エレベーターとアボカド
チャガマ
第1話エレベーターとアボカド
私は今エレベーターに乗っている。最上階の40階から地下の駐車場まで降りるつもりだ。私はエレベーターの壁にもたれてぼんやりとしていた。
エレベーターが38階で止まった。扉が開いて入ってきたのはスーツ姿の中年の男性が二人。一人はスーパーの袋を右手に携えていた。私は特に気にする素振りを見せずにいた。二人を納めてエレベーターの扉が閉まる。
すると、男性の一人がスーパーの袋からおもむろにアボカドを取りだし、もう一人の男性の口に押し込んだのである。私には訳が分からなかった。私は怖くなって逃げたくなったが、エレベーターの中では逃げることも出来ない。
冷静になってみると、なにか喧嘩でも始めたのだろうかと思ったのだが、そうではないようだ。アボカドを口に押し込んだ方は黙って穏やかな表情であるし、押し込められた方も無抵抗にアボカドを受け入れて食べている。やがて、アボカドを押し付けていた方も自分の分のアボカドを取り出して食べ始めた。
ますます訳が分からない。なぜ、エレベーターでアボカドを食べさせたのか。また一方は、食べさせられることに無抵抗なのか。まるで、その二人のやり取りは異世界の文化の様だった。
私は早くエレベーターから出たくなった。しかし、二人が扉側に立っているせいで、扉の横にあるボタンを押すことが出来ない。私は彼らの対角に収まるように身を堅くしていた。
そんな時、エレベーターがゆったりと速度を落とし始めた。誰かがエレベーターを呼び止めたのだ。私はもうすぐで解放されると喜びと安堵が胸に沸き上がった。しかし、エレベーターの扉が開いた瞬間、それは絶望へと変わった。私が降りるまもなく、大勢の中年男性が雪崩れ込むように入ってきたのだ。各々がスーパーの袋を持って。そして、扉が閉まるやいなや各々が一斉にアボカドを取りだし自らの口に収めていくのである。私は暫し呆然とした。
私はこの状況に耐えられなかった。思わず叫んでしまいそうだった。しかし、エレベーターで叫び声をあげるなどマナー違反も甚だしい。結局、私は怯えながら端の方に気持ちだけでも逃げるしかなかった。私は自身を納得させるために上手く回らない頭をもって、こう考えた。今日は何かのイベントがあったに違いない。エレベーターに入るとアボカドを食べる、そのようなイベントがあり、私はそれを知らなかっただけである、と。
そうであるならば、私も楽になる。私は確証を得るために目の前にいた男性に声をかけた。
「どうしてアボカドを食べるのですか?何かイベントでもありましたか?」
すると、男性は怪訝な目で私を見てこう言った。
「イベント?何の事ですか?逆にお聞きしますが、あなたははどうしてアボカドを食べないのですか?」
私はまた固まってしまった。どうしてそのようなことを尋ねるのだうか。それではまるで、エレベーターでアボカドを食べることが常識であるかのようではないか。
「エレベーターでアボカドを食べるなんて普通ではないでしょう」
私がそう言うと、男性は少し怒ったような口調でこう言いました。
「あなたは何を言っているのですか。エレベーターでアボカドを食べるのは普通です。世間の一般常識と言っていい。この場で常識はずれなのは、むしろあなたのほうなのですよ」
その声に動かされるように複数の視線が私を撫でた。私は得体の知れない恐怖に襲われて、何も言い返せなくなってしまった。私が冷や汗を書きながら戸惑う様子を見て、男性は呆れた視線を投げ掛けて顔を背けた。
私は早くエレベーターから出たいと願った。早くこの非常識な空間から出たいとなによりも願った。そして、地上1階でエレベーターは止まり、男達はぞろぞろと群れをなすようにして、エレベーターを出ていった。その中で、私と話した男性は私にアボカドを1つ渡し、
「エレベーターの中ではアボカドを食べることが常識なんですよ」
そう念押しするように言って去っていった。エレベーターの扉が閉まる。私は渡されたアボカドに食らいついた。ただ、これが常識であるから食らいついた。自分でも訳が分からなかった。なぜ、エレベーターの中でアボカドを食べなければならないのか。
エレベーターが地下に着いた。私は解放されることはないと思った。この常識という鎖に一生縛られていくのだと感じた。エレベーターの扉が開く、エレベーターに入ろうとしてきた若い男性は私を見て驚いて、
「どうしてエレベーターでアボカドを食べて泣いているのですか?」
そう私に尋ねたのだった。
エレベーターとアボカド チャガマ @reityeru2043
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