナー》に目覚めてないわけがないだろう」

「現場は押さえられた感じー?」

「いや、それは出来なかった」

「新たに世界が開かれた感覚は無かったすからね〜」

「それに関しては、今回の動物騒動の犯人が開いた世界が不安定だった事が原因だろう。世界が開かれた感覚は全員感じ取ったのに景色が何一つ変わってなかった事から、今日初めて何かのきっかけで目醒めたんだろう」

「ほーほー! 曖昧な世界にいた俺達の感覚が鈍らされたから、柊が開いた世界に気が付かなかったって事か」

「そういうこと。恐らく俺達と同じタイミングで世界が開かれた事に気が付いてたはずだ。そうでなきゃ今回の事件の中心にずっとい続けられないだろ。それからのアイツの不可解な単独行動、ガオガオを捕まえたのもアイツだ。きっと人目を避けて世界を開いた結果だろう。ってのが俺の推理」

「ほほー」

「これからどうしますかねー」

 天野宮智あまのみやさとしは議題を先に進めようと口を開く。その間、彼の手は止まることなくノートに何かを描き続けていた。

「まー、柊に一番近いのはたっつみーだから引き続きそのままでよろしく」

「りょーかい」

「さとしーは少しずつ柊に接触してって、たっつみーがそのフォローで」

「かしこ!」

「んで、太陽は」

「うーん……まーまーまー」

「いや、まーまーまーじゃなくてさ。はぁー……」

「まー俺達のやる事は変わらない。とりあそんな感じってことで。んじゃ、この後――行っとく?」

 口に何かを含ませる謎のジェスチャーを交えて話しを終わらせる太陽。

 巳影は出そうになった二回目の溜ため息をこらえて席を立つ。

「言っとくけど金は貸さないからな。ちゃんと自腹で払えよ」

「まー、行きましょっか」

 智も先程まで絵を描いていたノートや筆記用具を片付け席を立つ。

「うぃー!」

 いつの間にか荷物をまとめた太陽はいの一番に教室の入口まで移動し、その後を巳影と智が追いかけていった。


エピローグ


 週が明けた月曜日――


(さて、土日は何事も無かったお陰でだいぶ状況は整理出来た。それに、少しだが俺自身の力も色々試せたのは大きい)

「よっ。今日も早いな真染しんじ

 考え事をする真染の前にいつの間にか巳影みかげが来ていた。

(そう言えば……何故シーラはうちの学校に来てたんだ? 制服はアイツが通ってるという女子高の制服だったし……)

「おーい、真染。伊邪那岐いざなぎさ〜ん」

「ん? 何だ、芥川か」

「何だとはつれねぇなぁ。てか、朝の挨拶にしては随分とひねくれてるな」

「ふっ、貴様らには到底理解など出来ない思考が廻っていたのだ。この次元に降りて来ただけありがたく思え」

「はいはい、今日も中二病乙おつ。っと、そう言えば」

「何だ?」

「噂によると、今日転校生が来るらしいぞ」

「ふーん」

「それも、さとっしーが偶然職員室で聞いた話しだと、どうやらうちのクラスに入るらしい」

「そうか」

「何だよその冷めた返しは。せっかく一番に教えてやったのに」

「そうは言ってもな。万物の創造主たるこの俺をそいつが認識出来るとは到底思えない。それに……」

「それに? 何だよ」

「…………どうせこの時期に転校してくるやつなんて、リア充に決まってる」

「……ぷっ、」

「なっ、何故笑う!?」

「い、いや……悪い悪い。真染って普段中二病乙のくせに時々そういう普通の高校生らしいこと言うから……その、キャラぶれ過ぎだろって……」

「う、うるせぇ……大体、俺様はキャラなどではなく正真正銘の――」

「おけおけ。あ、先生来たからまた後でな」

「芥川っ! いや後でって……」

 巳影はそのまま自分の席に向かい、同じように他のクラスメイトも先生が来た為自分の席についていった。

(結局シーラは何だったのだ? まあ、今となってはどうでもいいか)

『よーし、席ついたなー。はい、日直号令ー』

『起立。気をつけ。礼』

『おはようございます』

『はーい、えー突然だが今日からこのクラスに転校生が入る事になったー。ほら男子騒ぐなー』

(ふんっ、たかが転校生ごときで浮かれおって、脳内お花畑共は幸せそうだな)

『ほんじゃー入ってくれー』

 ガラガラと教室の扉が開き、入ってきた――

「な……っ!?」

 ――少女を見た真染は、全員の意識が教卓に向かれていたおかげで注目を浴びなかったが、音を立てて前のめりになっていた。

 先週着ていた白の制服ではなく、蓮山高校の制服を身に付けた少女は涼やかに挨拶を始める。

「今日からこのクラスで皆さんと一緒に学んで行きます、紗妻海美歌さづまうみかです」

「…………」

 開いた口が閉じない真染。

「こんなタイミングでの転校で不安ではありますが、皆さんと仲良くなれたらと思っています。これからよろしくお願いします」

 海美歌の挨拶が終わった途端、お祭り騒ぎのように盛り上がるクラス。

 そんな中、真染はただ一人顔面蒼白で力無く椅子に崩れ落ちる。

「……さらば、俺の平穏な日常よ」


―続―

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『創造主と世界闘戦』 ブリしゃぶ @buri_syabu

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