第7話
【思春期7】
(夏休み前だが未だに彼女は俺を許してくれない)
我が妹からの助言を頂いたあと、自分の部屋に戻ると、誠意の示し方を自分なりに考えてみる。
妹は「そんなに」と言っていた。「そんなに」だったとしても、「そんなに」にもなれないのはまずい。
まずは土下座かな。……いや、これはやったし、足りないんだ。スライディング土下座?いや、これも違う気がするし……焼き土下座……現実的に考えて不可能。
そうだ。ネットに聞こう。
誠意の意味は正直に心を込めて。っていうニュアンスであってるのだが、今知りたいのはそうじゃない。
正直に謝るだけだとダメだったんだ。許してもらいたいんだけどなんて言えばいいんだろうか?どう言えば誠意ってのが伝わるんだろ?
それから俺は色々と調べてみた。だが、結果はダメだった。皆目検討がつかねえ。
というかこの前に、ちゃんと話せるようにしないといけないよな。なぜ綾瀬と気まずい雰囲気になったんだっけ?そうなる前までは、そこまで酷くはなかったと思う。
あの時は確か……俺の家で二人きりになってしまって、親が帰ってこないって電話がかかってきた辺りでおかしくなった。
そりゃそうだ。いくら彼女が天使といえど、俺は元々彼女をいじめていた。何かしらの危険信号をキャッチして警戒するのは至極当然のことだ。俺だって男だし、好きな人に変な気を起こさない訳では無いんだ。論理的に考えても思春期真っ盛りの男女が同じ屋根の下で二人きりなんて状況になれば、あーんなことやこんなことにならない訳でもないわけだ。
綾瀬は俺にそんなことをされるって思ったのか?
いや、それはないだろ?だって、綾瀬だぞ?……でも、一概にそれはないときっぱり決めつけるのは良くないね。
もし、もしそれが本当にそうだったとしたならば、俺は愛のあるキャッキャウフフがしたいのであって、無理矢理に攻めるのは俺の紳士が許さねえぜ!
……と、綾瀬に説明できれば全部丸く収まるな。
「……って、言えるかよ!」
一人でノリツッコミをしていても帰ってくるのは田んぼからのカエルの鳴き声くらいだ。かなり寂しい。でも、そんなことは今関係ないのだ。
とりあえず話せるようにしないと進まねえし、二人で会える時間が欲しいよな。
俺は定規でノートをちぎって便箋に仕立てると『綾瀬さんへ。お話がしたいです。放課後にお時間よろしいですか?』と、表に。裏には自分の名前を書いておいた。
あんな機械に頼っても自分の言いたいことなんて分かるわけないのだ。伝えよう。まだ言葉にもならないありのままを。
そして翌日、いつもよりも早く目を覚ました。
まあ、運動会前の小学生みたいにソワソワしちゃって寝れなかった。というのもあるけど、本当の理由ではない。早く行って彼女のこの手紙を下駄箱に突っ込んどかないとまずいのだ。
今日来る生徒の中で誰よりも早く登校しなければ!見られるのはちょっと恥ずかしいしね!
アニメのようにパンを咥えて家を飛び出る。
朝からのランニングには持ってこいのなかなかの快晴だった。
いつもは家を七時五十分くらいに出てのんびりと学校に行くが、今日はなんとそれよりも五十分も早くに出た。
周りを確認したあと、ポケットに忍ばせていた昨日書いた手紙をこっそりと綾瀬の下駄箱に入れてから、教室に行くとまだやはり人は居なかった。
ふぅ。と、一息ついてから朝焼けが鬱陶しいので水色っぽいカーテンを閉めると、優しくて涼し気なカーテンの色に教室が変化した。落ち着く環境を作ってから、今日やる範囲の確認をする。
朝、青春真っ盛りって感じのことをしていたが、本日もテストである。
写させてもらったノートや教科書に目を通して、適当に暗記をしていく。最低限のものさえ覚えておけば、そこまで問題にはならないはずだ。
そしてそれから暫くするとガラガラガラっと教室の引き戸を開く音がした。そっちを見やるとポニーテールを揺らしながら、さっき俺が入れた手紙を片手に、少し早足で綾瀬は黙って自分の席についた。
それを境に人がひっきりなしにやってくる。
綾瀬は読んでくれたのだろうか。残ってくれるだろうか?
……いや、今考えることでもないか。
とりあえずはテストだ。集中しねえと本当にまずい。国語の点数がもう目に見えてるのに、今日のでもひどいものを取ったら非常にまずいことになるだろう。それは避けなければならない!
