第4話

プロローグ


 街頭が夜道を照らし、人々の行き交う会話がそこに更なる温かみを生み出す。

 ここは駅前のメインストリート。

 そんな温かみしかない道を、柊真染ひいらぎしんじは静かに歩み続ける。

「すぅ……、はぁ……」

 真染は歩みを止めず、何度目かの深いため息ともとれる深呼吸をする。

(ちくしょう、今になってどうしてこんな……)

 まもなく駅での待ち合わせの時間になるが真染は慌てることなく、寧ろ時間をかけて歩いているようにも見える。

(……ダメだ。全然治まりやしない)

 真染は今、気持ちの切り替えがしたい。だが、若干十七歳の少年にとって一度入れてしまった対極にある感情からそれまでの感情へと表情も含めて戻すには、五分という時間はあまりにも短かった。

(……っ、……着いちまったか)

 結局、約束の時間には間に合ったが、完全なる感情の切り替えには失敗したまま待ち合わせていた少女を見つけ話しかける。

「すまない、待たせたな」

 これが真染なりの精一杯な平常心での挨拶だった。

「いえ、ぼちぼち予定の時間くらいよ」

 それでも、待ち合わせていた少女――紗妻海美歌さづまうみかは変わらぬ表情で真染を受け入れる。

「それじゃあ早速向かいましょうか。二駅先だけだからそんなに時間はかからないわ」

「ああ、行こう。シーラよ」

 こうして二人は改札を越えてホームへと向かって行った。 



 二人を乗せた電車は定刻を遅れることなく、街の様々な灯りを残像と化して走り続ける。

 この時間帯の電車に彼等のような男女の若者がいる理由は、大きく分けて三つだろう。

 部活帰り・塾帰り・そしてデート帰り。

 だが残念なことに、彼等にはどれ一つとして当てはまらない。

「…………」

「…………」

 当然そんな二人の間に会話は無く、ドアの端と端に身体を預け互いに窓越しに電車が作る灯りの残像を意味なく眺めていた。

 だが一つ目の駅を過ぎて直ぐ、海美歌うみかがその沈黙を破った。

「そういえば、真染しんじ君」

 窓から視線を動かすことなく真染の名を呼ぶ。

「どうしたのだ、シーラよ」

 真染も海美歌を見ることなく応える。

「《神染の儀しんせんのぎ》……とやらは上手くいったのかしら」

 真染は分かっていた。海美歌のこの質問には何も意味などないということが。

 真染が先ほど繰り広げた想像空間での戦い――《世界闘戦》においての勝者は敗者を自身の世界に染めることが出来る。それを神染の儀と言うのだが、これが失敗することなどないのだろうから。

 勝者は相手の真の名を知ることさえ出来れば、後は決められた言葉を言うだけ。その際に、相手をどのように染める――いや、支配したいかを考えればいいだけなのだ。つまり、相手に逃げられない限りは失敗する余地などないのだ。

 更に真染においては、戦闘後直ぐに海美歌と共に敗者を拘束しているから逃げられることもない。

 これだけ完璧な環境が整っていながら海美歌がそのような質問をするのは、単なる時間潰し。無言の時間に耐えられなくなった海美歌の行動だと、これらの事により真染は分かってはいる。それでも、

「……ああ」

 それだけ。

 それだけしか今の真染には答えることが出来なかった。

 未だに気持ちの切り替えが出来ないでいる真染。平然を装って答えることも出来たかもしれないが、きっと上手く返すことが出来いだろう。

 自身のコミュニケーション能力の低さを理解しているからこそ、変に取り繕った答えをした方が余計に怪し――いや心配されるだろうと真染は考え、それならいっそこのまま答えた方がいいという結論に至った。

