vs白き淑女エンリーク(前)

 三日目、午前。

 『無人の王城』レジェンド。


「どう、どうどうどうどう!!」


 城壁に叩き付けられる死体少女が叫んだ。エシュが六刀の一を抜く。


「待て待て待て待てって、待てやレグパっ!? ちょっと認識の相違があるみたいだかんなっ!!」

「気軽に神名を口にするな」


 刃が首元に添えられる。その頭部が万力のような力で城壁に固定され、逃げられない。


「ばかばっか止めろって!! 分かったからさあ!!」


 死体少女は身動きが取れない。むしろ城壁の方が砕けそうな勢いだった。


「言い分は?」

「カンパニーの奴らがあたしを言いくるめて嵌めたんだ!!」


 皮膚が一枚裂けた。


「なあ、待てって、話し合おうぜ? 話せば分かるよぉ? レグ兄はどうしてこんなところまで来たんだよ?」

「お前が。また。巻き込まれて。心配で。来てやったんだ」


 心配なのは、その命だけではないだろう。


「うわぁいゾン子ちゃん嬉しいよ! お、に、い、ちゃん♪」


 首から血がたらりと垂れた。


「いや、だから、ほんと待って……そもそもなんでここにいるって――――」


 思い当たる節が一つある。


(あんのクソオケラああぁぁぁぁああ――――!!!!)


 屍兵との感覚共有。あの虫人を通して一部始終を見ていたに違いない。ならば、全てが筒抜けだ。解体処分を本気で覚悟する。


「…………戻るぞ」


 強く目を瞑ったゾン子に何かを感じたのだろう。エシュはLグリップソードを鞘に戻した。苛立ち紛れに叩きつけられたゾン子が地面とディープキスをする。口に入った土をぺっぺと吐き出しながら、ゾン子は顔を上げた。


「……レグ兄?」

「いいから準備をしろ。『王』から賜った屍装束しにしょうぞくを脱ぐとはどういうつもりだ」


 青いワンピースを投げ渡される。無くしたら切腹ものなので返してもらってよかったと思う。一度死ねば一緒に再生するので、ゾン子としてはそんなに危機感はないが。


「わーったわーった! ちょっと向こう行ってろ!」

「……なんでお前色気づいてんだよ」


 骨の上から器用に頭を抱える。頭痛が激しい。ストレスで吐きそうだった。それでも木陰に飛び込んでいく死体少女の後を追わないのは彼なりの優しさだったのかもしれない。戦地の真っ只中で目を離すのがどれだけ危険なのかは承知している。

 というより、ゾン子の逃亡という別の可能性に思い至って深く溜息を吐いた。逃げられない、と彼女は学習しないだろう。


(これでこの戦争での目的は果たせた。これ以上危険地帯に留まる理由は無い)


 右手に括りつけたベルを握る。このまま握力に任せて握り潰そうとした直前。


「マテ。マダオワッテイナイ」


 エシュの身体が固まった。


(喋るのか、このベル)


 今明かされた衝撃の新事実である。もちろんそんなことはないが、何気にこの戦争で混乱に陥っているエシュには判断できなかった。


「ゾンコガネラワレテイル」


 振り向きざま、砲剣で木を薙いだ。すっぱり真横に斬り飛ばされた向こう側。そこに死体少女の姿は無かった。


(逃げたか…………?)


 いや、違う。このエシュが察知できないような器用な逃げ方ができる女では無かった。だとすれば、これは何者かに誘拐されたことになる。やはり、言わんこっちゃない。しっかりと見張っておくべきだった。


(可能なのか……? 彼にも屍神だぞ? 不意で命を奪ったとして、すぐに再生するだけだ。身動きを封じても、奴にはタリスマンがある)


 にわかには信じがたい。

 だが、この戦場では信じがたいものにたくさん遭遇した。


「お前は、何者だ」

「キニスルナ。アンナイスル、オニイチャン」


 その言葉に、エシュはあの屍兵を思い出す。彼女は既にたおされたはずだ。あの道化、ユージョー=メニーマネーに。

 エシュは走る。その速度は疾風の如く。

 信用はしていない。理解もしていない。だが、それらを待つのは戦場では遅すぎる。王城の中、その大広間にその姿はあった。大きな柱に身を預けていた女が驚きの表情を浮かべた。


「あら、どうされました?」


 妹分では無かった。

 神格を有した身ではありながら、現界した天使というものを初めて見た。長い金髪に、六対の白い翼。頭の上にはリング。にこにこと優しげな微笑みを浮かべてこちらを見つめるが、エシュはまず腕輪型のベルに目を付けた。彼女も社長戦争の参加者だ。

 ベルが小刻みに震えた。


「へえ、天使なんているんだな。ところで、人を探しているのだが」

「こちらにはどなたも来られませんでしたよ?」


 天使は人差し指を顎に当てて小首を傾げる。高貴な貴婦人といった出で立ち。彼女は実際に智天使の地位に在った。


「これだけ広い城だからな。どこからか目撃情報を募れないだろうか? 青いワンピースの血色の悪い女だ」

「ええ、分かりました。少々お待ち頂いても?」


 エシュは頷いた。

 ベルが、小刻みに振動した。音声を発せられない理由があるのだろう。そして、傭兵の繋がりも中々馬鹿に出来ないとエシュは思った。無駄知識だと正直侮っていたところがある。彼が過去に同業者から教わったもの。モールス信号、というらしい。音の長短で情報を伝える技術。あの薄っぺらい笑顔と、向けられる敵意。そして、ベルからの情報。躊躇いは無い。

 その場を去ろうとした天使に、エシュは砲剣を振り回した。柱ごと粉砕するつもりだったその一撃が、寸前でぴたりと止まる。


「どういうつもりだ――――エンリーク」

「何故私の名前をご存知なのですかね、副業傭兵エシュ」


 砲剣と天使エンリークの間にあったもの。それは柱の陰に隠れていたゾン子だった。ぐったりと力無なく手足を投げ出した彼女を、便利な盾として片手で揺らす。


「意外と重いですわね」

「貴様――ッ!!」


 激昂したエシュに、エンリークは微笑みを投げた。だから、もう片方の手の散弾銃ショットガンに気付けなかった。エシュが大雑把な砲剣を投げ捨てるのに合わせて、エンリークが死体少女を投げ捨てた。両腕で散弾銃を抱え込む。




『J陣営の『副業傭兵エシュ』と♦陣営の『白き淑女エンリーク』とのデュエルが成立しました』


 その宣言とともに、腹黒天使がぶっ放す。

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