第19話
【思春期19】
(理想)
もう俺はその日以来、学校にも行かなくなった。部屋に閉じこもり、部屋から出ない。そんな生活。
まあ、流石にあの鈍い親にも気づかれてしまってるのだが、もうそんなんどうでもいい。
学校行ったってどうせあの日に逆戻りだ。そんなのわかりきってる。なのになぜ俺があんな地獄に行かなければならない?
我が妹もなにもしてこない。別に期待していた訳でもないけど、ちょっとばかり傷つくな。でも、もうこれ以上傷つくことなんてないんだし、そんなのは些細なものだった。
なぜ俺は早くこうしなかったのだろう?綾瀬と仲直りなんて出来るわけないのに。早く逃げてればアイツだって傷つかずに済んだのに。
それからあっという間に一ヶ月が経ち、十月に入り、俺の十五の誕生日がやって来た。
だからなんだ?誕生日とは友人や彼女や家族に祝ってもらって初めて意味を成す。友人と呼べる人も彼女も家族も俺にはもう居ないようなものだった。
社畜たちを二階から見下ろしていい気分になりながらも、俺は昼から眠りこけていた。というかいつの間にか昼夜が逆転していた。
「ま、いっか」
そんな一言をよく知る天井に言ってやると、瞼を閉じた。
このままずっと寝ていたい。辛いことなんて何も無いそんな生活を送っていればいいんだ。誰とも関わりを持たなければ、傷つくことなんてないし傷つけてしまうこともない。俺はどうせ口を開けば悪口ばかりの思春期真っ盛りの糞虫だ。
ガンガンガンガンっ!!と、突如として俺の部屋のドアが五月蝿くなった。
これが所謂壁ドンならぬドアドンか。まだ時刻は四時を回ったところで、ご飯にはまだ早いしなにがあったのだろうか?ま、鍵もついてるし誰かが入ってくることもないし出る気もない。何が起きてたって知るもんか。
「おにい!開けて!」
久しぶりに我が妹の声を聞いた。俺が閉じこもる前日に話したぶりの声。
開けてなどやるものか。狸寝入りを決め込み、俺は去っていくのを待っていたが、そんな気配は微塵もしない。
そして、俺の部屋の前には足音が三つ。足音の探知など容易い。こっちがどれだけの修羅場をくぐってきてると思ってる。足音の判別が出来ないと男は処理出来ねえんだよ!色々あるからな!
「……仕方ないわね」
「……そーみたいですね」
「じゃ、やっちゃおっか!」
綾瀬、我が妹、ミサの声だ。なんで俺ん家の俺の部屋の前にいるんだ?
そんな謎を考えていても仕方ない。寝よう。
もう一度まぶたを閉じたその瞬間、ウィィィィィン!!と、チェーンソーに近い音がした。
「……まさかな?」
その機械音と共に俺の部屋、もとい、開かずの扉が見るも無残に切り刻まれ、俺はただ唖然とそれを眺めているだけだった。
本当に何が起きてるのかさっぱり理解出来ねえ。脳の処理が追いつかねえってこういうことを言うのか。
そして、その廃棄物の奥から3人の悪魔が姿を現した。
「久しぶりね」
「……え?あ……え?」
「おにい。おにいが寝てる間に三百年経ったよ」
「……そ、それは本当か?」
「そう……本当。大地は枯れ地は裂け、あらゆる生命体が絶滅したかに見えた。だが、人類は新たな形で残ったの」
「……サイボーグとしてね!」
「だから、私たちがいる」
「……マジかよ」
なにを言ってるのかさっぱりだったが、その言葉には信憑性があった。いくら俺が引きこもってるからと言ってチェーンソーでこじ開ける必要なんてないしな。
「じゃ、なんで俺は普通に生きてるの?みんな死んじゃったんだろ?」
「……なんか抗体みたいなのがあったのよ!で、私達はあなたに未来を託すことにした」
「そ、そう!こーたいがあったの!」
「だからって俺に何をしろってんだ?今の今まで引きこもりだぞ!?」
「プッ!」
ミサが急に吹き出した。
な、何が面白いんだ?
