第3話
【思春期3】
(俺が大体全部悪い)
やっと俺は普通の学園生活を取り戻した。
死ねやバカやカスなんかの誰でも思いつくような悪口の書かれた汚された机が、なんということでしょう!新品かのように太陽の光を反射する綺麗な机と綺麗な椅子、教師らがクレンザーかなんかで綺麗にしたのか下駄箱までもピッカピカに磨きあげれているではありませんか!
……まあ、嬉しいのだが流石にやりすぎである。ここまでしたら逆に浮くじゃねえか。
そう思ったが、せっかくの好意は無下にはできないので何も言わないでおく。俺って実は優しいんじゃないかな。
もう七月上旬、夏らしい日差しが強くなってきていた。最近曇りばかりだったからあんまり気にならなかったけど、そんな曇り空もやっと終わり、日照りが強くなっちまったから暑い。
夏と冬どっちがいいかと問われると悩みものである。暑さと寒さだけなら甲乙つけがたいほどに両方嫌いだ。だが、ひとつ決定的な差がある。暑いとみんな薄着になる。そして、プール、海!水着姿が拝めるから、圧倒的に夏の方がいいね!
なんて思いつつ昼休み、みんなして弁当を食べながら駄弁ってる女子の群れに目がいく。なぜ女子って群がるんだろうね。
みんなどこか浮かれてるような印象がある。
そろそろ高校受験も視野に入れなければならないはずなのだが、身丈にあったところに大体が進学するんだろうなぁ。と、朧気に考えてる奴らの方が多いのか、何も考えてなさそうな人の方が多く見受けられる。当然、その中の一個体である俺もそうだ。
見えない未来を考えるのはまだ早いだろうと、皆が皆そう思ってしまうから、流されるように集団意識と言いますか、まだ大丈夫などと思う。
小学校からよくいえば変わらないで、悪くいえば成長しないで夏休みを待ち望みにしてるのだ。
頭ではわかってるけど、勉強はやる気にならない。ほら、暑さのせいで夏休みがあるなら、それの前触れというか、結論からして全部夏が悪いんだ。
それにあんなに女の子を薄着にさせて!全く、けしからんじゃないか!汗かなにかでブラウスが透けて、下着の線が浮かんじゃって見えちゃってる子や襟元をパタパタ仰いでサービスショットをくれるような子がいるんだ!
こんなんじゃ教科書見てられないよ。女の子の下着より目を引く教科書でも作ったらどうなんだ!
チラチラ教科書を見ようとしては、女の子鑑賞を楽しむ。
そんな時にふと、黒板に示された文字が俺を嫌な現実に引き戻す。『明後日はテストです』だと?
三ヶ月もの間、俺は授業にほとんど出席せずにいたため、教科書なんて見たところでさっぱり分からない。
このままテストに望んでしまったら、全教科選択問題を、どれにしようかな天の神さまの言うとおり大作戦を決行しなければならなくなる。
これってなんなんだろ?ドコ産の何なのかな?さっぱり分からないけど、地域によって色々あるのか俺のところは、鉄砲撃ってバンバンバンもう一度撃ってバンバンバン。か、鉄砲撃ってバンバンバン赤白黄緑天の神さまの言うとおり。か、どちらかだ。余談だが、俺は後者の方を少しもじって使う。パンツの色は赤白黄緑どれかしら?っとね!
でも、流石にこれは避けなければならない。
親に迷惑をかけるわけには行かないし、急に点数が落ちればなにかしらのアクションがあるだろう。
勉強を聞こうにもこっちから話しかけるのは憚(はばか)られるし、はて、どうしたものか。
先生に聞くのが一番手っ取り早いが、なんか大人ってところで抵抗があるんだよな。家帰ってから妹に聞いたところで小学生なので、全く意味が無い。掛け算ですら危ういのにエックスがどうのこうのなんて聞けるわけがない。そうなると、やっぱり同級生に聞くのが一番いいのだが、昨日の今日で仲良くしてくれる人なんて居ない。というか、接触してくる人間がまずいない。
当たり前といえば当たり前だ。俺がそもそもの元凶である。みんなが悪いって雰囲気になってるけど、始めた本人がしっぺ返しを食らってただけなのだ。
それを羽根をもがれたエンジェルがエンジェルみたいな顔で、エンジェルみたいな広い心で、羽をもいだ張本人である惨めな悪党を助けてくれた。なにそれ綾瀬マジ天使。いじめがなくなったのも全部綾瀬のおかげだ。
いつかきっちりお礼はしないとな。
でも、まだ俺が浮いてる状況ってことには変わりないし、同級生といえど、誰に聞けばいいかね?
