第2話

プロローグ


 柊真染ひいらぎしんじは、深い深い海の底にいた。呼吸もままならず、鼻や口からは止まる事なく水が押し寄せる――って!?

「――ふごごごごっ!」

気が付くとそこは海の底などではなかった。つい先程まで自身が戦っていた通学路。空の色が茜色である事から、意識を失ってから長い時間は経っていないようだ。

「あら、ようやく起きたのね。真染君」

自分が何故この様な状況におちいっているのかをようやく理解し始めた真染は、近くにいる美少女へ怒りをぶつける。

「ゲホッ! ゲホッ! お、おのれシーラめ……危うく地上で水死を経験し、一千と一回目の転生をする所だったぞ……!」

「あれくらいで意識を失うアナタがいけないのよ。それに、アナタを目覚めさせる為にわざわざコレを買いにまで行ったんだから」

二リットルの水が入っていたペットボトルを指差し、淡々と応える美少女は――シーラこと、紗妻海美歌さづまうみか

「そ、そうか。それは手間をかけさせたな。礼を言うぞ、シータ・レライよ」

「だからその変なアダ名はいい加減やめてくれるかしら。それに気にしなくていいわよ。コレ……アナタのお金で買ったから」

と海美歌は真っ黒い長財布を左右に振って真染へと見せつける。

「……何……だとっ! おのれシーラめ!」

「ついでにお腹も空いちゃったからアイスも買わせてもらったわ。ご馳走様でした」

レシートは入れておいたから、と投げつけられた財布を一度取り損ねてから拾いレシートを確認すると……自分でも一度も買った事がないあのお高いハーゲンさんのアイスクリームを買われていた。

「貴様ぁ! よくも……よくも俺様がコツコツと貯めている軍資金で無駄に高いアイスをわざと買ってくれたな! 俺ですら買った事ないんだぞぉ……」

シクシクと軽くなったお気に入りの黒財布を撫でる真染。そんな姿に呆れながらも現状を切り上げる為、海美歌は話し始める。

「さて、そろそろこの茶番を終わらせてもいいかしら? 真染君」

「自分が元凶だというのにとんだ演出家だなおい。それで、何を話すというのだ? 俺は今度こそそろそろ下界での活動限界をだな――」

「それで、この後の事なんだけど……」

「俺は空気か何かなのか?」

「まずは……彼をどうするか、決めましょ」

と海美歌が視線を向けた先へ真染も顔を向けると、そこには――先程まで真染と戦いを繰り広げた暗黒君主――ダークリッド・ハーデスが仰向けになり気絶しているのだろう、姿があった。

「そういえば、まだいたのか。よくもこんな所で呑気に倒れていられるな」

「《世界闘戦》の疲労、それに敗れた事によるダメージは相当のものらしいから当然の事よ。とりあえず、彼が目覚める前に無力化したいの。手伝って頂戴」

そういう事でお手伝いすること数分。あれだけ暴言を吐き、暴れていたハーデス様は、麻縄で全身を巻き付けられ、みの虫へと生まれ変わっていった。

 てか、どこにそんな縄を隠し持ってんだよ。と真染は心の中でツッコムのであった。


「さて、後は彼が目覚めてくれればいいんだけど」

「なあシーラよ。《世界闘戦》の敗者は勝者の世界に染まるんだよな? 俺はまだ何もしていないと思うのだが、その現象はもう起きてるのか?」

「いいえ、まだのはずよ。それと、世界闘戦による影響に関して補足をすると、染めるというよりは洗脳するという解釈の方が近いわ。勝者であるアナタが敗者である彼に命令? をする事で彼を染める事が出来るの」

