第8話

【思春期8】


(初めてのメール)


やっぱり暑い夏空の中家に帰ると、当然のように汗まみれである。

こんな日はさっさと風呂に入ろうと思うところなのだが、まず最初にやったことは自室のベットの上で寝っ転がってるスマホを手に取り、綾瀬のアドレスに連絡をすることだった。

なんて言おう?早く風呂に入りたい。でも、この文を考えるまではダメだ。

まずこんにちはか?それともこんばんは?いや、これは全部混ぜておはこんばんにちはか?

そんなこんなで最初の一文ですら決めれずに携帯片手に四苦八苦してると、妹が「ただいまー」と、疲れたように言って玄関の戸がガチャンと開いた音がした。どうやら帰ってきたらしい。

階段を降りて行ってやると、妹は大変なことになっていた。

両手によくわからない荷物を抱えて、横から色々飛び出し放題のランドセルを背負って帰ってきた。

「おかえり我が妹よ」

もう瀕死状態のように見える我が妹に手を差し伸べ、荷物を貰ってやると「おにぃ……」と、目をうるうるさせた。

そんな可哀想な我が妹を助けない兄がどこにいるんだ!居るなら俺のところまで来なさい。我が妹を紹介してやろう。

……いや、忘れてください。絶対にあげないので。

「……意外に重いな。なんでこんな年端も行かない非力な小学生に、こんなもん持たせて帰るんだかな……」

毎年、呟いてる気がするが気にしてはいられない。

体操服やらは脱衣所に運んでから、妹画伯が描いたであろうよくわからない芸術っぽい絵や、図工で作ったのかよくわからない物体を一足先に妹が向かった妹の部屋に運んでやる。

「んじゃ、私お風呂入ってくるね!」

妹は軽快なステップをルンルン言いながら踏み、部屋を去っていった。

部屋はピンク色主体のファンシーというか女の子らしい部屋だった。くまのぬいぐるみや昔よく遊んでいた着せ替え人形がきっちり整頓されている。我が妹に持ってこいって感じだな。

とりあえず我が妹の手伝いは終わったし、妹の部屋よりかは質素な青色主体の自分の部屋に戻ると、綾瀬に送るメールの本文を確認する。

「……あれ?」

本文は未だに真っ白だった。

「やべえ……どうしよ?」

色々考えた末に辿り着いたのは無の境地だった。でも、悟り開けるとかそういう類のものでは無い。一周回って冷静になれた的なことだ。

深く考えすぎだったな。もっと普通に簡単な文章でいいじゃないか。それが一番いいはず。シンプルイズベストってやつだ。

『こんにちは。隼人です。これから宜しく!』

……いや、これは普通すぎる。いくらシンプルと言ってもこれはシンプル過ぎる。記憶どころか彼女のメールホルダーに届くかも危ういぞこれ。

俺は印象に残るかつ、シンプルなのがいいんだ。これじゃ前者が当てはまらない。

なにか印象付けるようなもの……あ!

電撃が体を突き抜けるような圧倒的閃き!これ以上のものはねえ。と、断言しよう。

俺はそれを手に入れるためにバスルームへと携帯片手に階段を駆け下りた。

「我が妹よ!写真撮らせろ!」

脱衣所を抜け、風呂場に通じるドアを開くと、そこには楽しげにシャワーをマイクのように持ってルンルン気分で歌を奏でている我が妹の姿があった。

「は、はぁ!?馬鹿じゃないの?バカにい!」

元は白い頬をりんごみたいに真っ赤して我が妹は片手で胸を、もう片手で局部を見えないように隠した。

「バカと二回も言うんじゃありません!大体、我が妹の裸などよく見てるぞ」

「馬鹿にバカって言って何が悪いのよバカ!そして死ね!」

「一回増えた!?」

我が妹は石鹸やシャンプー入れやらを俺になんの容赦もなく力いっぱいに投げつけてくる。

狭いこの浴室でそんなもんを投げればほぼ百パーセント命中するので、俺は逃げるように脱衣場を抜けて廊下に出る。

「痛え……」

さっき石鹸かなにかが運悪く当たった後頭部を抑えつつ、仕方なく俺はさっき出てきた脱衣所の入口の引き戸の横の壁にもたれかかって座り待つ。

それから暫くしてガラガラガラと、音を立てて引き戸が開いた。

どうやら風呂から上がったらしい。我が妹は上気した肌を冷ますようにブカブカ白シャツをパタパタとさせ風を送り込む。

妹は気付いてないだろうがパンツがこの位置からだとバッチリ見える。青と白の縞パンだ。

でも、パンツ可愛いね。とか言うとめんどくさい事になるに違いないので、ここはお口ミッフィーでいいですかね。……これ、むちゃくちゃ可愛い子が口元で人差し指使ってばってん作って言ってくれたらやばい破壊力だよね。もし、あざとさ世界選手権があってこれをやる奴がいたら俺はそいつに投票すると断言しよう。

「……なに?」

「……ちょっとお口ミッフィーってあざとく言ってみて?」

「……お口ミッフィー!」

俺の思っていたそのまんまであった。第一回あざとさ選手権。我が妹の優勝である。

「……なぁ我が妹よ。いつも思うけどそのシャツ誰のだ?」

「え?おにいのだけど?というか、さっきのは何!?最近多くない?勝手に入ってこないで!」

「あ、そうだ。綾瀬に送るから写真撮らせろ!」

「尚更わけわかんないんだけど!?」

我が妹が少し首を傾げて悩んでから、急に耳まで顔を真っ赤にして文字通り噛みついてきた。

「痛い痛い!落ち着け!」

でも、そのがるがるにゃんにゃんは俺の手から離れない。

打開策を考えるより先に俺の口が饒舌に「綾瀬に初メールを送るんだけど、内容が決まらなくて我が妹の写真でも添付すれば喜ぶだろうし印象に残るかなって思ったから頼んだんだ!」と、出てきた。