なんて目を泳がせていると、話題沸騰中のエンジェルと目が合った。
なにこれ運命感じちゃう!
人一倍運命の赤い糸を信じてる俺を、そう思わせるには充分だった。我ながら実に馬鹿げてると思うが、心には従うのが道理って奴だ。前のことで学んだよ俺は。嘘は言っちゃダメだもんね。
「綾瀬!勉強教えて?」
目が合った瞬間に、短距離走世界記録保持者もびっくりな速度でクラウチングスタートを決め、廊下側の俺の席から校庭側の彼女の席まで机を飛び越えながら、一直線で彼女の元へと向かう。ハードル走の選手もびっくりだね!
「懲りないね……」
綾瀬は丸っぽい字で、漢字の書き写しをやってた。
俺が来ると露骨に嫌な顔をしながら、覇気のない声で言い、はぁ。と、息をつく。
「ダメかな?」
「先生に聞けばいいじゃない」
「……なんか気が引けてさ」
「大久保くんとかは?」
大久保くん。とは、雄也のことである。大久保 雄也。つい三ヶ月前まではよく遊んでた。
でも、もうそれもおしまいだ。あいつと仲良くなんて出来る気がしない。誰よりも率先して俺をいじめてたのは奴なのだ。
そこではっと、背中に氷水でもぶっかけられたかのようにゾッとした。
……いや、考えるな感じろ!って、萌えちゃうドラゴンでも言ってたし、弱気になったら俺の十五歳の夏が何もなく無で終わるぞ!もう、自分の気持ちを偽るのはやめるって決めたんだ!
「俺は綾瀬に教えて貰いたいんだ。ダメかな?」
そう言うと、綾瀬は怪訝な瞳で暫く見てきたが、諦めたようにため息をついて言った。
「……なにがわからないの?」
「数学です!」
警察官のように敬礼を教官に決めると、また面倒くさそうにため息を吐いた。
そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。今日の敵は明日の友ってな!
とは、流石に言えず丁度昼休みの終了を告知するチャイムが鳴った。
「じゃ、放課後ね」
「おう」
席に戻りながら、なにかが引っかかる。脳内で先程の記憶をリフレインさせる。
じゃ、放課後ね。じゃ、放課後ね。ってあいつ言ったか?
これは……まさか。デート?放課後デートって奴か!?
*****
そして長ったらしい午後の授業を、早く終われと心の底から願いながら、終わりのチャイムを待つ。
俺の頭の中はこのあとに待つデートというお勉強会のせいで花が咲き乱れていた。その中幸せに妖精達とるんるん踊っていると、ゴツリと頭に衝撃が走った。
飛び起きるほどいたくはないのだが、俺の意識をこちらに引き戻すのには十分だった。
「なんだ?俺は今妖精と踊るのに忙しい……」
「あらそう。じゃ私は帰るから……せっかく起こしてあげたのに」
どっかで聞いた声エンジェルボイスが、不満げに漏らす。
その瞬間、俺の頭の中にいた妖精達は泡のようにパタリと消え失せ、目を開け周りを確認。
全く揺れないカーテンが端っこで括られ、窓越しに夕焼けが差し込む。完全に戸締りは済まされていて、いつもの喧騒はどこに行ったってほど静かで、秒針の進む音だけがカチカチと悲しげに響く。すっかり放課後の誰もいない教室へと変わり果てていた。どうやら取り残されてしまったらしい。
その中、チリチリと小物達がぶつかる音が、鈴みたいに聞こえてきた。
そちらに目をやると、やたらいろんなストラップをリュックサックにつけた女の子が、よっせとバックを背負ったところだった。目を擦りながらやあ。と声をかけるが、反応がない。
俺を無視するように彼女は前の引き戸から教室を去ろうとしたところで、俺の虚ろな意識が目覚めた。
「俺寝てたんかぁ!?」
俺がそういうと同時に引き戸から彼女は出ていった。
急いで帰り支度を済ませて、バックに色々と適当に放ると、階段を駆け下り靴箱に出るとさっきのエンジェルが居た。
「ちょっと、ちょっと待ってくださいよ!綾瀬さん!」
息を切らしつつ言うと、彼女は不機嫌そうにパタンと外履きを地面に放り落とし、目も合わせず、横顔では表情が窺いしれない。でも、明らかにムスッとしてるのはわかる。
「寝ててごめん。いつの間にか寝てた」
「だから許さないから」
「これもですか!?」
「……奢って」
ちょっと小声ではあったけれど、聞こえる程度で綾瀬は真面目に言った。
聞こえていたが、あとになって恥ずかしくなったのか耳まで真っ赤にするところを見て、イタズラしたくなるのはしょうがないね。だから、この軽口君は「え?なんだって?」と、難聴主人公のようにそう聞く。
「馬鹿……馬鹿なら馬鹿らしく赤い点でも取ればいいじゃない!許して欲しいなら奢ってって言ったの!」
目に涙を貯めながら紅潮しっぱなしの頰でぽかぽかと俺の胸元を叩く。勢いはあったものの全然痛くない。むしろ心地いいくらいだ。癒しんすだね!
