第16話
【思春期16】
(始業式)
翌朝、雀たちのチュンチュンと言った声に起され、うーんと伸びをしてから、カーテンを開くと朝日が体に染みる。なんて清々しい朝なんだ。薄汚れた心も洗われるようだぜ。
そんな時、ノックして我が妹が入ってきた。昨日は私服姿のまんまで居たのに、もう下着に俺の白シャツ一枚という格好だ。
まあ、もう十年以上一緒に居るんだから慣れたもんだけどな。
「おにい。おはよ」
我が妹はまだ寝起きなのか寝ぼけてるのか目を擦りながら大きく欠伸をした。
「ああ。おはよ。どうした?」
「…………」
無言で我が妹は抱きついてきた。
「……お、おい。どうしたよ」
反応はなく、ただギュッと俺を離さない。仕方ない。きっと怖い夢でも見たのだろう。俺は兄だしな。
俺も抱き返してやると柔らかな感触がパジャマ越しに伝ってくる。だからって変な気を起こすようなものではない。なんせ、兄妹だしな。
「……も、もういいよ。ありがとうおにい」
「……あ、すまない」
離してやると、我が妹の顔は赤くなっていた。どうやら結構長い間抱きついてしまっていたようだ。
謝ってみたものの反応がない。方を揺さぶって「……大丈夫か?」と、聞くと朧気に「うん」と、答えてきた。寝起きだから仕方ないのかもしれないが、やっぱり様子が変だ。
「急にどうしたんだ?」
兄として我が妹に抱きつかれるなんてこれ程に名誉なことはないのだが、なぜあの我が妹がこんなことをしたのだろう?昨日のこともあるしな。
「我が妹よ。俺はお前の兄だ。なんかあるなら言ってくれれば……」
「もういいの!気にしないで」
「とは言ってもだな……」
「いいって言ってるでしょ!ばかにい!」
俺の心配の気持ちは我が妹の一言によって一瞬にして消え失せた。
「そうか……」
まあ、そこまで言うなら深追いはしない。誰にだって隠したいことはある。我が妹も例外ではない。この俺ににでも言いたくないことだってあるだろう。
俺にも言いたくないことくらいある。綾瀬に抱いてるこの想いとかその辺。まあ、我が妹には悟られちまったけど。
「もう私、下行くから」
「あぁ。わかった」
不機嫌そうに我が妹は言って俺の部屋から出ると強くドアを閉めて、ドスドス足音を立てて降りていった。
さっきまでは甘えてきていた癖にこれか。朝から飛ばしてんな。女の子の日って小五でも来るんかねぇ?
まあ、それはそれとして下の階には行きにくいしな。朝飯一日くらい抜いても大丈夫だし、ゲームでもして時間稼ぐか。
昼頃までゲームをしてから下に行くと、カーテンから滲むオレンジ色の光だけで薄暗く、誰一人リビングには居なかった。
冷蔵庫から一リットルのキンキンに冷えたコーヒー牛乳をそのままガブ飲みすると、乾いた喉に染みる。
「ぷはぁ!うめぇ!……犯罪的だ」
そっとそのままコーヒー牛乳を戻すと、カーテンを開く。すると、俺の体を溶かすかのような陽射しが身体を焼く。
すぐさま開け放ったカーテンを閉めると、電気をつけ、ついでにエアコンのスイッチもオン。
夏ってのはここまでやらねえと快適に過ごせんのか。全く勘弁して欲しいぜ。
テレビ前にある白い二人がけソファーに寝っ転がると、半分物置テレビを起動させる。でも、最近はよく使ってるから物置ではなくなったらしい。
昼にやってるのはどれもこれもつまらないものばかりだった。とはいえゲームは飽きたし外は暑いから出たくない。
「……暇だ」
そんな調子のまま時間だけを無駄に消費していると、いつの間にか我が妹が家に帰ってリビングに入ってきた。
今日の我が妹はベージュのロングスカートに丸ネックの白シャツという清涼感溢れる服装だ。今日も今日とて手抜かりナッシング!
