第9話

【思春期9】


(俺の妹と幼馴染が修羅場すぎる)


それから俺は夏休みを満喫することにした。

ゲームしたりお菓子食べたり寝たり……と、それはもう幸せだった。

本当に幸せ……そう。幸せなのだ。いつも通りの戦争のない平和な世界で、いつものように夏休みをダラダラと過ごす。

幸せだって思い込めば幸せなはずなのに、なぜこうも憂鬱なのか。

気付けばもう八月になっていた。

携帯を見ても未だ連絡はない。

仕方なく俺はリビングのエアコンを付けて携帯を低めのテーブルの上に置き、ソファーに横になりながら、置物であるはずのテレビを付けた。

今日も暑いです。熱中症には気をつけてくださいね!みたいなことを言ってるお天気お姉さんに忙しそうだなぁ。だなんて他人事のように思っていると妹が元気に下に降りてきた。

「おっはよー!」

「はぁ……おはよ」

「あー!また今日もため息ついてるー!」

「お前はいつも楽しそうでいいな」

「ためいきばっかりついてると幸せ逃げちゃうんだぞ!」

「いてっ!」

ソファー上に寝っ転がってる俺に妹はデコピンしてから、我が妹はニッコリと笑う。朝から、あざと可愛いから怒る気なんて微塵も起きないね。

「あ、そうだ!おにぃ!遊び行こー!」

「……人の頬を抓りながら意味のわからないことを言うんじゃありません。ブルドッグにもしっかりルールがあるんだぞ」

「行かないともっと抓るから!」

言いながら抓る力が跳ね上がった。それはもう飛び起きてしまうレベルのやつだ。

「痛い痛い!わかったわかった!行くよ……俺も気分転換したいしな」

「やったー!」

無邪気に笑う顔はやっぱり癒される。

「じゃ、四十秒で支度しな!」

最近、テレビでそれで有名な奴がやってたからか我が妹は悪そうな顔で言った。

毎年のようにやってるのに結構ハマってるのね。ま、面白いけど。

仕方なく俺は即座に準備を済ませて玄関前に行ったが、結局また服がダメとか言われて部屋にまた戻り着替え直させられた。

今日も今日とて相変わらず暑いのだが、今日は我が妹がいるからもっと暑苦しい。

なんでこいつはいちいち俺の腕に絡まってくるのだろう?飯持った時に足にすりすりしてくる猫かよ。皿入れるまでにぐるぐる喉鳴らして寄ってくるから、なかなか入れれないんよね。可愛いから別にそのくらいはなんでもないけどさ!

「着いたー!」

最寄り駅までつくと我が妹は藍色の瞳をキラキラさせて、俺の腕から離れると同時に小さなリュックサックを俺に押し付けて走って行ってしまう。

どこまでもマイペース。どこまでいってもネコ科なのですね。ここまで来ると急に木に登ったりマタタビの匂い嗅ぎつけたりしなければいいのだが、大丈夫だろうか?

そんなことを思いながら先行する我が妹を追うようにして歩いていくと、ある人物と目が合い、さっき無理くり渡されたバックを地面に落とした。

「は、はーちゃん?」

「ミサか?」

「はーちゃん!」

童顔で可愛げな女の子が、ピンク色のツインテールを揺らして、涙目になりながらこちらに走ってくると、俺の胸へと飛び込んできた。

避けるのは容易であったが、彼女に怪我を追わせる訳にはいかないので、受け止めるが反動で後ろに尻餅をつく。

これを喰らって立っていられるのはプロレスラーか極度のロリコンくらいだろう。俺はどちらにも当てはまらないので立っていられるわけがない。

「ってて……大丈夫か?」

「会いたかった……!」

どうやら大丈夫らしいが、泣きながら抱きつかれると色々成長した部分が当たって俺のアレが大変なことになっちまうだろ!……って、ごめんなさい。別にそこまで大きくなかったです。柔らかいことは柔らかいから大事なところが大変になるってのは間違えではないけどね!

それに周りからの視線が痛い。まあ、傍から見れば美人な中高生くらいの女の子に抱きつかれてるんだ。大変羨ましいなぁ俺……って、俺か!?

