第10話
【思春期10】
(我が妹はあざとい)
俺は中学校生活残り一年。いや、正確にはもう半年もないけれど、綾瀬とイチャイチャして過ごしたい。夏休み中にはプールだろ?海だろ?肝試しだろ……なんて上げて言ったらキリがない。綾瀬とやりたいことがまだまだ有り余ってる。だけど、時間が全くねえ。来年度には受験だしな。
八月になってしまったので、そろそろ宿題をやろうと課題を開いたのはよかったが、そこからが大変だ。
やる気ってのが全く出てこない。問題を眺めれば頭痛が襲ってくるし、読書感想文やろうと本を読めば眠くなる。
「こんなのやってられるか……」
気分転換に外に出かけようとは思ったものの、例年から輪をかけるようにして暑くなるこの猛暑日に、好き好んで外に出かける奴は大馬鹿者だ。死にに行くようなものではないか。
外に出た瞬間に俺は家の中に戻った。
「はぁ……つまんねえ」
テレビをつけると夏の風物詩である甲子園がウィーンと始まったところだった。こんな暑い中、日陰もねえあんなグラウンドでよく動き回れるなぁ。なんて感心しつつも俺はクーラーの効いた部屋でソーダ味の棒付きアイスをちょっとした優越感というか大富豪になった気分で食べていたところで、俺の携帯が五月蝿く鳴った。
「もしもし?」
「おにい!起きてる?」
一瞬、携帯が壊れたかと思った。爆竹並みの大音量が鼓膜に、脳に届き揺らした。
「……うるさいし起きてるわ!……で、なんの用?友達ん家でパジャマパーティーじゃなかったのか?」
「今はそれどころじゃないの!今すぐ駅前に来て!」
「は?なんで?」
「……綾瀬さんとデートしたくないの?」
「今すぐ行く」
俺はさっさと服を見繕うと、テレビを消し大急ぎで外に飛び出した。
「なんだよこの天気……気持ちいいじゃねえか!」
颯爽と自転車に飛び乗ると、心地の良い風に背中を押されながら、駅前までペダルを回した。
そして、前にも待ち合わせした例の大きな時計台の前に行くと、まず目に飛び込んできたのは愛らしい我が妹の姿だった。
風で飛びそうになる麦わら帽子を抑えながら、白黒のしましま模様のニーソックスとショートジーンズを身にまとい、瑞々しい太ももが顔を見せる。前俺の買ってあげたアメリカンショートヘアの猫ちゃんのプリントが施された半袖ティーシャツが細身な体躯にマッチし、幼さ残しつつも、これからを感じさせるような色っぽさを小さな身体から溢れさせていた。
我が妹半端ないって。あいつ半端ないって。男の純情な感情を簡単に弄ぶもん!そんなん出来ひんやん普通。そんなん出来る?言っといてや。できるんやったら。
「あ。おにい!」
手を振り無邪気に笑いながら走って向かってくるそれを、脳内ハードディスクにしっかりと高画質で録画しておく。
「おう。今日も可愛いな」
「まあねっ!」
こんなところも妹らしいったらないね。
我が妹はあざとく笑ってビジっと敬礼した。
「で、綾瀬は?」
「うーん。もう少しで来ると思うよ?」
その言葉は本当だった。
「お待たせー」
俺の後ろから、喧騒の中からもしっかり聞き取れる透き通るような高らかな声が聞こえてくる。
振り向いてみると、黒髪をいつものように一つ結びにした可憐な少女が、白いワンピースを風に靡かせながらやってきた。夢を見ているような気分だった。急に目の前に天使が現れたのだ。
でも、俺と目が合うと天使の笑顔はどんどん消え失せ、ブラウンの瞳から光がなくなった。
「……よう」
「……あ、あぁ。こんにちは」
こめかみを抑えながら彼女は挨拶をしてくる。なんだ?暑さに頭をやられたか?
