vs『沈黙帝』アクストⅢ世
二日目、夜。
『立体岩山』キューブ山。
『J陣営の『副業傭兵エシュ』と♣陣営の『沈黙帝アクストⅢ世』とのデュエルが成立しました』
夜に出くわすにしてはいかにもな容貌だった。
全長三メートル、その長身を漆黒のローブで覆った人影。人影と辛うじて捉えられるのは、頭部に該当する部位が窄まり、二つの目が赤く光っているからだ。
「……………………」
赤い二つ目は無言でエシュを見下ろしている。沈黙帝、と言ったか。語らず、語らせず。全てを滅する威圧の赤。沈黙帝は、どこでどう持っているのかごちゃごちゃした巨大剣を構えている。十一聖王の巨剣の倍近くある。
砲剣『ウェーザーフルーク』。天に掲げて振り下ろす。
「来るか」
ただの剣ではないといい加減経験で学んでいた。振り下ろした先、大地が割れ、土龍轟く土砂雪崩がエシュを襲う。巨剣に打ち合うには巨剣。エシュが居合抜きのように構えるのは十一聖王の剣。
斬撃ではなく、面での制圧。
扇の如く土砂雪崩を殴り飛ばす。しかし、エシュの怪力を以てして打破には至らない。リーチが僅かに足りなかった。土砂の尾が大男を潰す。積み上がった土塊からぴょこんと頭を出した男は、骨を外して口に入った土をぺっぺと吐き出していた。
「……………………」
無言で砲剣を向ける沈黙帝にエシュは訝しむ。もしかして、連発は不可か。ナポレオンとの戦闘を思い返しながら、土から這い出る。
土の中から巨剣と七刀を引っ張り上げる。引っかかった双頭槍も苦心しながら。ついでに呟く。
「――『カルマ』」
びくともしない。それほどダメージが大きくなかったからか。エシュは双頭槍を投擲する。効果が薄そうな七刀を遠くに放り投げ、巨剣振りかざして突撃する。
やはり機動力は低い。
素直に砲剣で双頭槍を弾いた。軽く逸らすような受け流しは流石だが、それではエシュの次撃に対応出来ない。業風纏う袈裟斬り。鈍くて大きい打撃音。確かな手応えを感じて、しかしエシュの目は驚きに見開かれていた。
(どんな堅さだ――!?)
あの薄さに、納得いかない。沈黙帝の巨体は僅かに傾いただけで、その身に傷は入っていない。返す刀の一撃が巨剣の腹を打ち砕く。
「――――っ」
衝撃が腹まで貫いてエシュは吹き飛んだ。沈黙帝が再び砲剣を構える。紫電の兆候。エシュは真っ二つに折れた十一聖王の剣を空中で掴み取る。回避方向は背後。
突き立てる刃は避雷針のつもりか。
「……………………っ」
雷の雪崩が左右に割れた。それでも打ち消しきれない。双頭槍を突き出す。幾らか相殺出来ても、その膨大な雷はエシュを貫く。肉体の表面が焦げ、口から煙を吐き、それでも傭兵は言った。
「――――『カルマ』!!」
「ぐぅううおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉ――――!!!!」
沈黙帝の耳をつんざく悲鳴はローブの中から聞こえた。だらりと脱力するエシュが前に倒れる、寸前の一歩。ひらりと覗いたローブの内側。目聡い傭兵が目を光らせた。
抜けていく力を寄せ集める。
低く、這うように走る。
双頭槍『カルマ』をローブの内側に突き立てる寸前。砲剣の砲口が眼前に突きつけられた。肌を焼く業火の予兆。
(連、発……?)
支援技『イグニッション』。
エシュが知るはずもないトリックによってオーバーヒートが免れる。エシュが行使するのは、鍛え積み重ねた蛮勇。伸ばした右手で矛先を払い、業火の渦の横を力尽くで抜けていく。右腕の火傷がちりちりと痛むが止まらない。左手の双頭槍を突き立てる。
と、なんか違う空間に立っていた。
「は…………?」
エシュの攻撃の手が止まる。ここはあのローブの内側、だったはずだ。なのに、目の前で煙を上げて痙攣している少年は誰だ。
「余は、沈黙帝……アクスト…………Ⅲ世、なるぞ――――……っ」
それっきり、沈黙帝は沈黙した。
その右手からぽろりと落ちたベルを、エシュは踏み潰した。謎の亜空間がパラパラと剥がれ落ちる。気付けば、元のやたら砕けた岩が散乱している荒れ地に戻っていた。エシュは首を捻りながら骨を被るが、答えは出ない。ローブが崩れ去り、沈黙帝と称する少年と巨大な砲剣だけが転がっていた。
それでも、勝利アナウンスという一つの答えは示された。
◆
山羊。
その肉をエシュは好んで食べていた。今そこかしこに転がっているのは山羊の丸焼きたち。どうやら最後の業火の渦が群れでも引き当てたらしい。そういえば半日以上も何も食していない。このまま無補給でも丸一日くらいは戦えそうだったが、どうせならとむしゃぶりつく。
(…………うまいな)
手を合わせて骨までむしゃぶりつく。肉は活気の種。食べているだけで気分までもが高揚してくる。心なしか傷の痛みも和らいでいる気がする。
夜闇の荒れ地に一人山羊肉をむさぼる男。異様な光景ではあるが、死体の群れがスリラーダンスを踊っているのとどちらが異様か。
それは、見る者によるだろう。
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