それに釣られるように残り二人も笑い始め、俺だけが取り残された。
「お、おい……」
「あーはっははっ……まだ信じてるの?」
「本当に馬鹿にいだね!」
「はーちゃん騙されてんの〜」
ち、ちくしょう。いつもならば絶対に騙されることは無いだろうが、チェーンソーで部屋の扉をぶっ壊されたが故に、俺はまともな判断ができなかった。
というか、普通に考えて本当に非常事態じゃなければこんなことしないだろ。こいつら頭おかしいんじゃないか?まあ、たしかに異常者か。俺に暴言吐かれてそれでも近付いてくる。もしかしたらマゾなのかもしれないな。
「で、なんか用か?」
ゲラゲラ笑って楽しそうな雰囲気のところ申し訳ないが、話を切り出さないと奴らが帰るに帰らないし、ドアだって直らない。修理どうしようかな……
今度はチェーンソーでも壊れないように、金庫みたいに鉄製にしてもらうか。
「私らね。考えたの」
「三人で話し合って今後どうするのか」
「何の話だよ。俺には関係ないね。お前らと俺にはなんの接点もなくなったんだ。だからもう帰れ」
そう。もういいんだ。おれは一人で生きて……そして孤独に死んでいく。それでいい。俺はそれを選んだ。誰にもそれは止められない。
「ダメだよ!そんなの……」
「なにが?俺がそうしたいんだからそうする。お前らはただの他人だろ?」
「……私達は他人よ。それ以上でも以下でもない。でも、他人からそれ以上へと近付こうとしてるの。もうその時点で貴方は私たちの関係者なの。だからあなたの意志とは関係なく無条件で貴方は私たちを受け入れないといけない。違う?」
「……それでも拒んだら?」
「ここにまた来る。三人でね」
「……諦めた方がいい。俺にはそんな価値はないし来たって開けないぞ?」
「なら、こじ開けてみせるわよ」
その瞳、その言葉には気迫のようなものがあった。
「……なんでだよ?なんで諦めない?」
「多分、多分ね?私はあなたが好きなんだと思う」
ちょっと恥ずかしそうに彼女は頬をほんのり赤くして、俺に言った。
「わ、私も好きなんだからね!」
「二人だけずるいです!私だってお兄のこと好きだもん!」
最後にかなりの問題発言が飛んできた。というか全部問題発言だわ。俺が好き?そんな馬鹿な。俺はみんなを傷付けてきた。なのに、なんで……
「それでどうなのよ?!」
この中で多分一番馬鹿であろうミサが、勢いよく怒鳴るようにして言った。
「ど、どうって……」
俺はどうすればいい?こんなモテ期はもう多分二度とない……いや、そんなことは問題じゃない!綾瀬もミサも我が妹も全員が俺に?
ないない。そんなわけない。これは高度なドッキリだ。多分廊下の奥の方にクラスの奴らドッキリ大成功の看板を持って待ってるんだ。そうに違いない。
「……だ、騙されないぞ俺は」
「……騙す?誰が?」
三人は首を傾げてキョトンとした表情を浮かべた。
嘘ではないとでも言いたいのか?とぼけやがって。
「よくわかった。お前らの気持ちは。でもな、騙すならもっとしっかり騙すんだったな。俺はそんな罠には掛からん」
さっきの嘘と同じみたいにどうせこれも冗談だ。でも、三人は未だに話を理解してないかのように振る舞う。
「……え?私たち嘘なんてついてないよ?本当に、マジでおにいが好きなんだよ!ドッキリとかそんな悪趣味なことなんてしないよ!」
「ドッキリ?あーだからそんなことを……」
「私らが何でそんなことしないといけないのさ。いくらはーちゃんでも怒るよ!」
「……じゃ、本当なのか?」
三人はそれぞれ肯定した。
それでも俺は信用までは出来なかった。ここで裏切られたら、もう本当に人生リセマラに手をかけるぞ。
もう、裏切られるのも裏切るのもうんざりなんだ。だから、もう誰とも関わりを持たないでいようとしたのに。なんであいつらは……あいつらはっ!
ポロリと目から雫がこぼれ落ちた。
「……嘘じゃないんだな?本当に」
「当たり前じゃない」
「こんなに面倒臭い女々しい俺なんかでいいのか?お前ら……」
「好きになったのが貴方だったのが、私らの運の尽きってところかしらね」
なんて言って綾瀬は微笑んだ。
「なんだよそれ」
俺も久しぶりに笑った。それは自然と出た笑みだった。
「二人だけずるい!私だって!」
「私も私も!」
我が妹とミサが雰囲気をぶち壊すかのように間に割り込んできた。
「結局誰を選ぶの!?」
そうだ。いろいろありすぎてなんにも考えてなかったが、三人もの女の人に言い寄られてるんだ。
三人とも三者三葉に可愛らしく素晴らしく出来た俺にはもったいないほどの女性ばかり。一体俺はどうすればいい?誰かを選んでしまえば残り二人は傷つく。俺にまだ人を傷つけろって言うのか……
俺は嫌だ。この三人をまた傷つけるなんて……
俺には出来っこない。俺が幸せを願ってはいけないんだ。前もそうだったろ!
「おにい……私らね。傷つかないなんてことは出来ないの。だって、同じ人を好きになっちゃったんだもん」
「……そうね。これがまた私らの不運な所ね」
「でも、喧嘩なんてしないよ。はーちゃんが選んだ人で恨みっこなしなんだから!」
みんなは優しく笑ってくれた。でも、怖かった。ひたすら怖かった。人に近付いたら傷つく。そして、傷つける。もうそんなの嫌だった。
「「「私達はあなたが好きです」」」
でも、みんなはそんなのお構いなく近付いてくる。
俺は自分が正しいと思っていた。もう誰にも迷惑をかけないで静かに生きて静かに死ぬ。それが理想だった。
でも、あいつらが全部俺の理想をぶっ壊した。
もう、俺は人を傷つけるのを恐れない。自分も傷つくことだってわかってる。どうせ、この選択以上の辛さなんてないのだから。
〜 END 〜
思春期 クレハ @Kurehasan
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