 幸い、表情はだいぶ戻っているのを電車の窓越しに確認している。

「……そう。それならよかったわ」

 結果として、素っ気なくも海美歌は応えてくれた。

 そして再度訪れる沈黙。だが、不幸中の幸いなのか次の停車駅を知らせるアナウンスが流れ始めた。

「もう直ぐね。この駅で降りるわよ」

「うむ。では行くとしようか」

 駅に着くと丁度二人が寄りかかっていた方のドアがゆっくりと開く。すると、人の入れ替わりが多い駅だったようで、狭いドアからは放水されたダムの貯水の如く人が押し出る。その為一番ドアの近くにいた真染達はその勢いに押されてしまう。

「きゃっ!」

「あぶ――っ!」

 押された勢いでバランスを崩した海美歌を抱き抱え人の波から抜ける真染。

「だ、大丈夫か?」

「……え、ええ。ありが――」

 ――むにっ。

「「…………」」


 これは本当に本当の余談である。

 真染はこの時の感触を決して忘れまいと誓い、死するその時まで憶えていたという。

 不意に力を入れてしまった掌にて握ってしまった、制服の上からでも形のいいことがわかる、海美歌の柔らかな双丘の感触を。

「……あ」

「…………」

「いや、あのこれは…………最高です。あざまし――ぐはぁっ!」

「……最低ね。流石は変態オリンピック日本代表の変態真染君だわ」

 海美歌渾身の右フックがきまり、白目を向いてピクピクと痙攣する真染。

 そんな真染を周囲の目を気にすることなく海美歌は足を持って改札へと引きずって行った。


「お、おのれシーラめ、まだ頬が痛むぞ」

 駅を出た真染しんじは海美歌の案内で目的地へと歩いていた。

 先程のラッキースケベ、いや不慮の事故で海美歌うみかの胸を触ってしまったが為に殴られた左頬を擦りながら、前を歩く海美歌へと文句を垂れる真染。

「あらあら、それは良かったじゃない。私の胸を触っただけでなく、忘れられない程の痛みもこの私に与えてもらえたのだから」

 そんな真染に対し海美歌はいつもの様に応える。

「いや待てシーラよ。俺はいつから貴様にとってそれほどまでのドMに認定されたというのだ?」

「あら? 自覚が無かったのね。私に数々のハレンチなセクハラ行為を繰り返す傍ら、私からの罵倒までも喜んで興奮してるのはどこの真染君かしら?」

「うぉいうぉい!? ……って変な声出ちまったよ。頼むシーラよ、これ以上貴様の中での俺を捏造するのは止めるのだ」

「真……変態君。さっき私の胸を揉みしだき、粛……お仕置きされて引きずられてたアナタ……んんっ。変態君の顔、この顔を見てもまだそんなこと言えるのかしら?」

 そう言って海美歌はスマホの画面をいじり真染へと見せる。

「二回も言い直す程にかっ!? それに貴様、粛清と――ぴょぉおおおおお――っ!?」

 スマホの画面を覗いた直後、奇声と共にムンクの叫びの様に両頬に手を合わせてうねる真染。今すぐにでもこの場から消え去りたいと思いながら奇妙な動きを続ける真染の姿を見た海美歌は、流石に我慢出来ずに笑い出してしまう。

 駅で合流してからのお互いのよそよそしさは怪我の功名とでも言うべきか、先程の不慮の事故がきっかけとなりすっかり解消された。

 それからは目的地まで主に真染が質問する形で会話をしながら歩く二人。一癖ある真染の回りくどい言い方の質問にも、海美歌は丁寧に答える。そしてようやく目的地へと辿り着いたのであった。

「――着いたわ。ここよ」

「ここ……って、閉まってるが大丈夫なのか?」

 目的地、そこは二階建ての一軒家。

 だが、二階にある唯一の窓の奥には明かりが灯っておらず、一階の正面はシャッターが降りていて普通には中に入ることが出来ない。どう考えても人が住んでるようには見えないでいた。