「おかえり」
「……ただいま」
俺の顔を見た瞬間に、我が妹は嫌そうな顔をした。俺なんかしたのかね?
「……どうした?」
「別に。私二階行くから」
それだけ言うと我が妹はリビングから去っていった。
マジでなんなんだ?絶対怒ってるけど、思い当たる節がねえ。
今日の朝のハグがよくなかったのか?いや、あいつからやってきたんだぞ。でも、いつもなら我が妹からそんなことするわけがねえしな。何が狙いなんだろう。でも、我が妹だしそこまで気にする必要は無いか。寂しくなったらあっちから来るはずだし。
ところがどうだろう?夏休み最終日になってしまったが、我が妹が俺に近づいてくることもはない。こうなれば仕方ない。奥の手だ!
俺は自分の部屋のドアを少し開いて、我が妹が廊下に出た瞬間を狙って話しかける。
「なぁ我が妹!」
「……なに?」
俺から目を逸らし面倒臭そうにため息をひとつ付いた。やっぱり我が妹は不機嫌らしい。
「……ご飯、食べに行くか?」
「……なんで?行かない」
「違う!待て。焼肉だぞ!俺の奢りで!」
「…………」
去っていこうとする我が妹の足が止まった。これでどうだ?俺は来来月分のお小遣いまで吹っ飛ぶことになるが、我が妹と来来月分のお小遣いを天秤にかけたら、迷うことなくお小遣いを犠牲に出来た。
だから頼む。頷いてくれ!
「……別にいいから。そんなお金があるなら綾瀬さんとでも遊んでくれば」
「……え?」
「……じゃ、遊びに行くから。ばいばい」
終始低いトーンで我が妹が淡々と話し、俺の思いとは裏腹に我が妹は静かに去っていった。
なぜだ?人の金を使う事しか考えてないような金食い虫の我が妹が、なぜあんな台詞を?
「……こりゃ相当だな」
前借りはしておいたけど、意味がなくなってしまった。
物で釣る大作戦ですらダメとなると終了だ。打つ手なし。時間という広大な波にあとは任せるしかないみたいだな。
*****
特に何もやることもなく、ぱっと花火みたいに夏休みは消えていった。
そういえば夏祭りには行ってなかったな。ま、暑いしうるさいし裕翔とかと会うかもしれないし、リア充ばっかりだから行く気ないけどな!
なんて思い返しながらも俺は久しぶりに制服に袖を通すと、どっと疲労感が溢れ出てくる。
「……学校、行きたくねえ」
なんて弱音を吐きつつも、重たい足取りで階段を降りていく。
リビングにはいると我が妹が、一人で飯を食らっていた。
両親はどうやらもう仕事に行ってしまったらしい。
「おはよ」
「……おはよ」
我が妹はムスッとしながら答えた。ま、あんまり話しかけたりはしない方がいいだろう。
俺も時計の音しかしない静かな部屋で黙ってパンを食むと、さっさと学校に向かう。
別に逃げたわけじゃない。学校も遅刻してしまうかもしれないし仕方のないことなんだ。
久しぶりの通学路。九月になったとは言えど暑いことに変わりはない。容赦なく太陽が俺へと直射日光を向けてくる。
そろそろ地球は俺の取説をしっかり目に通してほしい。直射日光を避け冷房の効いた部屋で保存してくださいって書いてあるだろ……
太陽を睨みつけながらようやく学校に辿り着いた。
そして、いつもの教室にドアを開けて入ると冷たく気持ちのいい風が俺を貫く。ここは天国だろうか?そういえばエアコンが夏休み中につくとか言ってた気がするけど、本当だったのか。
素晴らしい。やっと俺の取説が学校にも認められたんだな。
席に座って突っ伏していると机のひんやりも相まって最高だ。他の奴らが「久しぶりー」だの「元気してた?」だのいう会話のおかげで喧騒が生まれているが関係ない。俺は自分の幸せに忙しいのだ。
誰も来ないからって寂しくなんてねえし。
「おはよ」
喧騒の中でも透き通るように耳に入ってきた声が、まだ軽く寝ぼけてる俺の脳を揺さぶる。
顔を上げるとブラウンの瞳に俺が映った。やばい吸い込まれる。
