vs暗殺者

 三日目、草木も眠る丑三つアワー。

 『人でなし難民キャンプ』コモン。


『J陣営の『副業傭兵エシュ』と♠陣営の『暗殺者』とのデュエルが成立しました』


 ガラクタが積み重なるだけの郊外。中央王城に進もうとするエシュの前に、ソレは立ちふさがった。

 降り注ぐ三十本もの小型槍。砲剣と双頭槍を投げ捨てて七刀を抜いた。


「スカーミッシャー!」


 槍の雨。

 その真っ只中で傭兵が踊る。左の振り上げ。手を離す。右で払う間に三本目を突き上げる。足で蹴り上げた四本目が槍を弾き、落ちる一本目を右手で掴む。右手二刀の舞、脇に挟んだ五本目が隙間を縫う槍を弾いた。四、六、七本目が宙に舞う。

 烈しい舞踊。傭兵七刀流。全ての槍を弾き飛ばし、両手の刀以外の五本がエシュの周囲に突き刺さる。


「ひゅ~!」


 ソレが口笛で称賛した。

 真っ黒な、アレはなんだ。かなり小柄で、ポニーテールに見える影からは少女だろうか。しかし、あんなものが人間であるわけがない。


「甘いものをくれなきゃ暗殺しちゃうゾ♪」


 問答無用の先制攻撃を仕掛けた暗殺者は、そんなふざけたことを言った。エシュは食いかけの山羊を投げた。


「うげぇ……!」


 苦い声を出す暗殺者。視線を逸らした一瞬。既にエシュは走り出していた。

 その一閃は、黒い槍に弾かれた。


(確かに丸腰だったはず。どこに隠し持っていた……?)


 エシュの連撃が暗殺者に殺到する。尋常ではない槍捌き。途切れて下がるエシュへの追撃。空から落ちる刀がその槍先を逸らした。


「しぃ――――っ!」


 剛脚が槍をへし折る。走り出しの時点で、一振りを蹴り上げていた。攻めきれない時の保険だったが、ドンピシャに機能した。


「――それで?」


 もう一本の槍。空中の刀を砕き、暗殺者の身体が沈む。人間体が死角に陥りやすい角度。傭兵が経験的に知るそれを、暗殺者は的確に攻めてきた。

 槍先を弾きながら下がる。攻守は完全に逆転した。傭兵は大地を踏み抜き、刺さる四刀を浮き上がらせる。


「ブリッツクリーク」


 傭兵六刀流。

 夜闇に凄まじい斬撃音が響き渡る。あまりにもその数が多く、一つの音として重なった。刹那の攻防の末に六刀を弾き飛ばされたエシュは、捨て身で槍の間合いを突破していた。


「おっと♪」


 もう一本、小型の槍。小さな手から生み出されたのをエシュは見逃さなかった。どういうわけか、いくらでも生み出されるみたいだ。


「しゃぁ――!」


 蛇のように両腕をくねらせた打撃も、暗殺者には届かない。槍でいなされ、身軽にかわされる。


「しつこい♪」


 大地に手を置くと、影が広がった。傭兵の危機感が語り掛けた。

 来る。

 後ろに下がる暗殺者をエシュは追わなかった。その周囲から八本の槍が襲う。完全な不意打ちだったが、エシュは辛うじて致命傷を回避していた。


「目、いいんだね?」

「ああ。夜目も効く」


 全身血だらけで、骨を被った男は笑った。その手に持つのは。


「その骨、取らないの?」

「頭は守りたい。顔は見られたくない」


 何か言おうとする暗殺者に言葉を被せる。



「喋り過ぎだ――『カルマ』」



 真っ黒な影から黒い液体が噴き出した。その膝ががくりと折れた。だが、その真っ黒な目は死んでいない。

 一方。効くのか、とエシュは感心する。その槍先を自分の腹に向けた。


「――――っ!」


 暗殺者が走った。エシュが勢いよく双頭槍を突き出す。暗殺者は、自分で傷つけたダメージは転移出来ないことを知らなかった。

 だから、これは罠だ。

 発動前に殺す。影を伸ばして死角から串刺しに。その槍を、エシュは後ろ手に突き崩す。


「え」

「よう」


 虚をつかれてバランスを崩す。影が舞い上がり、無数の槍が迎撃。が、双頭槍の連続突きはその壁を叩き潰す。


「――――なんてね」


 槍ではなく、小さな手が伸びた。指槍が関節を打つ。四発。小さな力でエシュには僅かなダメージしか入らない。

 ゲナウストライク。

 その手から、双頭槍が落ちた。


「じゃ、仕切り直そうか♪」


 最初の、先制攻撃。


「スカー、ミッシャー!!」


 降り注ぐ槍の雨。







 双頭槍『カルマ』は、まさにエシュにうってつけの武器だった。

 その大きさはエシュの怪力を生かし、その構造はエシュの技術を映し、その丈夫さはエシュの雑な扱いにも耐え、その能力はエシュの不死身にマッチしていた。

 拾うか、拾わないか。

 その二択で、エシュは後者を選択した。槍の雨に、双頭槍が潰れていく。


(拾おうとすれば、それは絶対の隙となった)


