第5話

【思春期5】


(これが真の勉強会!)


翌朝、目を覚まして適当に準備してから、いつも通りに朝飯を済ませる。

なにか忘れてる気がするけれど、俺は学校に向かった。そして、席で色々やってると綾瀬が俺の席までやってきた。

「おはよ。ん?どうした?」

朝いつもちょっと遅めに起きてから登校してたから、なれないし頭が全然働かない。

「昨日の約束忘れてないでしょうね?」

「ああ。うん。大丈夫だよ」

「そう。じゃ、放課後に」

小さく手を振って彼女は席に戻って行った。

うん。だなんて適当に答えちまったけど、はて?なんだろ?約束って。

そんなことを思いつつも色々を済ませた俺は机に肘杖をついて、黒板を見やるとデジャブのような感覚に陥った。

「……明後日テストです?」

昨日と全く変わらない文字がそこにはあった。

その瞬間、固まり呆けてた俺の頭が動きだし、昨日のことを思い出した。

……俺が綾瀬に頼んでコスパ最強のお店で奢らせていただいた。テスト勉強を手伝って貰う為に。本当は昨日の予定だったが、綾瀬と会えるだなんて思って一人で舞い上がって現(うつつ)を抜かし、ド忘れしていたのだ。

今やっとようやく思い出した。

……今日も俺はやってしまった。

今日やる授業分のものしか持ってきてない。

綾瀬だって自分の勉強があるのに俺に時間を割いてくれる。なのに、俺はまた忘れてしまっていた。

でも、悪い事ばかりではないはずだ。なにか……なにかあるはず。あれ以上のことなんてないのだし、人生一度きり!忘れたこともまた一興だ。どうやってこれを乗り切ろうか。

授業は運良くほぼ全てが自習だった。

普通ならばこの時間を無駄にするわけには行かないのだが、教科書を見てもさっぱりな俺からしたら、手持ち無沙汰な時間だということは変わらない事実である。

昨日はよく寝たはずなのだが、一から四限まですべてを棒に振った。なんでこう授業って気持ちがよく眠れちゃうんだろうね?冷房は効いてないし普通に暑いのだけど、なんでかな?テスト期間って妙に部屋が綺麗になるなー。現象に近いものを感じるね!

普通の中学校なので給食がある。それのお陰で俺は目を覚ますことが出来た。どうやら俺の席に配膳されるのが一番最後だったらしく、冷たい視線がこっちに飛んでくる。

何度も言ってる気がするが、目立ったいじめは受けなくなったのだが、結局悪目立ちしてるのでこういう目に度々遭う。でも、あの頃よりかは少しばかりは楽になった。

血で血を洗うような戦争は終焉を迎えたが、張り詰めたような空気はまだここにある。まだ戦争は終わっていないということだ。これを冷戦という。

……なんて先生言ってたけど、これもそういうんですかね?