「ほう。つまり、女を巻き込む事で……ハ、ハーレムを創る事も……」

「出来なくはないだろうけど、そんな事したら私は全力でアナタを……」

パキッ、ポキッとリズム良く指を鳴らす海美歌うみか真染しんじ咄嗟とっさに距離を取り、恐怖を押し殺して何とか平然を装って応える。

「シーラよ……俺は何も楚々を起こしてないぞ。先程のは我が器の欲望に過ぎないのだからな」

「何も弁解になってないわよ。結局アナタが言ってるのと変わらないのだから」

「うぐっ……」

「……ったくよぉ。テメェらはいつまでもうるせぇったらありゃしねぇな」

声の先に目を向けると、みの虫状態のハーデスが意識を取り戻していた。

「大体なんだよこのSMプレイは。俺にMの気はねぇんだが」

「あら、ごめんなさいね。さっきみたいに暴れられては困るから。それと、必要以上に縛ったのはさっきの仕返しよ」

「嫉妬深くて重い女だな。俺ぁもっと尻軽な女が好きだぜ」

ケラケラと笑うハーデスへ対し、蔑む目を向けて海美歌は己が不満をぶつける。

「それは嬉しい限りだわ。どうして私の周りの男はロクなのがいないのかしら」

などとため息をつく始末。だが直ぐに気持ちを切り替えて本題を話す。

「さて敗者であるアナタには真染君に染められてもらうわよ。その為にも、アナタの本当の名前、教えてもらうわ」

するとハーデスは観念したかのように笑うのを止め、目を閉じて静かに答える。

「……杉田武尊たける。それが俺の本名だ」

「なるほど、やはり貴様は暗黒君主を模した偽者だったのか。しかし、同じ学校に《スタグナー》が二人もいるとは……」

「真染君、早速始めましょう。今ならそのままでも《デリュージョンリング》の効力でいけるはずだから」

「わ、わかった。それで、何て言えばいいんだ? 何か決まった言葉があるんだろ」

「そうよね、ええっと……」

憶えてないんかい、と心の中でツッコむ真染。

「……はぁ。テメェの中二病の名で『その名により神言する』相手の本名、中二病の名の順に『本名、俺なら暗黒君主よ、我が世界に染まれ』と唱えろ。そん時に相手をどうしたいかを念じるだけで言葉にする必要は無い。それで終わりだ」

「……何故教えた?」

「どの道助かりはしねぇんだ。俺の気まぐれと、初勝利の祝いだ。ありがたく受け取っとけ」

「そうか、杉田武尊……いや、スギタケよ、感謝する」

「おい、せっかくの感動シーンに変なアダ名付けんじゃねぇよクソ童貞」

「はぁ……また始まったわね」

「良いではないか! ううんっ! では、始めるぞ」

真染はデリュージョンリングを付けた左手を武尊へ向け、勝者の宣言を唱える。

「万物の創造主――伊邪那岐統夜いざなぎとうやの名により神言する。杉田武尊、暗黒君主――ダークリッド・ハーデスよ、我が世界に染まれ!」

すると、デリュージョンリングが晴天の澄んだ空のような鮮やかな天色の光を放ち、辺りはその輝きに包まれた。


「……さて、俺はどんなオモチャにされたんだろうな」

杉田武尊たけるは瞳を閉じ、この後に来るだろう自身の変化による違和感を受け入れる覚悟を決めた。だが、その変化と違和感は一向に来ない。代わりにみの虫にしていた縄が真染しんじによって解かれ、身体に自由を取り戻す。

「テメェ、一体俺に何を吹き込んだ?」

武尊の問いに対し始めは雄弁に、だが後半は少し照れ隠し気味に真染が答える。

「俺が武尊、貴様に与えた楔は……二度と創造主である俺とシーラの周りの人間へ敵意を向けない事だ。これ以上一千転生前の俺が創ったこの世界で創造主に牙を向けられては困るからな。それに……貴様は意外と良いヤツかもしれない、からな、その……友好的な同盟を、結べたらと思ったのだ」

「…………」

真染の答えに呆気に取られ言葉が出ない武尊。その僅かな沈黙を打ち破ったのは海美歌うみかである。

「良かったじゃない。真染君はアナタとお友達になりたいんだって」

「なっ! ……シ、シーラよ何を言っているのだ! 俺は――」

「はいはい。コミュ障な中二病君はこれだから困るのよね。もっと素直になればいいのに」

「う、うるさい! 貴様こそ何を勘違いしているのだ? 早とちりもいい所だぞ! そんなんだから男にモテないのではないか?」

「ちょ、ちょっと! 今それ関係ないでしょ! それにアナタにそんな事言われる筋合いはないわよ! 余計なお世話だわ」

「何をぉ! それなら貴様は――」

始まってしまった真染と海美歌の口喧嘩。お互い顔を真っ赤にして罵り合う。だが、その様子に武尊は何故か不快感を感じず、寧ろどこか暖かくなるようなそんな感覚に包まれかけていた。

(一体何をしてるんだ俺は。縄は解かれたんだからさっさとこんな場所からトンズラすりゃいいのに、身体が動かねぇ。まさか……)

