第11話
【思春期11】
(可愛いは……ずるい!)
気がつけば夏休みももう残すこと二週間となっていた。
夏休みの宿題はこつこつやる派なのでもうそこまで残ってないし焦る必要も無いので、今日もいつものようにリビングで伸びていると、俺の家のインターホンが鳴った。
我が妹がどうせ鍵忘れて出かけて帰ってきたのだと思いつつ、画面を見やるとなぜか妹とその後にピンク髪の少女が見えた。
「はいよ。今開けるから待ってろ」
扉を開けに玄関まで足を運び、さっさと鍵を開ける。
「はーちゃん!」
開けてすぐのことだった。そのピンク髪の少女が俺に飛び込んできたのは。……ええい暑い暑苦しい恥ずかしい可愛い。
「離れろ!」
「えー?いーやーだー」
「バカ言ってんじゃないよ!早く離れなさい!」
無理矢理引き剥がそうとするが、ミサは腰に腕を回してホールド。離れる気がしないし頬ずりまで始めた。
「……わかった。俺が悪かった。だから離れような?続きはリビングでどうだ?」
「うんっ!」
そういうと離れてくれた。どうやら聞く耳は持ってるらしい。
はぁ。と、息をついたのも束の間、顔を上げると妹がデジタルカメラを構えていた。
「……我が妹よ?」
「うん?どうしたの?」
「……駅前のパフェでどうだ?」
「毎度あり!」
我が妹(悪魔)はにこやかにそう言ってデジカメを手渡してきた。保存した写真を見ていくと、抱きつかれたところや頬ずりされている場面なんかが全部で二十八枚。こんなものはさっさと消しておくに限るぜ。
廊下でも暑いのでさっさのクーラーの効いたリビングに戻ろうと、二人を追うようにしてリビングに入ると、ミサは発情した犬みたいにはぁはぁ息を荒らげていた。
……逃げていいですかね?
「はーちゃん!やっと来てくれたんだね!」
「わかった。我が妹よお菓子を持ってまいれ」
「合点承知之助!」
そんな間にも発情したわんこは舌をハアハア出して、ゆっくりと近づいてくる。
早く……早くしてくれ!
虚ろな瞳が翡翠色の瞳が俺を捉える。そして、丁度俺の頬にミサが触れたところで、俺の首元を匂いを嗅ぐようにくんくん。
そして、ふわりと鼻をすくずるミサの甘い匂いが俺の理性を吹き飛ばそうとする。
「あー!いい匂い!」
このままじゃお兄ちゃん食べられちゃう!またはこっちが狼になっちゃうよ!このままじゃお婿に行けないわ!
首元に荒い息がかかる。終わった。終わった。これから俺はミサに美味しく食べられてしまうんだ。
もう万策尽きた……俺は諦め目を閉じる。せめて優しくして欲しいな。
……でも、どうだろう?その気配が全くない。それにさっきまで柔らかな手が頬に触れていたが、それもない。
目を開けるとリビングの小さなテーブルの前に正座して、ぱくぱくとお菓子を頬張っているミサが居た。
「……ふぅ。ありがとう助かったよ」
「ところでおにい?この写真なんだけどさ?」
そう言って我が妹は俺に、ピンク色のカバーを付けたスマホの画面を見せてきた。
そこに写ってたのは恍惚とした表情を浮かべながら涎を垂らして、今にも捕食対象(俺)を食らいかかりそうなミサが慈悲とでもいうのか優しく手をかけ頬を撫でている写真だった。
なぜ写真だとおねショタに見えてしまうのだろう?俺も童顔だけど、こいつが子供っぽい容姿をしていることに変わりはないのに。
「……駅前のパンケーキでどうだ?」
「毎度!」
前にも言った気がするが、最近、本当にお金の減りが尋常ではない。五年くらい家宝のように残していたはずのお年玉もお礼と借りた分を返したらもう底をついたし、もうそろそろ来月のお小遣いの前借りも無くなる。
「……で、なぜお前はここにいる?」
「駅前でばったり妹ちゃんと会って、はーちゃんに会いたいなぁって思ったからつけてきました!」
「……は?」
「だから、会いたかったの!」
そう言って俺を吸い込むかのようなエメラルドの瞳をキラキラと輝かせた。皆様朗報です!可愛いとストーカーしても不法侵入しても問題ないらしいですよ。
「ふっ……いい台詞だ。感動的だな。だが無意味だ……早く帰れ!」
「な、なんでよ!あ、そうだ!じゃ宿題教えて!」
そう言っておもむろに橙色の大きめのトートバッグから、教科書やら宿題であろう物を取り出し始めた。
数学のプリントやら問題集に俺は見覚えがあった。
「……やっぱりお前、俺同じ中学校に入ってくるんだな」
「え?そうなの?」
「まあ、この辺他に学校ないしな」
「へぇ……同じクラスになれるかな?」
ここで惚気ないで欲しいものだ。まあ、でも同じクラスになれたら面白いだろうな。だなんて思ってる自分が実に憎い。こんなベタベタしてくるパーソナルエリア皆無の帰国子女が同じクラスになったら綾瀬と喋る時間もなくなるし、昔好きだったミサに俺の心が動いてしまうかもしれない。……いや、それは無いはずだ。第一こいつだって俺をそういう目で捉えてないだろう。
切に俺は神に願うのであった。どうかこいつを他のクラスにしてください。と。
「あ、おにい!私ちょっと出掛けてくるね!」
「……わかってんのか?こんな爆弾置いて出てくのがどれほど罪深いことか」
「えー?まあ、頑張って!おにい!ファイトだよ!」
「はーい!お兄ちゃんは頑張ります!」
気がついたら俺は我が妹を見送っていた。我が妹ながらズルすぎる。なんだよあの可愛さは!なんでも従っちゃうじゃないか!