な、なんだこれ!?すげえ。自分でもびっくりするくらいに舌が回った。

少しは冷静になったのか我が妹は噛む力を弱め、次第に離れていった。噛んでいた場所には、しっかりと小さな歯型が俺の左手に刻まれていた。

そして、そこからまたしばらく考え込むような仕草をした後、ボッと我が妹が噴火した。

「全裸はダメ!」

「……そうか。だめか……」

どうやら全裸はダメらしい。でも、全裸じゃなければ意味なんてない。あの芸術作品はどう足掻いたって言葉にはならない。だから、見てもらうしかないのにね。

「普通に送ればいいじゃん。えーっと……『こんにちは。隼人です。初めてのメールで少し緊張してます(笑)』とか?」

スマホを軽やかに扱い、読み上げながら妹は文字を入力していく。

「……その文引かれない?」

「えー?どこに引く要素あるの?」

「こいつ、初めてのメールで少し緊張してますとか言ってる。クソ童貞じゃん。キモ……みたいな?」

「えぇ……流石にそれはないんじゃないかな?綾瀬さんだし!」

「言ったな?じゃ、送るからな?」

「そうすれば?」

はあ。と、溜息をついている我が妹を横目に、俺は携帯画面を見据えた。

そこにはさっき妹に入力してもらった文章が入っている。

「よ、よし!」

何度も何度も確認したあと、さっきまでは動いていたはずの親指が送信ボタンに伸ばした瞬間に止まった。

「……どうしたの?」

「お、押すぞ!」

指に力を込めてみるが、腕が震えるだけで指は一向に動こうとしない。

暫く、静寂が自宅の廊下を覆った。

「……ええい!もうくどい!」

それをぶち壊した我が妹は、俺から携帯をかっさらうとにこやかに笑い、ポチ。

固まる俺の手に再び携帯が戻ってきた。

恐る恐る画面に目を落とすと、送信されましたの文字。

「俺の初めて貰われちゃった……」

「貰っちゃった!てへ!」

妹は舌をちょっと出して自分の頭をコツンと打った。

「おにい!どこ行くの?」

「風呂しかねえだろ……」

もうこんな時は風呂しかない。ほら、風呂は命の洗濯とか美人なお姉さんが言ってたしね。

言う通り、本当にそうなのかもしれない。俺は少しだが、頭を冷やすことが出来た。

もう、送ってしまったならば仕方ないことだ。

そう割り切って最近はご無沙汰だった携帯をまるで恋人かのように握りしめながら、そいつが鳴るのを心待ちにする。

……だが、両親特性のオムライスが出来てもまだメールは来ない。

「あれ?珍しいな。お前が携帯なんて」

ご飯中にスマホいじるなとか、そういうことは全く言わない親だ。

まあ、俺にだって常識はあるので携帯をいじることはしないけど「いや、別に」と、携帯をポケットに忍ばせる。

食べてる途中にも鳴らないかな。なんて心臓が高鳴り、気持ち悪いはずなのになんでかそれが心地よい。

本当にMになっちゃったのか?いや、それはない……ないはずだ。

「……おにぃ。顔が緩んでてキモい」

「……別になんでもいいだろ?」

きもいと言われて興奮しなかったのでどうやら俺はMじゃないらしい。

さっさと飯をかき込んで、自分の部屋にかける。

そして、携帯をベットに放ると自分も横になって、画面を何度も見てはまだかな。自然と頬が緩む。そんな心地よい気分の中、ウトウトとしながら俺は次第に意識を手放していった。


もうかれこれ六年くらいお世話になってる見知った天井が、朧気な意識の中見えてきた。

外からはチュンチュンと小鳥たちのさえずる声に、カーテンから射し込む光が心地よい。「いい朝だなぁ……って、ん?なにか大切なこと忘れてないか……?」

俺は携帯を片手に眠っていたらしく、抱き抱えるように持っていた。

それを開いてやると、メールが一通届いていた。差出人は綾瀬からだ。

そうか!綾瀬からのメール待ってたら寝ちまったのか!

朝から動悸が早くなる。病気かもしれない。

でも、自分の身よりも綾瀬だ!指を軽快に動かしてそれを確認すると、そこには『こんばんは綾瀬です。遅い時間にごめんなさい。私も少し緊張してます(笑)これから宜しくね』だなんて表示された。

本当になんでもない普通の文章だった。けど、それから目が離せなくなり、自然と頬が緩む。

「そうだ返信……」

返信しようと返信を押したところまではよかったが、なんて返そう?こんなすぐ遊びに誘ったら変に思われるだろうし……どうしようかな?

というか一緒に遊びに出かけるほど仲良くない。というか、まだ許してもらえてねえし……

いやいや、弱気になるな!ただでさえ人気のある天使を好きになってるんだ。悪党なら悪党らしくグイグイ攻めないでどうする?押してダメなら押し倒せ!

俺は電話帳から綾瀬の携帯に電話をかける。

プルルルルルル……と、呼出音がなり、暫くして留守番電話に接続された。

「出ないか……」

そう言えば綾瀬って部活やってたな。俺は帰宅部だが、確か綾瀬はソフトテニス部あたりだった気がする。

もう時刻は八時を回ったところだ。この時間なら練習してる可能性もなくはないか。

テニスウェア姿の細めの華奢な身体で広いコートをはぁはぁと息を切らしながら、汗をキラキラと輝かせ、ぶにゅぶにゅボールパンパン……

……ごめんなさい。自重します。

まあ、一応連絡はしたししてくれるかな?なんて思いつつも俺はとりあえず、夏休みの満喫することにした。

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