第13話
【思春期13】
(俺はロリコンではない)
俺が残り少ない夏休みを満喫しようと眠ろうとしたところで、着信音が鳴った。すぐ切れたのでメール音だったのかもしれない。だが、まあ、俺には聞き覚えのない音だ。少なくとも俺の携帯ではない。
多分我が妹のだろうと俺は無視し、またリビングのソファーの上でまぶたを落とし呼吸を整えるようにふぅ。と、息を吐いた。
それからすぐの事だった。俺の腹に何かが飛び乗ってきたのは。
「ぐえぇ……っておい!いてえじゃ……」
前にもこんなことがあった気がする。もう少し起こし方ってのをものを学んだ方がいい。軽いとはいえ痛いってんだよ!
我が妹はにこやかな表情を浮かべて俺の視界の中に入ってくると、問答無用で俺の言葉を遮って言った。
「おにい!これからサービス回といかない?」
「……は?」
「そういえばプール行ってないじゃん?」
「まあ、行ってないけど」
「だから!サービスサービスゥ!」
俺は理解に苦しんだ。でも、この家族トップカーストの座に君臨する我が妹が、なにを仕出かしてもおかしくはない。
多分、言葉のままなのだろう。サービス?なんだそれは……
超絶どうでもいいような理由のまま、俺はソファーから落とされコロコロと廊下に転がされた。
「……痛いんだけど。廊下暑いし」
「ほら!行くよ!」
そう言いながら、いつ用意したのかもわからない水に耐性のあるエナメル質のバックを渡してきた。
「これは?」
「おにいの海パンと財布入ってるから!」
我が妹はというと、青のロングスカートに白いブラウスという涼し気な格好をして、ピンク色の可愛らしいバックを持っていた。どうやら行く気満々らしい。
俺も仕方なく準備して家から出ると、真夏の太陽がこれでもかってくらいに出迎えてくれた。それが俺の行く気を散らす。
別に妹の水着を見ても興奮なんてしないし……いや、夏休みだしな!若いピッチピチの中高大生が居るはずだ!
俺は自分にそう言い聞かせてやる気スイッチを無理やり入れる。
そのまま自転車にまたがると、我が妹を後ろに乗せて出発した。
「……はぁはぁはぁ……つ、着いた……」
それから十分。灼熱地獄で荷台に重りつけて坂をアップダウンして、汗だくになりながらもやっと市民プールに辿り着いた。
「お疲れおにい!」
そう言って俺と自転車を放置し、我が妹は入り口まで一人で駆けていく。
「はあ……俺はタクシーじゃねえぞ」
ため息混じりに俺は自転車を駐輪場まで転がして運んでから、妹の入ってった入口をのんびりとくぐると、ムワッとした熱気がまとわりついてきた。
「……まだ外の方が涼しいぞこれ」
中はいろんな人でごった返していていた。まるで全校集会である。全く、人口密度ってもんを考えてほしいぜ。
その中からでも、愛する我が妹を見つけるのは容易であった。愛ゆえですね。
「おい」
「あ、おにい!」
「……そちらは?」
我が妹は誰かと話していた。
そっちに目を向けると、白色のワンピースから我が妹よりも細い四肢がスラリと伸び、下ろされた長い黒髪の上にちょこんと大きめの麦わら帽子が乗っていた。
身長は妹よりも幾分と低い。一二年違ってもおかしくはないとは思うが、タメ口なところをみると多分、我が妹と同学年の女の子だろう。
でもこの整った容姿、誰かに似ている。この既視感……どっかで会ったか?
「あ、あの……なにか?」
「おにい!見つめすぎだから!」
全く気づかなかったが、その我が妹の友達であろう女の子は、綺麗なブラウンの瞳をうるうるさせて、頬を赤くし恥ずかしそうに帽子を深くかぶって顔を隠した。
「あ、あぁ……悪い……」
「大丈夫?綾瀬ちゃん?」
「う、うん……」
縮こまるその子を慰めながら、我が妹はそんな名前を呼んだ。
「……綾瀬ちゃん?」
「……誰?私の妹を泣かせたのは?」
喧騒の中からでもしっかりと聞き取れる透き通ったクールな声音が、背中をなぞる。
恐る恐る振り向くと、深緑のノースリーブワンピースに身を包んだ女の子が、不機嫌そうに黒髪ポニーテールを揺らし、殺気立ったブラウンの瞳が俺を据えた。
「あ、綾瀬?……ってことは、この子は綾瀬の妹?」
「ええ。そうよ。私の妹優衣(ゆい)で?泣かせたのはどいつ?」
目が語っていた。我が妹をいじめたやつは沈めると。
やばい。無意識的に綾瀬の妹を眺めてしまったが故に俺は故事になるらしい。
「えーっと……ね?落ち着いて聞いて欲しいんだけど、その……」
「綾瀬さん!おにいは悪くないの!」
言い訳ってやつを考えていると、我が妹が助け舟を出してくれた。
さすが我が妹だ。こういうときに必要なのってのは我が妹だよな!
