第15話
【思春期15】
(綾瀬妹は格が違う)
「あ、綾瀬さん?」
「なに?」
「い、いえ……」
俺んちには今、エアコンのザーザーと言った音しか無かった。
俺ん家に着いたところまでは良かったのだが、我が妹は綾瀬妹を引き連れて自分の部屋に行ってしまったため、リビングに取り残された俺らには会話が全く一ミリも生まれない。
本当に恨むからな我が妹っ!
「……映画でも見る?」
なんとなく目を泳がせていたらあるDVDが目に止まった。
「そうね。いいわよ」
夏に見る映画なんて決まってる。ド定番のホラー映画!肝を冷やせば涼しくなるし、吊り橋効果で綾瀬との距離も縮まること間違いなしだ!男らしいところを見せるぞ!
なんて決心したのはよかったが、綾瀬はこういうのに耐性があるのか全く微動だにしない。
な、なんで?普通に俺は怖いんだけど!トイレ行けなくなるんだけど!
こちらから綾瀬の方へと行くのはダサいしちょっと恥ずかしいが、仕方ない。俺が間違えていた。自分が一番耐性のないこんなもん見るんじゃなかった!
綾瀬の横のソファーに腰掛けると、一人で座布団の上に座ってた時よりも断然安心感がある。
「……どうしたの?」
「……いや、別に」
「もしかして……こういうの苦手?」
「……そ、そんなわけないだろ。綾瀬が怖がらないようにだ」
「ふぅん?」
そして、丁度この作品の代名詞である井戸から髪の長い女性が出てくるシーンに差し掛かり、俺はそっと瞳を閉じた。
見たら確実にお風呂に入れなくなる。寝るとかトイレとかよりも圧倒的に風呂場が一番怖いよな。
ちらっと横目を綾瀬に向けると、眉をひそめて瞳を閉じていた。
やっぱ、綾瀬も怖いのか。ってことはさっきまでは強がってただけってことだよな。
映画が終わるまで映画をチラ見しては綾瀬鑑賞をしていた。
やっぱり目が勝手にそっちに行っちゃうよな。横顔も可愛いしまつげ長いし、なにより怖がってる時の綾瀬が堪らねえからなぁ!
そして、終わった。ホラー映画とはいえ物語である。いつみたって怖いし内容も面白い。こういうのが不屈の名作ってやつなんだと思う。
エンドロールまですべて見終え、暫く会話はなかったが心地よかった。
「……大丈夫か?」
もう少し余韻に浸っていたいところだが、綾瀬を放置するわけにも行かない。
「……へ?なんの話?」
「足震えてんぞ」
「……違うわ。別に怖くて震えているわけじゃ……」
慰めようともう少しだけ綾瀬に寄った時だった。リビングのドアがひらいたのは。
「うわー!お姉ちゃん泣かせた!ごみい最低!」
なんという最低!なタイミング。我が妹よ図ったな?
「俺が泣かせた訳じゃないぞ?ホラー映画みてただけで……」
「え?おにいホラー駄目なのに!」
「お前は自分の部屋にでも居なさい!」
やはり我が妹は我が妹だった。本当に余計なことしか言わねえ……
俺は奴を廊下につまみ出すと、リビングを閉めた。
「……ホラー映画やっぱりダメなんじゃない」
「……ちょっとな?」
「まあ?わかってたけどね」
上から目線で彼女はそう言った。
「お前だってそうだろ?怖がってたの知ってるぞ?」
「なっ!……わ、私を見てたの?」
「まあな!」
そこまで言って気付く。圧倒的不利に!あ。まずい。これじゃ俺がずっと見てたみたいじゃねえか!まあ、その通りなんだけど!