学校全体にチャイムがなり響き、全てのテストの終了を告げた。皆、魂が抜けたかのような声を漏らし「終わったー」だの「どうだったー?」だのうるさいあの賑やかな教室にシフトチェンジした。
__とりあえず、テストは終わった。結果はまあ、来週まではわからないから考える必要は無いね。俺は帰り支度だけは済ませてリュックサックを床に置いて机に突っ伏してる。もう、そうせざる負えない状態なんだ。察してくれ。
そんな中、奇声を発したいのを堪えつつもチャリチャリという音と共に後頭部あたりに柔らかめの何かが当たってきた。いや、なんかがのしかかっている。
でも、あんまり重くないのでひょいっと起き上がると、なかなか音を立てて地面に落ちた。どうやらリュックサックだったらしい。
でも、俺のではない。こんなにアクセサリーいっぱい付けてねえし、大体がパンシャーのストラップだ。はっきり言って俺はあまり好きじゃないので、持ってるわけ無いしそこまで興味はない。
「話って?」
声のするほうを見やると、綾瀬が恥ずかしそうに頬を赤くして言った。
クラスの生徒は早く帰れだなんて教師に言われていたからか、教室には俺と綾瀬しかいなかった。
「あ、あぁ……その、な?えっと……」
色々言いたくて呼び出したくせに、うまく言葉が出てこない。
「勉強会……ありがとな」
「え、えぇ。そうね。うん……」
「あの時はその!……なんというか」
頭を掻きながらどうするかを考える。
頬を赤く染めてるところから察するに、やっぱりあのことを気にしてるよな。なんて言えば誤解が解けるんだろう?
素直に言った場合、俺は初めての経験をすることになるだろう。そう!警察のお世話である。流石にそんなことになるわけにはいかない。
「あの日は……そのごめん。ただ勉強会したかっただけなんだ。これは信じて欲しい。それに綾瀬を悲しませるようなことは絶対しないって宣言する。だから、許してくれませんか?」
「……許さないって言ったじゃない。もうこの話は終わりよ終わり」
いつものようにやっぱり許してくれない。でも、今日ばかりは引けないのだ!
「……もういじめのことは許してもらえるなんて思ってないよ。でも……」
「……もう。言わせないで頂戴。そういうのは態度で示すものよ」
不貞腐れたように綾瀬はそう言った後に、ニコリと微笑んだ。やっぱり泣いてる女の子よりも笑ってる方がいいね。
それから綾瀬が早く帰らないといけないらしかったので学校で別れ、炎天下の中家に帰る。
鬱陶しくも肌に服がぺたりとついて邪魔くさい。仕方なく俺は風呂に入ることにした。
……態度で示すってどういうことだろ?それが誠意ってことになるのか?もしそうだとするならば、出来るだけのことをしよう。綾瀬には絶対に許してもらうんだ!
やり方はまあ、おいおい考えよう。一応二日の猶予はあるしな。
今日は金曜日。明日明後日は休みである。そして、来週で一学期目が終わり、待ちに待った夏休みになる。
あと一週間。この期間で綾瀬との関係を進展させなければ、俺の望むキャッキャウフフには辿り着けないのだ。
最低でも連絡先くらいは聞き出さないと!
その結論に至ったのがついさっき、日曜日の深夜のことであった。いや、月曜日と言った方が正しいか。日付は変わってるんだし。
「とりあえず寝るか……」
翌朝、いつもならばだるい。学校嫌だ行きたくねえー。だなんてばかり思っている月曜日だが、今日は違った。
今日ならなんでもできる気がするぜ!
……なんて意気込んでいたはずなのだが、俺は綾瀬と会話することもなく月曜日を終え火曜日、水曜日と時間を無駄に消費していく。そして、気がついたらもう金曜日の放課後になっていた。
そして綾瀬がチャリチャリと音を立てながらリュックサックを背負って、引き戸に手をかけ、今にも帰ろうとしていた。
その光景は前にも見た。今週他の曜日にずっと見てきた。でも、俺はこれまで何もしなかった。今日こそ言うんだ!話しかけろ!ずっとお前は何をしていたんだ!
「あ……」
言葉が喉の奥に絡まって出てこない。ど、どうしたんだ?声帯壊れちまったのか?
