veララ・アルマ・バーンスタイン

 屍神ししん

 戦火により理不尽に焼かれた魂たち。蠢く呪いたちを死体に詰め込んで、『神懸かり』により神格を降ろした生体兵器。不死身の死体は世界に痛みを与えることを欲している。

 彼らに与えられた任は、復讐。

 歴史の転覆、世界への叛逆。痛みを与えた彼らに、痛みを返す。人の呪いは神へと至り、七つの死体はその任のために暗躍している。誰にも知られることなく、影の下に蠢き、来るべき審判に備えている。


(……なにしてんだ、アイツ)


 三日目、朝。

 クルックス研究所。

 傭兵エシュは妹分の姿を発見していた。幸い、無事だった。無事ではあるが、彼から見れば異様極まる光景だった。

 人に囲まれ。

 光の下で笑い。

 キャッキャウフフと遊んでいる。

 エシュは頭の血管が数本千切れ飛んだのを自覚した。流石は同類といったところか。あの屈強な傭兵にここまでの傷と精神ダメージを与えるとは。


(数が多い、か)


 

 エシュが最初に至った答えはソレだった。回収に来た妹分ごと解体して全てを闇に葬るか。ロボ、とかいうやつとの戦いにも慣れてきた。不意打ちで戦力差は覆せる。冷徹な打算が結論を弾いた。

 だが。轟々と燃え盛る危機感が却下を下した。

 要注意対象の何人かは、傭兵ならばまとめて立ち回れるだろう。しかし、二人。明らかに突出した危険対象が混ざっている。


(一対一でも厳しいか? 捨て身で屠る価値はあるか?)


 疑問を反芻する。隠れ蓑でしかない戦争のことなど、さっさと思考から外す。

 退魔の一族の当主を見た。何か得体の知れない力を感じる。あれは自分たちを退ける異能。これだけ武装があれば討ち取れる自信はあるが、そこまでして戦う意味はあるか。

 一国の姫を見た。エシュは積み重ねてきた戦士だ。過酷な修行、圧倒的な経験値の末に戦う力を育んでいた。だから、一目見て分かった。積み重ねてきたものは傭兵すら凌駕する。討ち取るのならば文字通り捨て身の覚悟を。

 妹分と一緒に戦っても五分とまでは言えない。戦場で珍しく逡巡するエシュ。


(――――時間切れか)


 正解は、逃走だった。だが、もう遅い。その決断を果たせぬままに、目が合った。既に気付かれている。

 目下最大の危険人物の名前は、ララ・アルマ・バーンスタイン。彼女も同じJ陣営の代理だったが、傭兵には知るすべもない。砲剣を握る左手が震えた。


(どういうつもりだ?)


 仲間が次々と飛び立っていく。

 残るのはララ姫と、この期に及んで呑気すぎて解体したくなる妹分と、大きな小鳥。最後のは、もっと大きなペンギンを見ているので気にしないことにする。


「もういいだろう。出てこい」


 隠れていたスクラップの山から、のっそりと大男が出てくる。隠れたり逃げたりは逆効果だ。砲剣をすぐに振り抜けるように構えながら、一歩一歩近づく。


「副業傭兵エシュだな」

「なぜ知っている」


 その名は広がっていても不思議ではない。ここで神名がバレていたら戦うしかなくなっていた。


「お前はベルを持っている。あれは個別に信号を発しているから何処の誰だかはすぐにわかる。先ほどオペレーターが知らせてきた」

「オペレーター?」


 意外な答えに、エシュは眉をひそめた。とはいえ、骨に阻まれその表情は伝わらなかったが。


「お前にはいないのか? 戦場外から状況を把握し分析して知らせてくれる便利な助っ人だ」

「いない」


 そういえば、そんな話を聞いた気がする。自分には関係ないと思って聞き流していた。


「そうか、いないのか。私は味方だ。J陣営、プリンセス・フーダニットの代理ララ・アルマ・バーンスタインだ。そのよくわからんデカい剣を下ろせ。戦う意思はない」


 戦闘は回避できる。

 傭兵はそう確信した。目の前の相手は、戦争を続行させる理由がある。無意味な同士討ちは望まないはず。傭兵の口角が上がる。戦わない。観察Obser"ve"である。

 そうと分かれば吹っ掛ける。


「妹を返せ。おまえが眷属を焼き尽くし、コイツをさらったことは分かっている」


 妹分に視線を向ける。ヤバいという自覚はあるのか、露骨に目を逸らされた。


「ああ、あの事か。ゾンビを引き連れて踊り狂っていたからな。皆自然に帰してやったのだ。カリスマのゾンビとフーダニットの兄もな」


 エシュは小さく頷いた。それについても彼女には小言がある。

 それより。傭兵は核心を口にした。


「お前は敵か」

「味方だと言っている。妹のゾン子はモナリザ・アライ陣営だったからゾン子の方が敵だったんだよ。もうベルは破壊したから戦う必要はない」


 そういえば、ゾン子と名乗っているらしかった。


「妹を返せ」

「私はゾン子と約束した。この社長戦争の間、彼女を害する者から守るとな。傭兵エシュ。貴様はゾン子を害する者か?」

「違う。俺はゾン子の保護者だ」


 満足そうに頷くララ姫に、ゾン子がガタガタ震え出した。引き渡す雰囲気になっている。どんな目に遭うか分からない。どうせ一時しのぎにしかならないのに、何とかして逃れようと足掻く。


「だってさ、私の後ろでガタガタ震えているゾン子ちゃん。お兄さんが迎えに来ましたよ」

(そっちの方が保護者みたいだな……)

「うううう。帰るの嫌かも……。絶対怒られる」

(なにをいまさら)


 甘えた声で懇願するゾン子。ララ姫の顔を借りてなんとか逃れようとする算段だった。浅はかで、ハラワタが煮えくり返る。砲剣で両断しようとする腕を、鋼の意志で止めた。


「怯えていますよ。どうしますかお兄さん」

「怒らない。だからこっちへ来い」

「ホント? 怒らない?」

「ああ」(お前は解体処分だ)


 エシュは大きく頷いた。

 この傭兵、目的のためならば全く表情を動かさずに嘘をつける。


「ゾン子が背負っているリュックには着替えと食料が入っている。前に着ていた青いワンピースも洗濯して入れてある。ボロボロだったが大事な服のようだったからな」

「ありがとう」

「構わん」


 そして、すごく良い人だった。殺意を抱いてしまったことを悔い改める。副業モードならば、関係次第で破壊を差し控えている。良好であれば、その人脈は宝となる。無論、本業に関わらなければだが。


「おお、貴様にプレゼントしてやろう。これだ」


 手渡され、エシュは骨の下で目を見開いた。餞別として渡されたのは、ずしりと重い十字手裏剣が二つ。


「これはな。戦車の装甲をブチ抜くタングステン合金製の手裏剣だ。めったに手に入らない業物だからな。大事に使え。貴様には銃砲よりもこういった武器は似合いそうだ」


 まさしくその通り。そして、この戦争において装甲を抜ける武器は価値が上がる。身一つで戦う傭兵には心強い武器だった。


「ああ、感謝する」


 大きな小鳥に乗って去っていくララ姫が、後ろ手に手を振った。

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