「この状況を許しちまってる、とでも言うのかよ。はっ! 俺も甘ちゃんだったって事か」

武尊の顔に安らぎの表情が表れている事に、口喧嘩中の二人はもちろん、武尊自身も気が付くことはなかった。だが、その束の間の安寧は――

『見付けたぞ! 愚かなる敗北者よ!』

真染達にとっては本日二度目の襲撃者によって無惨にも終幕させられてしまうのであった。

 トットットッ――! っと軽快なリズムと共に地を踏む音が真染達に近づく。音が止むとそこには、程よく肉付きされた三人の少年――これまた真染と同い歳くらい、が三者三葉のポーズを決めていた。

「我等は!」

「伊賀の里より主君の為に馳せ参じた!」

「忍でゴザル!」

バーンっ! っとどこかの特撮の様な爆発のエフェクトが見えてきそうな名乗りを決めた自称忍トリオ。

「我等が此処に馳せ参じたのは――」

「あー待て自称忍共」

真染は突如忍その一話しを遮る。

「真染君?」

「お前達、忍というわりには……スタイル悪くね」

そう。真染の言う通り、忍トリオ達のうち二人は小太り、一人はモヤシっ子のごとく細い。忍と名乗るのには些かボディーメンテナンスを怠っている見える。真染の発言に静まり返る周囲。忍トリオに限っては、ガーンっと青々しいオーラが見えそうなくらいに、その言葉にショックを受けたようだ。

「……真染君。私も武尊君も思ってはいたけどあえて口にしなかったのに」

「貴様ぁ!」

「よくも我らの!」

「デリケートな部分に!」

「「「触れてくれたなぁあああ!!!」」」

なんでせーの、とか言わないで三人でハモれるの? という疑問を抱く真染に忍トリオはさらに言葉を続ける。

「それにだ!」

「我等が用があるのは貴様ではなく!」

「そこの負け犬!」

「「「だー!!!」」」

と、彼らの指差す先は、地に尻をつけたままの武尊だった。

「独断専行してこの有様じゃ、組織も俺を消したくなるか。それも三人……」

抗う気の無い潔い武尊の物言いに海美歌は黙り込んでしまう。

「自称忍トリオよ、貴様らの言い分はよく分かった。だが、スギタケに手を出す事は、この俺が認めないぞ」

「な、何言ってんだお前!? 俺を庇う理由なんてないだろっ!」

「庇う理由なら、ある。これから友好的な同盟を結ぼうとする者を目の前で始末されてたまるか。それに……」

真染は照れくさそうに武尊の顔を見ずに続ける。

「き、貴様とはその、なんだ……スギタケとは…………」

後半は結局言うことが出来ない真染。だが武尊もそれに対してツッコむ事が出来なかった。さっきの海美歌の発言が脳裏をよぎり、上手く言葉に出来ないのであった。

「ええい! とにかく、だ! スギタケは俺が守ってみせよう! だからまとめてかかってくるがよい! 万物の創造主の前には無力だと証明してみせようぞ」

「……よかろう。ならば貴様から先に始末してくれる」

「いざ勝負だ!」

「万物の創造主とやら!」

忍トリオ達はそれぞれのポジションへと移動する。真染も、二人を背にして前に出る。

「覚悟するがいい! 万物の創造主たる俺様が貴様らの相手をしてやろう! 来い!黒い三連団子!」

「誰が!」

「黒い!」

「三連団子!」

「「「だー!!!」」」

無駄にテンポがいいのがムカつくんだよ、と悪態をつきながら、さらに一歩前に出る真染。

「ゆくぞ! ――拙者の名は火を操る伊賀の忍、猿飛炎次さるとびえんじ!」

「続くでゴザル! ――拙者の名は水を操る伊賀の忍、猿飛秋水しゅうすい!」

「右に倣う! ――拙者の名は土を操る伊賀の忍、猿飛土助どすけ!」

「「「その名を以て、世界を開く!!!」」」

そこまで揃えるのかよ、と一周まわって拍手を送りたくなった真染も、気を引き締め直し叫ぶ!

「いくぞ! ――我が名は万物の創造主、伊邪那岐統夜いざなぎとうや! その名を以て、世界を開く!」

四人の叫びに応えるようにそれぞれのデリュージョンリングが深緑、そして天色に輝く!