 だが海美歌は迷うことなくシャッターの右側だけに手をかける。

「お、おい。勝手に開けていいのか? というか開くのかこれは」

 と疑心暗鬼の真染。海美歌はそんなことお構い無しにとシャッターを上げる。

するとそこには、地下へと続く階段が現れる。かなり深いようで、奥は暗く見通すことが出来ない。

「それじゃ、ついてきて」

 海美歌が先に進み、その後を真染は恐る恐る追い掛ける。

「あ、右の辺りにボタンがある筈だからそれでシャッターは閉めてくれるかしら」

 これか、と真染がボタンを押すと――ガラガラ……、とシャッターは自動で閉まっていった。

「凄いな。外ズラはただの廃墟なのにまるで秘密基地だな」

 シャッターが完全に閉まり、暗闇に包まれる直前に自動で照明も作動する。直角にも近い階段を降りると直ぐに暗証セキュリティーのある扉が現れる。海美歌は慣れた手つきで番号を入力し、網膜認証も済ませる。

「お、おい。こんな設備が……シーラ、貴様本当に何者なのだ?」

「男の子なら細かい事は気にしないの。ほら、行くわよ」

 扉を通るとそこには――中央にコタツが置かれた八帖程の正方形の広い空間が広がっていた。

「な、なんだここは」

「真染君、こっちの部屋に来て」

 さらに海美歌は正面にある扉に真染を招く。

 そして扉を進んだ先には――三つの巨大なモニター、そして一つのデスクでそのモニターを眺める人が背を向けて椅子に座っていた。椅子に座ったまま、男は真染達へ振り返る。

「やあ、おかえり。海美歌。そして、ようこそ、柊真染君。君を歓迎するよ」

「柊真染はこの器の名だ。俺の真の名は――」

伊邪那岐統夜いざなぎとうや君、だったね。これは失礼をした。では僕も名乗らせてもらおう。僕が海美歌に頼んで君をここへ招待した紗妻一騎さづまいっきだ。よろしく、統夜君」

「ん……? 紗妻……って、貴様まさかシーラの兄なのかっ!?」

「シーラ? もしかして海美歌のことかい?」

 海美歌は恥ずかしさのあまり顔を伏せる。対照的に名付け親である真染は意気揚々と答える。

「そうだ。こやつは俺の前に空から現れ、海に美しい歌と書く名からシータ・レライ、シーラと名付けたのだ!」

「ホント最悪……」

「そうか……良かったじゃないか、海美歌。素敵なアダ名をもらえて」

 不快な顔を一切せずに一騎は笑顔で答える。

「も、もぅ。からかうのは止めてよ、兄さん」

 顔を赤くしながら海美歌は一騎へ反発する。さすが兄妹と言うべきか、真染へ対して見せたことない幼さも垣間見せる海美歌。そんな海美歌を何事も無いようにあしらう一騎。

 そんな兄妹仲を見せつけられては、さすがの真染も臆してしまう。

「――ん? すまない、統夜君。本来の目的を話さなきゃいけなかったね。まずは、急に海美歌を使ってここに呼び出した事。それから、この《世界闘戦》の戦いに巻き込んでしまい申し訳ない」

 椅子に座りながらではあるが頭を下げる一騎。

「……頭を上げて下さい。別に今回の事に関して俺は巻き込まれたとは思っていない。これは俺自身が決めた事だから」

「そうか、ありがとう。その心意義に甘えさせて、是非とも僕達は君と共闘したいと思ってるんだ。どうだろう?」

「……もちろん俺としては情報が無い以上、共闘には賛成だ」

「それは良かっ――」

「だが――。紗妻、さん」

「一騎で構わないよ」

「一騎さん。共闘するにもアナタ方の情報が少な過ぎる。ここが何処なのか? 組織構成、そして……本当にアナタがここのトップであるのか」

「ちょ、ちょっと真染君!」

「海美歌、落ち着いて」

「兄さん! でも……」

「……統夜君、君の言うことはご最もだ。今君は戦果を知らされず調停を結ばされようとしてる軍師と同じだ。もちろん、共闘してもらえる意志と力があるならば僕は快く君に情報を伝えるよ。だが、こちらも敵を抱えてるからね。むやみやたらには教えられないんだよ。それに、相手の事を知りたいならそれなりの関係性を築くのは対人関係の定跡だ。僕らの間にはまだまだ溝がある以上簡単には教えられないって事さ」