「……むぅ。こ、怖くなんか無かったけど。眠かっただけだし。あー眠い眠い……」
なんて言いながら綾瀬は欠伸をし、瞳を濡らした。
「……何いちゃついてるの?」
「「何処が!?」」
二人して意見があったのはこれが初めてだったと思う。でも、複雑。そんなに反抗しなくたっていいじゃないか。
「というか我が妹。度々何の用だ?」
「さっきジュース取りに来たら出されちゃって中見たらイチャイチャし出すし……入りにくかったんだからね!」
「そうか。じゃ、さっさとオレンジジュースでも持って二階に行きなさい」
さっさとオレンジジュースを冷蔵庫から出してやると、コップ二つと一緒に丸く黒いお盆に乗っけて渡し、グチグチ言う我が妹を追い出した。
さて、続きだ。なんて言えたら多分リア充なんだろう。俺はそんなことは出来ないし、どうやって話を切り出せばいいのかですらわからない。
「……変な邪魔入ったね」
どこの爽やかイケメン(ヤリチン野郎)だ!これは違う。
「……眠いなら、俺の部屋で寝る?」
下心丸出しじゃねえか!まあ、絶対これはねえな。
「……目が覚めるようなこと。しようか?」
意味深クソ野郎。というかこいつ童貞かよ!まあ、そうだけど!俺はそういうことだけで見てるようなやつだと思われたくないのだ。誠実でいたい。……もっとなんかないか?
「どうしたの?さっきからキョドってて気持ち悪いんだけど……」
天使の口から飛んだ悪魔的発言に心がざわつく。
「……え?マジ?」
「うん」
「……っ!」
声にならない声を上げて俺は地面に膝から崩れ落ちた。真顔で肯定されてしまった。心の臓を鉛玉でぶち抜かれたような感覚だ。これ以上はない。
そのままうつ伏せまで身体が勝手に崩れてった。
「……本当にどうしたの?」
「……いいんだもう。気にしないでくれ」
「ちょっとゲームしてもいいかしら?」
「……どうぞ」
ピッ。と、ゲームの起動音がするが知らん。瞳を閉じて、俺の心の復旧作業が終わるまではシャットダウンといこうではないか。プール後で疲れていたのかすぐに俺は意識を手放した。
でも、頬を撫でる違和感からすぐに俺は目を開く。まだ俺の心はズタズタのままだが、仕方ない。目を開くと綾瀬が油性サインペンを片手に俺の顔を覗き込んでいた。
「……おはよ」
俺の心が治るのはすぐだった。こんなに可愛い女の子におはようなんて言われてしまったのだ。自分でも単純単細胞野郎だと思うけれども、男はそのくらい単純なのだ。
意味深なことはよく言うけれど、深い意味は大体とくに無い。
「毎朝僕の味噌汁を作ってください」
そう。これも大した意味は無い。ちょっと寝ぼけた俺が口元がおぼついて出てしまった意味なんてないセリフ。
「……え?」
「……あ!今のは違う!気のせいだ。忘れてくれ……」
「う、うん……」
捉えようによっては告白に取れなくもない今の発言は、取り消すことが出来るのだろうか?
いや、綾瀬だし大丈夫か。
理由ならしっかりしたのがある。前、俺じゃない他の男子が告白したら気付かれなかったとか意味わからん伝説を残したあの綾瀬だぞ。大丈夫に決まってる!
このくらいの失言は簡単に取り消せるはずだ。
「……そろそろ私、お暇するわ。いい時間になってしまってたしね」
綾瀬に倣い時計を見やると、既に六時半を回っていた。
「……そうだな」
俺らは我が妹と綾瀬妹が居る二階に向かい、我が妹の部屋を開くと、エアコンの冷気が肌に張り付くように触れてくる。
「エアコン効きすぎだぞ。寒いわ」
なんて言いつつ中に入ってくと、妖精二人が深い森の中でハンモックで揺られてすやすやと心地よさそうに眠っている……ように見えた。
ただ、いつも我が妹が使ってるシングルベットに二人仲良く眠っているだけなのに、どこかその光景は幻想的で現実離れしていた。
本当ならば起こさずに起きるまで眺めていたいのだが、時間も時間だし綾瀬の親御さんも心配してらっしゃるだろう。
……起こすしかないか。
仕方なく我が妹の方を揺すると「……んぅ」妙に艶かしい声を上げた。
「……ん?おにい?」
「そうだ。おはよう我が妹」
目を閉じたまんまでむくりと起き上がると、細目で周りを確認し、状況確認していた。
「……あ、おねーちゃん!」
そう言うと我が妹は俺を無視し綾瀬に抱きついた。
「……色々おかしいなぁ?我が妹よ」
普通、おにいちゃんに抱きつくところだろそこは!