というかなんでこんなことになってる!?幼稚園で別れてしまった幼馴染ではあるのだが、この十年くらいで幾らか成長したかと思ったが身長くらいであとはさほど変わってないように見える。

日本人とどっか白人系のハーフのミサは幼稚園の頃から高めの位置にツインテールし、吸い込まれるかのような翠玉の瞳が、涙のおかげかより一層キラキラと輝く。

「……あ、ご、ごめん!久しぶりだったから……」

彼女は俺の上から退くと赤面になって、そっぽを向いてしまう。

横顔も凛々しいというかまつ毛なげえ。綾瀬並みに長いな。

「あ、いや、気にするなよ。それより久しぶりだな。ミサ」

「そうだね!はーちゃん!」

さっきのことなんてきっぱりと忘れたかのようにニッコリと笑う彼女は、谷口美咲(たにぐち みさき)。ミサってのは昔からのあだ名である。俺はあいつと幼稚園が一緒だったので、よく遊んでいた。何をしていたかはよく覚えてないけど、あの頃はただ楽しかった気がする。

同じ小学校に通うことが決まって『また、小学校でね!』と、指切りした後、ミサは唐突に姿を消した。

それ以来、彼女に会うことなかった。後から先生に聞いたら引越しだったと説明され、連絡を取ろうにも住所も電話番号もなにもわからないので、お母さんに意味のわからない駄々こねて文句を言ったことを覚えてる。思い出しただけで恥ずかしいじゃねえか!

「……ねえ、おにぃ?その女誰?」

全くさっきまで何も感じなかったのに、背後から殺意というか黒い塊のようなものが俺を襲う。

「な、なんだ?我が妹よ。こいつは俺の幼馴染の谷口美咲。お前どころか俺もまだ子供だったし知らないよな」

「……そう。なら大丈夫か。うんっ!宜しくです!おねーちゃん!」

そう言って我が妹は、いつものあのピンクオーラを醸し出す。さっきの黒いのをどこにしまったのだろう?それに、これは俺にしか通用しないと思うけど。

「……な、何この子?可愛いんだけど貰っていい?」

俺の隣まで来てミサは耳打ちする。どうやらおにぃ?大作戦は誰にでも効くらしい。

「我が妹は我が妹だ。誰にも絶対にやらん」

「はーい!貰われませーん!でも、私おにいの初めてもらっちゃったもんね?」

物凄い意味不明で意味深なことを言いやがった。

「……え?」

ミサから、なにしてんのこいつキモ。みたいな目で見られる。

「ご、誤解だって!メールを送られただけで……あとは本当に全然なんでもないぞ!?」

「……なんだ。メールか」

ふぅ……本格的に血の気が引いた。意味わからんことを意味わからんタイミングでなぜ我が妹は使っちまったんだ?

まあ、別にこんなことは特になんでもないのだが、警察のお世話になるのは俺なんだよ!考えてくれ!

「なんでよ!お風呂だって今だって一緒に入ってるじゃん!」

「あれは事故だろ!?なぜそんなに熱くなる?」

「私だって頬にキスしたことあるもん!」

「お前も張り合うんじゃありません!それは否めないけど!」

むー。と、二人の視線がぶつかり合い、火花を散らす。

その後、俺にとっては背中の後ろがムズ痒くなるような過去。黒歴史と命名した方がいいようなことばかりを駅前の大衆の面前で散々大声で言いまくり、通りすがる人に鼻で笑われる。そして、二人は睨み合い最後には結託したかのように手を握った。

ヤンキーたちが喧嘩してその後に「お前なかなかやるな」とか言って友情芽生えるやつだ。

そうなるなら勝手に殴り合いでもなんでもしてくれればよかったのに。なぜ俺をサンドバックにして両方向から殴るの?俺だけボロボロじゃん。主に精神が。

「気に入った!今日は三人デートってどう?おにい?」

いつものピンクエフェクトを背景に少し首を傾げて瞳をうるうるさせる。全く、そんな目して言われたら断れないでしょうよ。我が妹ながらずるいぜ。

俺は黙って近くのベンチに腰を下ろして、親指を立てておく。でも、俺は動く気力はないぞ。おまえらがやったんだからな?