(俺の状況に同情しつつも結局は俺に無知のまま共闘を強いらせるって事か。だが……)

「……それもそうだ。それに、共闘するにしても、力を見せなきゃいけないみたいだしな」

 暫しの静寂の後、ようやく一騎が立ち上がる。

「……付いてきてくれ」

 そう言って一騎は歩き出し、真染は黙って付いて行く。海美歌も遅れて二人の後を追う。

 先程のコタツの空間に戻り幾つかあるうちの一つの扉を越えて行く。

 その先は――奥行二十五メートル四方、天井の高さも十メートル程はあろう広い空間になっていた。これがあのボロ屋の地下に広がる施設なのかと真染は自身の目と認識を疑ってしまう。

「ここは《スタグナー》同士が闘えるように作られてる訓練場のようなものさ」

「他にも部屋があるようだし、本当にここは地下なのか」

「間違いなく地下さ。まあ常識的にはお目にかかれないだろうから驚くのも無理はないだろうね」

「まあいい。それで俺は一騎さん、アンタと闘えばいいのか?」

 真染がそう言うと、一騎は訓練場の中央へ歩き出す。そして歩きながら先程の真染の問に答える。

「半分正解で半分間違い。君が相手にするのは――」

 白衣を盛大になびかせながら真染へ向き直り、腕にはめた《デリュージョンリング》を見せ付けるように腕を突き出し、開戦の宣言である名乗りを始める。

「我は騎士団長、紗妻一騎。その名を以て、世界を開く」

 一騎の声に反応し、デリュージョンリングが白銀に輝き出す。

「……結局こうなるのか」

 徐々に白銀の光に包まれていく一騎の周囲、真染は後ろにいる海美歌へ一度だけ振り返りすぐさま白銀の光へ歩き出し、そのまま真の名を名乗る。

「万物の創造主、伊邪那岐統夜。その名を以て、世界を開く」

 真染のデリュージョンリングが晴天の澄んだ空の如く、鮮やかな天色あまいろに輝く。


「準備はいいか?」

「……ああ」

 伊邪那岐統夜いざなぎとうやは対面する白銀の軽装の鎧を身に纏った男――紗妻一騎さづまいっきに対し、声も無く召喚した【あかの剣、|迦具土ノ剣(かぐつちのつるぎ》】の切っ先を向ける。それに対し一騎は腕を組み余裕の表情を浮かべる。

「さて、統夜君。早速君の相手を召喚させてもらうよ……――己が正義と主への忠義を持ち、我の下に集え! 【左翼遊撃守護霊隊! ミネルヴァ!】」

 一騎の声に反応する様に彼の左側に巨大な円陣が生まれ、そこからおよそ三十ほどの剣や槍、それから足先が透けて僅かだが宙に浮いている馬に乗った騎士達――の霊が現れる。

「それがあんたの能力か」

「これはほんの一部だけどね。それでも、僕の騎士団の左翼を担う騎士達、実力はしっかりしているよ。では行け、ミネルヴァ!」

 一騎の掛け声で騎士の霊達は統夜に向けて進軍していく。

(新たな武器を召喚させる余裕を与えないつもりか知らんが――)