「おはよう。彩ちゃん……ほら、優衣も起きて」
そう言うと綾瀬妹もゆっくりと起き上がって俺を見るなり綾瀬の後ろに隠れてしまった。
「おにい嫌われてるね!」
「……軽く傷つくからやめなさい」
下の階に向かっている間もずっと綾瀬の後に隠れていた。
「……じゃ、またな。綾瀬。また学校で」
「またね!二人とも!」
「うん。またね。ほら、優衣も」
「彩ちゃんまたね……お兄ちゃんも」
キュン!
こんな表現使う予定なんて全くなかったのだが、その通りなのだから仕方ない。語彙力なんてクソ喰らえだ。
一撃で俺の心はロリコンに侵された。さすが綾瀬妹だ。格が違う。
そして俺がフリーズしていた間に、二人は帰ってしまっていた。
別にお別れではない。そ、そうだ。綾瀬と結婚すればあれは我が妹になるわけで……我が妹が二人!二人だと!?そんなことになったら……大変なことになるぞ!
「いつまでそこに突っ立ってるつもり?おにい?」
振り向くと、リビングから這って出てきたようなおぞましいポーズの我が妹が、ジト目を向けてきていた。
「うわぁ!」
それを見て俺は、思いっきり後ろにひっくり返り、腰を抜かしてしまう。
「いってて……全くなんたって一体そんな格好してるんだよ?」
「やったー!勝ったー!」
遠くから我が妹の勝利の雄叫びが聞こえた。
「……なんの勝負をしてたんですかねぇ?」
「ビビらせた方が勝ちゲーム!」
なんて言いながら奴はこちらへ歩いてきた。たぶん、ここで這い寄ってこられていたら気絶ものだろう。
「聞いてないぞ?我が妹よ」
俺が立ち上がると我が妹は満足げに片腕を突き出して、ピースを決めた。
「はいはい。俺の負けですよ」
「じゃ、罰ゲームね!」
「え?」
「負けたなら当然だよね!」
我が妹は悪い笑みを浮かべて、俺に迫り寄り、俺の手を掴んだ。
今すぐに家から飛び出してこの熱帯夜で死ぬか我が妹に殺されるか。それしか俺には選択肢がなかった。……って、答えはもう出てるか。
我が妹に殺されるならば本望だ!
なんて思ったが、実刑は極刑ではなかったようだ。
まあ、だが、暑いし熱い……なんでこんな日に親は帰ってこないんだ?罰ゲームと称して今俺はキッチンでフライパンを振っていた。
まあ、料理するのは好きだから別にいいけど。
「お待ち!おにい特製生姜焼きに見立てた豚丼だ!」
「おにいこれしか作らないよね……まあ、美味しいけど」
「店開いてもいいくらいだろぉ?」
「……それもそうかもしれないけど、なんか嫌だな」
俺も我が妹の前に座ると飯を食べる。我ながらやはり美味い。
見た目は生姜焼きベースの豚バラ肉がご飯に乗ってるだけだが、食べるとちょっとの辛味と甘みがある。そこに生姜も相まって互いが互いを高めあっている。
「ん?どうしてだ?美味いだろ?」
「だって、そうなったら……」
顔を赤くして我が妹はそこまで言うと、ご飯をかき込んであっという間に完食。
「……顔に落書きされてるよおにい!ご馳走様!」
我が妹はにこやかにそう言い残して、二階へと足音を立てて上がってった。
「……は?」
すぐさま洗面台へ向かい顔を確認すると、頬に三本の猫ヒゲのようなものに、鼻の頭が黒く塗られてる。
くそ。あの時か……
綾瀬も綾瀬でいたずら好きなのかもしれない。だが、このくらいなら可愛いもんじゃないか。俺も童顔だし?似合うよな。
なんて、思いつつも顔を洗うが一向に落ちる気配がない。
「……油性で書くバカおる?」
夏休みは今日を含め残り三日。俺は外出禁止令が出ました。三日で落ちてくれるといいな。
顔の汚れは諦めて俺はさっさと皿洗いを済まして自分の部屋に向かうと、ベットへとダイブ。
そのまま俺は眠りについた。
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