「……はいはい。で?何を奢ればいいんだ?」
うっかりこの語尾に我が妹よ。と付けそうになったのは秘密。
「知らない。その無い頭で考えれば?」
彼女はふんっ!と、鼻を鳴らしてそそくさと帰っていこうとする。
「わ、わかったから!じゃ、この後五時から駅前でいいか?」
「……ええ。わかったわ」
それだけ聞くと、俺は彼女が歩いてった反対の方向へと駆け出す。
本当ならば家までおくっていきたいところなのだが、方向が真逆なのだ。
というかこれ本当に放課後デートになっちまったじゃねえか!すげえ。寝てよかったかもしれない。あの妖精達のお陰かもな。
「ただいま」
一言そう言って家に入ると、反応はなかった。だが、妹のピンク色の運動靴があるということは帰ってきてるのだろう。
とりあえず服を着替えようと二階に上がり自分の部屋のクローゼットを見る。
自分で服を選ぶということをしてこなかったために、服選びという問題があった。
「たのもーう!」
俺の部屋の横、すなわち妹、彩の部屋である。扉を勢いよく開けてみると、目線と目線が絡みあって空気が死んだ。
「あ……」
丁度、着替え途中だったのか妹が一糸まとわぬ姿でいた。プリプリとしたハリのあるきめ細やかな白い肌に、スラリと伸びた体躯。まだまだ発展途中だと思っていたのに、意外と出てるところは出ているのね。最近の小学生は全く、お兄ちゃん感激だよ!
「ばっ、ばばば……ばかぁ!!」
顔を一気に沸騰させ、手で色々隠しながら手に取れる場所にあった物を投げてくる。
「痛い痛い……正直眼福ものだったけど」
「死ねばか変態!三度回って砕け死ね!」
「チッチッチッ。三回回ってワンだぞ。我が妹よ」
舌を鳴らして人差し指を振っていたら、ボディブローが綺麗に入る。
「……これは効いたぜ」
「ざまあないわね!」
そう言いつつ彼女は、下着とぶかぶかな白シャツを身につける。はぁ。またそれかよ。なんだったら裸族キボンヌ。
とは流石に言えずに妹は、ベットの上で座って羽織るように頭だけを出して布団に包まり、背筋がゾクッとするほど鋭い眼孔を向けてくる。
「で、なに?」
「ふぅ!その視線興奮するね!」
何故か我が妹はスマホを黙って真顔で取り出し、どこかに電話かけ始めた。
「あ、もしもし。警察……」
「おい!」
無理やり携帯を奪い取ると、携帯を確認するがエアー通報だったみたい。よかった。と、安堵の息を漏らしたのも束の間、妹がスマホ奪いざまにニッコリと言った。
「犯罪者には然るべきところに入ってもらう義務があるよね?」
「ちょっとしたジョークじゃないか!我が妹よ!」
俺もすかさずいい笑顔で返す。
「……正直ぶん殴ってやりたいところだけれど、私が大人にならないといけないみたいだね。で?おにい。どうしたの?また前の話?」
「……いや、前の件は済んだ。ありがとよ!それでさ、洋服を選んでもらえませんか?」
そう言うと、頭の上にはてなマークを浮かべて首を傾げた。
「……ちょっとデートじゃないんだけど、ご飯食べにいくことになってね」
そう続けると妹は顔を伏せ表情が一切窺えくなり、代わりに黒いオーラのようなものが後ろに立ち込めた。
「……それは女の子と行くの?おにい?」
ギラギラと目を滾らせ、黒豹が獲物に飛びかかる前のような緊張感が場に走る。
俺はうさぎのように震えるしかなかったが、相手はまだ子供だ。俺にだってちょっとくらい太刀打ちできるよ!