「おねーちゃん!こんにちは!」
俺の後ろに隠れていた我が妹が、ひょっこりと顔を出すとにこやかに微笑んだ。
新聞や……全部新聞や。撮ったしもう。また一面やし。またまたまたまたやられたし。
我が妹うまいなぁ……どうやったら我が妹止めれるんやろ?
「うん。こんにちは。ちょっといい?」
「わかった。じゃ、おにい。少し待っててね!」
そう言って二人は少し遠くまで歩いていった。
「あいつミスユニバース入るなぁ」
「入りますねぇ!」
急な声に俺は普通に返していた。
「俺、握手して貰ったよ」
それだけ言い残すと、そいつは顔を見せることもなく去っていった。
……って、本当に誰だったんだよ!兄の許可もなく我が妹と勝手に握手しやがって……手ぇ洗うんじゃねえぞ……
「ね、ねえ……あのさ?」
二人が戻ってきたかと思ったら、綾瀬がもじもじと太ももをすり合わせて頬を赤らめながら言った。
なぜ後ろの妹は告白シーンでも見守りに来た親友ポジションの真似事をやってるんだろ?意味もなくムードでちゃうでしょうが。
「ど、どうした?」
そう。本当にこれは意味の無い心臓の高鳴りだ。俺を早死させたいのか?
「あ、あの……あのさ?」
「う、うん……」
勘違いするな?これはどうせ我が妹に色々吹き込まれたせいに決まってる!告白なんてもってのほかだ。
でも、じっとりと背中に変な汗をかき始めてきた。馬鹿じゃねえの俺!そんなことあるわけないって言ってるだろ!
「えっとその……」
この間が惜しい。早く言ってくれ。そしてこの鼓動を止めてくれ!殺さない程度で!
「ピンク髪の女の人って彼女とかじゃないの?」
「ふぁ……」
一気に身体中の力が抜け落ちた。期待してた訳では無い。もう分かってたしな。そうそう。そんなご都合主義があってたまるかってんだ!
「ピンク髪ってったら、ミサのことか。まあ、昔の顔馴染みってだけさ」
まあ、幼稚園の頃は結婚する!だのずっと友達!とか、やってたけど。
「本当に?」
「本当だ。そんなことで俺が嘘ついてどうするんだよ?」
「それもそうね……」
綾瀬はホッと息をついた。
そこでまた、俺の心臓が分かってるはずなのに。こんなことには意味が無いのを知ってるはずなのに動悸が早くなった。
そのタイミングでホッとするのはまずいですぞ姉御。男の勘違いポイントだ!
「はいはーい!じゃ、とりあえず行こ!」
そういうと我が妹は俺らのあいだに割り込むように入ってきて、にっこりと笑った。
「……何処にだ?」
妹の可愛さでさっきまであった熱がすべてどこかに吹き飛んだ。物理法則でさえもこの可愛さの前では無力だろうな。
「遊園地!勿論おにいの奢りね!」
「なぜ勿論なんだ?俺の金は(主に妹のおかげで)もうないぞ?」
最近、俺の財布の中身の減りが尋常ではない。これじゃいくらあってもこの金食い虫我が妹に食い尽くされちまう。
「じゃ、私に借金だね!おにい!」
今日の青空よりも清々しい屈託のない澄んだ笑顔で、我が妹はそう言った。
「なぜそうなる?」
「利子は日歩二倍ね!」
「高すぎだろ!どこでそんな言葉覚えてきたんだ!せめてご飯奢りくらいにしなさい」
「はぁ?それが人からお金を借りる態度?」
急に我が妹は借金取りにジョブチェンジしたかのように目付きが鋭くなった。
「い、いえ……」
かと思いきや、急接近しニコッと笑うと、俺の耳元で「綾瀬さんとデートしたくないの?」と、囁く。
「お前、それはずるいだろ……」
「ん?なにが?」
「全部わかってるくせに」
「あやぁ〜ぜんぜぇんわかんなぁい〜!」
ウルトラ超絶スーパーミラクルハイパーワンダフルうぜぇ!!