大義名分が違えば敵対し争うように、一度敵だと決めたら、それはそう易々とはひっくり返らないのが世の常である。

まあ、今回のは完全完璧に俺が悪いし正義と正義のぶつかり合いというわけではないが。

そんな重い空気の中飯を食べる。まあ、いつものことなので、味がわからないとかそういうことはない。

そんな給食タイムは終わり、昼休みやら掃除やらを済ませてから午後の授業となる。まあ、こっちもこっちで自習である。

何一つ理解しようともせずに、ぼーっとしてると今日の学校が終わった。

「なにしてるの?」

帰り支度を整えていると、綾瀬が不思議そうな顔をして首を傾げた。

「なにって、帰り支度だけど」

「図書室で勉強会じゃなかったの?」

「……そうだったんですけど、その……なんて言うか忘れちゃって?だから、俺の家まで来てくれませんか?」

彼女はこめかみあたりを抑えて大きくため息をついた。

「はぁ……そんな気はしてた」

「に、荷物持ちくらいなら喜んでやらせていただくのでどうでしょうか!」

「……仕方ないわね。しっかりこの分の報酬は貰うからね?」

「お、俺に出来る限りのことならやらせていただきます!」

こうして主従契約が結ばれたのであった。

俺は綾瀬の荷物と自分の荷物を抱えて、綾瀬と一緒に帰路につく。

「本当に重いなこれ。帰宅部の俺からしたらなかなかだぜ……」

「大丈夫?私持とうか?」

「……いや、いい。それじゃ意味ないしな……ありがとう」

「そう……ね。わかったわ」

そうして歩くこと十分ようやく家までたどり着いた。

「はぁ……はぁ……」

丁度、そのタイミングで妹がガチャっとドアを開けて家から出てきた。

「あ、おにぃ……と、お姉ちゃん!?」

「あら、今から遊びにでも行くの?」

「うんっ!今日は遊びに行くんだ〜」

「母さんと父さんは?」

「居ないよ〜またね〜」

上機嫌な妹はそのまま自転車に乗って行ってしまった。

「……行っちまった」

「勉強するんだよね?」

「え、あぁ。うん」

流れるように俺の望んだ状況になった。ひとつ屋根の下に自分の好きな人と二人きり。

とりあえず、ぼーっと突っ立ってても仕方ないので、家に上がってもらい、リビングに通す。

「え、えっと……お、お茶持ってくるね!」

奥のキッチンに一旦避難するが、なぜか彼女は困惑してるのかそわそわしつつも答えを求めるようにこちらばかり見てくるので、逃げた意味が全くなかった。愛想笑いだけ送っとくが我ながら引きつってる気がする。

お茶と茶菓子を適当に見繕って持ってくと、彼女はぺこりと頭を下げた。

それにニコッと笑って返す。

そして、暫く沈黙が世界を制する。あちらもこちらも喋らない。目を合わせれば二人してそらす。

俺の望んだのはこんなことだったのか?

もっとこう……よくリア充がやってるようなイチャイチャキャッキャむふふじゃないのか?

「そろそろやりましょうか?」

彼女の声が静かなリビングに響く。

「や、やる!?なにを!?」

俺の頭は真っ白になった。そ、そんなに急発展しなくてもいいじゃない!もう少しゆっくり確実に進んでいけばいいじゃないか。

「決まってるのでしょ?」

そう言って綾瀬は微笑んだ。そして、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

ら、らめぇ!まだ大人の階段を登るには早すぎるよ!

まだよくお互いを知らないんだしもう少しゆっくり……でも、綾瀬がいいなら俺もいいよ!

恥じらいながらも俺は目を強く閉じ初体験を待つ。彼女のいい香りが鼻をくすぐる。あぁ。初めてしちゃうんだ。

「どいて。後ろのバック取るから。勉強会でしょ?」

「……あ、そうか」

そういえばそうだった。一人で舞い上がってまた同じ過ちを犯すところだったぜ!