 光が弱まり、柊真染ひいらぎしんじこと伊邪那岐統夜いざなぎとうやが眼を開くとそこは――緑生い茂る竹林が辺り一帯に広がっていた。

「ど、どういう事だ!? 同じタイミングで発動したのだから空間は半々になるのではないのか……」

「真染君!」

「シーラよ、これは一体どういう事なんだ!」

「恐らくだけど……向こうは三人で世界を共有している。だから影響力も単純に三倍されている」

その言葉に、統夜は先程の武尊たけるの言葉を思い出す。

「……そうか、だから三人なのか!」

「そういう事だ。弱ってる俺とはいえ、三対一なら圧倒的に三の影響力が強くなるから簡単に始末出来るんだよ」

「数に物を言わせるとは……モブキャラもいいところだ!」

「万物の創造主よ! 我らを前に呑気に話すとは余裕だな!」

突如右から聞こえた声に眼を向けると、赤い光を視界に捉えた統夜。

「くらえ! ――【火遁、三連火の術】!」

姿は見えないが、炎次えんじが術を唱えると統夜に向かって三本の火の矢が迫る。

「ちっ! 創造主、伊邪那岐統夜が汝に命灯す! ――【あかの剣、迦具土ノ剣かぐつちのつるぎ】!」

予想以上の速さに一瞬怯むも、即座に剣を生み出し対処する統夜。朱の剣は火の矢を弾くだけでなく、剣から発する炎によって周囲を燃やし、竹林の景色に綻びを生じさせる。しかし――

「させぬ! ――【水遁、大津波の術】!」

「うぐぉぉおお!」

モヤシっ子の秋水しゅうすいが発した波は燃え盛る竹林ごと統夜を飲み込む。波が消えると、統夜は膝をつき肩で息をしていた。

「はぁ……はぁ……ちっ、やはり水との相性が悪すぎる」

剣を地面に刺して押し流されるのは辛うじて防いだが、綻びを生んだ竹林が消火され、再構築されてしまう。何とか剣を杖代わりに立ち上がるも、更なる追撃が統夜に迫る。

「隙ありっ! ――【土遁、岩石落としの術】!」

もう一人の小太り、土助どすけの術により複数の岩が統夜目掛けて降り注ぐ。

「創造主、伊邪那岐統夜が汝に命灯す! ――【あおの剣、フランベルジュ】!」

統夜は左手に二本目の剣を生み出し、両手で落石を捌いていく。だが、統夜の顔には焦りが露骨に出ている。

(ダメだ……フランベルジュは対魔術とかには強いが、忍術みたいな魔無き幻想には力を出せない。何か打開策を……っ!)

だが火・水・土の様々な術が休むことなく繰り出され、考える暇を統夜に与えてはくれない。

「【土遁、岩だるまの術】!」

「【水遁、水鉄砲の術】!」

特に苦戦してるのは――水。

統夜が生み出した剣は両方共炎の剣の為、効力を封じ込まれてしまっていた。そしてもう一つ、統夜を焦らせる原因が――

「【土遁、岩石拳の術】!」

 右腕を岩でコーティングした土助のストレートを逆手持ちしたフランベルジュで受け流す。がら空きになった胴目掛けて迦具土ノ剣を突き付ける。

「――ッ! ここだっ!」

だが、統夜の突きは突如現れた炎次が土助を竹林の中へ連れ去ったことによって、空振りに終わる。

「クソッ! ヤツら、何故あんなに素早く動けるんだっ!」

そう、統夜は反撃の時を伺いカウンターを何度か繰り出してはいたのだが、猿飛達はその全てを敏捷な動きで躱し続けていた。

生い茂る竹を足場に、時には今のように誰かが助けの手を差し伸べることで。

その為に統夜は最初の一撃以降ロクに剣を振るえていなかった。

闇雲に迦具土ノ剣を振るい、竹林を燃やそうともしたのだが、ことごとく秋水によって阻止されてしまう。それだけではなく、純粋に想像力の差もあって世界を塗り変えることが出来ないというのもある。

「創造主、伊邪那岐統夜よ! 此処は我らの創造世界ぞ!」

「故に外側での器に左右されることなく、此処では!」

「我々の思うがままに動くことが出来るのだ!」

姿の見えない猿飛トリオの声が竹林の中にこだまする。

(そうか、これが互いが創造した世界での戦い……《世界闘戦》か)