自分の声帯に話しかけている間にも綾瀬は行ってしまう。ど、どうする!?やばいぞ!このままでは帰ってしまう。
「あ、綾瀬!」
まだ覚悟なんて微塵もできてなかったが、声だけは勝手に先行してくれた。
綾瀬は首を傾げ、胡乱な目で俺を捉えた。
「あ、あの!……その、えっと……」
なんでこう。言葉が詰まるのだろう?小学校の頃はもっと言いたいことを素直に言えたはずなのに、口がいうことを聞かない。
「……どうしたの?」
放課後の部活動無しの音楽室や美術室が固まる特別棟に、黙って綾瀬の腕をとって走り出す。
「ちょっと待ってよ……なに?どうしたの?」
今いる三年生の教室の固まる別館は特別棟に隣接しているので、三階の渡り廊下を行けばすぐだ。その渡り廊下の途中で綾瀬が俺の腕を振りほどき、怪訝な目を向ける。
「どうしたの?なに?」
「あ、明日から夏休みだな!」
「……え、ええ?そうね」
「……だ、だからさ?れ、連絡先交換しとかないか?」
その光景をくり抜いてみれば告白シーンのようになっていた。
男は顔を赤くし、想いを込め勇気を振り絞って言った。
「え?なんで?」
こんな反応聞いてないですよ旦那!こんなの想定外だ!普通に教えてくれるはずだったのに!
「だって、あ、あれじゃん!」
「あれ?あれってなに?」
「その……えっと……」
言葉を濁しつつも考える。一緒に出かけたいとか連絡を取りたいなんて言ったら引かれる。いや、社会的に抹殺されるまである。
__俺はどうすりゃいい?
「ふふっ……別にいいわよ。ちょっと意地悪したくなっただけ」
そう言って綾瀬は微笑んだ。
全くどんな悪女だ。天使の悪戯か……悪魔の罠か?
なんでか頭の中に天使コスチュームを身につけた綾瀬と悪魔コスを身につけた綾瀬が舞い降りてきた。
悪魔の方には「豚ァ!」とか言われながら踏まれたいし、天使の方には優しく耳元で甘い言葉を囁いて頂きたいなぁ……
「綾瀬ならどっちでも俺はいいぞ!」
「……え?何のこと?」
リュックサックからノートを取り出しながら、綾瀬は聞いてくる。
「いや、なんでもありません!」
さっきのが頭によぎって綾瀬をまともに見れないじゃねえか。
「えー?気になるじゃん」
「ほ、本当になんでもないって!」
「そう?まあいいわ。はいこれ」
背中を向けていると、肩をトントンと叩かれた。振り向くと綾瀬がノートの切れ端であろうか小さな紙を渡してきた。
「あ、ありがと」
綾瀬は何も言わずにニコッと笑って、リュックサックを背負い直した。
「ま、またな。綾瀬」
「ええ。また」
俺は綾瀬の目どころか顔もまともに見れなかったが、柔らかい口調で言ってくれた。
綾瀬の足音が消えた後、紙を確認すると彼女のアドレスらしきものと電話番号が丸っぽい字で記されていた。
「よっしゃぁぁぁぁ!!!!」
両手を空高く打ち上げて、めいいっぱい叫ぶ。
「……おい。最終下校時刻はとうに過ぎてるぞ?」
「げっ!?三浦先生!?」
「げっ……とは、ご挨拶だな。ほら、とっとと帰った帰った」
俺は先生に追い出されるようにして、下駄箱まで降りていくと先生は「よかったな」と、呟いた。
「……何がですか?」
「綾瀬と仲直りできたろ?」
「……こうなったのも俺の間違いのせいですから、それはまだダメだと思います」
「……学生のうちは間違え続けるものさ。そのための期間を税金使って設けてるんだ。まあ、精々迷って壁にぶつかって成長すればいいさ。まあ、色恋沙汰だけじゃなくて勉強も真面目にやれよ?」
「い、色恋沙汰って!そ、そんな違いますよ!」
「そうか?」
「そうです!さよなら!」
「おう。また九月になー」
先生から逃げるようにその場を立ち去る。
全くいい先生なことには変わりないけど、こういうのは困るよな。
今日も空を見上げれば、鬱陶しいくらい燦々と輝く太陽がアスファルトを焼き、陽炎がユラユラと立ち上る。俺の頬の熱を取るどころか逆に悪化させていた。
「……全く、蒸し風呂かよ」
まとわりつくような熱気と共に家に汗だくになりながら帰路につくと、俺は何度も何度も俺は手に握りしめられた紙に目を落とす。
結局、夏休み前には許してもらえなかったけれど、それはそれでまあいいか。まだチャンスはあるよな。
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