「どうしたの?」
「あ、あぁ……綾瀬か。おはよ」
あぶない。このままでいたら軽く一線は超えていただろう。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫……」
「……なに?なんかあったの?顔色悪いよ?妹さん関係?」
「……特に何も無いよ。ほら、そろそろホームルームはじまるぜ?」
綾瀬を追い返すと少し不満げに頬を膨らませていた。
……全く、勘のいいガキは嫌いだよ。
俺が言った通りにホームルームが始まった。久しぶりに担任を拝むことになったが、お変わりなくお美しい。そして、服装も変わりなく異常なまでにダサいのになぜかエロい。これが三浦先生クオリティ。どうかそのまま変わらないでいてください。
それから体育館で始業式が始まり、運良くか悪くかはわからないが、なぜか綾瀬が横にいる。
なぜこんな配列になっちまったんだ。元々出席番号順だと、 一番の綾瀬と出席番号丁度半分の俺が隣同士になるのは必然のことだ。前はこの瞬間がいつも待ち遠しいかったが、今はまずい。全校集会とはいえ小声で喋ることくらいは出来るのだ。
体育館内はそれなりに静かだとはいえ、長い校長先生の話やらがあるだけで、他は特にない。率直に言うと時間の無駄だ。
「ねえ、どうしたの?」
横で体育座りをしてる綾瀬が俺に話しかけてきた。これも時間の無駄だ。俺には話す必要もないし、今は黙っておくのが賢明だ。なんせまだ俺はいじめっ子の肩書きがついてるのだ。それも横にその被害者がいる。教師の目が俺に向かっていてもおかしくはない。
「……ねね、私がここで泣くふりをしたらどうなっちゃうかしらね?」
飛んだ悪魔だった。綾瀬は天使だと俺は勝手に思い込んでいたが、それは全く持って違ったらしい。
こんな状態でそんなことされたらまた俺は一ヶ月ちょっと前のいじめられっ子に逆戻りだ。
俺には選択する余地すらないのか。
「……なんだよ」
「やっとこっち向いたね」
くうぅ……なんだこれ。綾瀬は朗らかに微笑んで悪戯に小首を傾げた。頬が熱くなるのを感じる。
「で、どうしたのよ?」
綾瀬はいつも優しい。やっぱ姉さんってのもいいもんなのかもしれねえな。同級生だけど。
「……もし、もしだぞ?我が妹と距離を置かれたらどうするよ?」
そう聞いた瞬間、綾瀬の顔色が真っ青になった。やはり綾瀬もシスコンらしい。
「……余計なことを聞いたみたいだな。ごめん。忘れてくれ」
想像しただけでこの世の終わりのような顔をするような奴に聞くようなことでもない。あの姉妹の仲は異常なまでに良い。俺ら兄妹みたいになるわけがない。
「……もしかして、彩ちゃんとなんかあったの?」
「いいんだ。忘れてくれ」
これは俺ら兄妹の問題だ。他のやつに聞いてどうこうするような問題ではない。せめてこのくらいは自分でどうにかできなければ、綾瀬に告白なんて夢のまた夢だ。
「そう……なんかあったらいつでも言ってね」
全てを包み込むような優しい笑顔でそう言ってくれた。やっぱり綾瀬は天使なのかもしれない。
全校集会の話など全く聞いてなかったが、場の雰囲気がガラリと変わって皆がそわそわし始めたのでステージに目をやると、見知ったピンク髪の活発そうな少女がにこやかにマイクを持って立っていた。
なんだ?アイドルにでもなったつもりなのか?変に似合ってるところがまたムカつくぜ。
「こんにちは!家庭の事情でこちらに越してくることになった谷口美咲です!これからよろしくお願いします!」
持ち前の明るさを前面に出してミサは全校生徒の前で一言そう言うと、なんでか俺と目が合った。
「あ、はーちゃん!宜しくね!」
思いっきりこちらに向かって手を振ってくる。俺は目を逸らすしかなかった。なんであんな目立つことすんの?今は目立っちゃまずいんだよ俺が。今は全校集会だぞ。