「ほらいくよ!おにぃ!」

「いくよ!はーちゃん!」

二人はにこやかに俺の襟袖を掴む。

「わ、わかった。わかったから!引っ張るな!というか引きずらないで!お願いします!」

そんな俺の声なんて聞こえてないのか二人は笑いながら俺を引きずって行く。わんぱくさん達め。元気ありあまりすぎだろ。片方だけでも疲れるってのに、もう一人脳内小学生がいるからな……疲れは二倍だ。

それから駅前で洋服屋散策をさせられる。まあ、それを後ろから眺めている分には仲良しの小中学生が遊んでるようにも見えなくはない。身長もあんま変わらないしな。

「ねね!おにぃ?どっちがいいと思う?」

そう言って我が妹は服を二つ見せてきた。

「そうだな。我が妹ならなんでも似合うと思うぞ」

「私は?」

横にいたミサも我が妹に張り合ってるのか近くの服を二つ手に取ると聞いてくる。

「お前も何でも似合うだろ?元はいいんだしな」

「そっか……」

ミサはそういうと顔を赤らめた。というか二人して俺に訊いても、残念なことにしかならんぞ。

それからはあっちへふらふらこっちへふらふらと駅前で遊び倒した。

「なあ、ミサ。お前なんでここにいるの?」

「そう言えば言ってなかったね。私、この近くの中学校夏休みが終わったら転校する予定なの!で、散策しようと思ってね!」

なんていいながら親指を立て、ウインクするミサ。

「……転校。か」

……きっと家庭の事情なんかがあったのだろう。だから、なにも言えずにあの時も行ってしまったんだ。そのはずだ。

……でも、俺は彼女からしっかり訊いておきたかった。何があって引っ越してしまったのかを。

あの頃は楽しかった。砂山作ったりドッチボールしたりおままごとをしたり……とにかくミサと一緒に色んなことで遊んだ。俺はそんな時間が大好きだった。

……でも、彼女はどうだろうか?

俺が楽しいと思っていたことが、必ずしも彼女が楽しいというわけではない。

俺なんて替えのきく友人の一人だと思われていたのかもしれないし、あまり好かれてなかったのかもしれない。

……だから、何も言わずに行ってしまったんじゃないのか?

でも、俺は同時に聞きたくもなかった。これがもし、本当のことならば昔も……今だってつまらないと思われているかもしれないのだ。俺はこんなに楽しいのに彼女と共有できてない。

それがたまらなく怖い。本心を知るのはとても怖い。でも、知らないのも怖い。

でも、俺は__

「……あの時、なんで何も言ってくれなかったんだ?」

ミサが走って近くの服屋に入る前、そう言うとピタリと動きが止まった。

__聞くことを選んだ。ここで聞かなければ昔と変わらないで、表面上だけのごっこ遊びな関係を続けるということになる。そんなのは裕翔と同じで、すぐに崩れてしまうようなその場だけの関係。

本音に気づきたくないから俺は自分を欺いてきた。でももう、やめだ。俺は自分から逃げない。これで壊れてしまうような関係ならその程度の関係だったってことだ。……そんなの俺は望んじゃいない。後々裏切られるくらいなら壊してしまった方がマシだ。

「……公園前に呼び出したの覚えてる?」

少しばかりだんまりを続けたあと、俺の前までミサはやってくると、店前のベンチに腰掛ける。

「……あぁ覚えてる。大事な話があるから幼稚園近くの公園に俺を呼び出したよな。でも結局、お前は来なかった」

「……そう。私はその日行けなかった。いや、正確には行った。けれど、会う勇気がなかったの。そこで話してしまったら全部が終わってしまう気がして……だから、私は何も言えなかった。いや、さよならを言うのが嫌で逃げ出したのかもしれない……」

そう言いながら彼女は俯きながら、嗚咽混じりに言った。

「そっか……」

彼女も彼女なりに俺のために、悩んで苦しんで迷って行動してくれていたのだ。なんか嫌味に聞こえる気がするけれど、こんなに嬉しいことはない。それだけわかればもう充分だ。