「この俺を、舐めてもらっては困る! 創造主伊邪那岐統夜が汝に命灯す! ――【一閃撃滅、トマホーク!】」

 迦具土ノ剣を消失し、新たに召喚した斧を両手で持つ。刃先を後ろに引き、力を籠める。すると、刃先の周囲に天色あまいろの粒子が集結し膨張していく。

「くらえ! 一閃、撃滅っ!」

 斧を力任せに横薙ぎに振り抜く。

 刃先の粒子が巨大な斬撃と化して、迫りくる全ての騎士霊達を斬り裂き、文字通り一閃で殲滅してみせた。

「す、すごい」

 その瞬間を目の当たりにした海美歌うみかはその一言で言葉を失う。それとは対照的に、一騎は余裕の笑みを崩す事無く統夜に語りかける。

「まさか僕が創り出した一個小隊を赤子の手を捻る様にあしらうとはね。では、騎士団長である、紗妻一騎が手ほどきをしようか」

「大将のお出ましか」

 斧はあの一撃で消失した為、統夜は再び手にした迦具土ノ剣の柄を今一度力強く握り直す。

 先程まで霊体を維持していた騎士守護霊達が白銀の粒子へと帰化していくその中を、粒子と同色のマントを風になびかせながらゆっくりと歩み寄る騎士団長、紗妻一騎。

 彼が放つ筈であるオーラ、プレッシャーが全くないことが逆に統夜に緊張を走らせる。そんなことお構いなしにと、一騎は出会った頃からの余裕の笑みを一切崩すことなく統夜へと語りかける。

「さて、今日これが三連戦目とは思えない想像力とセンスだな。柊真染ひいらぎしんじ……いや、伊邪那岐統夜君。やはり僕の見込み通りだったようだ」

「それはどうも。まあ、創造主たる俺様なら当然のことだ」

「ふっ……。そうか、この短時間で君は君自身の力の事を理解し始めれているみたいだね。よかったよかった。これなら僕も心置きなく戦える」

「…………っ」

 平然を装う統夜の額を一粒の汗がつたう。先程の戦いでつたった熱さによるものとは違う、強者を前にした時の不安や焦りに近い。

 統夜は創造主たる己に絶対的な自信を持っている。いや、正確には――虚勢を張り続けた結果、統夜としてそういう自分を作り続けた先に生まれたのである。

 生い立ちはともかく、それ程までに自身に自信を持つ統夜がこの《世界闘戦》において初めて感じた感情――

(俺は……この男に勝てるのか……)

 自身の勝利を疑う動揺。

「――なんて。冗談だよ、安心してくれ。今日、《スタグナー》として目醒めたばかり、しかもここまで来るのに二回も戦いをしてきた君に全開の俺が挑むのは騎士としてもフェアーじゃないからね。さて、話しはこれ位にするとしよう」

(雰囲気が変わったか。だが、敵は騎士……これだけ距離があれば)

 統夜が安堵しかけたその時、一騎は懐に手を入れ何かを持って素早く抜き出す。

(――えっ?)

 咄嗟に膝を曲げて体を沈める。その頭上をコンマの差で何かが駆け抜けていった。モノクル――【八咫方眼鏡やたのかためがね】が無ければ統夜はその何かに打ち抜かれていただろう。さらに、モノクルはその何かの正体をも見極めていた。

「――銃弾、だと」

「正解。よく避けたね。その眼鏡のおかげかな?」

「恐れ入ったよ。そんな隠し玉を持っていたとはな」

「誤解を解いておくとすれば、僕は騎士であって剣士ではない。別に剣だけが僕の武器じゃないし、それに固執する理由もない。そうだろ?」

「その通りだな」

「とりあえずこれで君の中にある固定概念は外せたと踏んで、次のステップに進もうか」

 銃を戻し空となった手には、新たに召喚された剣が握られる。

「さあ、どこからでもかかっておいで」

「――【あおの剣、フランベルジュ】、【韋駄天―鳴雷―いだてん―なるいかずち―】」

 左手に蒼の剣を、そして脚には雷の如き高速移動を可能とする靴を召喚する統夜。

「それじゃ、遠慮無――」

 言い切る前に統夜は雷の推進力を持って一瞬にて一騎の横に並び、右の剣で外袈裟切りを繰り出す。

「――くっ!」

 と、言い切った時には、ガキンッ! と一騎の剣と鍔迫り合いになっていた。

「――ハッ!」

 右に左、上からに背後からと高速移動を繰り返し一騎へと斬りかかる統夜。しかし、その全てをその場から動くことなく一騎は捌いていく。

「確かに速い。だけど、速いだけでは僕には勝てないよ――フッ!」

「グッ!」

 斬りかかろうとした統夜の剣先に合わせて、一騎は力強く剣を叩き付ける。カウンターをもろに食らい、後方に吹き飛ばされ剣も手から弾かれてしまう。間髪入れずに一騎は一気に距離を詰めて統夜に剣先を突き付ける。