くっそぉ……人の心に漬け込みやがって……我が妹ながら頭がいいな。あんな笑顔で黒いセリフが吐けるあの容赦のなさ。闇金業界でトップ狙えるね!
早くスカウト来てください!我が妹なら詐欺師と女の頂(てっぺん)取れるぞ!
「で、どうするの?おにい?」
「……利子は家族の好で無くしてくれませんか?」
「仕方ないなぁ……ご飯奢りでもいいよおにい!」
「……もういいや。それで」
「毎度ありぃ!じゃ、綾瀬おねーちゃん行こっか!」
「お話終わったのね。いいわ。行きましょう」
スマホを弄って遊んでいた綾瀬がやっとこっちの世界に戻ってきた。
なんで止めてくれなかったんだ。こういうのってゲームとかじゃ新密度とかによって止めてくれることだってあるよね。
……そうか。新密度ゼロってことか。
それから電車に揺られ小一時間。駅を降りると、まず目に飛び込んできたのはこの辺では有名な大きな観覧車だった。
「おお!おにぃ!凄いね!」
「いつもここくると同じ反応するよなお前」
「だって凄いじゃん!」
確かに立派だ。凄いおっきい……って少し恥じらいながら言ってもらおうと思ったけれど、流石にここじゃ目に付く。やめておこう。
それから受付でワンデイパスポートを購入し中に入る。
すると、夏休みということもあってか大盛況だった。
「凄い人だね……」
「ええ……」
我が妹に話しかけたつもりだったのだが、いつの間にか妹は俺らの先に行ってしまっていた。
「はやくはやくー!」
手を振って小さな身体を最大限に大きくみせ、俺らを呼ぶ。……子供が出来たらこんななのかな?なんて言うつもりはないが、そうなれれば自ずとわかるか。
妹のあとを追うようにして人混みを避けながら、西洋風の店が立ち並ぶお土産コーナーを抜け、アトラクションコーナーにたどり着いた。
右に行けば化け屋敷や夏らしいフェス的なものが開催されていて、左側に行けば数種類のジェットコースターとかその他諸々が揃ったアミューズメントパークがある。
「どうする?」
「左行こ!」
我が妹が即答で答えた。
「……綾瀬もそれでいいか?」
「別にいいわよ」
なんかやっぱり綾瀬と俺との間には埋まらないほどの距離を感じるし、なんでだろう?待ちに待った綾瀬とのデートのはずなのに、心がちっとも弾まない。こんなに来たくないと思った遊園地なんて初めてだ。
「何ボケっとしてるの?ほら!行くよ!おにぃ!」
「あ、あぁ……」
まず最初に並んだのがこの場所で一番人気のジェットコースターだ。特徴といえば真後ろに発進することらしい。
普通なら乗る前の緊張とか、嫌だ乗りたくねえとかそういうのを味わってから乗り込むものなのだが、全く一ミリたりともそんな感情が湧いてこない。いつも以上に肩の力が抜けてリラックス出来ていた。
そして、赤い線の入った中二病くさいデザインのマシーンに乗り込むと、安全装置が肩にハマり、それは後ろ向きにスタートから飛ばして進んでいく。
「きゃー!」なんて発狂にも近い声を近くで受けながら、グングンもっと速度を上げていく。普通であれば俺も漏れずに声を上げて叫ばないといけないのだろう。でも何一つそれに満たされることなく、そのマシーンの停止と安全装置の解除を待ってから、何食わぬ顔でそっと自分の荷物を持って階段を降りる。
階段が終わり緑に囲われた細い道が続く。その途中にテントのようなものがあり、店員さんがにこやかな顔をして待っていた。どうやらさっきのアトラクションにら写真機能もついていたらしく、それの販売所らしい。
その前辺りで立ち止まっていると、不意に背中を叩かれた。
「なんで先に行っちゃうの!?ごみぃ!綾瀬さん生まれたての小鹿みたいに脚震わせてたんだからね!」
「そうか……」
それからも我が妹に連れられるがままアトラクションを乗り回ったが、いっこうに気分はどう上がらなかった。
仲良くなりたいのに綾瀬と会話すら出来ない。話せても我が妹の力を借りてやっと一言二言話せる程度。
そんなんでどうやって距離を縮めるってんだ?