それに「はーちゃんって誰?」「知り合いかな?」「はぁはぁ……クンカクンカ……」とかいう声が聞こえてきた。やべえ。最後に変なの混ざってる。関わりたくねぇ……
「……は、はい。谷口さんありがとうございました」
ミサは軽い足取りでステージから降りると、律儀にも振り返って礼、そして、先生方に向き直り礼をした。……そういう常識はあるのね。でも、恥っていう感情を身につけていただきたい。あいつなら下着姿で登校してって言われてもやりそうだしな。
それが最後だったらしく、閉式の辞とかいう誰でも出来る奴を脳天ハゲずる教頭が閉めて、高学年からの退場となった。
これが歳の差ってやつか。ちょっとした優越感に浸りつつも三年の俺は堂々と退場し、クラスに戻りしばらく経ったあとにチャイムが鳴った。今日はこれしかないはずなので帰りのホームルームが始まってもいい頃なのだが、まだ先生が来ないし俺の後ろに席がひとつ増えていた。
……まさかな。五クラスもあるんだぞ?ここじゃないだろ?確率的には二十パーセント。まあ、そうそうないよな。多分間違えて席を用意しちゃったんだよな。
だが、嫌な予感ってのは大体的中してしまうのが世の常である。
先生の後に続くように、ピンク髪のツインテールを靡かせて厄介なのが我がクラスへと入ってきた。
「新しいクラスメイトだ。って、さっきも会ってるよな」
「「「うぉぉぉ!!!」」」
先生の声をかき消すように、クラス中が歓声に包まれた。
「ほら、お前の席はあそこだ」
やれやれと言った口調で先生は俺の後ろの席を指差し、ツインテールがピーンと上に伸びた。なんだお前は。猫か?
その席ってのは何度も繰り返すが俺の後ろなのだ。当然のように奴は俺を見つけ、ニッコリと微笑んだ。
「はーちゃん!」
俺のあだ名を大きな声で呼び、こちらへと向かってくる。そして、俺の席の前に立った。
やっぱ、美人はずるい。制服も似合いよる。
「同じクラスになれたね!」
「……そうだな」
「はーちゃんってあいつのこと?」「そうみたいだね……」
とかいうひそひそ話が聞こえてきた。どうせ俺はいじめっ子ですよ。
俺がやってしまったことは変わらない。だから俺が言われるのはわかる。だが……この空気はまずい。
俺の知り合いだと知ってさっきまで美人が入ったとか言って喜んでた連中も途端に静かになった。やたら視線がこっちに集まってる。
「……もう帰りのホームルーム始めるから前向けなー」
教師の声で俺に集まっていた視線が、黒板の方へと戻った。
もう俺の株はどうせ既にどん底だ。これ以上下がったってなんの問題もない。
「……ねえ」
肩をトントンと後から叩かれ小声で呼びかけられ、非常に鬱陶しいのだがこいつは諦めるということを知らないのを俺はよく知っている。
「……なんだよ?」
振り返ることこそしなかったが、しっかり返答してあげるところ俺は優しいのかもしれない。
「なんかあったの?」
「……お前は気にする必要はない。少し静かにしてな」
そういうと、後ろは静かになった。でも、周りはというとこちらをちらちら見ながらひそひそ話を続けてる奴が目に付く。こいつはあの件には関係ないのに、なんでこいつもそういう目で見られてないといけないんだ?あとどうせ一年、いや、半年で終わるのになぜ俺の幼馴染ってだけで軽蔑されてないといけない?
それは間違ってる。でもここでそんなことを言えば「なに偽善者ぶってんの?」となり、状況は悪化するだろう。
だから、俺は何も言えない。出来ることといえば俺の後ろの席のこいつから距離を置くことだ。
もう、やるしかない。これは全部ミサのため。俺のような惨めな思いはして欲しくない。
好きな人をいじめてしまった俺は一人でいいんだ。
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