「そうだけど、ちょっと目が怖いよ我が妹よ」
「私も行く……」
「ん?なに?」
「私も行くって言ったの!早く準備して!」
「サーイエッサー!」
獰猛な黒豹(肉食)に草食動物の兄が勝てる訳もなく、「着替えるから!」と、部屋から追い出されてしまった。食い物にされる前に従うのが一番利口だろう。
廊下から「俺の服は?」と、問うと「着替えてから行く」と、返事があった。大人しく部屋で待ってると、ノックされ、返事をする間もなく妹は入ってきた。
涼し気な肩まで露出した水色ブラウスの胸元に愛らしい大きなリボンが腰掛け、膝くらいまでの白色のスカートが清涼感を出す。普通こんな大人っぽいの小学生には似合わないはずなのに、その辺の読者モデルなんかよりずっと似合っていた。我が妹ながらにやるね!
「じゃ、服選び頼みますわ」
充分に鑑賞したあとそう言って、クローゼットを開くとベットに腰掛ける。
「ねえ、ひとつ聞いていい?」
「ん?なんだ?」
俺はできるだけお兄ちゃんっぽく、優しい笑顔を作って見せてみるが、足のつま先から頭まで妹の視線が上下し、飛んでくるのはブリザード光線。
「……なんで服着てないの?」
「さっき裸見ちゃったから、これでおあいこってことでどうかな?」
歯をキラっとだして爽やかな笑顔をプラスし、ウインクを決めてみる。
相手をコールドスリープ状態にさせる能力でも発芽したのか、妹は周りの空気すらも凍えさすような視線を浴びせてから「キモい」と、だけ言った。
「あ、そうか!下着付けてるもんね!脱ぐよ!いますぐ!」
何も言わずに妹は振り向き、ゴミを見るかのような目で俺を睨むと服を投げつけ、さっさと部屋から出ていった。
仕方なく妹の選んだ服に袖を通し、鏡を確認すると、まあ、どこにでもいるよう中学生と言った印象を与えられる。大して面白くもないがオシャレでもないようなグレーが主体の地味な感じになった。
そんな服しか持ってないのだから仕方ないね。
でも、俺が自分で選んだら目も当てられないほどに酷くなる……らしい。どうしたらそうなるの?っていつも妹に言われる。
俺的には普通のはずなのになぁ。
電話でもよかったが妹を溺愛してる親に何か言うのが面倒だったので、一応家に書き置きを残して妹と共に駅まで歩いていく。徒歩十分くらいなのでそれほど遠くはないのだが、背中にじっとりと汗をかくには充分な距離だ。
「で、どこで待ち合わせなの?」
彼氏彼女な距離を感じてしまうほどに、妹は俺の腕に腕を絡ませてきていた。本当にそんな関係の人とやるなら幸せだったのだが、血の繋がった実の妹だ。なのに、リア充爆発しろ。って目で周りから浴びせられる。
「そろそろ離れない?我が妹よ」
そういった途端、腕がクルクルっと変な方向に巻かれて、固められる。
「痛い痛い痛い!」
「それ止めないと折るから」
「なんでだ我が……」
そこまで言うと蛇に睨まれたカエルのように、俺の全身の筋肉という筋肉が動かなくなり硬直した。本当にブリザード光線を発芽させたんだね。お兄ちゃん能力持ちの妹ができて嬉しいよ!
「わかった!わかったよ!妹!」
「わかればよろしい」
「はい。ごめんなさい」
妹が満足気に笑うと、固まっていた筋肉も魔法が溶けたかのように解れて動くようになる。そうこうして妹と戯れていると、いつの間にか駅前に着いていた。
ここに集合ね。とは言ってないのだが、大体この駅の前の集合場所といえば大きな時計前だ。なのでそこに行ってみると、色んな人が待ち合わせに使ってるのか結構な人がいる。その中でも一際目を引く綾瀬は、手鏡片手に笑ったり頬をふくらませたりして遊んでいた。
白色のブラウスから露出する白い肩が彼女の溢れんばかりの色っぽさを最大限に引き出し、ミカン色のロングスカートが清涼感と大人っぽさを演出する。
大きめのベージュの手提げバックを地面に置いてるが、何が入ってるのだろうか?
「よ。待たせたか?」
「い、いえ!私も今来たところだから気にしないで……あら?そちらは?」
「美少女……」
妹はそう言って白くなっていた。
綾瀬は妹の目の前で手を振ってたが、反応がない。どうやら既に死んでしまって……っておい!殺すな!