「これでチェックメイ……いや、これは」

 統夜に迫った剣先、それは統夜が突き出した左手から間一髪で召喚した布――照明の光で透過され、風でなびく度に七色に光る薄い布が一騎の突き出した剣を受け止めていた。

「はあ……はあ……はあ……【天衣無縫―加護布―てんいむほう―かごふ―】」

「…………」

「はあ……はあ……はあ……」

「ふぅ……今日はここまでにしよう。恐れ入ったよ、統夜君」

 一騎は剣と鎧を粒子へと戻し、武装解除する。統夜も力を抜くように倒れ込み、自身の世界を閉じる。

「はあ……はあ……そりぁ、どうも」

「これなら、世界を救うことも出来るはずだ。僕らの敵――閣下から」

「――ッ!?」


『――……閣下』


『……お兄、ちゃ……』


「――君、統夜君、大丈夫かい?」

「ッ!? ……すみませんが、今日はこれで帰らせてもらいます」

「……そうだね、さすがに脳への負荷が溜まり過ぎてるこの状態で話すのは得策ではないね」

 有難い、と頭を下げて真染は足早に荷物をまとめる。

「送るわ、真染君」

「大丈夫だ。一人で帰れる。それじゃあ、また」

 そう言うと、真染は振り返ることなく海美歌達のもとから去って行った。


エピローグ


 ――ようやく見つけた。

「……バレてはいない、はずだ。俺が、俺自身の力の存在を知っていた事。そして……真の目的に」

 彼等は味方かもしれない。だが確証ではない。だからこそ真染はこの事を伏せた。

 こうしなければならい理由が真染しんじにはあった。


 それは今から三年前――


 柊真染は双子である最愛の妹、柊小鞠ひいらぎこまりを失った。

 突如、柊兄妹の前に現れた男は、小鞠を自らの世界へと取り込んだ。

 その直後訪れたのは――柊小鞠が存在しない世界。

 同級生や親友、実の両親ですら小鞠の事を覚えていない。いや、小鞠という存在を知っていなかった。

「小鞠……俺はようやくお前を助ける為の可能性を掴んだんだ」

 真染は鞠のネックレスを優しく包み込むように握る。

 小鞠を憶えているのは真染だけ。いや、妹を奪ったあの男もだ。

 その男は真染にこう言った。

『妹を取り返したければ、その力で……世界を変えるのだな』

「あの時の言葉の意味、ようやく分かった。この力は世界を創る。ようするに俺の世界で小鞠を奪った世界を変えろって事だったのか」

 真染は三年前のあの時、自身の力を発動していた。だがその時は妄想で造られた剣を出しただけ――だと思っていた。世界を創造していた事に気が付いておらず、自身の力を特殊な剣を出せる力だと勘違いしてしまった。

 だからこれまで力が使えず、小鞠奪還が進んでいなかったのだ。

「だけど、それもこれまでだ。俺は小鞠を救い出し、あの男をこの手で絶対に葬り去る!」

 今の真染は先程までの、中二病末期患者の普通の高校生ではない。

 妹を取り戻す為に命を燃やす復讐者である。

「これから先もヤツらを利用する為に、上手く隠さねぇとな。それと、気取られないように奴等を使って情報収集もやっていこう」

 真染は自分に言い聞かせるが如く独り言を呟きながら、一寸先は闇である裏路地を確かな足取りで進んでいった。


―続―

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