第18話

【思春期18】


(らしさ)


学校行ってもやることはいつもと変わらない。勉強して逃げて……綾瀬ともあんまり話さない。というかもうあれから三日目だってのにあいつは諦めずに俺を追ってくる。

授業が終わった瞬間に俺が教室から出てトイレに籠る。こんなことを繰り返す。俺は多分腹崩しやすい奴だったんだな。くらいに思われてるのかやっぱ空気なのかどちらかだろう。

「俺はぼっちでもいいんだ」

でも、昼休みは仲良い人が出来たのかというかその人物こそ綾瀬なんだけど、昼は二人で食べてる。この学校一二位を争うような美人二人が、仲睦まじく昼を食べてるのは眺めるだけの価値がある。

お陰で今だけはミサから逃げる必要も無いし、ご飯も食べれるし眺められるしで至福の時間ってやつだ。

飯を食べつつ、綾瀬とミサの会話に耳を傾けていると、俺の名前が綾瀬の口から出た。

「……いつも追ってるみたいだけど、なんかあったの?」

「……私にもわからない」

「じゃ、本人に聞いてみよう?」

はっと二人を見やると視線がぶつかった。

やば。逃げないと。と、思った時には遅すぎた。二人は計画でも立てていたのかってくらいの速度で二つの引き戸の前に立って待ち構えていたのだ。そしてここは三階。ベランダから飛び降りたりは出来ない。もう、退路は完璧と言っていいほどに絶たれていた。

「さ、教えてもらいましょうか?」

あ、悪魔だ!悪魔がいる!いつからこいつ堕天しやがったんだ!

「……なんでなの?なんで私から逃げるの?」

本当にこんな人がいっぱいいる場で話すような内容ではないし、俺はもっと目立たないで生活したいんだ。

……という、建前が俺にもある。

「理由なんて簡単だよ。なんで幼馴染だからって仲良くしきゃいけないの?面倒だし俺は寝てたいだけだよ。別に大したことではない。ただうざいってだけ」

実際、うざいし面倒だ。嘘をついてる訳では無い。

あの時の綾瀬みたいに泣いたって別にいい。面倒なのが面倒なことを起こしただけ。

だが、面倒なのは泣かないし依然として俺の前に佇むだけだった。

「……嘘だよ。私知ってるもん。はーちゃんがそんなこと言うわけないって」

「残念だったな。そんなのは幻想でしかない。現実はこんなもんだ。今の俺と昔の俺は違うんだよ」

「違う!」

クラスがその大きな一言で凍った。まあ、まだ三日しか経ってないが、少し抜けてる馬鹿な子ってくらいの印象を多分クラスのみんなは持ってるのだろう。

俺も実際そうだ。何も考えてない脳天気なやつ。そのくらいに考えていた。

そんな子が急に真面目に騒ぎ始めたらまあ、ちょっとした騒動だ。

いや、誰が騒いでも騒動は騒動だが。って、違う違う!

今はそういうことではなくて、なぜこいつがここまで真剣な眼差しでこちらを見るかにある。俺を押し黙らさせるには十分の気迫だ。

「……久しぶりに会った時、はーちゃん全然変わってなかった。そりゃ身長とかはあれだけど……とにかくはーちゃんだって一目でわかったもん!」

「……そんなことはどうでもいいだろ?」

「どうでもよくなんかない!はーちゃんははーちゃんのままだったの!なんでわかんないの!馬鹿!」

説明なんて微塵もないが、俺はどうやら馬鹿らしい。

周りの奴らは「あ、トイレ行かないといけなかったやー」とか「電話電話〜」とか言って退場していった。別にやばい雰囲気ってわけでもないが、面倒ごとには関わらないようにするってのがこの世界では定石らしい。

綾瀬はそんなことがあったにも関わらず後ろの戸に寄りかかって立ち聞いてる。だが、そんなことはどうでもいい。

「……とにかく、俺には近寄るな」

「なんで?」

「面倒だからって説明したろ?」

「……嫌」

「なんてった?」

「嫌だってったの!なんでよ!なんで……なんでまたはーちゃんと会えたのに、離れないといけないの?私は離れたくない!」

潤んだ瞳で奴は俺を睨んだ。その目には諦めなんて一欠片もなかった。

「……そういうのが面倒なんだよ」

「……はーちゃん。嘘ついてる」

「嘘?なんで?」

「わかるよ私には。それは本心じゃない。ずっと嘘ばっかり言ってる」

「そんなわけないだろ?どこに嘘をつく必要がある?」

そこまで言ってやると、奴はなんか色々言おうとして口を開いては閉じて、三回くらい机の周りをくるくる回ってから「ばかはーちゃん!」と、言い残して教室から去っていった。

「……これで、これでよかったんだ」

緊張から解かれたかのようにタイル式の床ににへたりこんだ。

「……本当に嘘つくの下手だね」

さっきまで何も発しずに道具みたいにもたれかかっていた綾瀬が急に口を開いたことに少し驚きつつも、姿勢を立て直す。

「……何の話だよ?」

「あくまでしらを切るつもりなのね?」

「しらもなにもねえよ。俺は本当のことしか言ってねえ」

「まあ、そういうことにしといてあげるわ。女泣かせの隼人くん」

まあ、たしかにそうなんだけどね。結局、俺の暴言が功を奏しピンク髪の幼馴染を泣かせることに成功した。

これでまた俺の株価は大暴落だろう。会社なら潰れてるレベルだな。

だが、今日は特に変わったことは無かった。誰も話しかけてこないし陰口叩かれる。ごく普通の平凡な日々だ。

まあ、もう別に俺なんて誰の目にも止まらないんだろうな。

それでいいんだ。俺が勝手に綾瀬を好きになって告白なんてしてないけど、どうせダメだ。

いじめばっかりして、幼馴染を裏切ったおれなんかを幸せにしてくれる神が何処にいる?我が妹にも見捨てられたし、もう終わりだ。

人生やり直し出来ればなぁ……

思うだけ無駄だ。そんなのわかってる。でも、思ってしまう。

だが、これが俺の決断だ。女泣かせの称号を背負ってでも俺はこの青春をドブに捨てることを決意した。

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