「視姦しただけで!」
……最後の一言さえなければ完璧だった。
「お、おま……そんな言葉どこで覚えてきてしまったのですか!?そんな教育した覚えはありませんよ!」
「へぇ……私の妹にまでそういうことするんだ?」
「だから、誤解だって!綾瀬にだってした事ねえだろ!見覚えがあったからちょっと見てたら、泣いちゃったというか怯えてしまったというか……」
「お姉ちゃん!いいの。別に。私がね?泣き虫だから悪いの。お兄ちゃんは悪くないの……だから、ね?そんな怖い顔しないで……?」
脳が蕩けるかのような甘い声で、瞳をうるうるさせ、その幼げな少女は言った。
「「「か、可愛い……」」」
三人の意見が完璧に合った瞬間だった。
きっと、この子の前ならばどんな罪人だって罪を告白してしまう。そして、許しを乞う。そんな天使能力が備わっていた。
さすが天使の妹だけあるぜ。
「……優衣がそういうなら別にいいけど」
「……ありがと。お姉ちゃん」
我が妹とトレードする気はないだろうか?でも、我が妹も捨て難いからここは間をとってみんな俺のモノになってしまえばいいのに。
まあ、そんな願望を持つのはまだ中学生の俺では仕方ないことである。だが、そんな俺でも理性というものがある。口には出さないよ。
「じゃ、着替えたら流れるプール前で集合で!」
我が妹が仕切ってそんなことになった。
本当ならば綾瀬の生着替えとか見たいけれど、俺は男子らしい。だから妙に汗臭い男しかいないむさ苦しい脱衣所で仕方なく着替えを済ますと逃げるように外に出る。
まず、目に飛び込んできたのは大きな五十メートルプールだった。
「……こりゃ混みすぎだな。まともに泳げやしないぜ」
そんなことを呟きながらそこに隣接してる流れるプールに向かうと、こちらにも人が溢れている。
一応探してみるがまだ我が妹らは来てないみたいだ。
思った通り若い子ばかりで眼福である。やっぱり高校生とか大学生はいいな。
「……おにい?」
「あ、あぁ。我が妹か」
振り返ると水色主体のビキニに身を包んだ我が妹が居た。普通に考えればこの体つきでビキニはまだ早い気もするが、我が妹にはそんなことは杞憂である。だって、似合ってるのだもの。
変なポーズをとってる我が妹の後ろには綾瀬がいた。綾瀬も攻めてるらしく、それなりに大きい胸を強調する紫色のビキニでヒラヒラとしたフリルが白いレースから見え隠れする。正直なところ堪んねえなこりゃ!
その妹は恥ずかしがり屋なのか紺色のスクール水着を一生懸命引っ張って大きくしようとしていた。
逆にその行動自体がえっちぃので男の目が気になるのならやめればいい。だが、俺は何も言わないよ。だってもっとその羞恥に満ちた表情を見ていたいのだもの。
「あー!おにい!感想は!」
「あ、あぁ。似合ってるよ」
「うわぁ……適当だ」
「じゃ、おにい!いこ!」
「我が妹よ。また騙して綾瀬らを連れてきたのか?」
綾瀬らに聞こえないように聞いてみると、ニヤりと妹が憎たらしい顔で微笑んだ。
「……どうなんだ?」
「さあね~?」
どうせ教えてくれない。もうよくわかった。
「まあいいや」
「二人とも何してるの?ここまで来たんだから遊ぶわよ!」
いつにも増して気合の入った綾瀬がそこにはいた。綾瀬の後ろに隠れてるのが綾瀬妹。名前は確か優衣ちゃんだったっけ?
とりあえず兄として、怯えられるのは俺の道理に反するので優衣ちゃんに接近するところからだな。
「なあ綾瀬。まだ俺の自己紹介が済んでなかったんだ」
なんて言いつつ、綾瀬の後ろで震えてる可愛いのに目線を合わせて自己紹介を出来るだけ爽やかに済ませた。
「……まだ、怖いかな?」
返事はなかった。……そりゃ怖いか。
「まあ、いいや。んじゃ遊ぶ……」
言いながら二人に目を配ると、天変地異でも起きたのかってくらいびっくりしたような表情で俺を見てきていた。
「……どうした?」
「……あのおにいが優しい?」
「……ほんと。熱にやられたのかしら?」
……綾瀬はわかるぞ。うん。いじめてたんだしそういう印象があっても仕方が無い。でも、我が妹にそう思われていたのはかなりショックである。優しいお兄ちゃんやってたつもりなんだけどな。
「君ら、俺をなんだと思ってるの?」
「重度のシスコン」
「私以外に優しいなんて珍しいなぁって!」
即答でそれであった。……え?少し振り返ってみたが、たしかにそうかもしれない。でも__
「___俺はシスコンじゃねえ!」
「あ、じゃロリコンか!」
「お前の口塞ぐぞ?」
「きゃー!キス魔だ!えっち!」
「……私の妹が危ない?」
「違うって言ったろ!なんで綾瀬も真に受ける?俺は……」
そこまで言って言葉を労した。こんなところで言うセリフではないし、第一、許してもらえてない。
「……とにかく、俺はロリコンじゃねえ。まあ、苦手ではないけどな」
「……へぇ?でも、おにい面倒見はいいよね」
にやけズラで近づいてきた我が妹の頭を撫でてやると、我が妹は目を細めた。
「まあ、お前だけは兄として特別だがな」
「……やっぱりシスコンじゃない」
呆れたように綾瀬(姉)は呟いた。
「違うって言ったろ!お前だってあるだろ?そういう事」
「……まあ」
なんて言って綾瀬も俺と同じように、優衣ちゃんの頭の上に手を乗せるとナデナデ。
我が妹のようにとは行かないが、恥ずかしそうにも嬉しそうに頬を赤くした。
なんだ。こいつもシスコンじゃないか。
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