vsナポレオン
二日目、黄昏時。
『エルフ保護区』ディープ・グリーン。
『J陣営の『副業傭兵エシュ』と♣陣営の『ナポレオン』とのデュエルが成立しました』
先制攻撃は圧倒的だった。
熱の波動が肌を焼いてエシュは全速力で走る。轟音とともに通過する極太ビーム。大地を焼いて、エルフもどきたちを焼いた。肉が焼け落ちていく彼らは、じっと虚ろな視線を向けるだけだった。
「お前らは、なんだったんだ」
泥に溶けていく姿を見て、傭兵は言葉を落とした。
理解は待たないし、出来るものでもないだろう。それよりも目前に姿を現した脅威こそが肝要だ。大きい。目算で五メートルと少し。黄色の塗装に、背面の翼。前に戦ったロボと同系統か。
「ほう、生き残ったのであるか」
尊大な声を発するナポレオンは、巨大な携行砲をどしんと下ろす。エシュが目をつけたのは腰に構える巨大な剣。二メートル半はあろうか。オクタヴィアヌスの剣は相当な業物だった。ならば、アレも。
「し――――っ」
這うように大地を蹴るエシュ。狙いは明快。とにかく接近して討ち取る。これだけの体格差だが、今さら動じない。間接部位が脆いことは先刻承知だった。
違いがあるとすれば、あまりにも距離が開けていたということか。
「………………」
骨を被った大男は、双頭槍『カルマ』を水平に構えながら頭上を見上げる。その表情は見えないが、あまりいいものではないだろう。ナポレオンは空中で再度携行砲を構える。近すぎれば回避できない。エシュは距離を取った。
「ふん、臆病者めが」
興が削がれた、という体で十一聖王が地面に降り立つ。二脚がその砲身を支え、砲口をエシュに向ける。何やら収束していくエネルギーを見て、エシュは致命的な間違いに気付いた。
(こいつ、空中じゃ撃てないのか……!)
この間合いならば接近よりも砲撃の方が速い。走る方向は横。ナポレオンがその照準を修正するがそれより速く。スライディングのように滑り、速度が急激に落ちる。
光の奔流が。
破壊のレーザーが殺到する。
スライディングは地面との摩擦で溜めを作るため。スピードが落ちるタイミングを狙われていると読んで。砲撃を確認してエシュが跳躍した。木々の幹を蹴るように稲妻のような速度で砲撃から逃れる。
「はっ、臆病者はどっちだ」
反撃までは追い付かない。エシュは空を見上げる。空中に逃げられれば彼に打つ手はない。かといってナポレオンにも空中からの攻撃手段はないようだった。このままでは果てなき泥仕合。
「策略家と称せ、野蛮人」
確かに、とエシュは頷いた。このまま泥仕合が続けば、勝利はナポレオンに傾く。理由は砲撃後の大地。大地だけではなくその大気までもが、灼熱を保っていた。それほどまでのエネルギー。直撃すればエシュの肉体など一瞬で消し炭だ。
「ほれ、このままだとじり貧だぞ」
ナポレオンが煽る。こっちのミスを誘っている。いくらディープ・グリーンが広大とはいえ、移動範囲は限られている。泥仕合の果て、それは回避先の失ったエシュがベルごと消し炭にされる光景。
傭兵は双頭槍を大きく振るった。覚悟を決めたのだ。
「身内に水の精霊を使役する女がいる」
ナポレオンは携行砲を小さく振った。もしかしたら次砲を撃つまでに時間が必要なのかもしれない。
「その女は水にまつわる、とある面白い文化を教えてくれた。熱湯風呂、て知っているか?」
ナポレオンは最初からまともに聞いていなかったが、その言葉尻に不穏なものを感じた。携行砲を手に着地しようとしたが、エシュが飛び出すのが速い。
「要するに、我慢比べだよ。どっちが先に音を上げるかな」
間違った知識を発しながら、間違った行動を取った。
少なくともナポレオンはそう思った。
摂氏千度に至る灼熱の大地にその身を投げ出すなど、正気ではない。だから対応に遅れた。十一聖王に落ち度はなかった。
ただ、幸運にも傭兵はソレを持っていた。
「うごおおおおおおおおぉおぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉがああおおぁぁぁぁぁああ――――――っっ!!!!!!」
肉が焼かれ、骨が削ぎ落とされる。内蔵が焼き払われ、その苦痛は想像を絶する。彼のその行動が正気だと判断できるのは、それでもベルだけは守っていたからだろう。
「――――『カルマ』ぁあ!!!!」
十一聖王。古代の特殊金属を加工した装甲も、内側ごと焼かれたらひとたまりもなかった。声を上げるまでもなく全身が発火した。無事なのは右腕と頭部。エシュが守っていた部位だけ。
「――――は、ははは…………っふ、ぐふぅ……」
驚くべきことに、傭兵は生還していた。火傷に包まれ、重傷でありながらも、彼は息絶え絶えに灼熱地帯から脱出していた。
見ると、墜落した十一聖王ナポレオンが煙を上げて転がっていた。間もなく、勝利のアナウンスが響く。
◆
「これがエルフ、か」
いなくなった彼らを偲びながら傭兵は感心していた。自然とともに生きる種族。その在り方には親近感を感じる。そして、その技術には素直に敬服する。
「ここまで効くものなのか」
見たこともない調合方法でその薬草は作られていた。全身薬草まみれの緑男は、じわじわと傷が癒えていくのを感じる。謎のエルフパワーが男を包み込む。
「……あんまり、のんびりしていられないのだがなぁ」
正直、人探しどころではない。自分の身の保証すら危うい。こんな中妹分は無事なのだろうか心配だったが、自分よりも悪知恵がきく彼女には適しているのかもしれない。
さて、そろそろ日が暮れるがどうしたものか。
妹分が考えそうなことをシミュレート。遠くの小山の上になにか白いものが見えた。エシュが目を凝らす。
「あれ目立つな――――城か?」
まさしく、彼女が好きそうな。
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