いや……わかってた。俺の青春はやっぱり真っ黒なんだ。綾瀬をいじめてしまった俺に相応しい。高望みし過ぎなんだ。一日一善もしてないような奴が、善の塊のような天使と一緒になれるわけがないだろ。考える必要もなくもう答えは出てたんだ。
『諦めろ』
俺の中の俺が選択肢を提示してきた。もう選択肢といえるほどではないけれど、こうなれば従うしかない。その他に選択はもうない。
「……ごめん我が妹」
丁度綾瀬がトイレに行ったタイミングで、俺はベンチに腰掛け話を振った。
「ん?」
ハムスターみたいに頬を膨らませながら、オレンジジュースをチューチュー吸ってる我が妹は俺の横に座った。
「俺さ、ここにいる意味あるか?」
「……ぷはー!なんで?綾瀬おねーちゃんとデートしたかったんじゃないの?」
「確かにそうだが……」
「お待たせ。なんの話してたの?」
「あ、綾瀬か。別になんでもない」
「そう。次はどうするの?彩ちゃん」
「あ、あー……そうですね。どうしましょうか?」
なぜ俺を見る。俺の顔を見たって行きたい場所なんて書いてねえぞ。
「……綾瀬はどっか行きたいところないのか?」
「折角来たんだしあれには乗っておきたいわ」
そう言って指差したのが大きな観覧車だった。
「じゃ、それ行こうか」
俺らはそれからそれに並びに向かった。日は傾きかけているのにも関わらず、並んでるだけでも暑さで体力を持っていかれる。結構辛いけどあと少しで順番がやってくる。もう少しの辛抱だ。
「あ、私ちょっとジュース買ってきますね!おにい!これ持ってて!」
俺にリュックサックを押し付けるように渡すと、我が妹はささーっと走って人混みに消えていった。
「このタイミングでかよ……あと、前に五組くらいしか居ないぞ……」
そして、その時は来た。未だに妹は戻ってこない。
これじゃ二人きりになっちまうじゃねえか。綾瀬を見やると、夕焼けのせいかほんのり顔を赤くしていた。
「……大丈夫か?」
「え?ええ。大丈夫。それより早く乗りましょ?」
「あ、うん……」
妹は結局戻ってこないし、観覧車は回ってる。早く乗り込まないと色々面倒だ。
本当に仕方なく、俺が先に乗ると綾瀬に手を差し出す。
「ほら、乗れよ……」
そう言うと綾瀬は俺の手を見てから顔を見あげてきた。
「あ、ごめ……」
手を引こうとすると、綾瀬は恥ずかしそうに手を繋いできた。
「……あ、ありがと」
「お、おう……」
……何故こうなった?
ゴンドラに乗りながらも外を見やると、さっき乗ったアトラクションや西洋風のお洒落な街並みを模して作られたこの辺全体が、綺麗にオレンジに染まっていた。
「綾瀬……なんか、今日はごめん」
「え?なんで?」
「……妹に騙されたんだろ?」
「……まあ、そうね。貴方がいるのは聞いてなかったわね」
やっぱりそうだったのか。
「……でも、今日は楽しかったわよ。だから謝らなくてもいいの。それに謝るなら態度で示しなさいって前にも言ったわよね?」
そう言って夕焼けに照らされながらも彼女は微笑んだ。
「そう……だったな」
それから会話こそなかったものの、それが心地よかった。
観覧車が終わると、妹がにこやかに俺らを出口で待っていた。
「おかえりおにい!」
やっぱりこの妹はあざといので、家に帰ったら後、めちゃくちゃ頭グリグリしてお仕置きした。
まあ、でも綾瀬の新密度は限りなくゼロに近いけれど、こいつのお陰でゼロでは無くなったかもな。
……今は金ないけど、また飯くらい奢ってやるか。
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