統夜なりの解釈を持ってこの戦いに順応しかけてはいるが、敵はそんな統夜にゆとりを与えてはくれない。

「隙ありーっ! ――【土遁、地繋ぎの術】!」

「なっ! しまった!」

統夜の足は土助の術による泥に捕まり、身動きを封じられる。

「これで終わりだ! ――【火遁、――」

「創造主! ――【水遁、――」

ここぞとばかりに姿を見せた炎次と秋水は、統夜へ向け互いの手を重ね、同時に唱える。

「「――水蓮火の術】!!」」

巨大な火と水の渦が統夜目掛けて迫る。

統夜の脳裏を呑まれた先にある敗北がよぎる。だがそれでも最後の足掻きと剣を重ね防ごうと構えた。

そして渦が統夜を呑み込もうとしたその瞬間――


『喰らえ喰らえ! ――【ダークヴァキュームレンス】』


統夜の前に突如無機質な黒き壁――闇が立ちはだかり、渦を、統夜の足を捕らえた泥を、その全てを取り込んだ。その闇の中から溢れるような勢いは無いが、漆黒のオーラを身に纏った暗黒君主が統夜を庇うように姿を現す。

「……ったくよぉ、威勢のわりには随分と圧されてんじゃねぇかよ、統夜」

統夜を救ったのはついさっきまで戦い、統夜に染められた……暗黒君主――ダーグリット・ハーデスであった。

「――ッ!? スギタケ!」

エピローグ


「何で、何でアイツは俺なんかの為に無駄な戦いをしてんだよ」

戦いが始まってからずっと、武尊たけるには統夜の考えが理解できなかった。赤の他人、それもついさっき突現襲い掛かり戦った敵。そんな自分を狙ってきた敵を何で相手にする必要があるのか。

「無駄かどうかを決めるのはアナタではなく真染しんじ君よ。それに、彼は無駄とか無駄じゃないとかで戦ってないと思うわ」

「……どういうことだよ」

「彼は、馬鹿だから。きっと創造主である自分は負けない! だからどんな奴が来ようと返り討ちにしてくれる! とかそんなくらいにしか考えてないわよ」

 それに、と海美歌うみかは苦笑しながら続ける。

「私もさっき会ったばかりだけど、彼って初対面の人でも直ぐに分かるくらい大馬鹿でしょ。深く物事を考えて動いてなんかいないわよ」

「そ、それだって俺を庇う理由にはならない筈だろ!」

「そこは……さっき言ったように、彼がコミュ障だからはっきり言えないだけで、アナタと友達になりたいのよ。友達を守るのにも、理由はいらない筈よ」

「…………」

「だから大丈夫よ。真染君ならきっと」

(……そうなんだな。アイツはとんでもねぇ大馬鹿野郎なんだろう。俺なんかと……でも……)

 武尊は立ち上がる。

(アイツと同じくらい、俺も大馬鹿野郎なのかもな)

 その様子に海美歌は訳が分からず言葉を出せないでいた。

「あぁ、俺はとんでもねぇ大馬鹿野郎に負けて、気持ち悪く調教されちまったみてぇだな!」

 そう言うと、ケラケラと笑いながら、戦闘の余波吹き荒れる中へと歩いていく武尊。

「ちょっと、一体何処へ行こうっていうの! それにまだアナタはさっきの――」

 止めようとする海美歌の忠告を最後まで聞かず、そして振り返ることもなく武尊は答える。

「何処だって? ンなの楽しそうなこと独り占めしてるあの大馬鹿野郎のとこに決まってんだろっ! 俺の名は、闇を統べる暗黒君主――ダークリッド・ハーデス! 汝、万物の創造主、伊邪那岐統夜いざなぎとうやの世界へ干渉してやるよっ!」

 武尊の叫びに応える様に、身体中から漆黒のオーラが吹き出し、闇が真の姿となった暗黒君主を包み込んでいった。


「これで終わりだ! ――【火遁、――」

「創造主! ――【水遁、――」

炎次メタボ秋水モヤシが術を発動するまでに何とかしねぇと!)

「「――水蓮火の術】!!」」

巨大な火と水の渦が統夜目掛けて迫る。

統夜の脳裏を呑まれた先にある敗北がよぎる。だがそれでも最後の足掻きと剣を重ね防ごうと構えた。

そして渦が統夜を呑み込もうとしたその瞬間――

(ちっ! だがこれなら間に合う! いくぜ!)

『喰らえ喰らえ! ――【ダークヴァキュームレンス】』


「……ったくよぉ、威勢のわりには随分と圧されてんじゃねぇかよ、統夜」

 後ろを振り返らず、言葉だけを送るハーデス。統夜は何が起きたか分からず呆気にとられている。

(何言ってんだかな、俺は。キャラじゃねぇかもしれねぇが、いいさ、やってやるよ。なんせ俺は、あの自称正義の主人公に染められちまったんだがらな!)

 この時、ニヤリと笑う暗黒君主――ダーグリッド・ハーデスの左眼はいつも以上に荘厳と輝きを放っていた。


―続―

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