「どうした我が妹……」
言った瞬間だった。
「ふんっ!」
腹に強烈な一撃がクリティカルヒットした。
「……妹さんってことでいいのかしら?」
困惑気味に倒れた俺を見下ろしながら、綾瀬は俺にきくが、妹が答えられない俺の代わりに答えてくれた。
さすが我が妹。優しいな。……いや、よく良く考えれば違うな。全然優しくない。お兄ちゃん殴るんだもの。
「は、はい!私、このゴミぃの妹をやらせてもらってます。彩です!小学五年生です!」
「しっかり自己紹介できて偉いね!私はこれの同級生の綾瀬絢香(あやせ あやか)って言います。よろしくね」
そう言うと綾瀬は妹の頭をよしよしと撫でる。妹も気持ちよさげに目を細める。
凶暴な黒豹をもなだめてしまうエンジェルすげえなぁ。なんて感心しつつ俺はその姉妹に似た二人を鑑賞する。
「はいっ!よろしくです!お姉ちゃん!」
「うんうん。お姉ちゃんだよ!」
そう言うと綾瀬は目をハートにし、妹を胸に押し付けるようにして抱きしめた。
「違うわ!俺の妹ですから!ね?我が妹よ?」
懇願するように妹に目をやると、冷たい視線が帰ってくる。
「……嫌。私お姉ちゃんがいい」
そう言うと、妹は綾瀬のそれなりに立派な胸に自分から顔を埋める。
なんだよそれ!俺もやりてえよ!
「ということだから、私妹さん貰うね」
「じゃさようなら元おにい」
「待て待て待て待て!そろそろ本題に戻ろう。な?」
帰ってしまおうとする彼女らをなんとか引き止めると、二人は露骨に嫌そうな顔をし、少し目を細める。
まあ、お持ち帰りしたい気持ちはわかるので百歩譲って綾瀬は許す。
だが、妹は許すまじ。お家に帰ったらじっくりと兄の素晴らしさについて教育しないといけないみたいだね。
「……じゃ何奢ってくれるの?」
「え?おにぃ奢ってくれるの?」
「なぜお前の分まで出さなきゃならんのだ……」
「えー!おにいのケチ!私お金持ってきてないよ!」
「じゃ家に帰ればよろし?」
……だなんて言ったらこいつ妹にも飯を奢らないような小心者だなんて思われちまう。
「冗談だよ。でも、ちょっと予算がオーバーしそうだから、今日は綾瀬ごめん。ファミレスでいいか?」
誤魔化して安く済む所まで行った。完璧すぎる流れ。
「ま、ファミレスなら勉強会には持ってこいだしね」
「……へ?」
過去の記憶を戻して行くと、そう言えば最初にそんなことを言っていたなぁ。と、思い出し、ようやく気づく。
ド忘れというか、浮かれすぎて忘れちったぜ!てへ!
「……え?勉強教えて欲しいんじゃなかったの?」
「ってことは、それ……」
ベージュの手提げバックを指さすと、彼女は呆れたようにため息をつき、「結構重かったのよ?全く……」と、続けた。
「ごめん……」
これは謝るしかない。俺が百パーセント悪い。
というか俺が悪くないことの方が少ないね。さすがエンジェル。
「許さない」
でも、帰って来る答えは変わらないか。
「そ、そこをなんとか……なんでもしますから!あ……いや、奢るのはいいんですけど、高いのはね?」
わかって。と、言わんばかりにウインクを決めると、綾瀬は妹並みの冷たい視線を向けたあと、呆れたようにため息をついた。
なんか最近こんなことばっかりだから、なんか目覚めそうな気がするなぁ。
「明日、全教科持ってきなさいよ?放課後図書館が開放されるからその時に全部叩き入れてあげるから……」
「はいっ!ありがとうございます!」
いいなぁ。これ。冷たい目気持ちいいなぁ。なんて思ってしまった。……あ。いや。違うんですよ!これは俺じゃないっていうか。ちょっと魔が差したんだよね!
「ちょっと!おにい?顔が緩みまくってるけど、大丈夫?」
「え?あ、うん。全然大丈夫!むしろ心地いいくらいだぜ!」
「ちょっと何言ってるか分からないけど、お腹すいちゃったな。おにぃ?」
誰しもの耳を癒すような甘いボイスに、上目遣い。猫がご主人にじゃれてくる時のように愛くるしい。妹の後ろにピンク色のエフェクトが見え、妹がいつもよりも三段階ほど可愛く見える。
はい。またまた出ましたね。おにい大作戦。
この後めちゃくちゃファミレス行った。
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