「……ありがとなミサ。だから泣くなよ……」

「……けーちゃんだって泣いてるくせに」

呟くように彼女はそう言った。目に手を当ててみると、俺の目からはなにかが流れていた。

「……ね?」

顔を覗き込んでニパッと笑うミサの顔は、昔から知ってるあの頃の笑顔そのものだった。

「ば、バカ。泣いてねえよ。これは……太陽の光のせいだ!」

言いながら腕でそれを拭う。

「意味わかんないし!」

そして、俺らは二人で顔を見合わせて、ふっと笑った。何が面白かったのかよくわからないけれど、自然と笑顔が零れる。

「……へぇ?私は放置でそういうことするんだ。おにいは」

声のする方を見ると、服を握りしめた我が妹がこっちに鋭い視線を送ってきていた。

「……あ、すっかり忘れてた」

「もう!服買って!」

「……え?俺の財布もう結構軽いんだけど?」

「私とお金どっちが大事なの!?」

「んなもんお前に決まってるだろ!」

「じゃ買って!」

「お前が勝手を言い過ぎだ。もう俺の財布のHPはゼロよ!」

「……ふーん。いいんだ。わかった。もうお話聞いてあげないから!」

拗ねた我が妹もやっぱり可愛いなぁ。こんなに可愛いと膨らんだ頬をつんつんしたくなるね。

……そう。つい魔が差したんだ。

俺は気づいたら膨らんでた頬をツンっと人差し指で突いていた。それを受けながらも我が妹はジトーっとこちらを見てきた。

「……通報?」

なぜか、さっきかなりいい雰囲気になったはずのミサが携帯を構えて不審者を見るような目を送ってくる。

「……わかった。一旦二人とも落ち着け」

二人にしばらくジト目を向けられ、俺は折れる他なかった。犯罪者になるか示談金として服を買うか。

答えは二つに一つ。ついでにご飯までおごらされる羽目になり、俺の財布は無事、すっからかんになりました。……泣いていいですか?

「あー!楽しかった!じゃ、私そろそろ帰るね!まだ引っ越してきたばっかりだし!」

時間をスマホで確認すると、五時を回ろうとしているところだった。

「そうか。じゃ、駅前までは送ってくよ」

「うん。ありがと」

部活帰りの学生やらを横目に流し見つつ、駅前に着くと、最後の最後にミサは我が妹を愛玩動物を撫でるように、撫で散らかして行った。我が妹もやられ過ぎたのか目を回していた。可愛い奴だなぁ。

「あ、連絡先交換しとこ?」

「いいぞ」

俺とミサの交換が済むと、なぜか我が妹も携帯をおもむろに取り出した。

我が妹もミサと連絡先を交換する。

「またな」

「うんっ!またね!」

元気に手を振りながらミサは駅のホームへと姿を消していった。

「俺らもそろそろいい時間だし帰るか?」

「そうだね!じゃ、帰ろ!」

財布の中にはもう何も無かったが、二人共楽しんでくれたならそれでいいかな。

家に帰った後、妹は汗でベタベタだからお風呂いくね!と、言い残してさっさと風呂に行ってしまう。

「なぁ、我が妹よ。この服どうするの?」

俺は我が妹の手となり足となっていた。そう、わかりやすく言うならば荷物持ちってやつだ。

「あ、あー。その辺置いといて」

生々しくもシャワーの音がドア越しに聞こえてくる。この奥、扉の奥には妹があられもない姿でシャワーを浴びているのだ。

人間誰しもに性癖というものがある。要するに興奮するシチュエーションやら雰囲気やらだ。みんなあるだろ?例えば、胸の大きな女性が好きとか脚が好きとかそういう奴。

ゴクリと生唾を飲み込む。

「ちょっとおにい?聞いてるの?」

「あ、あぁ……置いてくな」

まあ、それが妹でなければの話だ。妹の裸なんて言っちゃ悪いが日常茶飯事である。

俺はさっさとそこに荷物を置いてくと、綾瀬からの連絡はないかな?期待しつつもどうせないだろうな。なんて思いながら携帯を開く。すると、メールが一通届いていた。

『綾瀬です。連絡遅れてごめんなさい。今日やっと部活の大会が終わったの。で、ひとつ聞きたいんだけど、今日駅にいた?』

そんな連絡だった。

それに俺は「こんばんは。駅に居たよ」と、返しておく。

なんで知ってるんだろ?駅にいたのかな?

まあ、別になんでもないか。今日は久しぶりに出かけて妹とミサに連れ回されただけだし。

ミサとの色々あった縺れも解決し、我が妹はいつも通り可愛いし、綾瀬からの待ちに待った連絡も来た。今日はいいことばかりだな。

でも、今日はその分疲れたし、そろそろ眠るか。

俺は携帯の通知をオフにして、スリープモードに移行した。

次に遊びに行くなら綾瀬と二人で遊びに行きたいな。

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