「じゃ、ちょっとまってて持ってくるから」

自分の部屋にある勉強に必要な教科書やノートなんかを持って降りると、綾瀬はお茶とにらめっこしていた。

「戻ったぞ」

「あ、そうね。じゃやりましょうか」

それからエアコンをつけてから黙って問題を解き続けた。

外は蝉やらの音でうるさいのだが、そんな音すら遮断するかのようにこの室内は静かだ。でも、俺の心臓がやたらうるさい。そろそろ収まってくれないと綾瀬に聞こえちまうぜ。

「なに?わからないところがあるの?」

「あ、あぁ……うん」

「なに?どこ?」

長い髪を耳にかけて俺の横に腰掛ける綾瀬は肩が触れるほどに俺に近づく。

「こ、ここなんだけど!」

適当に綾瀬と真反対の方を向いて数学の問題を指さす。その問題がが本当にわからないのかなんて全くもって知らないが、そんなことは些細な問題だ。

「えーっと、あ!これはこの公式使えば解けるよ」

そう言って俺のノートに公式に代入したものをスラスラと書いていく。

「はいこれ」

丁寧に途中式もちょっと丸っぽい字で書く。俺の走り書きしたようなガサツな字とはまるで違う。

「ありがとう」

「あ、そういえばノート提出もあるよね。見る?」

すっかり忘れていたが、そんなものもあるのだ。

「じゃ、お言葉に甘えて……」

受け取ったノートをペラペラと捲っていくと、わかりやすくも綺麗な丸っぽい字でノートがとってある。

最初の方から書き写していくと、可愛いパンダさんの落書きなんかも隠れるように所々に入っていた。それに俺は見覚えがあった。

「これ、パンシャー?」

「……な、なんの話?」

「この落書き……パンシャーだよね?」

子供番組に出てくる左目のばってん印、もう片目は茶色いクリクリっとした瞳が特徴的なパンダのマスコットキャラクターのパンシャーだ。

ローカル番組のものなので知名度はそこまでないけれど、俺も昔見ていたなあ。

落書きを懐かしげに見て返事を待っていたが返答がない。顔を上げ横をチラッと見やると恥ずかしそうに顔を朱に染めていた。

「懐かしいなあ……幼稚園行く前に見てたけど、今もやってるのかね?」

「ええ。やってるわ。平日の朝五時から三十分間」

「え?」

「あ……」

「もしかしてだけど、今も観てるの?」

「そ、そんなわけないでしょ!あんたの脳みそ削り取るわよ!」

「その反応は……いや、うん。そうだね。綾瀬は観てない」

人間、生きている間は空気を読まないといけない場面もある。

これ以上言ったらまた「許さないから」って、言われちまうぜ。

「その目はかなり腹立たしいわ。即時にやめなさい」

「え?なぜ?普通の目だよ?」

「だから本当は思ってないんでしょ!人の顔見てニヤニヤしちゃって。分かってるわよ!もう!……中三にもなって恥ずかしくないのかってんでしょ……」

「お、俺だってまだプリッキュア観るし、昆虫ライダー観るよ!」

「え?」

なぜか冷たい目で見られた。

「幼児向けとして作られてるからと言って俺が見ちゃいけない理由にはならないはずだろ?俺が見ちゃいけないのはR18指定のものだけです」

「汚い口を慎みなさい……でも、確かにそうよね。幼児向けだからと言って大人が見てはいけないということにはならないわよね」

「そうだ。面白ければなんでもいい」

「そうよね……でも、他の人には言わないでね?」

「イエッサー!」

少しばかり可愛い一面が見れて嬉しい限りだ。黙ってるなんて造作もない。

終始、ノートの隠れパンシャーに癒されながら移し終えると、なんとなく数学はわかった。

これでも飲み込みが早いほうなので、いつも成績は中の上にいる。

前の中間テストの時は五教科だけだし、いじめもそこまでハードなものではなかったし、そこまで苦ではなかった。辛くなったのは中間テストが終わったあとくらいからだ。

でも、俺の通う三学期制の中学校は夏休み前に全教科のテストがある。……って、前にも言ったっけ?

「そういえば綾瀬はテストどうなの?確か頭良かったよね?」

「学年一位なら何度がとってるわ」

淡々と言った口調でものすごいことを言った。五クラスのまあまあ大きめの中学校なので、頭のイイやつなんて普通にいる。

俺がどれだけ頑張っても40位代に入れるかそのくらいだろう。まあ、国語(現代文)の時だけはその教科だけトップテンだったけど、これは自慢にはならないね。

「……マジ?」

「うん。別に驚くことないでしょ?」

そんな話をしていると家の電話が鳴った。

「……ちょっとごめん。でてくる」

一言そう言って子機を片手に廊下に出ると、通話ボタンに手をかける。

「もしもし?」

「しもしもぉー?」

昭和らしい電話の出方をしやがった鬱陶しい声が電話から発され、イラッとする。でも、声の主はわかった。

「……なんだよ。母さん」

「私とお父さん。今日帰れないからぁ〜」

「そう。仕事?」

「そうそう〜適当にご飯食べてきなさいよ?彩にもなにか食べさせておいて?じゃあねー」

「ちょっとお金は……」

返ってくるのはツーツーツーという電話終了の合図のあと音だけで、言うだけ言って切れた。

リビングにとりあえず戻ると、綾瀬は一人で問題集にペンを走らせていた。

「あら、戻ったのね」

「あ、うん……」

「どうしたの?」

「なんか、親が帰ってこないらしい」

「そ、そう……」

「うん……」

そして、意味のわからない沈黙が再来した。

もう、六時半を回っていた。

「そろそろ暗くなるけど、大丈夫?」

「そ、そうね……じゃ、そろそろお暇しようかしら」

そう言って彼女はリュックサックを持ち上げた。

「持ちますよ。お嬢さん」

「……ありがとう」

家を出るとまだ日が出ていた。

「六時半でも明るいんだな」

「そうね」

「蝉うるさいな」

「そうね」

会話が弾む気がしない。いつもは鬱陶しいくらい泣き散らかす蝉もこの静けさに空気を読んで黙っている。なんでこういう時に黙るんだ。今こそお前らのうるささ見せろよ!そして、この気まずい雰囲気ぶち壊してくれよ!

俺の願いなど叶うわけもなく、彼女の後ろを付けるようにして駅の方まで行く。

「じゃ、またね」

「では、また明日」

駅前に着くと最低限の挨拶だけを済ませて別れた。

色々と進展させようとしたのだが、逆に距離が遠くなった気がする。

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