 それこそが、暗殺者の狙い。

 人は便利な道具を手放せない。

 だが、道具は道具だ。エシュにはそう割り切る常識が身に付いていた。魂の半身たる唯一。それだけが代えのきかないもの。


(武器なんて――そこらに降っている)


 槍を掴んで振り回し、砕ければ別の槍を掴んで振り回す。暗殺者の追撃さえも退けたエシュは、巨大な砲剣を振り抜いた。風圧が小柄な体躯を吹き飛ばす。

 その重量に、流石に両手で構えた。


(使い方が解らん……)


 向けるが何も起きない。一方、暗殺者は臀部を突き出してふりふりしている。振り返って投げキッス。


「……なんのつもりだ?」

「リープリヒリリム――ダメ、かな?」


 真っ黒でよく分からない。取り敢えず砲剣を構えて突撃した。


「うわわわ――っ!?」


 何を慌てたか、暗殺者は胸を張った。余計、というか何一つ分からない。

 突き。からの貫払い。身軽に回避されて反撃される。あの一撃、ゲナウストライク。警戒して砲剣を離す。


「ちっち! 狙いはこっち♪」

「騙し討ちは慣れたさ」


 フラウシュトラウト。

 だが、一々驚くのももう充分だ。正確にベルを狙う槍を、掴んで投げ上げる。ベルを狙う一撃は、誘導されている。


「え――ちょ」


 高く高く投げ出されて身動きが取れない。エシュは落下まで待たなかった。トン単位の砲剣を蹴り上げ、拳で殴り飛ばす。


「待――――っ」

「これ以上、手は回させない」


 砲弾のように放たれた巨大な砲剣は、小さな暗殺者を打ち砕く。黒いどろりとした粘液が木端微塵に飛び散った。

 ベルがどうなったのか、語るまでも無い。

 それほどまでに、完全な破壊だった。







 そよ風の揺らぎに、エシュはLグリップブレードを向けた。既に七刀から六刀に減っていたが、それでも武器としては十分すぎる。砲剣と六刀、あの黒い槍は暗殺者の消滅とともに影もなく消え去っていた。


「………………蝙蝠?」


 それにしては、感覚が妙だ。生き物ではなく、どこかハリボテのような生命力。それに、傭兵に気付かれずにここまで接近したステルス性。もしわずかでも敵意があれば、即座に両断している間合いだった。


「これは」


 蝙蝠が姿を変える。それは、一通の手紙。


「雇い主からか」


 文面に目を通す。


―――貴方はとても強い傭兵です。

―――そんな貴方が何故力を貸してくれたのかは分かりません。

―――お金もなく、力もない私のために。


 傭兵にしては珍しく、釣り合った報酬まで要求しなかった。それは副業の路銀稼ぎではなかったから。カンパニーの一部に名前が知られているかもしれない彼には、外部の足掛かりは都合が良かった。


―――それでも、貴方のおかげで戦えています。

―――その活躍に、至上の感謝を。

―――ありがとう、『トリックスター』エシュ。


 取るに足らない小娘だと思っていた。

 そちらの方が都合が良かった。ただそれだけだ。それでも、この二日間で彼女の何かが変わったのかもしれない。彼も『王』たる主に仕える身だから、分かる。人を従え、上に立つ者。その覇気が、手紙から微かに嗅ぎ取れた。


「トリックスター、ね」


 傭兵としての通り名。そういえばそんなものもあったか、ぐらいのものだ。白い光が視界を焼いた。もう、夜明けだ。


(触れたか、アイダ)


 ほんの指先程度だろう。しかし、その僅かな残滓ははっきりと感じ取れた。今度は勘や感覚といった曖昧なものではない。雇い主、フーダニットの魔力を経由した確かな接触。

 死体同士の同調感覚シンパシー

 確かな。これはまさに天啓だった。ここから近い。フーダニット姫の献身が小さな奇跡を生んでいた。エシュは骨の下でにやりと笑んだ。


(向こうもこちらのことは気付いているだろう。(注1)

 であれば、自ずとどう行動すべきか分かっているはずだ(注2))


 六刀と砲剣。煌めく朝日を背に傭兵は走り出した。妹分の回収という目的は、すぐ目の前に。それでも、早々簡単にいくものではないと予感していた。

 十字路に立つ男は、それを覚悟する。三日目、確か最終日だったはずだ。死闘の予感がある。


 決戦の陽が昇る。

























注1:全く気付いていません。



注2:寝ぼけてご飯食べてます。

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