仕方なく俺はリビングに戻る。
もう知らんぞ。この後の責任は全て妹に擦り付けよう。俺が初めて貰われちゃったら全部妹のせいなんだからね!
でも、意外とそんなことにはならなそうだった。
宿題を答えも見ずに真面目に解くのを見ていると、いつも適当というか子供っぽいのに、こういうのはしっかりやってるんだな。なんて関心する。
「なんか意外だな。あのミサがしっかり勉強してるだなんて……ね?」
そこまで言って俺は後悔した。ミサは勉強ではなく、プリントの余白にひたすらなんか見覚えのある絵を描いていた。
こいつもパンシャーだ。でも、なかなか上手いな。肩からかけてる小さなバックとかクリクリの目とか特徴的なバッテンのもう片目とか。
「……ふふーんっ!上手いでしょ?」
「まあ、たしかに……って、違うわ!勉強はどうし……」
そして、また俺は口を止めた。
解答欄はもう全て埋まっていたのだ。
「……終わってる?」
「うんっ!だって簡単だし私、宿題なんて七月中に終わってたよ」
「……なんだと?じゃ、なんで宿題持って俺んちに?」
「だって、追い出されちゃうと思ったから……宿題持っていけば何も言われないかなって」
……意外と馬鹿っぽくみえても頭がキレるらしい。外見で決めてはならないね。
「……まあ、別にいいぞ。宿題持ってこなくたって。もうちょいと節度ある付き合い方をして……」
「やったー!じゃあ!ゲームしよ!ゲーム!」
「ゲーム?まあ、そのくらいなら別にいいけど」
普通に考えて他人の家まで来てゲームって言ったら、家庭用ゲーム機で赤い帽子かぶったおじさんが有名なドカン工事やったりトランプで遊んだりが定石のはずである。
「……それなのに、なんで俺はゲームセンターまで駆り出されてるんだ?」
少しばかり照明は薄暗くなってるが、ゲーム筐体から発せられる光のおかげで眩しくない程度にゲームセンター内は明るくなっていた。
久しぶりってわけでもないけど、なんでこうゲームセンターって所はガヤガヤうるさいのだろう?
UFOキャッチャー周りにはリア充、音楽に合わせてボタンを押す、所謂音ゲーというやつの周りにもリア充、メダルゲームの所にもリア充。格ゲーコーナーにはきゃっきゃうるさいチンパンジー、パチンココーナーにはおっさんと不良青年が集まっていた。
……もう嫌だ。俺は帰るぞ!
「ほら行くよ!」
だが、俺の腕はしっかりとミサにホールドされていた。振り解こうと思えば出来るけれど、そこまでする必要も無いようだった。
ミサはひとつのUFOキャッチャーの前に止まって動かなくなった。
そのUFOキャッチャーの景品をみやると、特大のパンシャーが居た。
「……これ、欲しいのか?」
「うん……」
我が妹が幼い頃、スーパーでお菓子を「買ってほしいなぁ……」とか言って甘え、父親に見せた表情と瓜二つだった。
あの頃から我が妹には男女関係なく魅了するような天性があったんだろう。
そして、よくわかった。親父がなんであの時折れたのか。可愛いってずるい。
俺も父親と瓜二つなのかもな。なんて思いながらポケットから黒色の財布を取り出すと、百円玉をパンシャーの入った機械にチャリンと落とす。
「任せろ」
それから数十回チャリンチャリンと追加投資をしていくが、一向に落ちる気がしない。
「……そんなに頑張らなくてもいいよ?お金、無くなっちゃうし」
後ろから見守るように立っていたミサが言った。
「……ふふっ。ミサ。男には引けねえ時ってのがあんのさ」
そしてミサに見守られつつ、投資四十三枚目にして特大サイズのパンシャーを手に入れた。
「ほれよ」
渡してやると嬉しそうに笑って「ありがと!」と、言ってくれた。……報酬はこれで充分だな。
それからはこいつの遊びに付き合わされた。音ゲーや格ゲー、古いアーケードゲームなんかも興味本位でやり始めた。
もう付き合い切れん。
俺は天井のシミ数え始め、そして終えた。全部で二百五個だった。
天井のシミ数えてれば終わるってあれ都市伝説か。そうですか。
まだミサは瞳を輝かせてゲームに熱中しているご様子だ。
「そろそろやめとけば?金なくなるぞ?」
「……ふふっ。女にも引けねえ時ってのがあんのさ!」
……もういいかな?家帰っても。
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